19話「瀬戸際の国」
カツン!
大きな岩にヒビが入り、一気に崩れた。
割れた岩は冒険者たちが運び出してくれる。
なかなか町に戻ってこない俺たちを心配して、冒険者たちが様子を見に来て、そのまま手伝ってくれている。
井戸を埋めていた衛兵たちは眠らされて、ロープで縛られていた。ヤギの群れが見張っていて、時々衛兵が声を上げているが、食べられることはないだろう。
日が暮れ、夜風に吹かれながら、俺と宝石の村の村人たち、冒険者は作業を進めていた。
「どうやってるんだ?」
「どこにつるはしを打てばいいのか見えているって?」
「魔法ではないのだろう?」
村人も冒険者も、岩の声や呼吸が聞こえないらしい。声が聞こえないなら、どこが光るかも見えないだろう。
「振動しているようには見えないか?」
「固まってるから、動かないんだろう?」
ゴリさんの母親に質問しても、質問で返されてしまった。
「開いたら起こしてくれ。中の掃除は我々で済ませてしまうから」
一通り土を掘り返したゴリさんの母親は、村人たちを連れて小屋で眠っていた。いつの間にか小屋で眠っていた衛兵はヤギと一緒に散歩している。無数の土塊が空中に浮かんでいるのを見て井戸を埋めるのは諦めたようだ。
「アイツは疲れないのか?」
冒険者は疲れているらしい。
「疲れるほど、まだ動いてない。疲れたら休んでいいよ。魔界までのトンネルが通った後が、仕事だからね」
「そうか……。じゃあ、休ませてもらおう」
冒険者たちも小屋へと眠りに行った。
大きく伸びをして、夜の冷えた空気を肺に入れる。
人や獣の声は大きいので、緊張してしまう。俺もどこかで張り詰めていると、身体が固まってしまうのかもしれない。
「とっととやるか」
疑似的にでも、作業をしていた頃の状況を作り出せた。
目をつぶって思い出し、もう一度大きく息を吸って吐き出した。
岩にはくっきり光が見えた。
今まで気づかなかったが、暗い夜の方が見えやすいのかもしれない。
つるはしを振るうたびに、岩が砕け散っていった。
トンネルの大通りにはすぐに辿り着き、自分が開けた穴を広げる。
魔法をかけられてもいないので、横から掘ればそんなに難しい作業ではなかった。
不思議と自分が掘っているときの音は聞こえないものだ。予測出来ているからだろう。
塞いでいた岩も砕き終えて、大通りが繋がった。
「魔界側も掘らなけりゃな」
汗を拭って、大きく息を吸うとゴリさんの臭いがした。
「悪いな。一人の方がよかったか?」
手には肉と野菜を挟んだパンと水袋を持っている。気を遣って持ってきてくれたのか。
そういえば、昼から何も食べていなかった気がする。
「いや、こっちはもう終わったところ。あとは魔界側だ」
ゴリさんが魔石ランプを掲げると、遠くまで見えるようになった。広いトンネルの大通りがはっきりと壁から壁まで見渡せる。昔の人が掘った壁の模様までくっきり影が出て来ていた。
「夜も明けていないというのに、たった一人で……。アイツは大した奴だよ」
ゴリさんは褒めてくれるが仕事をしただけだ。
「これしかできないからね」
「自分の出来ることに向き合ってきたからだろうな。それができる奴は思いのほか少ないんだよ」
渡されたパンと水は一瞬で平らげてしまった。
「腹が減ってたのか」
「そうみたいだ」
「魔界に行ってみるか。骸骨たちがちょっと心配なんだ」
「もちろん、行こう」
俺とゴリさんは、食後の運動とばかりに走り始めた。
ゴリさんがそっと俺の背中を押す。一気に速度が上がり、身体が温まってきた頃には魔界への道を塞ぐ壁まで辿り着いてしまった。
ガコン。
ゴリさんが壁を簡単に外した。
「押してダメなときは横にずらせばいいんだ」
外に出て空を見上げれば、夜が明け始めていた。
「ゴリか……」
遺跡の壊れた柱の陰から、骸骨たちが現れた。身を低くして、身体中に土を塗っている。
隠れた方がいいようだ。月明りを避けて、俺たちも柱へと近づく。
「状況は?」
「国境線の砦は落とされた」
「なんだって!?」
「心配するな。俺たちは元々死んでる。誰も灰にはなってないさ。地面に潜って逃げ出した」
骸骨は心配するゴリさんに白い歯を見せた。
「どこの国だ?」
「青鬼と亜竜の連合。それから獣魔も道を作ろうとしている」
「鬼国と竜国の本国は、どうしてる?」
「動いているのは今のところ小国だけだ。他にも何かが動いている気配はあるって、職案の奴らが言っていたけど、どこまで本当かわからん」
「信じていい。有事の時ほど、無職の職業懸案な奴らは働こうとするからな」
ゴリさんもニヤッと笑っていた。
「敵はどこまで来てる?」
「まだ、砦近くの森を切り開いてるところだ。アイツほど、速く木を切れない」
「鬼と竜なら、俺より速いはずだけどなぁ」
世界樹にいた鬼と竜の職人たちは来ていないのか。
「部隊が違うんだろう。この遺跡はまだ見つかってないが、時間の問題だ。奴らは攻城兵器も持ってきているぞ」
「攻城兵器って?」
ゴリさん曰く、城を攻めるときに使う大きな武器だそうだ。
「解体して組み立てられるカタパルトと丸太だろ?」
「そうだ。魔法や竜のブレスなら封魔のスクロールで何とかなるんだけどな」
「飛んでくる岩はアイツでも割れないだろう」
「やったことない。やってみようか?」
「いや、飛ばす装置の方を壊してくれ。木材なら、切れるだろ?」
「それは問題ない」
相手が木か石なら、立ち向かえる。
「ゴリ、どうする? 敵はすぐそこまで来ているぞ」
遠くで木を切り倒している音が聞こえてくる。
「明日の夜まで、この遺跡を隠せるか?」
「明日までなら、幻覚剤を撒いてどうにかなると思う」
「それまでに、この遺跡の入り口まで誘い込んでくれ。後は人の冒険者たちの部隊でなんとかする。なんとかしないといけないからな」
「必要なものは?」
「追随の足止めだ。印刷機だけいつでも動かせるようにしておいてくれ。勇者が死ぬ前にインクと紙を見つけたぞ」
ゴリさんの言葉に、骸骨たちは一瞬言葉を失った。
「……本当か?」
「ああ、肝はインクじゃなくて紙だったらしい。ジルに持って行かせるから、すぐに量産体制をとってくれ。魔法とブレスさえ止められることを広めれば、それだけで抑止になるからな。今日の夜には向かわせる」
「わかった。マスクをして来いと伝えてくれ。後は何かあるか?」
俺は世界樹にいた鬼たちを思い出していた。
「筋肉を増強させたりしなくていいのか。いや、なくていいならいいけど、戦争じゃ何でも使ってくるんだろ? 世界樹じゃ鬼が使ってた」
俺が骸骨に聞いた。普段、毒を調合しているので詳しいのかもしれない。
「増強剤はあるが、すぐに筋肉がつくってわけじゃない。むしろ、今ある筋肉を最大限引き出した方がいい」
「できれば、寒さにも強い薬がいいんだけどな。魔法使いは空から足止めするから」
ゴリさんたちは草国との戦闘でも見せた戦術を使うらしい。
「わかった。これをスープにでも混ぜろ。効果は半日ほどしか持たないが、それまでに戦闘を終わらせてくれ」
骸骨がカバンの中から赤い瓶をゴリさんに渡した。
「アイツは鬼の首を切れるか?」
「いや、無理だ。鎧と機械の腕くらいなら、壊せるけど……」
首を切るよりも防具や武器を壊した方が早い。
「だろうな。だったらやっぱりアイツが先頭だ。アイツが見えたら、不死者たちは地面に潜れ」
「わかった」
「じゃあ、明日の夜に死のう」
「死出の旅なら案内は任せろ」
ゴリさんと骸骨は不死者の国の独特の気合を入れていた。俺も自分の胸を叩いた。
半円形の遺跡の入り口に、石の蓋を戻し、俺たちは一旦、人の国へと戻った。
夜が明けきっていて、ゴリさんの母親と、村人たちが作業を始めている。
風魔法で瓦礫をまとめ、外の草原に捨てていた。
「終わったなら言ってくれって言っただろ!」
ゴリさんの母親は文句を言っていたものの、「決戦は明日の夜だ」とゴリさんが報告すると顔色を変えた。
「そうか。奴隷の国になるか、人の国になるか、瀬戸際だね。さあ、気合入れなおしな!」
ゴリさんの母親が叫ぶと、突風が巻き起こり、瓦礫が広がった入口から空高く舞い上がっていった。
「打ち合わせは済ませておく。アイツは寝てていいぞ。時が来たら起こす」
夜中起きていたので、限界が来ていた。
「わかった。よろしく」
俺は草原に敷かれたマントの上に寝転がると、作業の音も気にせず眠ってしまった。
「アイツ。アイツ、起きて」
目を開けると、ジルがいた。
旅支度をしている。5倍リュックには紙とインクが入っているはずだ。
すでに日は傾き、空は茜色に染まっている。
ジルは今日のうちに魔界に戻る予定だった。
「行くのか?」
「うん。獣魔道で後方の部隊は止めておく」
「頼む。俺は先頭を走って、ジルは一番後ろを止めるんだよな」
「そう」
最期の別れでもないのに、無性に寂しくなった。
奴隷から解放されて、初めてできた仲間だ。ジルはそっと俺を抱きしめてきた。
「死なないでね」
「ジルも。死んだら、不死者の国の骸骨たちが案内してくれるって」
「じゃあ、思い残すことはないわね」
笑って、しばしの別れだ。
「見て」
「ん?」
ジルと離れて、振り返ってみると、町の熱気が2倍ほどに膨らんでいた。
城壁からはみ出してテントが立ち並び、さながら王都のように見える。
「各地から待機していた冒険者たちが続々と来てる。商人たちも到着して、早速商売を始めてるわ」
「ゴリさんの声は届いていたんだ」
「事実は嘘よりも速く人を動かす。魔界に伝わる言葉だって」
ゴリさんに教えてもらったらしい。
「じゃあ、事実を作りに行かないとな」
「そうね。いってくる」
「すぐに追う」
トンネルの大通りに入っていくジルを見送り、ゴリさんを探した。作戦はもう始まっている。
草原の真ん中で、ゴリさんは座っている冒険者たちに、地図や鎧を見せながら説明していた。かなりの人数がいるのに、ゴリさんはなぜか俺に気がついた。
「ちょうどいいところに来た。アイツ、この鎧を割ってくれるか?」
5草原の体の木の人形にそれぞれ鎧を着せている。古いタイプの鎧だから壊しても問題がないそうだ。
冒険者たちは一斉に人形から距離を取って、注目している。
「できれば、走りながらやってくれ」
「了解」
走りながらだろうが、回転しながらだろうが、鎧の弱点をつるはしで砕いていけばいい。
魔法が付与されていようが、刃が仕掛けられていようが、走りながらなら引っかかることもない。
大きく息を吐いて止めて、一気に走り抜ける。
タタタタタン!
振り返れば、鎧が踏み固められた地面に転がっていた。
「「「「おおっ」」」」
冒険者たちからどよめきが沸き起こった。
「わかったか? 相手も同じように驚く。その間に、お前たちは体勢を崩して、血管を切り、骨を砕くのが仕事だ。攻撃を繋げろ。相手が膝をつくまで手を緩めるな」
ゴリさんは、自分も疲れているというのに、熱く冒険者たちに語っていた。
「乱戦になってわからなくなったら、アイツについていけ。裸のアイツに続け。それだけは忘れるな」
草原の寒い風が、その場だけ、温度が上がった気がする。
戦いの匂いがしてきた。




