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14話「賢者の悪態」


 獣魔道で馬車に乗せてもらい、南へと向かった。

 虫屋のグルーミーは馬車に乗った俺を見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。


「恋人かい?」

 御者の牛頭は、俺たちの様子を見て、小さな声で聞いてきた。

「いえ、今日会ったばかりの戦友みたいな者だよ」

「よほどいいことをしたんだなぁ」

「今日は試合でね。終わって皆で酒を飲んでいるのに、戦場に帰らないといけない」

「繋がりができると、魔界の者同士で争う理由なんてないような気がするのに」

「誰かを好きになるってそんもんかい?」

「時間は関係ないさ」

 牛頭の爺さんは髭を撫でながら、馬車を曳く大きな狼を走らせていた。夜にトカゲは動けなくなるらしい。


 すでに森は真っ暗で、空を見上げても枝葉に隠れて星も見えない。穴倉の中を移動しているようだった。

暗い中、馬車に揺られていると、自然と眠ってしまった。


「おぅい。不死者の国だぞい」

 気づけば、夜が明けていた。

 やはり牛よりも狼の方が速い。

「ありがとう」

 プレートに腕輪を乗せて、乗り賃を払い馬車を下りた。


 ちょうど砦の近くだったので、そのまま歩いていった。朝方だからか湿地帯には靄がかかっている。火吹き草は関係なかったのか。


「帰ってきた! アイツが帰って来たぞ!」

 グールが見つけてくれた。


「逃げて来たのか?」

「そうだな。話したいことが多い。ゴリさんとジルはいるか?」

「ああ、2人とも砦の中で休んでるよ」


 グールたちが目を覚まし、砦が一気に騒がしくなった。


「怪我はないのか?」

 吸血鬼のミーラが、しきりに俺の身体を確認していた。

「大丈夫だ。斧とつるはしはなくなっちまった」

「つるはしは砦に置いてったろ。斧は仕方がねぇ」

 ゴリさんが砦から出て、迎えてくれた。


「生きてたか。死んだら迎えに行っていたぞ。なにがあった?」

 骸骨剣士の隊長が肩を叩きながら笑っていた。


「怖がらずに聞いてくれ。この湿地帯は、近い将来、また戦場になる。今度は別の国から攻撃されるかもしれない」

「そりゃあ、穏やかじゃないな」


 俺は、どの国からかはわからないが、この湿地帯を抜けて海を渡ったところにある人の国が狙われていると語った。全部、竜たちの受け売りだ。


「それに世界樹の枝払いの試合があった」

「枝払いの試合だって!? 国境線で侵略しているっていう時に何をやってるんだ?」

 骸骨剣士の隊長は怒っていた。

「各国の商人や職人が集まって、世界樹の枝を買うんだそうだ。軍費がどうのって言ってたな」

「軍費を集めてるのか。だったら、また戦場に戻ってくるつもりだ。くそっ! 不死者の国からは誰も出てないだろうな?」

「俺が不死者の国の代表だよ。わざと負けようかとも思ったけど、無理だった。もし、そんなことしてたら俺は今頃、草国の土の中だ。すまない」

「いや、俺でもそうした。気に病むな。勝ったならいい」

 ゴリさんはそう言って、俺の肩を叩いた。

「いや、3位だ。どれだけ本気でやっても竜と鬼には敵わなかった」

「アイツが負けることがあるの?」

 ジルは驚いていたが、当然だと思う。

「俺は魔法も使えなければ、空も飛べない。ましてや腕を改造したり、薬で腕力を上げたりもできない。思い知らされたよ」

「各国の技術力を見て、自分が小さく思えたか?」

 ゴリさんが俺のためにスープを用意してくれた。

「そうだね。ただ俺が切った枝に職人たちが集まってきていたから、売上がどうなっているかわからない。手伝ってくれた女ゴーレムが交渉して計算しているうちに逃げ出したんだ。あとで払ってくれるらしい。ようやく資産の腕輪の便利さに気がついた」

 

 ゴリさんからスープの皿を受け取ろうして、ドライアドから受け取った酒を思い出した。


「あ、これ……」

「なんだ、それ?」

「世界樹の実から作った酒だってさ。不死者が飲むと灰になるらしい。勇者に渡しそびれたってドライアドの博士が……」

「じゃあ、ドライアドが勇者に……!?」

 吸血鬼のミーラが酒瓶を見つめていた。

「ああ、そういえば勇者のことも聞いたんだ。魔界で大戦が起きる直前に、竜国にたった一人で乗り込んで、盗まれた秘宝を返し、謝ったそうだよ。吸血鬼の王が竜の秘宝を盗んだのか?」

「わからない。ただ当時は、吸血鬼全員で封魔のスクロールに使うインクの素材を探していた。死んだ我らの王は、先代と比べられることも多かったから焦っていたのもある。もしかしたら、勇者には自分の罪を明かしていたのかもしれない」

 ミーラはそう言って頭を抱えていた。


「罪を犯したからって愛する者を殺すか?」

 ゴリさんが誰に言うともなく聞いた。

「魔界で大戦が起こるとして、止められるなら殺すかもしれん。我らはあまりに死に近すぎる。また時を見て蘇らせればいいと思っていたのかもな」

 骸骨剣士の隊長は、自分の家族と重ね合わせてみれば、と付け足していた。


「勇者には先見の明があるって竜の少女が言ってたよ」

「そうか? かつての仲間だった俺にはわからないことだ。先を見通してたっていうのに、なぜ人の国に帰ったのかも、どうして死んだのかもわからんな……」

「だったら、それ、聞いてこられないかな?」

「はぁ?」

「だから、勇者に聞いてくるんだよ。死んだ人と話せる魔法のスクロールってないのか?」

 ゴリさんも隊長もミーラもぽかんとした顔で俺を見ていた。

「え、ないの?」

 もう一度、皆に聞いてみた。

「ないことはない。交霊術を封じれば作れるだろうけど……。そうか聞けばいいのか」

「うん。どうせ今この砦を何か国もの魔物の群れが攻めてきたら落ちるだろ?」

「そんなこと、やって見なくちゃ……。わからなくもないか」

 骸骨剣士の隊長は途中で納得していた。


「勇者は武力でも技術力でもない戦いをして、魔界の大戦を止めたんだ。人の国に魔物たちが来るとして、争わずに話し合いで解決できる道もあるはずだよ」

「そう単純じゃないぞ」

「だから聞きに行くんだ。俺は元奴隷だし、少しは主人らしいことをしてもらわないと困る」

「ルートを作って交易を始めれば、もう一つの大国が魔界にできるかもしれない」

 ゴリさんが顎に手を当てて考え始めた。


「できるかな?」

 正直なところ、望みは薄い。提案してみたものの自信はない。勇者頼みだ。


「勇者に聞かなくても、売り物さえあればどうにかなるかもしれない。物でも人でもいい。人間の特性を生かした、人間にしか作れない物を考えろ」

「なんだろうな……」

「それが出なくちゃ、人も土地も奪われるだけだ」

 いつの間にか、職案の骸骨たちが集まってきていた。

「人間の特性かぁ」

「生きてるとか?」

「この国の奴以外は皆、生きてるんだよ」

「じゃあ、木を切ったり、石を割ったりすることは?」

「アイツ以外であのレベルには到達できないわ」

 ジルが答えていた。


「空間を使った魔法は?」

 俺は10年、倉庫に入れて薪を送っていた。結局どこに送っていたのかわからなかったな。

「あれは勇者の特技だな。転移とかアイテム袋とかだろ? あの男以外に作れるのか?」

「見た目以上に物が入るアイテム袋は製作していたはずです。容量はそれほど多くありませんが……」

「それがいけるなら、魔界の行商も倉庫の価値が暴落するかもしれない。あとは?」

「クリスタルの通話はできますしね」

「パンが美味いとか」

「魔界ではそれぞれ食べるものが違うからなぁ」

「ゴリさんが行って探すしかないんじゃないですか? 魔界のこともよくわかっているし、きっと人間の技術も変わって見えると思いますよ」

「この俺に里帰りしろっていうのか!?」

 本人は相当嫌そうだ。ただ、不死者の皆はじっとゴリさんを見ている。


「どうしてそんなに帰りたくないんですか?」

「脳が腐るからだ。既得権益で頭を使わないバカが社会を牛耳り、ふざけたストーリーをアホみたいに信じて奴隷に成り下がっている若者を見るのが嫌なんだ!」

 ゴリさんは立ち上がって、いかに里帰りが嫌かを語り始めた。

「いいか? 冒険者なんて言っているが、俺には主人が責任を取らなくていい体のいい奴隷に見える! 価値がわかっちゃいない。自分の価値も国の価値も何もかも。商売する気がないんじゃないかと思えるほどにな! 虫唾が走るぜ! 助け合い? 義理だ? 人情だ? ふざけんな! 飯を食わせてから物言えってんだ!? そんなところから魔界でも使える砂金を見つけろっていうのか!? どんな苦行だ!」

 砦にゴリさんの声が響き渡った。


「すっきりしたか?」

 隊長が笑って、ゴリさんにコップを差し出した。


「ああ、言いたいことは吐き出した。行ってくるよ。故郷に」

 怒りを吐き出して、正気を取り戻したらしい。そんな方法があるのか。

「炭焼き小屋の親父をやってるわけにもいかないんだろ?」

「ここで戦争が起こる可能性は高い。ゴリドールは人の国で可能性を探しに行った方がいい」

 隊長がゴリさんに厚手のローブを渡していた。

「変わっているといいけどな。期待はしてない」

「なるべく早く帰ってきてくれ。交渉で片が付けばいいが、すでに魔界に亀裂は入りっぱなしだ。どれだけこの砦が耐えられるかわからん」


 ゴリさんは隊長の話を聞き流しながら、おもむろに左目の眼帯を外した。ゴリさんが左目を開けると青く光っているように見え、不死者が吸い込まれそうに身を乗り出していた。

「うわぁ~」

 ジルがその様子を見て驚いていた。


「似合うだろ? ローブが似合うってだけで俺は魔法使いになったんだ。バカみたい」

「賢者様ってこういう人のことを言うのよ」

 ジルはゴリさんを指して俺に言った。感動しているらしいが、俺からは大して変わっていないように見える。背筋が立っているが、急に魔法が上手くなったりするのか。

「やめろ。偉そうな肩書は好きじゃない。新し物好きの行商人くらいがちょうどいいんだ」

「そんな自分を卑下する必要ないじゃないですか」

「卑下しているわけじゃない。ちゃんと魔界の価値観で、人の国を判断するんだ」

「はい」

「交霊術のスクロールが出来次第、出発するぞ。銀貨を下ろさないといけないな。ああ、面倒だ!」


 俺たちは人の国へと一時帰ることになった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ゴリさんの慟哭がまるで日本と他国へ向けてる最高の皮肉に思えて思わず納得してしまった
[良い点]  世界樹に比べれば他の植物は全て草、牛よりも狼の方が早い、などの妙に実感のこもった主人公の言葉遣いが好きです。記憶喪失でない現地人なら、地元の慣用句を知ってそうな部分だなと思います。  …
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