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5. ラベンダーの香りの白シャツ

第一部:猫という毛むくじゃらな生き物


「いてて...」


体が悲鳴を上げていた。どうやらオルゴールを聞きながら無理な体勢で眠ってしまったようだ。体中が痛い。


いったい今何時なんだろう。

時計を見ると、針がハの字になっていた。

7時20...いや、4時38分だった。

ほとんど寝ていなかったが、もう目が覚めてしまった。

まだゴブリンのみんなは寝静まっている。これからどうしようか。


アティカスを助けに行かないと。


ふとこんな考えが頭をよぎった。

私はいつも通りボロ布を身にまとい、下水道の中を歩き始めた。カプセルは一人では制御できないし、誰かを起こしたら止めようとしてくるのではないかと思ったからだ。


普段あまり歩かない、じっとりとした空気に満たされた下水道を、僕はただ黙々と歩いていた。

人間たちは昼間、いったい何をしているのだろうか。

歩きながら考えたが、僕には全く見当がつかなかった。


ここでいいかな。

僕は立ち止った。このマンホールは国の中でもはずれの方にあるから、人は近くにあまりいないはずだ。


コツ...コツ...コツ...


2回目だというのに1回目よりも緊張する。

みんながいないからかな。

そんなことを考えながらマンホールの蓋を開けた。


「うわ、なんだ!目が...」


急に視界が真っ白になった。

ただ落ちないように梯子にしっかりとしがみついていた。

だんだん外の景色が見えるようになってきた。

それでも電球の何十倍も何百倍もまぶしいこの世界は、僕にとっては衝撃的だった。

大地には鮮やかな緑色が映え、白土がむき出しになった田舎道は輝いていた。見たこともない毛むくじゃらな生き物がいて、嗅いだことのない爽やかな薫りの風が吹いていた。


しかしここには人が全然いないな。シグルズの居場所を探るためにも、もう少し町中の方に行ってみるか。

僕は、昔マイロさんが何回も見せてくれた地図を思い出しながら、首都のコートルに向かって歩き始めた。


「おーい坊主、こんなところで何やってんだ?」


見ると荷馬車に乗った人間の男がこっちに近づいてくる。


やばい!

そう思って僕は逃げ出そうとした。


「おいおいおい、別に逃げなくたっていいだろ。取って食おうってわけじゃないんだし。にしても祭りの日にこんなところにいるなんて変な奴だな。どっか行くなら乗せてやるよ。」


あれ、襲われない?人間なのに襲ってこないな。


「じ、じゃあ、コートルまでお願いします。」


「オッケー...って坊主すごい臭うな。たく、とりあえずそのぼろを脱ぎな。ほんとは売りもんだが坊主金持ってなさそうだし、服をやるよ。」


「本当に!?いいのか?」


いい人間もいるものだ。


「ああ、服の一着なんて大した損じゃねえ。その代わりと言っちゃあなんだが、少し手伝ってはくれねえか。」


「何を?」


「俺も今から町に行くんだが、そこで劇をやるんだ。本当は俺の息子がやるはずだったんだが、熱出して寝込んじまって。どうしようか困ってたんだ。そうしたらお前さんがいたってわけだ。お前さんは劇をやるには少し年を食ってる気もするが...まあ問題ないだろ。やってくれないかな。」


「別にいいけど...」


「おーよかったよかった。まさに渡りに船だな。」


「ところでその劇ってどんなやつなの?場合によっては僕に務まらないんじゃないかな。」


「大丈夫大丈夫、そこら辺の鼻たれ小僧でもできるから。お前にはエステバン・クロラスを演じてもらう。」


「誰それ?僕は知らないな。」


「はぁ?お前正気か?あの有名な13年前の誘拐事件だよ。ゴブリンどもが人殺して赤ん坊をさらったやつ!お前知らないのか?」


ゴブリンたちがそんなことを?

僕は内心疑った。

いつも優しいゴブリンたちが果たしてそんなことを本当にしたのだろうか。


「ごめん。わかんないや。その、事件について詳しく教えてもらってもいい?」


「いいぜ。劇までに大体の流れはつかんでおかないとな。」





第二部:テアトル


語り部:さあさあ紳士淑女の皆様。お待たせいたしました。今年はあのゴブリンどもによる惨劇から早くも13年。夜の戒厳令はもはやこの国の日常となりつつあります。しかしこれになれて油断してはいけません。本日はこの惨劇を風化させないためにも、もう一度事件について振り返ってまいりましょう。


少しむかし、まだクスカにも夜の活気があったころ。あるところに国随一の発明家、そして我が国の兵器工場の長、エステバン・クロラスがいました。彼はこの小国クスカを他国や魔物から守るために日夜研究を続けてきました。


エステバン:[複雑な図面のセットを見ながら]ふーん、ここの素材は何がいいだろうか...。


語り部:そしてその工場には、かの有名な狩人、シグルズがエステバンの右腕として働いていました。


シグルズ:そこは牛皮がいいんじゃないですかい。柔軟性もあるし軽いです。


エステバン:なるほど。そうすれば軽量化にもつながるな。


語り部:エステバンは妻、ラファエラを出産の際に亡くし、まだ赤子であった一人息子であるファビオを守っていくために、兵器開発に没頭しておりました。それがこの国を、そして息子を守ることにつながると信じて。

そしてそれが災いし、彼は命を狙われたのです


ゴブリンたち:ウギ、ウギギ、ギャー


語り部:町の地下に古くから住まうゴブリンどもは開発される兵器による危機が真っ先に自分たちに及ぶのではないかと危惧し、残酷にもエステバンの殺害を企てたのです。


エステバン:な、なんだお前たちは?やめろ!やめろー!


ゴブリンたち:ウギャー。ギギギギギ、ウギャー


エステバン:うわー...


語り部:野蛮にもゴブリンどもはエステバンの体を踏みつけ、顔を切り裂き、脳天をこん棒でかち割って殺害したのです。


ファビオ:おぎゃー。おぎゃー。


語り部:騒ぎに動揺し、赤子のファビオが泣き出すと、残虐なゴブリンどもはエステバンの流れ出る血を啜るのをやめ、家に火をつけ、ファビオをとらえ、地下の塒に運びこんだのです。そう、柔らかな肉の馳走を貪るために。


ゴブリンども:ギャー、ギャ-、ウギギギ。ウギャー。


語り部:内臓はすりつぶして飲み、目玉は酒漬けに、腕はジューシーに焼き上げ、脚はミンチにしてハンバーグに、指はフライにして、いたいけな赤子を食らったのです。


シグルズ:なんだ、何が起きている。おい、エステバン、しっかりしろ。


語り部:燃え盛るエステバンの家では、騒ぎを聞きつけた部下の、そして親友でもあるシグルズが家に突入し、エステバンを家の外に運び出していました。


シグルズ:おい、誰か医者を呼んでくれ。ひどい怪我だ。誰か、早く医者を!


語り部:しかし医者が駆け付けても、死人が生き返るはずもなく。エステバンの命が、そして彼の発明によってもたらされるはずだった国家の安寧が脅かされたのです。


シグルズ:くそ、ゴブリンどもめ。あの愚かで野蛮な地下の寄生虫どもめ。あいつら根絶やしにしてやる。


語り部:元狩人の彼は、恩人であるエステバンの敵を討つため、我らがマウリッツ卿のもと、今でも野蛮で凶暴なゴブリンどもを殲滅するために奔走しているのです。

さて、今日はこの惨劇から13年。今もなおこの国のために戦い続けるシグルズをたたえるために、そしてこの事件で暗くなった我らがクスカを元気にするために、この祭りを楽しみましょう!


観衆たちは盛大な拍手をした。

劇でシグルズ役を演じたのは、パイソンという青年です。

目鼻立ちのよい青年で、モテます。

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