6. 赤レンガの廃工場
劇が終わり、僕は町の広場を歩いていた。
劇では子供がさらわれて...
これはもしかして僕のことなのだろうか。
でもゴブリンたちは僕を食べてなんかいない。僕のことを育ててくれた。
でももし僕がその子供じゃないとしたら、僕はいったいなんなんだ。
「もし?そこの君。」
後ろからどこかで聞いたような女の声がした。
「もし?そこの白いシャツの男の子。」
僕のことかな?
そう思い振り向くと、昨日の女が立っていた。
「君、昨日の夜私の家の前にいた子よね。ガス灯の下にいた。」
「...」
「もしかして他の町の子だったの?」
「僕は...」
「え?なんですって?聞こえなかったわ?」
「僕はゴブリンです!!」
僕は大声で叫んだ。
周りの大人たちが一斉にこっちを見た。
「ちょっと、あなた何を言って、しょうがないわね、行くわよ。」
そういうと彼女は僕の腕をつかんで走っていった。
人込みを抜け、階段を駆け下り、人通りの少ない海の見える崖まで走っていった。
「はぁ、はぁ、全くあなた、何を考えているの。よりによってあのお祭りの場所で。」
「はぁ、でも、はぁ、僕はゴブリンのはずなんだ。ずっとアティカスが僕を育ててくれて。」
「アティカス?誰よそれ?」
「僕の仲間だ。もちろんゴブリンだよ。」
「あなた、もしかしてゴブリンにさらわれたファビオ君なの?」
僕はどう答えればいいのかわからなかった。
僕は自分のことをずっとゴブリンだと思っていたし、何の疑問も持っていなかった。
つい昨日の夜まで地下でみんなで生きていて。
でも昨日の夜にこの女に人間だと言われて。
それにこうやって人前に出てきても誰も僕を捕まえようとしたり襲おうとしたりしない。
「わからない。」
口をついて出たこの言葉の通り、僕には何もわからなかった。
「そう...。私はウィルヘルミナ。ミナでいいわよ。」
「僕はジェリー。少なくともゴブリンのみんなにはそう呼ばれている。」
「そう、よろしくねジェリー。それでゴブリンってすごく危険な生き物でしょ。その、何かひどいことをされたりしたんじゃないの?」
「まさか、あんな劇は嘘っぱちだよ。ゴブリンは人を襲ったり食べたりなんかしないよ。」
「じゃあなんで夜の街を出歩いているのよ。あの劇でだって子供がさらわれているのよ。」
「僕たちは生活するためのものを地上から集めてるだけだ。人をさらったりなんかしないよ。きっと何かの間違いだ。」
彼女は黙り込んで何か考えているようだった。
「少し信じがたいわね...でも、今はあなたを信じるわ。」
彼女が少し微笑んだ。
「で、今日は昼間っから地上に出てきて、何しに来まして?ゴブリンさん。」
少しからかうように彼女は言った。
「昨日アティカスがさらわれたんだ。それで彼を助けようと思って。」
「そのアティカスってゴブリンはあなたのお父様ですの?」
おとうさま?
僕はその言葉を聞いたことがなかった。
「おとうさまって何?」
「お父様というのは、あなたを育ててくれて、守ってくれて、つらい時にはそばにいてくれる方ですわ。」
「じゃあ、アティカスは僕のおとうさまだ。」
「そうですのね、そんな大切な方が捕らわれてしまったのね。アティカスさんがそこにいるかは存じませんが、シグルズはいつも彼が昔働いていた廃工場にいるわ。」
「その工場ってどこにあるの?」
「ここから広場まで戻って、そのあとテスカ通りを進んでいくとあるはずよ。大きい工場だからすぐにわかると思うわ。」
「ありがとう。ミナは優しいんだね。」
そう言って僕は走り出した。
アティカスに会える。僕の大切な、『おとうさま』といえる存在に。
そう考えると、僕の足は自然と動いていた。
「ちょっと待ちなさい。一人じゃ...」
ミナの声は僕には届かなかった。
言われた道を駆けていくと、巨大な建物が見えてきた。
ここがミナの言っていた廃工場なのだろうか。ずいぶんと大きな建物だ。
でも、廃工場といわれていたのに、なぜか煙突からは煙が噴き出ていた。いったい何をしているのだろう。シグルズは本当にここにいるのか。
僕はおそるおそる白く曇った窓から中をのぞいた。