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3 まさか女子と胸(おっぱい)の話をするほど人間レベルが上がるとは誰も考えないだろう?


 6月になった。異世界転移まで、あと1か月。


 ここで僕は、今まで避けてきていたある行動に挑戦する。


 それは、クラスメイトとのコミュニケーション。


 苦手な部分でもあるし、これまでほぼ会話をしていないという自業自得な状況もあって、困難度はかなり高い。


 だからこそ、コミュニケーションというものについても調べてみた。


 どうやら相手をしっかりほめるといいらしい。たぶん。だから、とにかく、ほめる。ほめていく。


 そして、絞る。ターゲットを。クラスの誰に声をかけるべきかの見極めが大切。


 この人たちとは異世界でも一緒にやっていけるかも、という人に絞る。


 ……もちろん、女子が基本。男子? まあ、必要があれば、別に。男子の方が話しかけやすくないか、だって? ぼっちの僕からしてみたら、どっちでも難度は高めだから。同じだと思う。


 4月、5月と座席が教室後方だったこともあり、後ろからみんなをできるだけ観察してきた。


 6月の席替えで前から2番目の席になったのは、前回の記憶と微妙に異なるけど、これはチャンスでもある。


 僕がターゲットに定めたのは、佐々木さんと野間さん。


 いつも配布物のお手伝いをしてくれている優しい系女子……だと思われる女子だ。


 ……優しい子が基本ですよ、それは。もちろん。だって、話しかけて、いきなり「キモい」とか言われたら軽く死ねるし。たぶん、この二人なら、いきなりの「キモい」はない、はず。


 そうしてチャンスを待つこと3日。6月3日の帰りのショートホームルーム。


 日直が運んできたプリントの山をいつものように佐々木さんと野間さんが手伝おうと動き出す。


 ……ここだっ!


 僕も椅子から立ち上がり、教卓へ歩く。そして、そのまま、プリントを一束、手に取った。


 佐々木さんと野間さんがちょっとびっくりしていたが、ここで怯んではいけない。


「僕も、手伝う。て、手伝わせて……」

「あ、うん」


 一番前の席に、その列の人数分、プリントを置いていく。


 ……なんだこれ、6枚とか7枚とか、プリントを仕分けていくの、けっこー難しい。


 ちらりと見ると、佐々木さんや野間さんは、何度かプリントの束を揺さぶってから、仕分けているようだった。僕と比べるとはるかに枚数を分けるのが早い。僕が一束、全ての列に配り終えた頃には、佐々木さんと野間さんは、二束ずつ、プリントを配り終えていた。


 ……たかがプリント配りと思って油断してたけど、意外に高度な特殊技能だったとは!?


 謎の敗北感にまみれながら、僕は自分の席に戻った。


 ちらりちらりと佐々木さんと野間さんからの視線を感じたけど、基本的にぼっちの僕には、それにどう対応すればいいのか、わからない。チャンスだとは思うんだけど、これはそう簡単な問題ではないのです、はい。


 勇気を振り絞って、プリント配りの手伝いはしたけど、考えてみたら、そこから会話に発展する要素は別になかった。


 次の作戦はどうするべきか、と考えながらショートホームルームを過ごし、かばんに荷物を整理して、教室を出て行く。


「あ、ちょっと……」


 出て行く直前、佐々木さんに呼び止められた。佐々木さんの斜め後ろには、野間さんもセットでいた。


 とりあえず僕は足を止めて、二人に向き合った。


「さっきは、ありがと」

「あ、いや……」

「渡くん、だよね? 話すの、初めてだよね?」

「あー、うん」


 ……しっかりしろ、僕! チャンスだ! 調べた通りにほめろ! ほめるんだ!


「ええっと、なんか、4月から、ずっと、後ろで……」

「え?」


 僕はしどろもどろになりながら、なんとか言葉を続ける。突然語り始めた僕に、佐々木さんがちょっと戸惑ってるのはわかるけど、ここは押し切るしかない。ぼっちのコミュニケーションスキルは低いんですよ!


「見てたら、いつも、二人が、お手伝い、頑張ってたから、すごいな、って、思ってて」

「あはは。そんな、大したことじゃないのに」

「あ、いや、ほんとに、すごい、と、思う。だ、だから、席が前になったから、僕も、佐々木さんと野間さんみたいに、手伝えるといいなって、思って、さ」

「わ~、なんか、てれるね~」

「ご、ごめん……」

「ううん、ありがと~」


 ……おおう、なんか、いい人だな、やっぱり。しかも、野間さんも、顔、赤くしてるし。ほめほめ作戦、成功か? ひょっとして?


 二人とも、フツーにかわいい。別に、学年一とか、クラス一とかじゃなくて、本当、ただただかわいい。女の子って、なんか、いい匂いもするし。


「じゃ、また明日~」

「あ、うん……」


 短い会話は本当にすぐに終わった。


 だがこれは、ぼっち傾向の高い僕にとっては偉大な一歩であった。月面着陸並みかも。


 これ以降、2度、3度、4度と、プリント配りはできるだけ手伝うようにしていくうちに、期末テスト週間に入った6月下旬には、佐々木さん、野間さんとは、それなりに個人情報をゲットするくらい、会話ができるようになっていた。頑張りましたよ。


 佐々木さんは、佐々木理子さん。アーチェリー部所属。あだ名はキリコ。中学校の時、同じクラスに矢野莉子さんという女の子がいて、名前がリコかぶりのため、キリコとノリコで呼び分けるようになったことがきっかけらしい。野間さんとは中学校が同じ。中学時代は陸上部で短距離だったそうな。


 野間さんは、野間真弓さん。同じくアーチェリー部所属で、あだ名はママユミ。佐々木さん曰く、母性が強いタイプだから、とのこと。うん。確かに胸部はとても豊かに見えるけど、できるだけそこに視線を送らないようにしないと。マナー違反だから。野間さん、中学時代は弓道部だったそうな。名前のせいだろうか。


 よくしゃべるのは佐々木さんで、野間さんはにこにこしていたり、顔を赤くしたりして、なんかかわいい。でも、ラノベの話は野間さんがぐいぐいくるので、そういう意味ではいい人とつながりを持てたかもしれない。あくまでも偶然だけど。


 6月も終わりが近づいた頃、なんとなく、野間さんにアーチェリーと弓道の違いを聞いてみた。


「む、胸に、弦が当たるか、当たらないか……」


 ……思わずちらりと野間さんの胸に視線を移してしまいました。え? 本当にそういう違いなの? それ?


 その視線に気づいた野間さんの顔が赤くなって、それが耳まで達して。僕も自分の顔が熱くて、赤くなってるだろうと気づいて。


「二人とも中学生かっ!」


 そう突っ込む佐々木さんに僕たち二人はばしばし肩を叩かれることになった。


 それが、異世界転移、3日前の話。


 残念ながら、僕のプリント配りの技術は上達しませんでした。まあ、異世界ではたぶん必要ないからいいけど。




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