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11話「草国の木とは」


 揺れていた。

 大きく息を吸うと、緑の臭いが体の中に入ってくる。


「起きたか。奴隷の国の者よ」


 ドライアドが牛車を操っていた。俺は荷台の檻に乗せられて、大きな木の枷を足と手首に付けられている。斧もつるはしもなく身動きは取れない。よほど俺を自由にしておきたくないのだろう。


「なぜ俺を生かしている?」

 あれだけトレントやマンドラゴラを潰したのに、ドライアドは同胞とは思っていないようだ。


「見極めるためだ」

「何を?」

 ドライアドはその問いに答えなかった。

 牛車は獣魔族の操る馬車よりもはるかに遅い。

 

 時々休憩して水を飲ませてくれる。仲間もいるようで、道の脇にある森に隠れているらしい。風の音ではない布が擦れるような音が聞こえる。

 牛車を操っているドライアドは裸の女の見た目をしているのに、森にいる者たちは服を着ている。

「服を着ない理由はあるのか?」

「いや、興味がないだけだ。なんだ? 奴隷でも興奮するか?」

「そんな体力があったら、手枷を外しているよ」

 この時の俺には何に興奮するのかはわからなかった。少なくとも木目の女に興奮できる想像はしていなかった。


「どこまで行くんだ。どうせ聞いてもわからないが、何日かかる?」

「2日はかかる。お前らの国と違って、草国はゆっくり確実に進んでいく」

「2日か……」

 ドライアドは長い木の棒で牛に行き先を指示出している。とはいえ、ほとんど道はまっすぐで時々牛が道草を食うので、やることはほとんどないように見える。


 捕まってどこかに連れていかれるとして、やらされることは奴隷と同じだろう。

 脳を使って血を入れ替えないといけない。手枷足枷を封じられたぐらいで止まっていると、すぐに腐る。


「なぁ、魔界について教えてくれ」

「黙ってろ」

「どうせ暇だろ。俺は来たばかりで魔界を知らないんだ。魔界の魔物たちはどうやって暮らしているんだ?」

「知らん。それぞれの国で違うだろ?」

 聞いたら、少しは答えてくれるのか。このドライアドが知らなくても、森の中を歩いている奴なら知っているかもしれない。

「俺はずっと奴隷だったから、戦争は初めてだったんだ。あれって、最初からずっと考えていたことなのか?」

「そんなわけないだろ。お前が全部ひっくり返したんだ」

 俺は何をひっくり返したんだ?

マンドラゴラを潰して回ったことか?

ラフレシアの溶解液をグールたちに渡したこと?


「あ! 火吹き草を刈り取って霧を消したことか? あれは、俺も知らなかったんだよ。まさか温かい空気に冷たい空気が入ると霧が発生するなんてなぁ」

「我々がどれだけ計画を立てて、吸血鬼の目をごまかし、グールの鼻を誘惑していたかわかっていないのか!?」

 ドライアドは長い棒で檻を叩いていた。檻を殴っても俺は全然痛くないのに。


「おい!」

 森の中から咎めるような声がした。

 御者をしているドライアドは「ふん」と息を吐いて、道の先を見ていた。


「あんたはどうして森の中を歩いている? 道の方が歩きやすいだろ」

「人の奴隷を襲うなら森の中から気を窺うのが定石。潜んでいる山賊を見つけるなら、最初から森の中を進むことだ。枝から垂れさがっている蔓だって、お前を襲うかもしれないのだ。警戒を怠るなよ」

「なるほど……」

 頭上には道の両側から枝葉が伸びて、木漏れ日が射している。枝葉から蔓が垂れ下がっていることもあるが、これも攻撃のひとつかもしれないらしい。

「そんなこと考えたこともなかったな」

 敵や相手を想像して、反すのか。


「お前は今までどうやってトレントを切り倒してきたのだ? 何も考えずに攻撃を躱していたのか?」

 森を歩いていたドライアドが、ガサガサと藪をかき分けて道に出てきた。

「いや、声が聞こえるだろ。振りかぶれば音もするし」

「トレントの声を聞けるのか?」

「聞けるよ。トレントの群れの中で、あんたらドライアドが洞から出てきた音だって聞いていた。地上の音ばかりを気にしていて油断したよ。人の国でもドライアドが洞に逃げていくのは見ていたんだけど忘れてた」

「お前、もしかして博士が奴隷の国で見た天敵か?」

 天敵って誰かにも言われた気がする。


「草国と石国の天敵と言われたことがあるかもしれない。ゴリさんだったかな」

「では、私たちの他にドライアドが近くにいると思うか?」

「そりゃいるだろう。枝と枝を飛び移るように移動している音が聞こえるからな。足に水分が足りなくなってきているから、そろそろ水休憩をしたほうがいいんじゃないか?」

 提案してみると、牛が止まった。


「奴隷の国の者は皆、お前と同じ能力があるのか?」

「知らない。奴隷時代はほとんど一人で生きていたから」

「冒険者はどうだ?」

 ドライアドは代わる代わる聞いてきた。

「冒険者は2日くらいしか経験してないからな。わからない。ただ、教官の鎧の音を聞いて壊したら驚かれた」


 枝を飛び移っていたドライアドが蔓を伝って、檻の上に降り立った。


「私を殺すなら、どこを切る?」

「斧もないのに切れないだろ。檻が邪魔でよく見えないし」

「いいから想像してみろ」

 頭を使えってことか。

 話し声ではなく、ドライアドの身体の声を聞いてみる。


「だったら細い部分を切る」

「首か?」

「いや、腰の方が光って見える」

「光ってだと?」

「声を聞いていれば、どこを切ってほしいのか、どこを打ってほしいのか光り始めるんだ」

 そう言うと、ドライアドたちはしばらく黙ってしまった。


 道草を食べていた牛が動き始めて、ようやくドライアドたちも動き始めた。

「生まれた時から、見えていたか?」

「いや、10年薪を割って、採掘する奴隷生活を続けていたらできるようになったな」

「10年か……」

 俺が魔界について聞いていたはずなのに、いつの間にか聞かれる立場になっている。


「今度はこちらからの質問に答えてくれ。あのグールたちの身体が溶ける聖水はどこで手に入れた?」

 不死者たちはそんなものはないと言っていた。

「聖水ではない。世界樹の朝露だ」

「世界樹って?」

「今から行く場所だ。草国唯一の木だ」

「木なんていくらでも生えているじゃないか?」

 周りには木々が生えて、青々とした葉が日光を受けている。


「世界樹から比べれば、我々など草に過ぎない。見ればわかる」


 世界樹にたどり着いたとき、ドライアドの言っていたことがわかった。


 世界樹は緑の山だった。遠くから見ても近くから見ても幹がなければ山にしか見えない。

 頂上付近は雲に隠れて見えないほどだ。近づいていくと、何本もの大木が世界樹の枝を支えているのがわかる。世界樹の呼吸が風を生み出して、新鮮な空気を入れ替えている。

 遠くから見ても世界樹の幹はどこまでも続く壁にしか見えない。その下に建物がいくつも建ち、町が出来ていた。


 いつからあったのか、どこまで成長しているのか、まるでわからない。


「お前には、世界樹を切ってもらう」

 牛を操っていたドライアドが言った。


「いや、無理だろう!」

「枝葉の先の方だけだ」

「なんだ……そうか、とは納得できないぞ!」

 枝葉の方でも相当な太さがある。斧で切れるかどうかわからないほど太い。

「できなければ、殺して世界樹の栄養にするだけさ」

 死ぬか切るかだったら、切るしかない。


 俺は世界樹の幹に近い町へと連れていかれ、枷をつけられたまま別の檻に入れられた。

「ここからどうやって逃げたらいいかもわからないのに、逃げないぞ」

「ダメだ。お前は我々の天敵だからな」

 牛を操っていたドライアドは、水袋だけ渡してきた。

「腹も減った」

 ドライアドがクルミを一つ寄こしてきたが、足りるはずもない。


「ようやく、来ましたか……」

 通りの奥から眼鏡をかけたドライアドが声をかけてきた。

「博士が奴隷の国で見た男はこいつですか?」

「そうそう。奴隷ではなく人の国というのよ」

 博士と呼ばれたドライアドは眼鏡をかけなおしながら答えた。


「人ねぇ」

 ドライアドは納得いっていなかった。移動中は優しかったが、周りの目を気にしているらしい。人を差別しないとドライアドの中では白い目で見られるのか。

「それからクルミじゃなくて、こういう携帯食というのを食べるのよ」

 博士は携帯食を渡してきた。腹も減っていたので、一口で食べてしまう。口の中の唾液がすべて持っていかれた。

「美味しい?」

「手枷がなければもっと美味しいよ」

「彼とは違うのね」

「彼って誰のことだ? ゴリさんか?」

「勇者のことよ。故郷に帰ったらしいけど元気にやってるの?」

「死んだよ」

 そう言うと、ドライアドの博士は「そう……」とだけ返し俯いた。


「勝っても負けても試合が終わったら、待っていて」

「おい、ちょっと待て。俺はなんの試合をさせられるんだ?」

 ドライアドたちは何も言わずに去っていった。世界樹を切ったり、試合をしたり、俺の今後は予定が詰まっているらしい。


「試合ってなんのだ? 戦場はどうなった?」

 ようやく一息つくと、檻の中からドライアドの町がよく見えた。

 ドライアドの他にも似たような人型の花の魔物や、子供のようなサイズのキノコの魔物、杖をついたドライアドの老人、走るサボテンなどいろいろ種類がいるようだ。


「えっくし!」

 ボフッ!


 炎と一緒にくしゃみが聞こえてきた。


「あ~、この国は花粉が酷い」

 白いシャツに黒いスカートを履いた少女が料理屋から大きな声を上げながら出てきた。炎を吐き出して喉が乾燥したからか「蜂蜜を舐めないと」などと言っている。


「あれ? 奴隷じゃん」

 俺を見て少女は、驚いていた。よく見れば、少女の首筋には鱗が見える。後頭部から角のようなものも生えているようだ。


「奴隷は初めてか? 俺もくしゃみで炎を吐き出す少女は初めて見たよ」

「竜種は引きこもりが多いからね」

 この少女は竜の娘らしい。人の形に化けられるのか。


「なんでこんなところに閉じ込められてるの? 売り物?」

「知らない。戦場から連れてこられたんだ。世界樹を切れと言ったり、試合をしろと言ったり、わけがわからない」

「じゃあ、あなたも業者の一人なの!?」

 大きな口をさらに開けて、ものすごく驚いていたがこっちは業者になったつもりはない。


「なんの業者だ?」

「材木屋よ。木工職人や燃料屋もいるわ。とにかく草国の世界樹の枝を切れるなんて魔界じゃ滅多にないことなの。だから、魔界中から関連業者たちを呼んで、切るって話だったんだけど……」

 世界樹の枝を早く切る試合でもするのか。

「確かに薪割りくらいしか俺にはできない。だからって戦場から敵の人間を連れてくるか?」

 俺は手枷まで見せて竜の娘に聞いた。

「戦場とは、どこのことだ?」

 突然、腹に響くような声が聞こえてきた。

 料理屋の扉が開いて、竜の娘と同じように後頭部から角を生やした目つきの鋭い男が現れた。心臓を握られているような威圧感がある。


「えっと……、不死者の国と草国の間にある湿地帯だ。いつの間にか草国のマンドラゴラやトレントに侵略されていた」

「あぁ、噂は本当だったか」

「え?」

「人間の奴隷よ。お前たちは狙われているのだ」


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