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14 そうして僕は彼女に奪われた。


 ギーゼ師匠の指導を受けて、開拓者として、だいたいのことはできるようになった僕とリコ。


 毎日、ノルマとして、フタツノウサギを5羽。可能なら、ミドリイノシシか、クロイノシシを1頭、狩る。


 フタツノウサギは開拓者ギルドが雄なら銅貨20枚、雌なら10枚で買い取ってくれる。雌が安いのはペナルティらしい。1羽から肉串が30本以上、できるそうだ。毛皮の分も含めたら、買取価格の銅貨20枚はそんなものかと思う。自分たちでさばかなくていいのも助かる。


 雄を5羽で銀貨1枚。それで開拓者としては高収入らしい。普通の開拓者は1日で5羽も狩れないそうだ。ほら、僕らにはリコのスキル『直感』があるから……。


 本気でやれば10羽は軽いけど、狩り過ぎて問題になるのは避けたいということで、5羽と決めている。


 イノシシはミドリでもクロでも、1頭で銀貨3枚の買取だ。ただし、僕が狩った場合、ところどころ原型を留めていないことがあって、値引きされてしまうけど。早く、手加減になれないと。頭を爆散させないように。


 たいていの開拓者は、イノシシを狩ろうとしない。運搬が大変だから。血抜きも一晩かかる。森で木に吊るして血抜きをする時には、認識票を血で濡らして、イノシシの鼻先に押し付けることで、誰が狩ったイノシシか、判別するという。これはギーゼ師匠に教わった。イノシシの場合、血抜きしなかったら買取価格が下がる。


 僕たちの場合、僕が『身体強化』で、イノシシを1頭、ひょいっと担いで帰れるので、運搬には問題がない。王都の門でびっくりされるのにも慣れてきた。もちろん王都の門番の方も慣れてきたらしい。ちなみにリコは「力強くてかっこいいよ、テッシン」と言ってくれるので最高です。


 底辺の開拓者でも、ウサギ1羽で銅貨20枚、木賃宿は銅貨5枚で、飲んで食べて、とそれで十分なのだそうな。もちろん、森の奥の最前線の開拓者は、考えられないような金額を稼ぐ、らしい。ギーゼ師匠の自慢話だと、そうみたいだ。


 最前線ほどではないけど、コンスタントにイノシシを狩る僕とリコは、王都の開拓者ギルド関係では、とんでもない新人が現れた、と噂になっているらしい。だけど、その噂が僕たちに直接言われることはなかった。


 王城の苗場くんとの連絡も時々、行われている。


 僕とリコが王城を出てから、みんなの訓練は着実に厳しくなっていったらしい。僕の感覚では元々厳しい訓練だと思っていたから、それがさらに厳しくなったというのなら、本当に大変なんだろう。


 数日で、倫理の教科書の宮本くんが「やってられない。僕は出て行く」と宣言した。


 そこで引き留められるのかと思えば、「出て行きたいのなら勝手にすればいい。銅貨1枚の金もなく、どうやって生きて行くのか、知らないが」と煽られまして。


 宮本くんが「出て行くヤツには金貨10枚、渡すって決めただろ」と言っても、「その取り決めは、ここに残ると決めた時点で解消されている。さあ、出て行くがいい。ああ、飢え死にするなら、王都の外で死んでくれ。衛兵たちの手間が増える」と冷たく言われて。


 宮本くんはオタグループに引き留められて「き、金貨10枚、もらえないなら、出て行かない」と弱々しく答えたとのこと。


 うん。きっと宮本くんは反抗分子と認定されて、いずれ戦場に行く時には、激戦区に放り込まれるに違いない。要らない人材は、1年以内に戦場で名誉の戦死。それで、国の金銭的負担はなくなる。それくらいのことはやるだろう。


 中世社会は実力主義、弱肉強食の下剋上が基本。


 厳しい訓練で力を付けることはマイナスにならない。


 問題は、ハニトラと分断策の方かもしれない。


 既にメイドハニトラにハマった運動部男子や陽キャ男子は、個室を希望して、グループ部屋を拒否したらしい。杉村さんたちは止めたけど無理だったそうだ。おそらく、メイドに唆されてる。ちなみに、陽キャ女子も、イケメン騎士に堕とされたヤツがいるとか。そいつも個室希望だそうな。そのせいで僕たちがいた杉村さんたちの部屋には、堕ちなかった陽キャ女子が加わったそうだ。


 これは分断策だと思うけど、そんなことよりも自分の性欲という連中には通用しない。ちゃんと学べば、集団の力、団体交渉ってのが、どれだけ大切か、わかるんだろうけど、人権がまともに存在しない中世社会で、元の日本のゆるゆるな感覚のままだと、知らず知らずのうちに搾取されちゃうよね。


 僕の考えでは、それって『魔法使い牧場』の種牡馬と繁殖牝馬なんだけどね。知らないって幸せかもしれない。


 苗場くんは、1年後、再契約の時に王城を出るか、それよりも早く、戦場か、戦場へ行くまでに脱走することを考えてるという。なるほど、だから、先にこの世界へと踏み出した僕に、貴重なスキルの枠を割いたのか。


 ちなみに苗場くん、メイドさんで童貞を捨てたらしい。でも、それは童貞を捨てたかっただけで、唆されても個室を希望したりはしなかったとのこと。いろんな意味で苗場くんは斜め上を進んでる気がする。ハニトラのメイドさんを味見するとか、苗場くん、なかなかヒドいよね? お相手のメイドさんの方も初めてだったそうで。初体験以降も継続して関係は続けているとか。性欲は満たすけど相手の思い通りにはならない苗場くん。宰相さんも彼には苦労するだろう、きっと。苗場くんって、意外と腹黒いよね。


 その苗場くんからの情報で、僕とリコには監視が付いているらしい。指輪を売った話とか、ベテラン開拓者を指導者に雇ったとか、イノシシを狩った話とか、有望な開拓者だとか、そういう情報が宰相さんのところに届いているそうだ。たぶん、苗場くんの『遠話』スキルにはまだまだ秘密がありそうな気がする。盗聴できるような何か、かな?


 実際、『身体強化』で視力や聴力を強化してからリコと王都を歩くと、なるほど、あれが監視の人たちか、という連中を見つけた。苗場くんが指輪の話をしていたことから、僕たちが王城を出てすぐ、監視は付けられていたんだろうと思う。


 どういうつもりで監視を付けているのかは、明確ではないけど、まあ、僕とリコにとってプラス方向ではないことは確実だろうから。


 これは予想だけど、僕たちがいずれ、王都での生活に困窮すると考えていたんじゃないかと思う。そうなった時に、格安で雇うというか、囲い込む。それは国に、なのか、宰相さんの領地に、なのかはわからない。


 この予想が当たっているのなら、僕とリコが開拓者としてしっかり稼いでいることは、宰相さんには嬉しくないのかもれしないし、有能な人材を国ではなく自分のモノにするチャンスが来たと喜んでいるのかもしれない。


 まあ、そのへん、明らかにしようとは、これっぽっちも思わないけどね。


「準備はいい?」

「うん。大丈夫だよー」


 野薔薇亭の二人の部屋で。


 最後の日を迎える。


 今日から僕とリコは、森の奥で10日間ほど、大物狩りに出る、ということになっている。大物狩りは、右耳とか、牙とか、手とか、討伐証明部位だけで開拓者ギルドから報奨金が出るので、最前線の開拓者を目指すなら、普通のことらしい。もちろん、開拓者ギルドと野薔薇亭にはそういう話を通している。


 実際、僕とリコは最前線に出る実力があるとギーゼ師匠から太鼓判を押されている。そして、そのことはギーゼ師匠を僕たちに紹介した開拓者ギルドなら当然、把握している。


 でも、本当は、森の奥へ向かうフリをして、そのままこの国を脱出するつもりだったりする。宰相さんに目をつけられてんだから、国内はもう無理だろうと思うし。


 もちろん、リコとはそのことについて話し合って、オッケーももらっている。


 あくまでも野薔薇亭に戻ってくるつもり、に見せかけて。


 金貨1枚での残金がちょっとだけもったいないけど、雲隠れするには必要経費だとあきらめる。


 いつものように宿を出て。


 いつものように王都の門を抜けて。


 いつものように草原から森へと入る。


 そして、強化した視力と聴力で、監視が王都へと戻っていく様子を確認する。


「それじゃ、打ち合わせ通り、ここからは僕が全力で走るから」

「うん、ごめんね」


 謝罪するリコに微笑みかけて、彼女を小脇に抱えると、僕は『身体強化』を全力で発動させた。


 まさに風を切るスピード。トラックの100だろうが400だろうが、箱根だろうがマラソンだろうがなんだろうが、独走かつ完走できて完璧に勝利する自信がある。


「あばばばばぶぶぶぶぶ……」


 割とすぐに、変な声を出しているリコが僕の横腹をバシバシと叩いてきた。


 僕は慌ててその場に立ち止まる。


「どうしたの?」

「ぷはっ、はあっ、はあっ……こ、呼吸が、できないよ、テッシン。は、速過ぎだってば。こんなに速いなんて聞いてないけど?」

「え、ごめん」

「か、顔が前を向いてたら、無理! 空気に圧し潰されちゃうよ!」

「じゃあ、後ろ向きで……」

「ちっがーう! そうじゃない! そうじゃないよ、テッシン」

「えっ?」

「ここは『お姫さま抱っこ』で!」

「ええっ!?」

「嫌、なの?」

「い、嫌じゃない……」

「じゃ、一旦、下ろして」

「うん」


 僕はリコを丁寧に下ろして、立たせた。


 そうするとリコはハグを求めるかのように、僕の首へと両手を伸ばしてくる。


「さ、さ、早く早く!」

「う、うん」


 少し姿勢を下げた僕の首にリコの手が巻き付き、僕はリコの腰と膝裏に手を回して抱き上げた。


 それとほぼ同時に、腕に力を込めたリコが顔を僕に近づけて。


 あっという間に僕の唇を奪った。


 僕にとってはファーストキス。


 リコにとっても、そうであってほしいと、思う。女々しい考えだろうか? それを聞く勇気はないけどね。


「ね、テッシン。あたしを連れて、逃げて……」


 そんなことをかわいく囁くリコの頬は真っ赤で。


 僕は照れくささと恥ずかしさを紛らわすために、全力で『身体強化』を発揮した。


「うぎゃーーーーーっっ」


 あまりの速さにリコの悲鳴が響いたけど、その悲鳴もいまいちかわいくない悲鳴だったけど、それがいなくなったはずの監視の人に届かないことを祈る。


 それと。


 いつかはリコからでなく、僕からキスができるくらいには、男として成長したいと思いました。頑張ります。




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