三枝紅麗逢
デパートを襲った事件から数時間。ネットやテレビ等のメディアを通して、この事件は順調に拡散されいた。デパートの周囲は武装した警察が取り囲み監視の目を絶やさない。
きちんとした連携で、この島の住民の避難も順調に進んでいた。ここまでは概ね、彼女らの計画通り。
ただ、そんな波に乗ったこの事件の主犯格。もとい彼女は、家電コーナーのテレビから視線を外して気だるげそうに声を上げていた。
「⋯はあ。随分と暇ですわねぇ。」
その姿は、デパートの家電コーナーにいるにはあまりにも浮いている。その上無人なのだからおかしいことこの上なかった。
まず、その特徴的な服装。今どきの日本ではまず有り得ない、真っ赤なドレスを着こなしていた。胸の辺りには青色のブローチ。靴こそ市販のスニーカーだが、逆にそれが印象を強めていた。
そして、眩いばかりの巻かれたブロンドヘアーにこちらも負けずと輝いている翠眼。
大人っぽさが少しだけ見えるあどけない顔つきは、それこそ舞踏会にでも居るような綺麗な人間に映るだろう。
このグループのリーダーであり、最高戦力な彼女は、座り込んでいた床から立ち上がって歩き始めた。
このデパートを占拠してから数時間。今行える娯楽がなかった為にとりあえず集中することも無く意識半分で見れるテレビを見ていたのだが。物珍しさ故に楽しかったのは最初の1時間ほど終わってしまったのだ。
それもそのはず、今ではもう自分たちが起こした事件を繰り返し報道するだけのループ動画と化してしまっていた。事件を起こした側なので、これに関しては文句は言えない。
ただ一応、娯楽をしようと思えばある。もちろんデパートなのでゲーム機等が置いてある訳だ。しかし敵がいつ攻め込むとも分からないのに、悠長にゲームをしている気にはなれなかった。
そんな気持ちのリーダーとは別でゲームを熱心にやっている仲間も居た。横目でそんな彼を捉えながら彼女は別の場所へと移動していく。
胸の中で少しむかむかしたような気持ちにもなるが、元々住んでいた場所の娯楽のなさを考えるとしょうがない気がしたのだ。と言っても、まだ国がこの島を諦めていない以上すぐに動けるようにしてもらいたいのだが。
この場を去るのは少し不安でもある。ただ彼の能力は守るのに適しているので何かあっても自分がすぐさま駆けつければ対処出来るだろう。それに、彼女の仲間の1人が外の警戒に当たっているので気付かれずに侵入されることもない。
島民の避難も順調に進んでいる以上、ここに警察が突撃してくるまでに1時間もないだろうから。
いや、恐らく警察には能力者な自分たちは荷が重いはずだ。なら、来るのは自衛隊かだろうか。それとも、もしくは⋯。
まあ、そんな想像をしていても仕方がない。結局のところは一本勝負、1度の負けがそのまま自分たちの運命に直結するのだから。
一応、戦闘をする事を見越して色々と対策は行ってはいる。ただそれでも命をやり取りするような戦闘はまだ未経験だった。なので、ここに来る相手の戦力が低いに越したことはない。
ただ、この先の事を考えると低すぎるというのも問題に思えるが。
そもそもとして何故このデパートを占拠したのか。それは彼女たちのひとまずの目的はこの島を自分たちのものとして占拠することだからだ。
その際、戦闘時に出来るだけ自分たちを強く派手に見せつけることで、撤退させしばらくこの島から手を引かせる。これから行動を移すにあたって、超能力者が住むこの場所は丁度良く、時間稼ぎをする事で更に牙を整える算段となっている。
そう、彼女たちの真の目的である。
───世界征服の足がかりとして。
そもそも彼女、三枝紅麗逢は孤児だった。7歳の頃に両親を事故で亡くし、親族が他にいなかった事から孤児院を転々としていた。後に超能力者だと分かってからは、東京に住んでいた事からこの島へと送られたのである。
別に、この島に来たこと自体に何か恨みがある訳では無い。むしろこの場所に来てから第二の家族とまで言える仲間たちに出会えたのだから、幸運だったのだ。
問題は、超能力を持たない人々の彼女らへの考え方だった。外国の事は分からないが、少なくとも日本国内では超能力者に対してのイメージに良いものは無い。
彼らからしたら、自分たちは得体の知れない化け物なのだろう。同じ、血の通った人間だと言うのに。
彼女は能力が発覚する前、この島に来るまでは孤児院で生活していた。ただ、院内で能力が見つかってからは人を問わずに心身ともに攻撃をされた過去がある。
それからすぐにこの島へと移ったものの、超能力者への差別は決して無くなることは無かった。
そもそも能力者と非能力者の住宅街は離れていて、極力街には出ないようにと色んな人に言われた。彼女に対して、化け物だと、同じでは決してないと蔑まれたのは、どこも同じだった。
そんな声を聞く度に恐ろしく、同時に死にたくもなっていった。
彼女が今でも生きているのは単なる偶然に過ぎない。あと1歩違えば、刃物が首に伸びていたであろうことは想像に難くなかった。そんな生き地獄が、彼女の世界だったのだ。
とは言っても、仲間たちに出会った今となっては死ぬなんてことは考えられないのだが。
そんな扱いを受けたからと言って、彼女は世界を嫌っている訳では無い。ただ、変えたいのだ。超能力者と能力者の壁がない世界に。
彼女の中で霞みつつある遠い両親の記憶。その中の2人は、決して人によって態度を変えたりしない優しい人だった。
そんな2人ならきっと、同じ状況下だとしても絶対に世界を恨んだりしない。それだけではなく、愛しているからこそ間違いなく変えようとするはずだ。
周りの目から察するに少しというかかなり過保護な2人だったが、紅麗逢はその2人を世界一尊敬して、そして愛している。
だから、誰も死なせずに変えようと思うのだ。死んだ2人に誇れるように、そして仲間たちがより楽しく平和に過ごせるように。
そこまで考えてはっきりと周りを見ると、気がつけばこのデパートの最上階であるゲームセンターのフロアに着いていた。
店の中にしては少し暗く、たくさんの筐体からBGMだったり恐らくオープニングだと思われる曲と映像が少しうるさいほどに流れていて、今まで1度もこう言う所に来たことがない彼女は少し興味を惹かれる。
確か聞いたところによると、この場所の1番の目玉はレースゲームだと言われていた。街中を歩いている時に小耳に挟んだ程度で、本当に面白いかは実際にプレイをしてみないと分からない。明日にでもみんなを誘って見てみてもいいかもしれない。まあ、その前にひとつ山場を越えないと行けないのだが。
何となく外の景色が見たくなって、紅麗逢は屋上への階段を探すために探索を始める。客が行けるような場所には無いだろうから、スタッフが出入りする場所だろうそう思いスタッフオンリーの扉へ。
そうして少し歩いた所で、恐らく屋上へと続く階段を見つけた。上まで歩いて、ゆっくりと扉を開く。屋上に鍵がかかっていないのは少し不用心だと思った。
ただ、開けた視界の先は。そんな考えがすぐに忘れ去られてしまうような景色だった。
空が、いや、世界が染まっていた。沈みゆく太陽の濃い色の光が、青かった空を緋色にして。雲は更に濃い深紅色。
視線を下に向ければ、空がそのまま落ちてしまったように河川に身を写して。陽の光が斜めに入ることにより光の道が彼方まで続いていた。そして、そのまわりには木々が影絵のように黒く染まって。もっと手前には一軒家がぽつぽつと見える。
風が彼女の髪を揺らし、それを心地よく思いながらただされるがままに目を閉じた。
遠い景色を見て、心を穏やかにして、ただ安らぐ時間なんていつぶりだろうか。そんなことを考えて、音が響いた。
音の発生源は腰に着けたトランシーバーで、もう時間らしい。それを手に取って耳元に当てる、どうやら紅麗逢を呼びかけているようだ。
仕方ない、一息ついてこの時間へのお別れとした。
「もしもし、聞こえてますわよ。で、何と戦うことになりますの?……へぇ、1番面倒なのが来ましたわね。それでは、皆さんに呼びかけてくださいまし。プランはCの2で、来客は手厚くもてなすとしますわよ。」
それだけ言って、トランシーバーを腰元に戻すと紅麗逢は駆け出した。階段の方ではなく、目の前に見えるフェンスのその向こうへと。
(敵は5人。まあ私が戦うのは1人になりますけど、一応カバーには入るかも知れませんわね。なら、時間は長めに取るとして1時間。
…倍率は、油断なく10倍にしましょう。もう、今日は捨てまするとしますわ。初陣はかっこよく決めたいですから。)
そのまま勢いを落とさずに、2mはあるフェンスを飛び越える。7階建てのデパート、その屋上から。一見すると自殺志願者のように思われるだろうが、彼女にはもちろんそんなつもりは無い。
こんな高所から飛び降りることすら可能とする身体能力を強化する力。それが紅麗逢の持つ、超能力だった。
もちろんデメリットは存在する。彼女の場合は上げた身体能力の倍率×使用した時間その反動で動けなくなるというものだ。
紅麗逢は空中で器用に体のを動かして、デパートの壁面を足をつけて駆け抜ける。
地面が程よく近くなったところで壁を蹴り宙で一回転し、着地。デパートの出入口への目の前に着いた。
先程の報告では、敵はもうデパートの中に侵入しており1階を捜索中のこと。
とりあえずもう一度駆け出して中へ。それから数秒かかっただろうか、敵を発見した。
そして、音が轟く。それは、ただ彼女が床を踏み抜いただけの音だった。
振り返った敵を目にして、お上品な笑みを浮かべてお手本のようにスカートの裾を持ってお辞儀をする。
そして、宣言した。
「皆様方、こんな辺鄙なところまで御足労頂きありがとうございます。つきましては、今からぶちのめしますので勢い良く逃げてくださいまし?」
軽く小馬鹿にしたように、戦闘の始まりを告げたのだった。