15話「宝石の村」
「おつかれ」
ゴリさんは、人の国へと続く遺跡で骸骨に挨拶していた。骸骨の方もゴリさんに挨拶を返して笑っている。
「ゴリドール、帰るってよ」
「隠れて死体を持って来いよ」
「奴隷でもいいぞ」
「お土産楽しみにしてる」
骸骨たちは、ゴリさんが人の国に行っても魔界に帰ってこないなんて思っていないらしい。
「こん棒買ってきて、こいつら全員、粉にしちまおう。パンに入れればカルシウム不足が補える。鬼どもに売り払おうぜ」
ゴリさんも返して笑っている。
「しばしの別れだ」
ゴリさんは骸骨たちと、拳を合わせていた。
「いってくる」
「準奴隷たちもいってら~」
骸骨たちは骨の手を振りながら、俺たちを見送ってくれた。
遺跡に空いた穴に入り、中を進む。風が通っていて、以前よりもかび臭さが減っている気がする。
「魔物の骸骨だらけだな。これも掃除しないと」
ゴリさんは魔石ランプを掲げながら、大きな通りを見て言った。
何気なく手を振って、転がっている骨を道の脇に寄せていた。手足のように魔法を使う。本当に賢者なのだろうな。
「こんな大きな道があるんだから、かつては魔界ともつながってたんですよね?」
ジルがゴリさんに聞いていた。
「相当、昔にはな。魔物が道具なんか使えなかった頃の時代だ。魔界全土に人が住んでいた時代もあったらしいが、魔物に追われ1000年前には魔界の離れ島にしか住めなくなっていた」
「でも、こんなにちゃんとした道が残ってるってことは、交流はあったの?」
「そりゃあ、なくはないさ。俺と勇者もいけるくらいにはな。石国にも人の奴隷商が数年に一度行っているはずだ。まぁ、密輸だ」
以前、石国のゴーレムには整備士がいると言っていた。世界樹の枝払いの時には見なかった。奴隷が行ける場所は限られている。
魔法使いのジルは、なぜか難しい顔をにじませていた。
魔物が出ると言うこともなく休憩を挟みながら、進み続けていれば、以前俺が開けた穴が見えてきた。穴はそのままの状態で布をかけられていた。特に魔法陣が描かれたり、罠が張られていたりする様子はない。
「誰かいますかぁ?」
布をめくって、先へ進んだ。
遺跡を発掘している学者たちがいると思ったが、誰もいない。以前は魔石ランプで明るかったが、真っ暗だ。
ほこり臭い通路を通り、井戸のように空いた穴から地上に上がった。
小屋があるが、もぬけの殻。学者たちが消えてしまった。
「発掘している学者がいたんですけどねぇ……」
「魔界に通じる穴を空けちまったから、クビにされたんじゃないか。今頃、慌てて穴を塞げる魔法使いでも探しているさ。近くの町に行って、冒険者ギルドの掲示板でも見てみればわかる」
ゴリさんが言った通り、近くの町の掲示板には「封魔の魔法が使える魔法使い急募!」と書かれた依頼書が貼られていた。
「まさか! 魔界に連れ去られたジルさんとアイツさんでは!?」
冒険者ギルドの職員が話しかけてきた。
「ああ、どうも」
「帰ってこられたんですか? いったい、どうやって?」
「ええ、まぁ、ちょっと詳しく説明している暇はないんですけど、アイテム袋を製作している工房ってどこにあるかわかります?」
「それは、王都に行かなければないのでは?」
「そうですよね。ありがとうございます」
ジルが戻ってきて、そのまま冒険者ギルドから出た。いつの間にか、ゴリさんも外に出ていて、俺もついていく。
「相変わらず、のん気な日常だな」
ゴリさんは、大きな欠伸をしていた。
「王都にはアイテム袋の工房があるそうです」
「どうせ価格設定をバカ高くしてるんだろう?」
「金貨は積まないといけないと思います」
ジルは周りを見回して、店を遠目から見ていた。魔界で使えそうなものを探しているのだろう。俺もそうだ。
「アイツ、勇者の墓参りの前に、所用を済ませていいか?」
「うん、戦争に間に合うなら、なんでもいいよ」
「それが一番難しい」
ゴリさんはふっと息を吐いてから呼吸を止めた。そのままの状態で歩き出すと、なぜかゴリさんが消えたように見えた。注意して見ていないと見失う。
町中を歩く人たちには見えていないのか、ゴリさんとぶつかりそうになっても声も上げない。そのまま、するすると建物の裏の方へと入っていった。
俺とジルも慌てて追いかけたが、もう遅かった。裏通りは睨みつけるような目つきの人であふれ、一度見失うと、人に紛れて誰がゴリさんなのかわからなくなってしまった。
「待つしかないわね」
「うん」
裏通りの入り口で待っていたら、歯の抜けた爺さんに話しかけられた。
「兄ちゃん、すげぇ筋肉だな。拳闘場に出てみないか? 二、三人ぶっ飛ばせば、いい銭が手に入る」
「俺は無理だな。人間割っても、血と内臓しか出てこないだろ」
「なんだ、そっちか」
爺さんはどこかへ去っていった。そっちってどっちなんだろう。
「殺しはいくらでやってるんだ?」
違う婆さんに話しかけられた。
「やってないよ。どう見えてるんだ?」
婆さんも「けっ」と言いながら雑踏に紛れていった。
「見て、あれ」
ジルが指さす方を見ると、鬼が付けていた機械の腕のようなものが売られていた。
「鬼の腕か……」
「兄ちゃん、知ってるのかい? 珍しいだろ。鉄でできた腕さ。こっちは足だ。興味があるなら言ってくれ。学者なら安くしておくよ」
「やめておくよ」
俺とジルは裏通りから離れて、待つことにした。
「イリーガルな場所のようね」
「イリーガルってなんだ?」
そう聞いたとき、風が吹いて土埃が待った。
一瞬、目を閉じて、開けた時にはゴリさんが、串焼きを持って立っていた。
「法が通じない場所ってことだ。ほら、飯を食っておけ。危ない粉を使ってるからバカみたいにうまいぞ」
渡された串焼きを食べると、一気に辛さが広がって噛めば噛むほどうま味が出てきた。香りもよく、唾液が溢れ、いくらでも食べていられそうだった。
「こういうところの飯は食い過ぎると、中毒になるから気をつけろよ」
大きな恰幅の中年女性を見ながら、ゴリさんが注意をしていた。
「どこに行ってたんです?」
「不動産屋。魔物に土地を売っている奴がいるはずだと思ってな」
「そんな……。すでに侵略されてるってことですか?」
「いや、金さえ払えば、人だろうと魔物だろうと、何でも売ってくれるだろう。金銭欲に国境はない。案の定、密入国してる魔物はいるみたいだ。そうなると、黙ってないのが、今まで密貿易を一手に引き受けていた業者さ」
ジルが密貿易の意味がわからない俺に「交易、商売をすることよ」と教えてくれた。
「もう交易をしているなら、戦争する必要がないじゃないか」
「今までは細い道だったのが、一気に道が広がるんだ。商人も職人も取引額も一気に変わるから、別の争いの種になる。人間全員を奴隷にして魔界各国で人の国を分割統治なんてことにもなりかねない。この串焼きと同じさ。仕込みをしないと美味くなるもんも美味くならないのさ」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
「宝石商の村に行くぞ」
「宝石商の村って、確か……」
ジルが何かを思い出していた。
「俺が生まれた場所だ」
「やっぱり! あの村出身の魔法使いは皆、優秀なんですよね。魔法学校でよく表彰されていました」
「生まれながらに魔力が見えているからな」
ゴリさんは青白く光る左眼を指さした。
「魔法なんてのは産湯に浸かってる時から行使しているんだ。俺はその村の出来損ないでね。半分しか見えてないってよくバカにされたもんだ。バカにしていた奴らは……」
そう言いかけて、ゴリさんは遠くを見ながら黙ってしまった。
「殺したの? ボコボコにした?」
「いや、石国に連れていかれちまった。たぶん、今もゴーレムの整備士をやっているよ。宝石商の村に行ってもあまり聞くなよ。面倒なことが起こると、さらに魔界に帰るのが遅くなる」
「わかった」
駅馬車に乗り込み、俺たちは一路、宝石商の村へと向かった。
日が傾き始めていたので、馬車に乗るなり俺はすぐに寝てしまった。
起こされて外に出てみると、すっかり夜になっていたが、村のあちこちに魔石ランプが空中に浮いていて、全体的に明るかった。
「相変わらず、無駄なことに金を使ってるな」
ゴリさんが馬車から出ると、急に村人が集まってきた。皆、一様に耳がちょっとだけ長く、ゴリさんの左目と同じように目が青い。
空から箒に乗って下りてくる村人までいる。人って空を飛べるのか。ジルはあまり驚いてはいなかった。
「ゴリドール? 本物か!?」
やけに明るい目鼻立ちのはっきりした中年女性がゴリさんを見て驚いていた。
「クリスタルで伝文は送っておいただろ。お袋いるか?」
「目の前にいるだろ!」
中年女性が大声で怒った。ゴリさんの母親らしい。
「人体改造しすぎだ! 鬼も驚くぞ!」
「魔界はどうなってる!? 連絡一つ寄こさないでほっつき歩いて! 人の国がおかしなことになってきてるぞ!」
「それを説明しに来た。おそらく村の商売が潰れるから違う商売に切り替えた方がいい。それから戦争が起きそうでね。魔界でも売れるものを探してるんだ。何かないか?」
「あったら売ってるよ。まぁ、いい。うちに入りな! 皆も賢者なんて言わなくていい。どうせ魔界で遊んでただけなんだから!」
ゴリさんの母親は、村人を散らせていた。
「あ、父さんは死んだからね!」
歩きながら、ゴリさんの母が唐突に父親の死を告げていた。
「知ってる。死んだあとに不死者の国に化けて出てきたから」
「文句の一つも言ってやったかい?」
「いや、一通り見て『お前の生活も悪くないんじゃないか』って言ってきたから『うるせぇ』って返しておいた。どこかで昇天してくれてるといいけどな」
「そうか。まぁ、子供に別れを言えれば往生だろう」
ゴリさんの母親は、丸い扉の家に俺たちを招き入れてくれた。
「あんたたちも勇者の仲間かい?」
「いや、勇者の元奴隷で、ゴリさんとは、魔界で一緒に暮らしていたというか……」
「アイツはちょっと特殊だ。時代の鍵になるかもしれない」
「そうは見えないよ。人は見た目が9割というけどねぇ。こっちの娘さんは?」
「私は魔法使いです。不死者の国で封魔のスクロールを作ってました」
「わかりやすくていいね! 石の国でゴーレムの整備士になりたければ言っとくれ。いつでも世話をしてあげられるよ」
いつの間にかテーブルにはポットが置かれ、湯気が立っている。風が吹くたびに、コップや砂糖が置かれ始めた。
「それで、この村の商売を潰して、なんの商売をしろっていうんだい?」
「掃除と修理、それからゴミの始末かな」
ゴリさんがポットから勝手にお茶を淹れて飲み始めた。
「なんだって!?」
ゴリさんの母親の声が村中に響いた。




