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2話「捨てられた奴隷・後」


 ジルは黒い服を絞り、呪文を唱えた。

どこからともなく風が巻き上がり、2人の服を一瞬にして乾かしていく。俺のぼろ布はすぐに乾いて、滴っていた水も吹き飛ばされた。


「魔法か?」

「こういう簡単なものはわけないわ」


 魔法は物を転移させるだけではないようだ。


「他にどんなことができる?」

「基本的な魔法くらいね。難しいのは杖を使ったり、スクロールを使ったりしないとできないけど」

 基本的な魔法が何を意味するのかはわからないが、とりあえず頷いておいた。

質問をし過ぎるとぶん殴られるのが奴隷のルールだった。


 狼がいなくなるのを待ってから迂回して橋を渡って、山賊が根城にしていたという廃鉱へと向かうことになった。

 待っている間もジルは話しかけてくる。


「どういう生活を送ってきたの?」

「敵の位置がわかるの?」

「剣を持ったことは?」


 奴隷ではない者にルールは適用されないようだ。

 それぞれ「木を薪にして廃鉱でつるはしを振っていた」「音と臭いでだいたいわかる。遠距離は目で見ないとわからない」「ない。斧とつるはしだけだ」と答えたが、納得していない様子だった。


「不思議ね」

「俺にとっては魔法を扱えるジルの方が不思議だ」

「魔法なんて、最近じゃ学校までできるくらい一般的な教養よ。それより、ものの数秒で大量の薪を割ってしまう剣技の方が珍しいわ」

「剣技じゃない。ただの作業だ。長年やっていれば、木の呼吸がわかってくる。そのうちここを割ってくれと光り始めるから、そこに向けて斧を振り下ろしていくだけだ」

「それが普通はできないっていうのよ。いつの間にか比べる相手を見つけて、限界を決めてしまう……」

 ジルは遠くを見ていた。

「誰に言ってるんだ?」

「ごめん。仲間だった者たちに向けた言葉だったわ。狼はいなくなったみたい」

「よし、行こう」

「私が案内するのよ」

 俺が立ち上がると、ジルは慌てて立ち上がって先導した。順番が大事なのか。


 下流の橋を渡り、再び山道を歩いていると、鹿や熊の鳴き声が遠くから聞こえてきた。獣が多いが、大丈夫だろうか。


「なにか?」

 ジルをじっと見ていたら、振り返って聞いてきた。視線に対する感覚が強いのかもしれない。

「いや、獣の鳴き声がするだろ? 問題ないのか?」

「あれは草食動物でしょ。人間を襲っても食べられることはないわ。意外に小心者なのね」

「そうなのかもな」

 小心者っていう言葉の意味は知らなかった。


「廃鉱はこの奥だけど、その格好で大丈夫?」

 獣道を行くらしい。棘のある草が生えているが、多少傷ができるくらいだ。

「問題はない。少し血が出る程度だろう」

「そう。後で回復魔法を使えばいいのか……」

 ジルは勝手に納得していた。


 棘が足をひっかいてきたので、痛い思いはしたが、獣道の先にはちゃんとした道が整備されていた。昼頃には入口に骨が座る廃鉱にたどり着いた。骨は山賊の成れの果てなのだとか。


「近くに斧があるかもしれない。中にはつるはしもあるはずよ」

「本当か!?」


 ジルの言った通り、錆はあるが斧が切り株に突き刺さっていた。急いで石で研いで錆を落とす。

その様子をジルがじっと見ていた。


「何かおかしいか?」

「いいえ。ただ、そんな使い古された斧に価値があるのか気になるだけ」

「あるさ。刃の揺れもほとんどない。道具は使えば使うほど手に馴染むようになる」

「世の中にはもっと固い鉱石で作った斧もあるのよ」

「そうなのか。俺にはこれで十分だ」

 固い斧で何を切るのか知らないが、鉄の刃で木材を切れなかった試しがない。

 入口にあった骨は魔物が寄ってこないよう土に埋めて、その辺の花を手向けておいた。ジルは不思議そうに見ていた。


「山賊の亡骸に花を手向けるなんて敬虔なのね」

「どんな奴でも花くらい手向けるだろ? これから彼らの根城に突入するんだから、なおさらだ」

 幼い頃、親が死んだ時にやっていたことを思い出しただけだが、山賊に冒険者、奴隷、それぞれに対する行為は違うらしい。少年になる頃はすでに奴隷だったので、覚えていないことも多い。


 たいまつにジルが火を点けて、廃鉱の中に入っていく。魔法は簡単に火を出せるので、本当にすごい。驚いて見ていたが、ジルは特に自慢する様子はない。


「火を点けてほしいものがあれば言って。こんな魔法なんでもないんだから」

 もしかしたら凄まじい魔法使いの仲間になったのかもしれない。


 廃鉱の中にはまだまだ鉄鉱石が埋まっている。

「こんなに鉄が埋まっているのに、なんで誰も取りに来ないんだ?」

 通路には蜘蛛の巣が張っていて人が通った形跡がない。

「山賊の死体もそこら辺に落ちているでしょ? なにか奥にいるのかも」

 やっぱり骨だけになった男の死体が、坑道にちらほら落ちていた。革製の鎧は凹んでいるし、骨が砕け散っている者も多い。天井から岩が崩落したのかと思ったが、落ちてきた岩が見当たらない。

 ジルは何事でもないように死体から銀貨や小さい宝石を奪っていた。意外に悪い奴なのか。


「黄泉の国にまでお金は持っていけないのよ。私が持ち出した方が世の中のためだわ」

「すごい考え方だな」

 動かない死体より生きている自分の方が使えるというのは、確かにその通りだ。


「このつるはしは貰っていいのか?」

「もちろん、そのために連れて来たんだから。使えそうなものはなんでも拾った方がいいわよ」

「死者に恨まれたりしないか?」

「恨まれたとして、黄泉の国からどうやって私たちに仕返しに来るの? むしろ有効利用したのだから感謝してほしいくらいだわ」

 ジルはすごい心強いことを言う。きっと本当にすごい魔法使いなのだろうな。

 つるはしはたくさん落ちていたので、一番手に馴染むものを拾うことにした。

 これで、斧とつるはしが手に入り、とりあえず仕事に困るようなことはなくなった。


 ゴウン。


「何か音がしなかった?」

「風だろう」

「そう。あれ? つるはしだけしか拾わないの?」

「うん、他に必要はない」

「いや、あの……、服とか鎧とかあるけど寒くないの?」

「俺にはこの布があれば十分さ。きれいな布があったら教えてくれ」


 ゴウン。


「待って! やっぱり奥に何かいるわ!」

「ああ、石の声だろ」

「石はあんな声を出さないわよ!」

「いや、出すぞ。時々動く奴までいる」

「動く石って魔物じゃない。しかも鉱山のゴーレムなんて、こんな片田舎にいていい魔物じゃないわ」

「そうなのか?」

 10年いた廃鉱ではよく見た石だが、他の地域では珍しいものだったのか。


「すぐに逃げましょう!」

「逃げるってただの石だぞ。動いているっていうだけ。掘ればいい鉄鉱石が取れるかもしれない」

 奥に向かう通路を確認した。

「アイツ、そんな鎧もなしで石のゴーレムに立ち向かっていく気?」

「行く気。問題ある?」

「問題しかないわよ。どうして山賊たちの鎧がひしゃげているのかようやくわかったというのに」

「ああ、動く石にやられたのか。じゃあやっぱり革の鎧なんて必要ないじゃないか」

「そう言うことじゃなくて……。ちょっと本当に行くの?」

 たいまつを掲げて奥に進んでいくと、心配そうにジルが近づいてきた。


「怖いなら、ここで待っていてもいいぞ。俺は仕事をしてくるだけだから」

「行くわ! 置いて行ったら、あなたと仲間になった意味がないもの」

 ジルも覚悟を決めて、手を掲げてぶつぶつと呪文を唱え始めた。


 ゴウン。ズシン。


 石が動いて、廃鉱全体が揺れているようだ。


 奥に進むと、広い部屋にたどり着いた。その部屋の真ん中で小屋のような石がのっそりと動いている。身体が壁にぶつかり空間を広げていったのだろう。そこら中に鉄鉱石が落ちていた。


「もったいない」

 声を出すと、動く石が鉄鉱石の礫を放り投げてきた。しっかり掴むと、鉄鉱石が見たことがないくらい質がいい。

「ジル、鞄を持ってきたか?」

「何に使うのよ」

「鉄鉱石を入れたいんだよ。こんなにあるんだぜ。拾ってもいいんだろ?」

「その辺の麻袋に入れればいいじゃない」

「これ、寝床じゃなかったのか!?」

 寝床だと思っていたものを拾い上げると、確かに袋だった。麻がどんなものかは知らないが、丈夫で鉄鉱石を入れても問題はなさそうだ。


「これはいいものだな」

「危ない!」


 また動く石が礫を放り投げてきた。もしかして鉄鉱石を拾い集めるのを手伝ってくれているのか。便利な石だ。


「こんな装備の私たちに倒すことはできないわ! やっぱり逃げましょう!」

「なんで?」


 ボコン!


 動く石は勝手に床にある鉄鉱石を掘ってくれる。幸運だ。


「私の魔法でもあんな質量の大きな魔物を倒すことはできないし、アイツ、あなたはつるはししかないじゃない! 無理よ!」

「あんな大きい声で弱点を晒して、掘れないってことはないと思うけど……」

 ジルが困惑しているのはわかるが、俺も混乱してきた。

「じゃあ、あのゴーレムを倒せるっていうの!?」

「倒すも何も石だぞ!」

 埒が明かない。ジルは石材を掘ったことがないのかもしれない。ちょっと自信をつけさせた方がいいか。


「ジル、あの壁に火を放てるか?」

「え? なに?」

「火だよ、火!」

「やれと言われればやるけど……」


 ジルが壁に魔法で大きな火炎を放った。

凄まじい魔法だ。動く石もあっさり炎の方を向いて弱点を晒した。


動く石の下部に光る弱点に向け、俺はつるはしを振るった。


 ボギャン!


 必要以上に大きな音を出して、動く石にひびが入った。もう一度つるはしを振るうと、今度はガラガラと音を立てて崩壊していく。鉄鉱石がまともな鉄に砕かれているのだから当たり前だ。

 大きな石も落ちてくるので一度通路に避難する。


「ほら、な?」

「いや……、え……!?」

 やはりジルは石を掘ったことがないのだろう。


 とりあえずその場に落ちている鉄鉱石や宝石を麻袋に詰めて、一旦鉱山を出た。廃鉱というにはあまりにも鉄鉱石が埋まっている。


「ジル、この鉄鉱石を送る場所を知ってるか? 一応、宝石もあるからシチューはついてくるかな?」

 ジルは震えながらかがんでいた。

「え? なにか来るのか?」

 辺りを見回したが、獣の気配はない。俺がなにか悪いことでもしたのだろうか。

「あ……、ごめん、質問しすぎた」

「そうじゃなくて! たった今、その古いつるはしだけでゴーレムを倒したのよね!?」

「ゴーレム? あ、動く石のことだよな? 倒したっていうか掘ったよ。これで」

 つるはしをジルに見せた。いいつるはしだ。長年使っていたものと大して変わらない。


「裸のまま、つるはし一つ持ってゴーレムに立ち向かうなんて命がいくつあっても足りないわ!」

「いや、ただの石だぞ。血も出なければ内臓だってない。あれだけわかりやすい動きで何かに当たる方がおかしい」

「見たでしょ! あの死体が着ていた鎧の凹みを! あれはゴーレムに潰されて死んだからなのよ!」

「嘘だぁ~。ジル、田舎から出てきた奴隷をからかい過ぎだぞ」

 ジルは何度も頷いて、「私が受け入れればいいのね。アイツはゴーレム特化なんだわ」と納得していた。よくわからないが納得しているならいいか。


「それで、この鉄鉱石はどうしたらいい? いつもは倉庫に入れておけばどこかに送られるはずなんだけど、そういう倉庫はないか?」

「ああ、それなら大丈夫。町に行って買い取ってもらいましょう」


 山道を下りて、石が敷き詰められた道に出た。街道というらしい。

 たまたま通っていた馬車に乗せてもらい、揺られているだけで風景が通り過ぎていった。幼い奴隷だった頃に乗った記憶があるが、景色など見せてもらえなかった。

 全部、ジルのお陰だ。やはり人望もある優秀な魔法使いなのだろう。


「町に入るのに、その恰好じゃ奴隷だと思われるわ」

 ジルが麻袋を抱えている俺を見た。

「おじさん、この毛皮、銀貨3枚で売ってくれない?」

「構わねぇよ」

 ジルは銀貨を払い、毛皮を受け取って俺に渡していた。


「これをどうしろっていうんだよ」

「腰にでも捲いて身なりを整えろって言ってんの」

「はい」

 ジルはどこで怒るのかわからない。とりあえず、腰に毛皮を捲いた。暑いけど、ジルが怒るので、こうする他ない。


 町はとんでもない量の小屋が立ち並んでいた。数えきれない。

 皆、壊れそうな石の小屋で住んでいるらしい。大丈夫なのか心配だが、ジルは「木の家より丈夫だ」と言う。補修が大変そうだ。


「ほら、早くこっちよ!」

「はい」


 見知らぬ土地なので、ジルの後について行かないと道がわからない。人が多いし、声も大きい。

 肉を売っている人や野菜を売っている人、身に着けるものを売る人に声をかけられたが、俺が返事をする前にジルが腕を引っ張った。相手にしてはいけないらしい。


「いい人ばかりじゃないのよ。突然ナイフで刺されたりするかもしれないんだからね」

「血が噴き出ちゃうじゃないか」

 町ではそこら中で血が噴き出ているのだろうか。見回してみたが、肉を売る人の傍以外では血の跡はない。むしろ皆、うまく人と当たらないように歩いていた。

 俺は何度かぶつかったが、謝る間もなく皆素通りしていってくれた。


「まだ誰とも話してはいけないのか?」

「警戒してるのよ。毛皮の腰蓑つけて、つるはしと斧を持っているなんてアイツしかいないからね」

 ジルが俺を呼ぶときのアイツのイントネーションが変わっていた。

「そうかな。皆、なんの仕事をしてるんだ?」

「物を売ったり、依頼を受けたりして生活してるの。私たちもこれから鉄鉱石を売りに行くんでしょ」

「そうだった」


 ジルの後をついていくと、徐々に武器を持った人たちが集まってきていた。


「ここよ。冒険者ギルドで鉄鉱石と宝石を鑑定してもらって換金しましょう」


 冒険者ギルドという建物内に入ると、武器を持った人たちが酒を飲んでいた。酒は臭いでわかるが、身体に入れば酩酊する毒だ。以前、木の洞に溜まったものを飲んだことがあるが、酷い味だった。

皆、赤ら顔で毒に罹っているというのに、幸せそうにしている。毒でも食らわなければやっていられないのかもしれない。

 そんな毒地帯をジルはさも当然のように進んでいく。怖いもの知らずなのか。石には震えるというのに、いったいどういう神経で生きているのだろうか。


「西の山にある廃鉱でゴーレムを倒したわ。これが証拠」

 ジルは台の上に麻袋を乗せろと手で指示を出してきた。

 指示通りに台の上に乗せると、奥にいた目に妙なものを着けたご婦人が麻袋の中を確認した。妙なものは眼鏡という装飾品で、目の呪いがかかったものを治療する器具なのだとか。呪いは魔法で治らないらしい。


「鑑定しますので、しばらくお待ちください」

「待っている間、この男を冒険者として登録してもらえるかしら?」

「構いませんよ。ちょっと、こちらの男性が登録したいそうです。どうぞあちらで手続きをしてください」


 俺は違う台の下に連れていかれ、名前を聞かれた。ジルが奴隷だったことは言わないように、と忠告してきた。すぐにバレそうだが、嘘をついてみることに。

 名前はアイツだというと、台の向こうにいた男は鼻で笑っていた。元奴隷であることは、バレてるだろう。

 その後、意外にすんなり通ってしまって、裏庭で実力が見たいと連れていかれた。ここでジルは「少し旅に必要なものを見てくるわ」とどこかへ行ってしまった。


 教官と呼ばれる男が目の前に立ち、剣を模した木を渡してきた。何をしたいのかはわからない。


「これで俺に攻撃してみろ」

 髭を生やした教官は俺を試しているようだ。

「これ結構、固いから血が出るぞ。いいのか?」

「あのな。俺が何もしないで受けるわけがないだろ。存分に打ち込んで来い」

「そうか」

 試しに髭面の顔面に向けて木の剣を突いてみたら、ちゃんと躱していた。


「これでいいのか?」

「ああ。もっと来ていいぞ。突くだけじゃなく、振り下ろしたり、薙いだりしてみろ」

「わかった」


 髭面に向けて、剣を振ったら、ちゃんと躱したり持っている木の剣で受けたりしている。

 なかなかに楽しい催しだ。


「やる気、あるのか?」

「え?」

「もっと俺を壊すつもりでこい! いいか? もっと五感で感じ取れ!」

 なぜか怒られてしまった。

もしかして壊すつもりって革の鎧を壊せと言っているのか。

 なるほど石や木でなくとも声が聞こえるだろう、と。町の人はすごいことを言う。


「何をしている? 俺からも行くぞ!」

 髭面は優しくゆっくり俺に木の剣を振り下ろしてきた。その間に鎧の弱点を見定めろ、ということか。

 じっと観察し声を聞くことに専念する。初めは何も聞こえなかったが、動いている音を聞いていると鎧の弱点が光り始めた。


 トントントン。


 革の鎧の側面にある金具を突くと、あっさり鎧が外れた。


「おう、悪い。整備不良だ。おーい、誰か新人研修の相手をしてやってくれ」

 その後、4人の教官と呼ばれる人たちが来て、相手をしてくれた。

 全員の鎧を壊したところ、全員評価は「整備不良だ」とのこと。意味はわからない。


「どうだった?」

 ジルが裏庭まで迎えに来てくれた。

「俺は整備不良だそうだ。どういう意味かわかるか?」

「測定不能ってことじゃない? ほら、冒険者のタグよ。これさえ首にかけていれば、冒険者だって誰にでもわかるわ」

 ジルが俺の首に金属片が付いた首輪をかけてくれた。これで俺は奴隷ではなく冒険者になれたらしい。

「鉄鉱石は?」

「鑑定が済んでいるみたいよ」


 眼鏡をかけたご婦人がジャラジャラと音が鳴る袋をジルに渡していた。

「鉄鉱石、宝石に加え、ゴーレムの魔石までございましたので、金貨10枚、銀貨30枚となります。ゴーレムはお二人で討伐したのですか? ぜひまたの依頼達成をお待ち申し上げております」


 ご婦人はすごく長く説明してくれたが、意味はわからなかった。


「で、パンは食べられるのか?」

「いくらでも食べられるわ!」


 ジルは俺に大量のシチューと焼いた肉、それからパンを食べさせてくれた。

 正直、腹がいっぱいで動けないという経験を生まれて初めてした。これは幸せ病だ。酒という毒を飲む冒険者たちの気持ちが少しわかった気がする。


「宿も取ってあるから、好きに使っていいよ」

 冒険者ギルドの中には宿もあるらしい。宿というのは寝床のことで、部屋には職員だという顔が整い過ぎているエルフに通された。エルフという種族を初めて見たが、肌が白すぎて血管が透けて怖い。いつ何時なんどきでも血を噴き出すぞと脅されているようだ。


 部屋には寝心地のよさそうな寝床がある。

「寝ていいのか?」

「もちろんでございます」

 エルフに勧められるまま、寝床に潜り込むと、とんでもなく柔らかかった。

 カビの臭いもしないし、隙間風が吹いてくるわけでも、雨が当たるなんてこともない。

 これはいいものだ……。

 

 俺はいつの間にか寝ていた。




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[良い点]  主人公は異世界転移もしていないのに、価値観も文化も違う世界に紛れ込んだような酩酊感でした。奴隷といえば抑圧されて何もかも鈍くなって萎縮しているばかりと想像していましたが、周囲にあまり人が…
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