13話「突き付けられた現実」
大きな鐘の音が鳴り響く中、俺たちは世界樹へと走りだした。
潰された支柱のような木を駆け上り、梯子をよじ登った。
バサッ!
竜の男と少女が羽を使って一気に上層へと飛んでいく。俺たちとは勝負をしないということか。
両腕を大きな斧に変えた鬼たちが登ってきて手当たり次第に世界樹の枝を切っていく。バチバチと雷のような音がしているが大丈夫だろうか。
獣魔たちは協力して枝を巨大な鋏で断ち切ろうとしている。
「ファイトー!!」
「よいしょー!!」
雄叫びのような掛け声で、しっかり切れていた。ただ、切り口が潰れている。売り物になるんだろうか。
ヴィーン!
ゴーレムは枝に長い腕を巻き付け、無数の刃を回転させて切っているようだ。切り口から、木くずが飛び散って、煙が出ていた。
「なんだ、これは!?」
上層部から竜の声がした。
枝を燃やしてしまったようだ。魔法を使って、枝に引火したらしい。
他にも魔法を使ったり、魔法の道具を使った鬼や竜たちは、枝を凍らせたり、粉々に砕いたりしている。世界樹は魔法厳禁なのかもしれない。
「見てないで行きましょうよ」
「ああ」
虫屋に言われて、誰もいない枝へと飛び移っていく。葉が枯れ、死んだ枝を探す。
声を頼りに探し物はできるが、声がしない方へ行くというのも初めての経験だった。
葉が枯れていて、声もしない細い枝を見つけると、すぐに斧を入れていく。
カスッ。
受口を作る前に、切れてしまった。ただ細すぎて売れるかどうかわからない。
逆に青々とした葉が生い茂り、葉の重みで曲がり始めている枝を見つけた。斧を枝の根元に入れる。
ドプンッ!
光る樹液が水のように溢れ出てきた。何かの役に立ちそうにはないが、世界樹の声を聞く限り、切っておいた方がよさそうだ。
「声が大きすぎるか、声が聞こえないか、か」
「要領を掴んだんですね?」
虫屋は嬉しそうに、世界樹の樹液をミツバチに飲ませていた。
「わからないけど、声に特徴があって、切り口が光っているのを切っていくことにするよ」
「声? 声を聞くと光るんですか?」
「ああ。太いのは後回しにした方がいいかな?」
「いえ、太くても近場から攻めていった方がいいですよ。コツをつかんだのは我々だけではないようです」
見上げれば、竜たちがザクザク、枝を切り落としていた。下で受け取っている亜竜も慌てている。
「負けないぞ!」
なぜだか競争心が生まれてしまう。負けたらどうなるのか、勝てば何が待っているのか、この時は全く考えていなかった。
世界樹の枝にはそれぞれ違う声がして、早い声、遅い声、大きな声、小さい声、いろいろある。真っすぐな声が一番遠くまで通る声だ。おそらく世界樹が生かしたい枝なのだろう。
勝手な決めつけだが、他に俺には判断できない。
「声ってなんです?」
虫屋が大きなミツバチに指示を出しながら聞いてきた。ミツバチは払っていない枝を運んでいく。試合終了間際に丸太にしていけばいいそうだ。
「水の通りとかかな……。木に耳を当てるとゴーって聞こえないか?」
「ああ。それを聞き分けられるんですか?」
「長くやっていれば聞こえるようになるさ」
あまりに太い枝もあるが、脱力して姿勢を正し自分の体重と斧の重さを乗っけるようにして切り進んでいった。節の多い切り株にしかやったことがない技だったが、すべてを出さないと試合にはならない気がしたのだ。
すでに遠くから「急患!」「煙が止まらないぞ!」などと慌てた魔物たちの声がしている。
気にしていられない。上層部では竜たちが腕を振るうごとに、枝がばらばらと落ちていくのだから。
「没頭してもいいかな? 時間になったら肩を叩いてくれ。世界樹の声に集中するから」
「わかりました」
虫屋はマスク越しに頷いていた。
大きく息を吸って止める。耳を澄ませ、邪魔な音を消していく。
世界樹の流れを止めている枝、ねじれてしまった意思の強い枝、他よりも多く水を得ようとしている枝、諦めてしまっている枝、日の光を必死で追いかけて他の枝を絞め殺している枝、すべて世界樹の成長を妨げていた。
女ゴーレムの言う、思惑が入り込んでいる枝というのがよくわかった。
それでも、切らずにはいられなかった。切り口が「ここだ!」と光り輝いていたからだ。おそらく真っすぐな声の枝は、俺には切れない。振ってみたけど、斧の刃が欠けそうになった。
そんな枝を、竜も鬼もあっさり切っている。
「試合は量で勝負だもんな……。やばい。このままだと質でも負ける」
急いで成長をあきらめている枝を探して、ミツバチに運んでもらって手早く切っていく。
力は一瞬。後は重さを乗せるだけ。
試合を通じて、俺は受口を作らず、一振りで普通の丸太のような枝を切れるようになっていた。ミツバチたちも慌てて切った枝を取りに来るようになっていた。
疲れの限界はとっくに超えている。それがよかったのだろう。
ぐらつく足場から、虫屋がゆっくり落ちていくように見えた。フックを太い枝にかけて、足場を掴み、もう片方の手で虫屋の身体を支える。一連の流れが、まるで初めから決まっていたかのように動けた。
「ありがとうございます」
ドクン。
虫屋の種族はわからないが、心臓のある女であることはわかった。
「ちょっと疲れたな。終わりにしようか。時間は?」
「そろそろ肩を叩こうと思ってました」
「下りて、枝の枝払いをしよう」
ミツバチに地面まで運んでもらい、集めた世界樹の枝から小枝と葉を切り落としていく。
「このままの方がいいのか。薪にした方がいいか?」
「このままで!」
日は沈む頃、鐘が鳴った。
ゴーンゴーンゴーン。
世界樹の枝の量は明らかだ。
竜国の面々が切り出した枝が最も高く積まれている。続いて鬼の職人たちが多い。自分たちの身体を作り変えた甲斐がある。煙を吐き出したり邪魔をしていたりしたが、「道徳心がないところが鬼なのだ」と、竜の少女がつぶやいていた。
「3位とは大健闘だ!」
女ゴーレムは拍手までして称えてくれた。
「すまん。後半に切った枝の方が魔力の影響が少ないと思う。思惑はすでに枝として生えている段階で含まれているみたいなんだよ」
「いや、一人で切ったのだから十分さ。それにほら、ドライアドたちの慌てようを見な」
ドライアドたちはなぜか俺が切った枝ばかりを気にしている。他にもゴーレムや獣魔たちが切った枝もあると言うのに見向きもしない。
「はぁ、それでも負けは負けだ。竜と鬼には全くかなわない」
優勝と準優勝の枝は魔物たちに囲まれて、歓声に包まれている。
「今のうちに祝っておくことだ。人族のお前には私しか賭けてなかったから総取りだ」
魔界で人族と初めて呼ばれた瞬間だった。
「おいおい、なんだこの枝は! どちらか振り切っている質のものしかないじゃないか? 誰が切ったんだ?」
「人の奴隷がたった一人で切っただと!?」
職人たちが、俺の切った枝に集まってきてしまった。
「待て! その枝の交渉権は私にある! くそっ、職人たちは鼻がよすぎて仕方ないね。値は吊り上げておくから、後で分け前を取りに来てくれ。振り込みにしてもいい。人だから魔界じゃ少ないだろう。名前はあるのか?」
「アイツだ。裸のアイツと覚えてくれ」
「ああ、覚えた。私はガリヤ・ロバンナ。石国の工具職人さ。いつか石国に来てくれ。案内する」
突然、ロバンナに抱きしめられた。
「虫屋もね」
「また、虫屋のグルーミーをご贔屓に」
ロバンナは「ちょっと触るんじゃないよ!」と嬉しそうに怒鳴りながら、職人たちが集まっている枝の山へと向かっていった。
「虫屋は1日契約です。近くまでなら送っていきましょうか?」
「近く? あ! やべぇ、戦場に戻らなくちゃ……」
こんな木こりの試合に出ている場合じゃない。
「おう。人よ! 3位だったって!? 惜しかったなぁ!」
1位の竜の男と少女が酒瓶を片手にやってきた。
「まぁ、飲めよ」
断り切れない圧を感じた。コップ一杯の酒を初めて飲んだ。
「喉が焼けるようだ」
「そうじゃなくちゃ酒じゃない」
竜たちはすっかり酔っぱらっているらしい。
頭がくらくらしてその場に座り込んでしまった。よくこんなものを飲めるものだ。
「いい戦いだったな」
竜も、どかっと床に座った。
「ああ、あんたのお陰で手を抜こうなんて少しも思わなかった。ありがとう。まったく敵わなかったけど、本気で切れたよ」
「ほとんど一人で切ったお前に言われてもなぁ……」
「勇者も一人だったか?」
「ふぇ?」
「竜国は勇者に借りがあるって前に言ってただろ」
俺は竜のコップに酒を注ぎ足しながら聞いてみた。
「そうだな。あの男はたった一人で竜の国に乗り込んできて、盗まれた竜の秘宝を返しに来たのだ。魔界全土を巻き込む大戦になりかけたというのに、吹けば飛ぶような体で『すまなかった』と詫びに来たのだ。無論、あの人の男が盗み出せるような代物ではない。誰が犯人なのか問いただしても一言も漏らさずに帰っていった」
竜は思い出すように酒を呷った。
「古竜の爺様たちは怒って、殺して帰せと言っていたが、我ら竜でもあの勇気ある者を殺そうとは思えなかった。誰かを庇い、大戦を止めたあの男を。武力以外の力をまざまざと見せつけられたよ」
「その後、しばらくして吸血鬼の王が死んだと聞いたのよね」
「じゃあ、竜の秘宝を盗んだのは……」
タッタッタッタ。
誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「よかった。まだ残っていてくれたようね」
博士と呼ばれているドライアドだった。
手には綺麗な曇りのない酒の瓶を持っている。
「これ、勇者に渡しそびれたお酒」
そう言って、俺に酒瓶を押し付けるように渡してきた。
「世界樹の実で作ってるから、不死者には飲ませないでね」
「飲むとどうなる?」
「聖水と同じよ。灰に変わるわ」
何かがカチリと噛み合ったような音が聞こえた……。
「どうして勇者は人の国に帰ったんだ?」
おそらく勇者は、吸血鬼の王を殺し、魔界の大戦を止めたのだろう。
愛する者を自分の手で殺し、魔界にいる意味がなくなったのか。
それとも、何か別の理由があるのか。
本人に聞くしかない。
「あの勇気ある者は、故郷に帰ったのか?」
竜が立ち上がった俺に聞いてきた。
「ああ、人の国で死んだよ。俺は勇者の元奴隷なんだ。忘れられていたけどな……」
「へぇ。勇者は胆力だけじゃなくて先見の明もあったのね」
竜の少女はそう言って笑っていた。
「悪いけど、戦場に帰るよ。もう、いいだろ?」
博士に聞いてみたが、「私には判断できない」と返ってきた。
特に手枷も足かせもされていないし、自由なのだろう。たとえ追いかけてきても逃げればいい。
「虫屋のグルーミー。ミツバチで国境線まで送ってくれないか?」
「そんなに長い距離は無理なんだ。でも、近くの獣魔道までなら行けるよ」
「じゃあ、頼む」
「わかった」
グルーミーは長い杖でミツバチを呼び出した。
「勇者の話が聞けて良かった。ありがとう」
「いいさ。俺が語ったのは、ただの事実だ。それより、これから人の国の周辺が騒がしくなるぞ。職人たちもだいぶ揉めている」
振り返ると、まだ女ゴーレムのロバンナが職人たちと話し合いをしていた。
「お前が人の能力を示しちまったんだ。魔界の魔物たちが人を取りに行くのも時間の問題だ。それまで潰されないようにな!」
「ああ、わかった!」
ミツバチが俺とグルーミーを抱えて飛んだ。
「また、会おう!」
「またな!」
ブンッ!
羽音が鳴り、一気に試合会場から離れた。
別れの温度は冷たく、抱えた酒は温かかった。




