16話「冒険者としての強さには限界が決まってる」
「船の貿易だと量が限られるだろ。南部にある遺跡のトンネルを使えば、いくらでも魔界と交易ができるようになる」
ゴリさんは、お茶を息で冷ましながらすすっていた。
「だからって、すぐに石国との交易は止められない。長年、続いていた関係を急に断つことになるじゃないか!」
「別に関係を断つことはないさ。魔界では獣魔が取り仕切る道がある。輸送に関して専門にやってるから遅れることはほとんどない。船より陸路の方が早いぞ。海難事故にも遭わないしな」
ゴリさんの話を聞いて、母親は腕を組んで、考え込み始めた。
「そうすぐに魔界までのトンネルができるわけでもないだろ?」
「それがなぁ、すぐにできるんだ。ゴーレムを一瞬で砕き、世界樹の枝をバッサバッサと切る男が現れちまった」
2人が話しているのに、なぜか俺に注目が集まった。
「なに? やっぱりダメだった?」
「そうは見えないけどねぇ」
「魔界の資産プレートはあるか?」
「こっちじゃ使わないけど、ないことはないはずだよ」
ゴリさんの母親は「どこいったかねぇ」と言いながら、戸棚を漁り始めて、魔界で使われているプレートを出してきた。ゴリさんが俺の腕をつかんで腕輪に入っている資産残高をプレートに表示させる。
「あ!?」
「ちょっと!」
「あぁ、やっぱり……」
たくさん数字が並んでいるが、それがどれくらいの価値なのか俺にはわからない。ただ、ゴリさんの母親とジルは口を押えて驚き、ゴリさんは呆れていた。
「アイツ、たぶんお前が切った世界樹の枝は全部売れたんだ。ハズレなし。石国に大きな貸しが出来た。魔界に帰ったら、仕事が殺到するぞ」
「でも、すぐに運用は……」
ゴリさんの母親は疑いながら俺を見ている。
「そのために、この村の魔法使いたちでトンネルの掃除と修理を頼みたい。掘るのはできるし、切るのも問題ない。アイツにできないのは獣の処理だけだ」
「勇者の置き土産か。とんでもない者を残していったね」
再び、ゴリさんの母親は腕を組んで考え始めた。
「魔界が人の国に道を作るのは既定路線なのかい?」
「ああ、止められない時代の流れだ。もう魔界はアイツを知ってしまったしな。できるだけ争いを起こしたくない。不穏分子の処理、ゴミの始末はどうせ誰かがやらなくちゃならないだろ」
「そうか。人の国の貴族どもに決められるようなことでもないんだね。流れはわかった。でも、確認させておくれ。自分の目で確かめたいんだ」
ゴリさんの母親は、おもむろに立ち上がり丸いドアを開けた。
「さあ、ちょっと皆も来てくれるかい!」
「アイツ、悪いんだけど、物わかりの悪い奴らに見せてやってくれ」
ゴリさんに頼まれたが、何をすればいいのかはわからない。
連れていかれたのは大きな入り江だった。大量の魔石ランプが停泊している大きな帆船を照らしている。
「入り江の入り口に大きな岩があるだろう? あれがずっと邪魔だったんだけど、割れるかい?」
確かに入り江から出ようとすると、ぶつかりそうな岩があった。出港する時に邪魔だろう。
岩の声を聞こうとすると、騒がしい。
「あの岩、たぶん魔物の殻か何かだ。中から魔物が出てくると思うよ」
「魔物は俺たちで処理する。準備しておくから、割っていいぞ」
ゴリさんが言うので、岩場を跳んで移動する。
足場もあるので、それほど難しくはない。魔物が動く気配もないので、とっとと割ってしまおう。
大きく息を吐いて息を止める。集中して声を聞くと、殻に光が見えてくる。
魔物が動き出して攻撃してくるなら、一撃で殻を割った方がいいだろう。
姿勢を正して、全身の重さを乗せつるはしを振り下ろした。
カンッ!
一撃で、岩にひびが入り、ベキベキと音を立てながら割れ始めた。
中が白く透き通っているようだったが、次の瞬間にはゴリさんとジルに凍らされていた。
「「「わぁ!!」」」
村人たちから歓声が沸く。
「ダイオウイカの亜種だろう。ロープをかけて、運んじまいな!」
箒に乗った魔法使いたちが、凍った魔物の死体にロープをかけていった。
海上まで持ち上げて運ぶらしい。空を飛べる魔法使いはすごい。
「自分たちの仕事が変わるっていうのに、のん気なもんだ。認めるよ。確かにこの子がいれば、トンネルはすぐに開いちまうだろうね。遺跡の修復と掃除はうちの村で請け負うよ。ゴミの始末は、冒険者ギルドにでも頼んだ方がいい」
「え? なんで?」
「冒険者にも少しは働かせないと、自分の価値に気づかないからね」
ゴリさんは頭を掻きながら、納得していた。
◇ ◇ ◇
「なんだ? 久しぶりの里帰りだっていうのに、もう行くのか?」
ゴリさんの母親は不満たらたらで馬車を見上げていた。
「トンネル工事が終われば、いくらでも会えるさ。王都にいるアホを説得しないといけないし、早いところ魔界に帰らないと戦争がおっぱじまるんだ」
「見捨ててもいいぞ。こんな国」
やっぱりゴリさんの母親だった。同じことを言ってる。
「稼げるうちは長生きしてくれ」
「私を殺したければ、金を持ってくるんだね。アイツ、お前と違って、ゴリドールの奴は全然たいした仕事をしてないだろ?」
「炭焼き小屋の親父だそうで……」
「ちょっとは稼いできな! 放蕩息子!」
ゴリさんの母親は、バシッと馬車を叩いて見送ってくれた。
「何年たっても敵わないな。母親ってのは」
夜風に吹かれて、馬車は王都へ向けて走り出した。
2人が寝ている中で、俺はイカ焼きそばというヌードルを食べていた。美味すぎる。どういうことなんだ? 麺というものを初めて食べたが、なんと食べやすいのだろう。するすると口に運ばれていく。まるで自分の腕が意思を持ったかのようだ。
ジルに「臭い」と言われ、馬車の窓を開けたが、イカ焼きそばの香りは空腹に直接突き刺さるようないい匂いだ。
「あの星の並びをイカ焼きそば座にしたらいいのに」
「何を言ってるんだ。食ったら寝ろ。明日は早いぞ」
ゴリさんにも怒られたが、これを食わないなんてどうかしている。
翌朝、王都に辿り着くと、人が溢れていた。
町の中に人が入れず、はみ出している。人が多すぎて、吐きそうだ。
「行く場所を決めて手分けして行きたいけど……、迷うよな?」
「ええ、アイツはすでに気持ち悪そうです」
「よし、とりあえず墓参りから行こう」
「花を……」
誰かの墓に参るなら、花を買わなければならない。
「ああ、そうだな。大丈夫だ。王都の墓の前には花屋が並んでる」
人ごみをかき分けながら、奥へ奥へと向かった。遠くから見た時にあった門を通ったかどうかもわからないまま、汚れた石畳を進み続けた。当たり前だが、道を進む人たちにはそれぞれ目的があり、声を聞こうと思うと、あまりに大きな声で耳が潰れそうになるだろう。
ようやく白い建物の前に出たのは、馬車を下りてからだいぶ時間が経ってからだった。
ジルが手を握っていてくれなかったら、窒息していたかもしれない。
「一番混んでいるときに入ったな。出るときは人ごみを避けよう」
「お願いします」
白い建物の前には花束を売る人たちがいた。地面にはたくさんの花びらが落ちている。
白い建物は神殿で、女の精霊を祀っていた。花を売っている女たちはその精霊と同じような格好をしている。薄く質素な布で、ほとんど裸の俺と同じように身体をあまり隠すつもりはないらしい。
精霊の加護を受けた勇者の霊廟も近くにあるらしい。
トントントン……。
何かを打ちつける音が聞こえてきた。
「何の音?」
「ああ、芝居小屋を作ってるんだ。ほら、神殿の後ろに舞台を作ってるんだろう」
ゴリさんが説明してくれた。
「朝は神殿も墓地も混んでるから、少し人が空いてから入ろうか。勇者は逃げない」
確かに、老人たちが花売りの女たちから買った花を持って神殿に入っていく。日課になっているのだろう、とゴリさんが言っていた。
神殿の裏手に回ると、空き地に小屋を建てている人たちがいた。
「あれ? あの人、もしかして……」
ジルが知り合いを見つけたらしい。
「あれ!? もしかしてジル!?」
小屋を建てていた女が汗を拭いながら、ジルを見つけた。
「お久しぶりです! ミリシアさん!」
「久しぶりだねぇ。グエン! ジルちゃん!」
ミリシアが中年男を呼んだ。
「おおっ! 久しぶりだな!」
「グエンさん! 2人とも私の冒険者時代の師匠みたいな人よ」
積もる話もあるだろうと、俺とゴリさんは少し離れたところで、ジルたちの様子を見ていた。
「ジル、冒険者時代ってことは、もう冒険者は止めたのかい?」
「ええ、今は魔界でスクロールを作ってます」
「魔界かぁ。俺たちも密航していればよかったのかな」
「ジルだからできたのよ。古い仲間とは解消したのね」
こちらを見て、ミリシアは挨拶をしてきた。俺もゴリさんもそれに倣って挨拶を返す。
「ええ、限界が見えて、あの仲間とはこれ以上強くはなれないと思いまして……」
「この国で冒険者をやっていくには限界があるからな」
「ランクの高かったお2人でも限界があったんですか?」
「あるさ。利益率を考えるとなぁ」
利益率に関しては、「ツッコんだ金と戻ってくる金の差だ」とゴリさんが横で解説してくれる。
「そもそも自然発生する強い魔物を倒したところで、皮と肉、あと骨くらいだろ。肉は食べられないし、皮の防具なんて買う奴は限られてるでしょ。骨に至っては……」
「武器にするんじゃないんですか?」
「結局、鉄が一番固いからなぁ。魔物の骨なんか使って、魔法を付呪したりするやつもいるが、威力は大して変わらないから使っているのは物好きな奴だけだ。だいたいの魔物は罠に嵌めればいいだけだしな」
「魔物の骨を砕けるようになったら、後はもうギルドで待機するよう言われるのよ。そのまま教官になるか、芝居でもして名を売るか」
「え? 私たちも待機が決まってたんですけど、本当にそこが限界だったってことですか?」
ジルは驚いたように聞いていた。
「そうだな。冒険者の強さには上限が決まってるんだ。これ以上強くなってもお金にはならないというのがな」
「でも、最近、植物系の魔物やゴーレムばかり倒して利益率を上げた冒険者がいるって噂があるわね」
「ああ、それはたぶん、アイツのことです」
ジルが俺を指した。
「彼も魔界に?」
「ええ、私はアイツについて行ってるんですよ」
「そうか。面白い冒険者が現れたと思ったら、魔界に行くのか。冒険者ギルドもちゃんと報酬を渡さないとどこかへ行ってしまうよな」
グエンという男は遠くの空を見上げていた。
「冒険者が思い描く強さの果てには、自分の満足以外に何もないのよね」
ミリシアとグエンが世を憂いて妙な空気になってしまっている。
ゴリさんは「この国の縮図を教えてくれる。よく2人の話を聞いておいた方がいいぞ」と俺に耳打ちしてきた。
「お芝居はどうです?」
ジルが聞いた。
「楽しいわよ。今は特に勇者の話を盛り込めばいいだけだし、出資してくれる店も多いからね。だけど……」
「出資してくれる店の同業者は出資できないとか、王都の店以外は芝居に出資できないとか、やらないといけない仕組みが多くてね。これだけ役者も脚本家も雇って、衣装や小道具買って、場所代払ったらカツカツさ」
「有名になって人気が出ても、芝居も冒険者と同じように稼げる額には上限があるのよ」
「そんな……」
ジルはあからさまに落胆していた。
「俺と勇者が魔界に出た理由がわかったろ? 結局、王都に店を持つ貴族だけが儲かるように出来てるんだ。酒を飲まなきゃやってられない」
ゴリさんは花壇の縁に座って、皮肉じみた笑いを浮かべていた。
「そんな、仕組み、全部アイツがぶっ壊しますよ!」
ジルが大きな声で言った。
「本当に!?」
「ええ、期待していてください」
ジルは師匠の前で大見栄を切っている。自分で壊せばいいのに、どうして俺の名前を出すんだろう。
「ゴリさん、自分の名前を変えてもいいですかね?」
「無理だ。顔も覚えられちまってるよ」




