18話「冒険者たちの意志」
王都はいつまで経っても人は多かった。
アイテム袋の工房はすでに破産していて、売却されていた。どうやら勇者以外に使いこなせなかったらしい。ただ、容量の5倍は入るリュックというのがそこかしこの雑貨屋で売られていた。
「技術の流出だ。魔法陣がバレたんだろうな。いずれ研究されて、使いこなせる奴も現れるさ。それまでは5倍リュックで我慢だな」
「金がないよ」
ゴリさんが買おうとしたが、金はないし、資産の腕輪はまだ使えなかった。
「面倒なことだ。アイツが全部、農奴に渡しちまうからだ」
「入用だと思ったんだよ」
「どこかに金が落ちてないか?」
昼に酔っぱらった人が転がってるくらいだから、金貨の一つでも落ちてるかと思って探してみたが、落ちてなかった。王都の人は金には目ざとい。
「冒険者ギルドで受け取ってない報酬を貰ったらどうです?」
俺は遺跡発掘の報酬は貰っていないし、ゴリさんも勇者の仲間として魔王と退治したことになっているので報酬はあるはずだという。
「冒険者ギルド本部なら、払ってくれるだろう。クリスタルに記録されているはずだ」
俺たちは広場に面した大きな建物に入った。
宿なんか5軒くらい入りそうなほど広い。どこの冒険者ギルドも酒場にあるのかと思ったけど、違うらしい。魔物を模した石像や剣、鎧などが飾られ、落ち着いた雰囲気だった。
「ゴリドールだ」
「アイツとジルよ」
奥にあるカウンターで、職員が対応してくれた。
あっさり金貨と銀貨を受け取れるかと思ったが、そもそもどこに行っていたのか、なぜ冒険者ギルドへの報告が遅れたのか、など報告が足りないとして、さらに奥の応接間というところに連行された。
「賢者・ゴリドールというのは本物のようですが、いったい今までどこに?」
「魔界だ。勇者からどう聞いているか知らないが、向こうで仕事をしていた。彼らも同じだ。これから東の遺跡から魔界に通じるトンネルが開くから、冒険者を派遣してくれ」
ゴリさんが簡単に説明したが、職員には全く通じない。
「今まで、人の国だけで冒険者を囲い込み、運営できていたかもしれないが、残念なことにこれからは魔界の魔物がやってくる。戦争が起こるし、交易も始まる」
「いや、勇者が魔王を倒して平和が訪れているではありませんか?」
勇者の嘘を信じるとこの職員のようになるのか。俺でも不味い状況になっていることがわかった。
「実態を調査している暇はないが、人の国の東部ではすでに魔物たちに土地が買われているだろ。魔物の数が激減したりもしていないはずだ。相変わらず、待機している冒険者たちの数は多い。違うか?」
「情報は入ってきていますが……」
「ちゃんと事実に目を向けてくれ。待機中の冒険者を東部に集めてくれ。これは緊急の依頼だ」
貰っていなかった報酬を受け取るはずが、いつの間にか緊急の依頼をしている。
「それは我々には判断ができかねます」
王都の冒険者ギルド職員にゴリさんは大きく落胆していた。
「とりあえず俺たちの報酬を計算して、クリスタルを持ってきてくれないか?」
「かしこまりました」
その後、何人も職員が来てゴリさんが説明していたが、結局話は通じなかった。
ゴリさんは、職員たちが持ってきた人の胴体ほど大きなクリスタルに触れた。魔力が込められたのかクリスタルは白く光り始めた。
「どのくらいの人間に通じるかわからないが、待機している冒険者たちに告ぐ。もう嘘を酒で流しこむ毎日は終わりだ。今こそ己の価値を確かめる時が来た。東の遺跡から魔界の魔物たちが押し寄せてくる。研鑽した日々が無意味でなかったと証明しよう! 商人たちよ。時代が変わるぞ。稼ぎ時だ! 賢者・ゴリドール」
ゴリさんの言葉は、人の国の各地に届いているはずだ。ただ、王都の冒険者ギルドの中は静まり返っていた。
テーブルに置かれた銀貨の詰まった報酬袋を受け取って、俺たちは応接間から出た。
そこから冒険者ギルドを出ていくまで、職員や冒険者たちからの遺物を見るような目を俺たちは忘れないだろう。
「どれだけ事実を重ねても、変わらない者たちはいる。理解しようとも思わないんだ。戦争は止められないかもしれないな」
通りに出て、ゴリさんは大きく息を吐いた。
「私たちが理解してますよ!」
「起きた事実よりも優しい嘘の方が聞きたいだけじゃない? それより人の国の武器になるものを探そう」
「そうだな。下を向いて前に進んでいられないな」
ジルがメモした勇者の功績の中に、印刷技術がある。もしかしたら、印刷しても滲まないし、魔法陣の形が崩れない魔法のインクを見つけ出したのかもしれない。
魔法屋やスクロール屋を探していると、裏通りの片隅に本屋を見つけた。
「見ろ。インクが滲んでいない」
「紙の質が違うんだわ!」
本をパラパラとめくりながら、2人は興奮していた。
「インクじゃなかったんだ。確かにこれなら、魔力がこもったインクでも破れないかもしれない」
「でも、こんな丈夫な紙はどこから?」
本屋の店主は鑑定士のように眼鏡をかけていて、じっとゴリさんとジルの声に耳を傾けていた。
「木材を釜に薬品と一緒に入れて、ドロドロに溶かすのさ。そうして細かな繊維から作れば、良質の紙になる。勇者が魔界からもたらした技術だよ」
店主が自慢そうに語ったが、ゴリさんは「違う」と一蹴した。
「これは魔界の技術じゃない。たぶん、自分で考えたんだろう」
「インクは散々、魔界で試されていましたからね。魔力の含有量が少ない木材で試したのでしょう」
店主を置いてけぼりにして、ゴリさんとジルは状態のよさそうな紙を買っていた。ついでに5倍リュックも買って、荷物をまとめる。
他にも雑貨屋で、魔法陣を描きやすい箒やインク、安い瓶など大量に買っておいた。
「こうして見ると、魔界と人の国で売っている物はほとんど変わらないな。食べ物くらいか」
「いや、魔道具も全然ありませんし、お金だって資産じゃないし、服だって全然違うじゃないですか!」
ジルには違うように見えるらしい。
「アイツはどう思う?」
「そんなに魔物の町も、人の町も見たことないからわからないよ。声はそんなに変わらないんじゃないかな。ただ、人は欲しいものが同じだけど、魔物は違う」
「確かに、そうだ。欲の方向性が違うんだ」
「人は何がしたいとかよりも、どう見られたいか、の方を気にしている」
俺も、あまりに裸を見られるので、服を買った方がいいのかという気になってきていた。
「魔物は種族で違うのが当たり前だからなぁ。そこら辺に活路があればいいんだけど……」
ゴリさんはパンに肉や野菜を挟んで食べていた。俺たちも同じように倣う。
「よし、帰ろう。骸骨たちからの連絡もなくなった。たぶん、向こうが限界だ」
ゴリさんは小さいクリスタルを見せてきた。何も光ってはいない。どうやらそれで、魔界と連絡を取っていたらしい。
「駅馬車で行きましょう。寝ている間も移動できますから」
「そうだな」
俺たちは乗り合いの駅馬車で、東へと向かった。王都から出ている馬車は多く、何台も連なっている。
王都から離れると、徐々に馬車は分かれていった。
日が陰り、誰もが宿に泊まる頃、俺たちはまた別の駅馬車に乗り換え、馬車の中で眠った。途中、休憩のため停車した村では、この先ほとんど銀貨は使わないからと、飯は豪華になっていった。
馬車から見える星は、魔界と変わらない。
人の国を変えるとゴリさんもジルも言っていたけど、俺には斧とつるはししかない。
割れるのは薪と石だけ。獣が来れば逃げ出すだろう。
それでも期待されているのだから、できる限りのことをやる。言われたことをやるのは得意だ。
あとは、勇者と約束したように、誤魔化さずに前に進むだけ。
東の遺跡近くの町に着くと、人が溢れ活気づいていた。
「なんだぁ? 祭りでもあるのか?」
ゴリさんが馬車から下りると、ゴリさんの母親が待ち構えていた。
「自分で呼んだんじゃないか! 遅いよ。皆、待ってる」
町の外でテントを張っているのは武器を手にした冒険者たちだった。町の中で買い物をしているのも冒険者。居酒屋は、すでに『酒を買い付けに行っている最中』と札がかけられ、閉まっていた。
「届いていたのか? 俺の声は」
ゴリさんの手は震えていた。
俺たちは3人揃って、冒険者ギルドの前まで行った。冒険者ギルドの扉は開け放たれていて、中には風が吹き込んでいる。
「ゴリドールだ! すぐに魔界のトンネルを開けるから、しばし待っていてくれ!」
ゴリさんが叫ぶと、注目が集まった。
「そりゃあ、いいけど、遺跡の井戸は衛兵に守られてるぞ。魔界に行けるのか?」
広場に集まっていた冒険者の一人から声が上がる。
「わかった。先に俺たちが偵察に行く。魔界と繋がるのは時代の流れだ。衛兵や貴族には止められない。長年魔界に住んでた俺が言うんだから間違いない。人間同士の無意味な争いは止めて、魔物との戦いに備えてくれ」
ゴリさんがそう言うと、砥石で鉄を研ぐ音が聞こえてきた。
広場から出ると、宝石の村の村人たちが箒を持って待ち構えていた。
「衛兵を無視しろっていうけど、あいつら学者たちをぶちのめして井戸の穴を埋めてるんだよ」
ゴリさんの母親は、困ったように息子に言った。
「井戸からこの人数は入りにくいだろ。違う入口があるはずだ。もともとあった大きな通りの入り口がさ」
草原に行くと、確かに井戸周辺の小屋に衛兵の一団がスコップで井戸を埋めているのが見えた。
「グスッ……」
ぶちのめされた学者たちは草原の端から、埋められていく遺跡を見ながら泣いている。
「おい、泣いていないで教えてくれ。あの大通りが続いていたとしたら、どこまで続いている?」
「へ?」
「時間がないんだ。衛兵たちに見つかっても面倒だし、早いところ、古代の大通りはどこに続いている?」
「魔界から魔物たちがやってきます。人の国から冒険者も商人も通るようになります。教えてもらえませんか?」
ゴリさんとジルが学者たちに詰め寄っていた。
「教えても構いませんが、大きな岩がありますし、土だって大量に掘らないといけないんですよ……」
学者がしどろもどろになりながら答えた。
「土なら、魔法でどうにかなるよ」
ゴリさんの母親が地面から、ボコッと土の塊を浮かせた。
「岩なら割れる」
俺がつるはしを見せた。
「ああ! アイツさん!」
ようやく学者たちが俺に気がついたようだ。
「ここです! 古代の大通りはこの場所から続いています!」
「ですが! 衛兵たちに見つかったら……!」
「問題はない。こういう時こそ魔界の手法を使おう」
ゴリさんはローブの中から緑色の液体が入った瓶を取り出した。
ヒュン!
瓶が草原の空を舞い、正確に真ん中の井戸に向かっていった。
ガシャン!
瓶が割れる音が響いた。
「あれは避けようがないんだ。俺も魔界で2回くらってる」
俺が指を2本立てて学者に笑いかけたが、学者たちはそれほど笑っていなかった。
宝石の村の村人たちが呪文を唱え、空には土の塊がいくつも浮かび始めていた。




