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15 師匠が実は有名人って知らなかったよ、はテンプレか。


 王都脱出、王国脱出の二人旅は、とても順調。


 ギーゼ師匠の4泊5日の森の修学旅行を経験していてとても良かった。


 1羽、ウサギを狩ったら、その肉で三日は食事に困らないという。1羽のウサギを仕留めるなんて、我が相棒リコさまにかかれば、鼻歌交じりで瞬殺ですから。


 それなりに余裕があったので、移動中は、今まで試すことができなかった『身体強化』の限界に挑戦して、確認してみた。


 なんと、本気出せば、しっかり根付いてる樹木を1本、あっさりと引き抜くことができます。僕は人間ブルドーザーか。


 馬車で三日と聞いていた町は、その日のうちに半日もかからず通過しました。僕は人間新幹線か。


 およそ10メートルくらいの範囲を最速で移動すれば「テッシンのスキルって『瞬間移動』ってやつなの?」とリコに言われました。僕は超能力者か。


 いやいやいやいやいやいや、何コレ、マジですか? 僕の『身体強化』3つ分重ね掛けが最強すぎる。開拓者としての成功が約束されてる気がしてきた。


 なんか、イケメン神様、これくらいなら問題ないとか、パワーバランスは大丈夫だろうみたいなこと、言ってた記憶があるけど、それってつまり、これだけの力があってもヤヴァイ相手がどこかにいるって意味とも考えられるよね? 異世界超怖いです……。


 そんなこんなで、僕の『身体強化』を使って移動したら、常識の範囲外の速度で国境の町にたどり着きました。それと、お姫さま抱っこのリコの感触は最高でした。秘密ですが。


 リコの『直感』とも相談して、この国と戦争してる北方の国々から離れて、南方の国へと移動するつもりでやってきたここ、マラゼダの町。


 王都以外のところでは初めての開拓者ギルド。途中の町は全部スルーでやってきたので。監視役の人たちが僕とリコの不在に気づいても、足取りを追えないように。


 三階建てぐらいの大きな建物だった王都の開拓者ギルドと比べると、平屋の一軒家なのでなんかしょんぼりした感じがする。


 認識票でギルドメンバーの確認をしてから、金貨10枚の為替を見せて、金貨を請求する。5日、待ってほしいとお願いされた。やはり田舎町では大金は簡単に引き出せないのか。為替は、手数料を払えば金貨10枚だけど、払わなかったら金貨9枚と銀貨90枚になる。銀貨もほしいから、手数料は払わない。


「できれば、早く、お願いします」

「ああ、できれば、そうしよう。こっちもそんな大金、下手に扱いたくないから」


 田舎の開拓者ギルドとしては、金貨10枚は困った大金になるらしい。


「それと、この町で一番信頼できる、一番いい宿を教えてください」

「あー、そもそも、宿がそんな数はないが?」

「その中でも一番のところで」

「……春風亭、だな」

「どこにありますか?」

「このギルドの斜め向かいの、三階建ての建物だ」


 教えられた宿に部屋をとる。フロント前に酒場が併設してる感じのザ宿屋。ちょっとRPGっぽくて興奮するよね。


 1泊朝食銅貨20枚で割り当てられた部屋は王都の野薔薇亭よりも広かった。これが物価の違いか? ギルドで確認したウサギの買取価格は同じだったのに。ただし、トイレはツボで同じ。リコがそれを見てリアルに膝をついた。僕も心の中でがっくりしたけど。たぶん、リコとは別の意味で。


 銀貨1枚で5泊分は先払いしておく。


 その日は今まで王都の野薔薇亭でそうだったように、リコとは背中合わせで寝た。旅の間は僕のマントの中で身を寄せ合って寝ることもあったので、ちょっとさみしかった。


 あ、僕らはまだヤってませんので。ギーゼ師匠の森の教えは守ってます。はい。別に聞きたくないと思うけど、キスもあの1回だけですよ。とほほ……。


 次の日は、リコと二人で森へ入った。


 イノシシでも狩って、宿代ぐらいは稼いでおきたいと考えたんだけど。


「あっちかなー。大物の感じ」

「よし。行ってみよう」


 リコの『直感』頼りに、森へと踏み入る。


 しばらくして、草木をかき分けるガサガサ音とともに姿を見せたのは、イノシシではなく大きな灰色の熊だった。熊は僕らとばったり遭遇して、後ろ足で立ち上がった。威嚇だろう。体長は僕の倍くらい、3メートル以上ありそうだ。リコの『直感』が鋭すぎる。大当たりだけどハズレという感じか。


「んひぃーっっ!」


 びっくりしたリコが変な悲鳴を上げながら、弓で先制して熊の右眼を射抜いた。びっくりしてても狙いが正確とかどんだけすごいんですか、リコさま。


 僕は熊の視界が奪われた左側へと回り込む。


 音か、臭いか、どっちかはわからないけど、右眼を奪われても、熊は僕の動きに反応して首を動かした。


 でもそれは、リコに対して左眼をさらしただけだった。


 リコの二射目が熊の左眼へと吸い込まれるように刺さる。たぶん、その痛みで、熊が首を激しく左右に振った。


 僕に対する警戒は消え失せたのか、忘れてしまったのか。まあ、熊の考えることはわかるはずもない。


 僕は助走から跳んで、近くの木を蹴ってさらに大きく跳び上がり、熊の脳天に向けてメイス2号を思いっきりぶち込んだ。


 熊の頭が爆散して、熊はがくんと膝をつき、倒れていく。その、倒れた熊の背中の上に、僕は着地した。


「……テッシン、倒したの?」

「あ、うん。リコの矢が、完璧に決まったから、楽にイケたね」

「びっくりして思わずやっちゃった。あ、さっきのテッシン、すっごくかっこよかったよー。えへへ……熊って、大きいねー」

「あ、うん。あはは……動物園でシロクマを見たことがあるけど、あれよりも、コイツはもっと大きいと思う」

「こっちの世界だと、大きくなるのかな? ウサギも少し大きい気がするよね?」


 フタツノウサギも、ヒトツノウサギも、僕が知ってるウサギよりはたぶん二回りくらいは大きい。


 何か、元の世界との違いが……って、魔法関係か。あり得る。


「動物じゃなくて、魔物、だからかもね」

「魔物、かー……これ、どうするの?」

「でかいけど、持って帰るか……」

「あー、テッシンなら、大丈夫、なんだよね?」

「まあ、たぶん」


 僕は熊の後ろ足を掴んで、それぞれの足を左右の肩に分けて乗せるようにして、熊を引きずって歩いた。


「ホント、こんなの、軽々と運んじゃうんだもんねー」


 確かに。『身体強化』様様ではある。


 でも、こういうことができるというのは、僕とリコにとっての普通であり、一般的にはあり得ないことだった。


 マラゼダの町の門では、門番はびっくりするのを通り越して、あっという間に5歩は後ずさった。しかも、飛びのく感じでかなり遠くへ。それ、門番としてどうなの。いや、この熊、死んでますが、何か?


 開拓者ギルドへ向かう道では、そのへんにいる人たちが目を見開いて逃げ出し、その後、人数を増やして再登場して、またみんなで目を見開かせていた。見世物か。アンタたちのその顔の方がよっぽどおもしろいんですけど?


 ギルドの建物の中には持ち込めそうにないので、声をかけようと思ったら、こっちから声をかける前にギルドの建物の中から、職員が飛び出してきた。


「……は、ハイイロヒグマ、なの、か?」

「名前は知りませんけど、熊は熊かな、と?」

「知らずに狩ったのか……」

「買取、いくらになります?」

「あ、ああ……ハイイロヒグマは、討伐証明部位の右手だけで銀貨50枚、本体となると、どうだろうな? あ、頭が潰れてんじゃねぇか。頭が綺麗に残ってりゃ、金貨5枚はあったと思うが……」

「え? 頭、重要なんですか?」


 頭の破壊が一番簡単に倒せるんだけど? リコの弓矢での目潰しも効果的だし。


「ハイイロヒグマの頭は、お貴族サマが、屋敷に飾るのが好きなんだよ」

「……ああ、そういう感じか」


 僕の頭の中では角つきの鹿の頭が壁に飾られてるイメージが浮かんで、それがさっき見た熊の頭にすり替わった。あれ? なんか、鹿の方が美的によくないかな? まあ、僕が飾るワケじゃないからどうでもいいけど。


「ギーゼ師匠も、クマのことは教えてくれなかったし、しょーがないよ、テッシン」

「そうだね。あのへんでは熊は見なかったし」

「ギーゼ? 金満ギーゼか? 最前線を引退して王都に戻ったベテランの?」


 ……金満ギーゼ? ひどい二つ名ですね? 僕とリコにとっては師匠なんですけど?


「そのギーゼさんと、僕たちのギーゼ師匠が同じ人かどうかは知りませんけど」

「いや、開拓者の師匠になれるようなギーゼなんて名前のヤツは一人しかいねぇよ」

「あ、そうですか」

「アイツ、王都ででっかい屋敷を建てて、そん中に小さな部屋をいくつも作って、若い開拓者を住ませてんだってな」

「あ、そうなんですね。知らなかったです」


 ……ギーゼ師匠、最前線を引退して、王都でアパマン経営者、やってたんですね? そりゃ、金満とか二つ名付けられるのも納得かも。いや、師匠としては間違いなく、いい師匠なんだけど。


「なんだ、アンタらは住んでなかったのかい?」

「僕たちは宿暮らしでしたね」

「ギーゼ師匠って、有名なんだねー」


 リコ……たぶん、有名なのはギーゼ師匠の悪名だと思うよ……。


「そういや、アンタらはこの町で一番高い宿に平気で泊まれるようなヤツらだったか」

「余計な詮索はしない、が基本ですよね?」

「ああ、悪い悪い。これくらい王都から離れると、開拓者ギルドもいろいろ緩んじまうもんなんだよ」

「……それで、買取は、どうなります?」

「そうだなあ。討伐報酬込みで、金貨2枚での買取か、討伐報酬を先に受け取って、コイツが実際に売れた時の売買価格の6割か、どっちかを選んでくれ」

「6割? 7割になりませんか?」

「6割だ。譲れねぇぞ? 開拓者ギルドってのはいろいろ大変なんだからな?」


 ……田舎すぎて、職員が3人しかいないですもんね。なんか、ご苦労様です。


「それとも、自分で直接売り飛ばす伝手でもあるってのかい?」

「いや、ないです。どうせ、売買価格の6割を選んだら、何日も待つことになるんですよね?」

「まあ、そうだな。早くても10日か、最悪、1か月くらいは考えといてくれ」

「金貨2枚でいいです。それで、この熊の解体を見学させてください」

「金貨2枚も、あー、5日は待ってくれよな? 今すぐは無理だ。解体が見たいってのはかまわねぇが……まあ、町の連中も退屈しのぎになるか。もう集まってやがるしよ。なら、ここで今からやるから、好きにしな」

「5日よりも早くできればそれでお願いします」

「おうよ」


 この人、絶対、5日よりも早くはしないだろうと思いながら、表向き、僕は微笑みで応じた。


 リコがつんつんと僕の右腕の袖を引く。


「何?」

「……テッシン。解体、見るの?」

「ああ、見るよ。大事だから」

「うへー。あんま見たくないんだけどー」

「解体の仕方はもちろん、美味しく食べられる部位とか内臓、高く売れる部位とか内臓、弱点になる内臓とか、ちゃんとどこにあるのか、知っておくことが、次に戦う時の基本になるよね? 狙って傷つけるところと、できるだけ避けるところとか。大事になるよ。解体が苦手なのはわかるけど」

「……うん。そうだね。頑張る」


 ウサギはリコだってそこそこさばいてるけど、まだまだグロ耐性は足りてないらしい。まあ、僕だって喜んで見ようと思ってる訳じゃない。


 ……でも、苦手なことも、理由を説明されたら素直に頑張るリコはとってもかわいいです。はい。


 まあ、こんなことになるなら、もっと動物とか、獣医とかのことも、調べておけばよかったかもしれない。もう一度時間遡行させてくれると言われても、したくないけど。ごめんよ、おっさん神様。




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