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12 下ネタは青春の光を曇らせると知った僕はちょっと泣きたい。


 部屋の鍵を開けてドアを開き、中へ入ると、そこにはベッド、テーブルと椅子、ハンガーラック、それと窓の下にツボがあった。


 それなりに広くて余裕がある。さすがは高級宿……って、ベッド、ひとつじゃん! サイズは大きいけど!


 はっとして佐々木さんを見た。


 佐々木さんはベッドを凝視して顔を赤くしていた。


「……僕、ゆ、床で寝るから」

「え? そんな、悪いよ。ほ、ほら、あのベッド、かなり大きいよね? 二人で寝ても、余裕だと思うからさ……」

「いや、でも、さすがにそれは……」

「も、もう! あ、朝も言ったけど、その、何の役にも立ってないあたしとしては、守ってもらう代わりに、渡くんに初めてを捧げてもいいって、本気で思ってるんだから……」


 これは、危険だ。危険過ぎる。


 ヤヴァイ……やばいじゃなくてヤヴァイ。言葉だけで、佐々木さんの言葉だけで、ナニかが妖怪むっくりもっこりへと変化しそうになってる!


「さ、佐々木さん。その、僕だって、一応、お、男だから、その、あんまり、そういうこと言われたら、が、我慢ができなくなるっていうか、なんていうか……」

「わ、わかってるってば! ていうか、渡くん、ちゃんと男の子してるから! かっこいいと思ってるから! だって、お城の訓練の時とか、けっこー女の子たちの視線、集めてたから!」

「えっ……?」


 そうなの? 何その新情報? どういうこと?


「部屋では率先して筋トレしてたし、朝だってランニングしてたよね? それだけでもかっこいいと思ったし、実際、昨日の夜の高橋ちゃんなんて、渡くんに本気で出て行ってほしくないからマジ泣きしてたし。あと、剣の訓練の時なんて、渡くん、強そうな騎士さんを相手に互角に戦ってたし、あれはほんと、かっこよかったんだよ。弓の訓練をしてた女の子たちはチラチラ渡くんのこと、噂しながら見てたんだから……」


 ホワッッツ? そ、そ、そんなことが?


 え? 僕、知らないうちのモテ期がきてたのか? しかも過去最大規模レベルで? ついでに言えば、お城を出た今、そのモテ期はもう終わりを告げつつあるんだけど!


「渡くんが剣の訓練で負けたところ、見たことなかったよ……」


 確かに、訓練中の僕は、いかに『身体強化』をコントロールするか、ということを重視していて、相手の力量に合わせることで『身体強化』のコントロール力を高めようとしてたから、互角の戦いはあっても、負けたことは、ない……あれ? そういえば、本当に、訓練の手合わせで誰一人として、負けた覚えがない?


「今日は朝から一緒にいたけど、この異世界でも、渡くん、なんかヨユーな感じでやっていけそうで、正直、朝よりも、今の方が、なんだか頼りがいのある渡くんに、ちょっとドキドキ、して、ます……」


 目をそらして赤い顔でうつむきがちにそんなこと言われたらもう僕のライフはゼロですよ? しかも、ちらっと見えてる耳まで赤いとか、それ、惚れさせトラップですか? さ、触ってもいいんだろうか。このかわいい耳を? いや、ダメですよね。


 ……というか、今の僕があるのは、あのおっさん神様が時間遡行を認めてくれて、異世界転移の準備をさせてくれた上に、イケメン神様がそれを知らずにスキルもくれたから、ではあるんだけど。僕の実力だとは到底思えないよね。


 いや、ぼーっとしちゃいそうな言葉が佐々木さんから飛び出たもんだから、現実逃避をしてしまいそうな感じ。


 あ、うん。現実的には、まだ、明日以降のための準備が終わってなかった。ピンク色のラブコメちっくな雰囲気出してたらこの先の異世界生活で死ぬ可能性が増える。意識を戻せ、戻すんだ、僕!


「……と、とりあえず、部屋は借りられたから、置いておける荷物を置いて、もう一度、いろいろと出かけないと」

「へっ? そうなの? 今日はもう、ここで休むんじゃないの?」

「あ、うん。まだお昼になったばっかりだし、こ、これからのためにまだまだやっておきたいことはあるから」

「そ、そーなんだー。うん、わかった。じゃ、もう一回、出かけよっか。それで、どこで、何するつもりかなー?」

「ま、まずはギルドに戻って、指導者の依頼をかけることと、あとは武器、防具、衣服、かな。いろいろと足りない物は、生活していく中で、改めて買っていけばいいけど」

「指導者の、依頼?」

「あ、うん。ぼ、僕たちに、開拓者として必要な基礎、基本を教えてくれる人を雇いたくて」

「え、なんで?」

「僕らは、現代生活に慣れ過ぎてて、こっちの、常識が足りないから、かな」

「常識……渡くんぐらい、お城でしっかり勉強してても、足りない?」

「知識と実践は違うから。ほ、ほら、例えば、狩った獲物をさばいて肉にするとか、そういうの、したこと、ないよね? 逆にあるよって言われたらドン引くけど」

「ないない、ある訳ないから!」

「だから、そういうこと」

「そっかー。本当に渡くん、いろいろ考えてるんだねー」


 にこりと笑ってそう言った佐々木さんは、やっぱりかわいい。とにかく僕には佐々木さんがかわいいとしか思えない。うん。


 ダメだ、これ。


 男として滾る血潮、僕、本当に我慢できるのかねえ……。


 それから開拓者ギルドへ行き、指導者の依頼をかけた。1日銀貨1枚の依頼をかけようとしたら、1日銀貨2枚で10日以上だったら、ベテランのいい人が見つかると受付の男性に言われたので、素直に従った。約20万円で10日とか、すんげえ割のいいバイトみたいな感じがする。


 その額が午前中に百均の指輪を売って得た収入で賄える金額だったというのもある。そのくらいの支払いは必要経費だと思う。


「明日の昼頃には、お知らせできると思います。どちらに知らせれば?」

「野薔薇亭でお願いします」

「……ほんとに野薔薇亭にしたのか。あそこは開拓者が泊まるような安宿じゃないのに」

「聞こえてますよ?」

「は、すみません。失礼しました。では、野薔薇亭に連絡します」

「どうも。あと、武器や防具、それと服を買いたいので、ギルドがおすすめする店を紹介してください」

「ああ、それなら……」


 受付の男性は、店の名前と場所を簡単に説明してくれた。


 そこからは、王都の人に尋ねながら、店を探して歩いていく。もちろん、佐々木さんとは手をつないでいる。ある意味で王都デートだ。


 服屋では古着が基本らしい。というか、布を買って家で縫うのが普通らしい。平民ってすごい。昔の日本もそうだったんだろうか。


 僕と佐々木さんは着替えをいくつか買って、布と針と糸も買った。


 防具屋さんでは、二人とも革の胸当てを買った。とりあえず、急所である心臓を守ることを優先してみる。というか、この世界だと、ダメージ喰らった時点でアウトだと思うから、紙装甲でも実は問題ないのかもしれない。


 胸当てを着用してみた佐々木さんを見て、どちらかといえば慎ましやかな方なのですね、と思ったことは内緒だ。いや、学校にいた頃から知ってたけど、改めてそう思ったって話です。でも、女性は胸を見る視線にすぐ気づくというから、気をつけないと。


 武器屋で、僕は剣ではなくメイスを買った。剣技がまともにできないのに剣というのはおかしい気がして、『身体強化』と一番相性がよさそうな殴り武器を選んだ。力を込めてぶん殴るのが早いと思う。


 佐々木さんは短弓を買った。もちろん、矢筒と矢も。クロスボウは見かけなかった。まだ存在しないのか、一般的ではないのか、どっちだろうか。王城でも見かけなかったけど、それは隠してる可能性もあるし。


 佐々木さんが買った短弓は、お城の訓練で使っていた物とよく似たタイプで、佐々木さんにしてみれば、これが一番慣れた物らしい。


「佐々木さんってアーチェリー部だったから、弓は大丈夫そうだよね」

「そうでもないんだよー、渡くーん。アーチェリーの弓って、もっと機械的だからね?」

「え、そうなの?」

「そうなんです。ママユミが中学でやってた弓道の弓なんかの方が、まだ形だけはこれと似てるかも。大きさは全然、違うけどねー」

「へえ」


 調べなかったことは、知らないことが多い。


 まあ、武器について調べるのは、ほぼあきらめてたし、図書館で本を撮影しても、中身まで読めた物は少ないしね。


 買い物はひと通り、これで終了となった。


「夕食、また、屋台に行ってみるの?」

「うーん。今日くらい、宿の酒場とか、どうかな?」

「渡くんがいいなら。なんか高そうだけど、大丈夫かな?」

「お酒はダメってことで」

「あ、うん。もちろん」


 一日くらいなら、ちょっとぜいたくしてみてもいいだろうと思う。


 そんなこんなで野薔薇亭へ戻って、部屋に買ってきた武器、防具なんかを置いて、1階の酒場へ。

 完全に一度、宿の外へ出てから、1階の酒場の入口へと入る。宿泊客には不便な設定だけど、酒場だけに用がある客が、泊まってる部屋の方に行けないってのは防犯上、重要な気がする。そういう意味で、高級宿だ。


 そこでステーキとシチューっぽいスープを食べた。


 それでわかったのは、どれもこれも、薄味の塩味が基本で、料理だけは王城の物がはるかにマシ……日本と比べなければ、はるかにうまい、ということだった。高級宿に併設された酒場の食事でもコレとは。異世界の食べ物が残念過ぎる。


「うーん。異世界生活って、辛いね……」

「日本が贅沢過ぎるだけかも」

「あー、そうだねー」


 そう言いながら、二人で部屋に戻る。


 佐々木さんが自然な感じなのが、逆に僕を緊張させる。ひょっとして、朝の話も昼の話も、佐々木さん、すっかり忘れてないかい? 今から、二人で休むお部屋ですけど?


「……あ、あたし、トイレ行きたい。フロントの人に聞いてくるね」

「あっ……」


 ここのトイレについて教えようと思ったけど、さっと佐々木さんはフロントへ向かってしまった。

 まあ、いいか、と一人、先に部屋へと入る。この高級宿の中なら、何もないだろうと思う。そのための高級宿だ。開拓者が使う安宿とか、佐々木さんにとってどんな危険があるか、わからないから。絶対にダメです。


 ドアが開いて、佐々木さんが戻ってきた。


「渡くーん。トイレは部屋にありますって言われたんだけど……」


 佐々木さんが部屋の中を見回した。


「どこにも、トイレ、ないよね?」


 僕は無言で、窓の下に置いてあるツボを指差した。


「えっ?」

「あれ、だよ」

「えっ? えっ?」


 佐々木さんが僕を見て、ツボを見て、もう一度僕を見て、さらにツボを見た。


「……あれは、ツボだよ? なんか弥生土器みたいな感じの?」

「確かに縄文土器には見えないけどね。あのツボがトイレだよ」

「えっ?」


 佐々木さんがまたしても、ツボと僕の間で視線を往復させる。


「だ、だって、お城のトイレは……」

「たぶん、お城のトイレの方が、よっぽど特別なんだと思うよ。水洗にするために頑張ったんじゃないかな、お城の人たち」


 王城で僕たちが使っていたトイレだって、現代日本の感覚からすればかなり変なトイレだったけど、それでも水洗だった。溝に水を流してただけだけど。


「う、嘘っ……だ、騙して、るん、だよ、ね? からかって、るん、だよ、ね?」


 僕は無言で首を横に振った。


「ほ、本当に、アレ、なの……?」


 僕は無言で首を縦に振った。


 佐々木さんはゆーっくりと、僕とツボの間で視線を往復させた。


「が、我慢……は、もう、で、できそうにないし……」


 佐々木さんの顔が、これまでにないくらい、赤くなっていく。


「わ、渡くん、その、ちょっと、外に、出ててもらっても、いい、か、な?」

「あ、うん。そのうち、慣れてもらえたら助かるけど、今は、出ていくね。あ、さっき買った布の小さいのは、トイレットペーパーの代わりの分だから。後で、洗って干すための水とロープは用意しとく」

「っ……あ、あり、がと。あ、あと、耳! 耳もふさいで!」

「あ、はい」


 僕は部屋を出て、パタンとドアを閉じた。


 別に耳に『身体強化』をして聴力をアップさせたりとかはしない。やろうと思えばできるようにはなってるけど。


 一応、言われた通り、自分の耳はふさいでおく。


 なんというか、この待ち時間って、ものすごく微妙なんですけどね。言葉で表現しようがない微妙さがありますよね。


 コンコン、とドアが内側からノックされるというおかしな状況から、ドアを開いて真っ赤な顔をした佐々木さんが僕を見た。そして、僕が耳をふさいでいるのを確認して、安心したように息を吐いた。


「入っていいよ、もう、終わったから……」


 耳をふさいでいても普通に聞こえることは、一生、黙っておこうと思う。


「ツボ、見ちゃダメだから! 見ちゃダメだからね?」


 押すなよ、押すなよと言う芸人たちのように、そんなことを言っている佐々木さん。僕はノーコメントで、そんな佐々木さんのために、『水魔法』で水を創って水差しを満たした。もちろんツボは見ませんよ。


 トイレのことで動揺してる佐々木さんは、魔法が使えないはずの僕が魔法を使ったことにすら、気付いてない。どんだけ動揺してんの。


「ほら、布、この水で洗って。ロープは、ここに掛けたから、ここで干して」

「あ、うん。ありがと……」


 佐々木さんの顔の赤さは全然、白へと戻る気配がない。これはトイレが原因で城へと戻ると言い出しかねないかも。


 佐々木さんはツボの上で、水差しの水でトイレ用の布を濡らして、ごしごしとすり合わせてから、もう一度水で濡らして、絞って、ロープにかけた。それから手も洗った。


「あ! この布も見ちゃダメ!」


 僕はいったい、どこに視線を向ければいいのだろうか。


 結局、このトイレの一件で羞恥心が限界マックスになった佐々木さんは、ベッドの上で完全に僕に背中を向けて横になった。ちょっとプルプルしてるのはどうなんだろうか。


 僕も佐々木さんと背中合わせでベッドに横になり、そのまま、いつの間にか寝てしまった。


 朝と昼のえっちぃフラグは回収されず、青春の光はいつの間にか消え失せた。僕はほっとしたような、それでいてとても残念なような、きわめて複雑な心境に陥った。


 ちなみに、トイレタイムはその人の生活習慣のリズムの中にあるようで、佐々木さんはこの日以降も寝る前にトイレを済ませたため、夜の部屋のダブルベッドに同衾しながら、トイレの恥ずかしさで佐々木さんが僕に背を向け続けてしまい、僕たちが宵闇の中でピンク色のムードになることはなかった。


 ……水洗トイレ! カムバック! ナウ! 今すぐにでも!


 ちなみにトイレ用のツボは、朝一番で窓から外へと中身を放出するのが基本だそうです。いらない豆知識をどうぞ共有してください。僕が毎朝、佐々木さんが目を覚ます前にトイレを済ませて、窓から捨ててます、はい。


 気をつけないと、上の階から同じように放出されたものの飛沫を浴びることになりますので、中世社会へ異世界転移した人はご注意を。便利な生活魔法とかある世界がいいよね。マジで。


 だから、町の中に動物園みたいな臭いがするのは当然かと。


 でも。


 女の子って、処女を捧げるって口にするよりも、トイレの方がよっぽど恥ずかしいんだね。知らなかった世界の秘密をひとつ知った気分だよ、とほほ……。




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