3. モアレ柄のスカーフ
今回は3部構成です。
第一部:ウィルヘルミナ
私はウィルヘルミナ。ナッサウ家の一人娘よ。みんなはあたくしをミナって呼ぶわ。
私のお父様、マウリッツは民からの信頼を受ける大臣で、このクスカから悪しきものを、そう、ゴブリンを消し去ろうと動いていらっしゃる偉い方、公私ともに充実した素晴らしいお方、それが市民の見ている景色ですわ。もっともこれが真っ赤なウソとは私も申しません。実際に人の血肉をむさぼる、飢えた野蛮な魔物を討伐しようとシグルズという男を雇ったのは事実なのですから。でも、最近のお父様ってばあんまりなんですもの。昼間はお仕事が忙しくて私にはかまってくれませんし、夜も議会のお友達と書斎で遊んでいらっしゃるの。私が話しかけても上の空ですし、それでこの前私が何度もお父様に話しかけると、お父様はお怒りになって、私を部屋から追い出してしまわれましたの。さすがに私も泣いてしまいましたわ。
今日も相変わらずお父様は書斎でご友人とカードで遊んでいらしたわ。
きっと本当に楽しかったのね。私の部屋まで笑い声が聞こえてきましたもの。
「ミナ、ミナ、」
お父様が珍しく私をお呼びになるので少しうれしくなって駆けていくとお父様が書斎の前で立っていましたわ。お父様の好きなアマレットの甘たるい匂いが私の鼻をくすぐりました。
「おーミナ、よく来てくれた。父さんのスカーフが酒にぬれてしまってな、しみがついたらいけないから、すぐに洗ってきてもらえないか。メイドももう今日は帰ってしまったし。」
そういってお父様はご自身の白いスカーフを私に渡したのです。
「でもいいんですの、お父様?これは大切なスカーフなのではないのですか。」
「ああ、これは大臣に与えられる一つの証みたいなものだからな。だから汚れがあってはいけないんだ。すぐに洗ってもらえないか。」
「わかりましたわ。」
私を呼びつけたのはスカーフを洗わせるためだとしって、私は落胆しましたわ。
「お父様...その...」
お父様を見上げると、部屋のご友人に向かって楽しそうに叫んでいらしたわ。
「はっはっは、すまんすまん、みんな。すぐ戻るから。えっと、今何か言ったかい?ミナ?」
「いえ、なんでもございませんわ。スカーフ、洗ってきますわね。」
そういって私はスカーフをもって立ち去ったのです。
スカーフを洗い終わって、私は自分の部屋のバルコニーでスカーフを干していましたわ。夜はゴブリンが町をうろつく時間で、私はいつも部屋に閉じこもっていたのですが、今日はスカーフが心配でしたので、ずっとバルコニーで星を眺めていましたわ。
普段は見ない満天の星空は私にとって新鮮で、ゴブリンどものせいで夜間の戒厳令が出ているこの状況が少し恨めしく思いましたわ。でも、この戒厳令が出された原因となった事件の子、そう、あのゴブリンにさらわれて行方不明となってしまった男の子に比べたら、私は、たとえ星空を見られなくても幸せ者なのでしょう。
私が星を見ながら思いをはせていると、一陣の風が不意にひゅうと吹いて、大切なお父様のスカーフをさらってしまったの。私は、ゴブリンがどこにいるかわからない夜がとても怖かったけれど、いてもたってもいられなくなって、そのスカーフを追いかけて夜の町へかけていきましたわ。
第二部:シグルズ
俺はシグルズ。狩人だ。
とは言ってもこれはもとの俺の職業ではない。まだ俺がガキだったころは、確かに他に稼ぎ口がなくて狩人をやっていたが、それは昔の話だ。俺はエステバンに拾われてから十数年以上、クスカの兵器工場で働いていた。まあ、今となっては公にはその工場は稼働していないがな。
それはさておき、なぜ俺がこんなドブネズミを皆殺しにするなんてクソほど面倒くさい仕事を引き受けたのか。この国の馬鹿どもは何やら弔い合戦だと勘違いしているようだが、俺の目的は、そうだな、権力の象徴たる白のスカーフを手に入れるためだ、と今のところはしておこう。
白のスカーフは政府の中でも大臣、事務次官クラスの上官にしか支給されないもので、それぞれのスカーフには個別の柄が入っている。これさえ手に入れれば俺を虐げてきたこの国のごみカスどもを跪かせることもできる。そしてかの有名なマウリッツが、ゴブリンどもを皆殺しに出来れば、この白いスカーフをわたす、つまりこの俺を大臣に指名すると約束した。だから俺はこんな七面倒な仕事をしているのだ。
しかし何ということだ。俺が喉から手が出るくらいほしい白のスカーフが天から降ってきた。クラつくほどにうれしくなったが、実際これは俺のじゃない。これは俺が欲しいものの象徴であって、俺が欲しいのは権力だ。だからこいつは俺にとっちゃクソ同然だった。
それにどこかで見た柄のスカーフだと思ったら、俺を顎で使いやがるクソったれマウリッツのスカーフだ。
俺は地下のゴミムシどもを追うのをやめて、マウリッツの屋敷に足を向けた。
第三部:邂逅
「うーん、どこに行ったのかしら。」
ミナが町を歩いていると、向こうから人影がやってきた。
「ひっ!」
ミナが逃げようとすると、
「これはこれはマウリッツ様のお嬢様。たしかウィルヘルミナ様でしたかな。」
「あ、あなたは確かお父様が雇ったシグルズね。」
「さようでございます。それでウィルヘルミナ様はなぜこんな時間にここに?今は戒厳令の時間のはずでは?」
「大切なものを風に飛ばされてしまって...。それを探しているの。」
「それはもしかしてこちらでしょうか?」
シグルズの手には白のスカーフが握られていた。
「それだわ。拾ってくれていたのね。ありがとう。」
そういってミナがスカーフを受け取ろうと手を伸ばすと、シグルズは手を引いた。
「いえ、こちらは私がお届けいたしましょう。それに夜道はお嬢様にとって危険です。お屋敷までお供させていただきますよ。」
屋敷の門の前までミナとシグルズは口も利かずに歩いて行った。
「もう門の前まで来ましたし、ここまででいいですわ。さ、スカーフをこちらに渡してくださいな。」
「いえいえ、せっかくここまで来たのです。マウリッツ様のお顔を是非拝見させてください。」
これはめんどくさいことになった。そうミナが思っていると、ガス灯の下に人影があった。
「キャッ、何かいるわ。ゴブリン?」
ジェリーは気づかれた。しかしここで逃げたらアティカスがどこに行ったか分からなくなってしまう気がして引けなかった。
「シグルズ!俺の仲間をどこにやった。答えろよ。」
「ほー、ゴブリンの分際で人の言葉を話すとは面白い。...いや、まてよ、そうかお前はあの時の!はは、これもまた運命か!安心しろ、お前のお仲間は全員元気でやってるぜ。今日はてめぇの相手をしてやる気分じゃないんだ。さっさと地下に帰んな。」
そういってシグルズは門を開けて中に入った。
「さあお嬢様も早くこちらへ。蛮族どもの言葉で耳を汚す必要はありません。」
「まって、ねぇ君、君って人間だよね。普通にしゃべっているし。なんでこんなところにいるの?」
何を言っているんだこの女は?
ジェリーは戸惑った。
「お前は何を言っているんだ。俺はゴブリンだ。」
「そんなわけないでしょ。ゴブリンは人の言葉を話せn...きゃあ!」
「さあお嬢様、早く」
シグルズがミナの腕をつかみ、門の中に引きずり込んだ。
バタン...
門が大きな音を立てて閉まった。
あの女はいったい何を言っていたのか。
ジェリーは思った。
僕は人間なのか?
「おーい。」
マイロさんが駆け寄ってきた。
「ジェリー無事か?」
「はい...」
ジェリーは上の空だった。
「馬鹿野郎!お前まで捕まったらどうするつもりだったんだ。大体お前は...」
マイロさんの声が全く頭の中に入ってこなかった。
リアルがかなり忙しくなるので、今後1日1話のペースの維持は難しいです。
最悪一週間に一話ほどのペースになるかもしれませんが、ご容赦ください。
この小説を読んでくださっている人には本当に感謝の言葉しかありません。
今後もよろしくお願いします。