20話「裸のアイツについて行け!」
翌日、朝の間は眠り、昼から出発する。
数え切れぬほど冒険者が集まり、戦いの準備を済ませていた。
「この時のため」
「待機時間が長すぎたんだ」
「腕がなまらないうちに魔界に行かなければ」
熟練にみえる冒険者ほど、身体から噴き出るような興奮を抑え込んでいた。
昼過ぎに、骸骨がくれた赤い液体の入ったスープを飲むと、身体の内側が煮えたぎるように熱くなった。
最初の500人の冒険者がトンネルに入った。箒を持った宝石の村の村人たちもいる。
「ここから先、俺たちは人族だ」
俺はゴリさんと共に先頭を歩き、すっかり瓦礫がなくなった大通りを進んだ。
かび臭さは残るものの馬車が行き交えば、それもなくなるだろう。
休憩を挟みながら歩き続けた。
何度も通っているからか、魔界の入り口までのペースは掴めていた。
静かに興奮しているからか、スープのお陰か疲労はほぼない。
骸骨たちが、敵の鬼と亜竜をおびき寄せ、攻城兵器で入口をぶち破ったら、一斉に飛び出す予定だ。宝石の村の村人たちが、天井を魔法で固めている。
天井から崩されて、生き埋めにでもなったら、戦いどころではない。
コツコツ……。
遺跡の外に誰かが来る気配がした。
「無茶はするなよ」
骸骨たちに向け言ったゴリさんの言葉がトンネルの闇に消えた。足音は消えて、ドタドタと言う魔物の足音が聞こえてきた。
ゴリさんが手を上げると、冗談を言い合っていた冒険者たちも黙り、魔石ランプの明りが消えた。
敵が何かを喋っていたようだが、岩に塞がれて聞こえない。すぐにラッパの音が鳴り、足音が近づいてきた。
俺は静かに息をした。
力が満ちていくような気がした。感覚が鋭くなって、ゴリさんの心音すら聞こえるほどだ。
誰もが緊張をしている。それがわかったから、俺はだんだん落ち着いてきた。
ドゴンッ!
魔界への入り口が揺れる。攻城兵器でも一度では壊れなかった。
ドゴンッ! ドゴンッ! バゴンッ!
たいまつの明りがトンネルに差し込んだ。
カンッ!
つるはしの一撃を、入口の岩に振り下ろした。
背中から突風に押され、岩が外へと崩れていった。
カンカン!
驚いている青緑色の鬼を無視して、攻城兵器と思しき丸太を斧で薪に変える。
「あ、う……?」
青鬼たちは戸惑いながらも武器を抜こうとしている。たいまつの光が消え、鎧の弱点は余計に見えやすくなった。
鉄がぶつかり合う音が、戦場にこだました。
俺は裸足で魔石ランプが揺れる敵陣へと飛び出した。
「うぉおおおおお!!!」
「うぁああああああ!!!」
「進めぇええええ!」
「アイツに続けぇええええ!!!」
「アイツについていくぞぉおおお!!」
冒険者たちが俺の後を追いかけ、村人たちが空へ飛んだ。
遺跡から雄叫びを上げて飛び出してきた人族に、青鬼の軍も大声を上げて応戦する。たかが声なのに、身がすくむ。内側から湧き上がる熱が、すくむ身体を動かした。
振り下ろされる両手斧を躱し、大きな青鬼の鎧を壊した。
ドゴッ。
直後、冒険者が大きな青鬼の体勢を崩して、脚の健を切り、骨を砕いていく。身を晒した魔物なら、それほど固くはない。
パキィンッ!
ゴリさんたちの魔法で、目の前に冷気が放たれる。
一気に冷えて動きが鈍くなった鬼たちは、ただの鎧を着た人形と変わらない。
カカカカン!
熱い素足に、冷たい地面が心地よかった。鬼の鎧が地面に落ちていく。
「裸のアイツについて行け!」
「アイツに続け!」
冒険者たちの声が、俺を加速させる。
ひたすら鎧を、兜を、割っていく。
機械の腕を振り上げて待ち構えていた鬼もいた。機械はいくつもの鉄の音が聞こえてくる。一番大きな音がしている繋ぎ目につるはしを打ち込むと金具が外れて、鬼が腕を振り下ろしたと同時にバラバラになった。
鬼が戸惑う隙もなく、顔面に冒険者の大槌がめり込んでいた。
ビョウ! ボン!
空を大きな岩が飛んでいく。遺跡から出てきた後続の冒険者たちが分断されてしまった。
カタパルトと呼ばれる木製の攻城兵器が、部隊の奥に隠れていたようだ。
鬼の鎧を壊しながら一気に速度を上げて、白く冷えた地面を突き進んだ。
ゴリさんが氷の魔法で道を教えてくれている。
ガコンッ!
岩が飛んでいく前に、木を薪に変えた。
目を丸くしている小さな鬼の骨が砕かれる音が鳴り響いた。
グォオオ!
空から亜竜の群れが森を焼きながらやってきた。魔法使いが狙われている。
亜竜はこちらにも向かってくる。ブレスは一気に冒険者たちを焼いてしまうだろう。
俺は魔石のランプを掲げて囮になった。追いかけてくる亜竜を鬼の群れの中に連れていく。筋肉が異常に発達した鬼の群れの中で、奇声を浴びながら突っ込んだ。
砕く鎧を身に着けていない鬼の群れ、大きな棍棒を振り上げた。
空を見上げれば、亜竜が仲間を呼び、竜の群れが炎のブレスを吐き出しているところだった。鬼も竜も仲間を殺しても何も思わない。
ガシッ。
誰かに足を掴まれて身動きが取れなくなった。目の前にいくつもの紙が木の葉のように降ってくる。戦場に一片の紙?
気づけば炎が迫っていた。
ボフッ!
焦げた匂いと鬼たちの阿鼻叫喚。俺にはこん棒ではなく鬼ごと倒れてきた。
血と汗にまみれ、必死で鬼の身体から抜け出すと、グールの隊長が笑って俺を起こしてくれた。
「どうして?」
直後、丸焦げになった魔法使いが落ちてきた。
「はぁ~、間に合った?」
黒い炭になったはずの魔法使いが紙を破くようにして出てきた。
「ジル!?」
「再会を喜んでいる場合じゃないわ! アイツ、走って! 冒険者たちが追う!」
煤で汚れた顔を拭いながら、ジルが叫んだ。
「行け! アイツ!」
土だらけのグールの隊長も叫ぶ。
「わかった!」
俺は戦場を駆け抜けた。
青鬼の鎧を砕きながら、竜の炎を躱しながら、冷たい地面を走った。
「俺はここだ!」
俺が叫ぶと、冒険者たちが呼応するように向かってくる。
「アイツだ!」
「裸のアイツについて行け!」
「アイツに続け!」
俺が鬼の間を抜けると、冒険者たちがうねりのように戦場の中を動き始めた。暗闇の中で冒険者は気づいていないかもしれないが、骸骨もグールも左右の森から出てきて、一斉に鬼を攻撃し始めた。
「挟撃だぁ!」
「違う! 囲まれている!」
鬼たちの叫び声を無視して、鎧を砕き続ける。
森を抜けて、通常の2倍ほどもある鬼の部隊の鎧も、魔石がついた鉄の機械もバラバラに解体していく。
後ろには冒険者たちも不死者たちも付いてきているから止まれない。
「アイツについて行け!」
「アイツに続け!」
戦場で冒険者の声が聞こえてくる。俺の名前なのか、それとも誰かのことなのかはわからない。それでも俺は走り続ける。
いつの間にか身体に切り傷も付いているが、気にならなくなっていた。腕の肉も削がれている。動くなら問題はない。
鎧を身にまとった竜の炎も、トレントを振り上げている大鬼も、鎧を砕くだけ。難しい作業じゃない。
ピチャ。
冷たかった地面に水溜りが出来ていた。
「湿地帯まで戻って来たのか?」
ゴリさんがいつの間にか地上に降りてきて、水溜りの水をすくい取って匂いを嗅いでいた。
「油だ。全部燃やすつもりだ。鬼どもめ」
湿地帯の向こうから、ドシンドシンと音を立てて、鉄の機械でできた大きな家のような鬼がやってきた。いくつもの足を持ち、家の中から火を放ち湿地帯を燃やしながら近づいてくる。
身体に火を纏った鬼が群れを成して、油を撒きながらこちらに走ってきた。
「ここからが本番か」
俺についてきた冒険者と不死者たちがようやく森を抜けてきた。
「止まらない。まだ……」
俺はふいに口をついて出た。
「そうだな」
ゴリさんがふわりと跳び上がり、湿地たちの真ん中に着地したかと思うと、冷気が一気に広がっていく。
燃えていた鬼の火が消え、機械が止まった。
「止まるな。アイツ……」
ゴリさんの声が、耳の奥で聞こえた気がした。魔力を使い果たして、倒れていくのは見えた。
「アイツについて行け!」
骸骨剣士の隊長の声が聞こえてきた。
「アイツについて行け!」
「アイツに続け!」
「裸のアイツについて行け!」
冷たい氷と化した水溜りを走り抜け、鬼が来ている服を斧で切り、機械でできた鬼の脚につるはしを打ち込む。
機械の鬼が振り上げた、トレントのこん棒を薪に変え、腕から鉄をはぎ取る。鉄鉱石でできた家だと思えば、砕き方はいくらでもある。
つるはしを隙間に入れて、鉄板を外す。光っている部品につるはしを打ち付ければ、バラバラと地面に部品が落ちていった。
トス。
肩に矢が刺さった。機械の家の隙間から鬼が弓を放ってきたらしい。
「それくらいで俺が止まると思うなよ」
冒険者たちが鬼たちを潰して、機械の家をぶち壊す作業に加わった。骸骨たちも群がって鉄の脚を折っていた。
ドシンッ……。
鬼の機械が崩れ落ちた。
冒険者と不死者たちから歓声が上がる。
「次だ! 止まるな!」
矢があちこちに刺さり、血が身体中についている。それでも、身体は動く。
呼吸が荒くなりながら、湿地帯を走り抜けると、獣魔道には、馬車が列をなしていた。
馬車の中から出てきたのは世界樹で見た職人たち。竜や鬼に限らず、石国のゴーレムや草国のドライアドまでいる。
「あんたたちか……」
「迎えに来たぞ! アイツよ! 我々、職人連合は人族につく!」
竜の男が叫んだ。
突っ走ってきたが、目の前に敵はいなくなっていた。
緊張が解け、どろりと血が地面に落ちた。
誰の血だ?
疑問とともに、俺の身体は地面にぶつかっていた。




