第七十五話
「イギリスの降伏はマジかよ……」
「正確には降伏ではなく和平停戦だがな」
将和の呟きに東條はそうツッコミを入れた。イギリスがドイツに停戦を申し込んでから一週間程が経過した6月13日の首都東京では将和達はいつもの会合に参加していた。
「それで両国はいつ頃に停戦の交渉をするのだ?」
「イギリスによれば7月中旬頃と。どうやら停戦に納得しない部隊等の説得を行っているとの事です」
廣田の言葉に松岡が答える。
「まぁちょび髭がそれで納得しているならな。ドイツは他にしている対応は?」
「フランスに集めていた陸空の部隊の大半がソ連の国境に向けて密かに集結を始めていると大島は言っていますが……」
「……やはりちょび髭はソ連の土地を諦めてはいないと……こらぁ独ソ戦は多少遅れてやりますな」
ドイツでもイギリスとの和平停戦が行われるまえから部隊の大半をポーランドの国境に移動させておりその準備に余念は無かった。特に冬季装備の物資も移送させておりヒトラーは兎も角としてヘルマンやグデーリアン、マンシュタイン等は冬を越すと認識している。
「さて……イギリスはどう出るか……」
そしてイギリスでは人事不省から回復した一人の男がロンドンにあるウィンザー城にてグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の国王であるジョージ六世と面会をしていた。
「傷はもう良いのかチャーチル卿?」
「お陰様です陛下。しかし、このような事態に私としてはただベッドで寝て養生しているわけにはいきません」
イギリス第61代首相だったウィンストン・チャーチルは平身低頭にてジョージ六世と言葉を交わしていた。
「ただ私の不甲斐なさによるモノでした」
「良い、終わった事は返っては来ぬ。ならば次は如何にしてハッピーエンドにするかだ」
チャーチルの言葉にジョージ六世は苦笑する。
「チャーチル卿、そなたに密命を頼みたい」
「……回復後に呼ばれた時からそのような予感はしておりました。密命とはやはり……」
「ウム……そなたにはカナダに渡り亡命政権を立ち上げてもらいたい」
ジョージ六世は溜め息を吐いた。
「遺憾ながら今のイギリスではドイツにマトモに立ち向かう戦力は残っては……いやいたがそなたが人事不省に陥った事で国内の世論、議会は和平に傾いてしまった」
「面目次第もありません」
「過ぎた事だ、気にする必要はあるまい。だが幾ら世論が傾いたからと言って抗戦派はいる。そなたはその者達を率いてカナダに向かうのだ」
「そしてあわよくばアメリカからの支援……というわけですな」
「ウム。だがそのアメリカも危ういと思う」
「と言いますと?」
「……そなたが人事不省の間、アメリカのルーズベルトの支持率が低下しているのだ」
1940年の大統領選挙ではまだ支持率はあったルーズベルトだったがイギリスの敗北等で支持率は低下し民主党の地盤が危うい立場だったのだ。
「次の大統領選挙は危ないと見つつもアメリカに支援を求めるのだ」
「畏まりました。それとこの件、ハリファックスは……」
「あやつが首相に就任した時に話しておる。ハリファックスもそれを受け入れて首相の座に座ったのだ」
「そのようですか……」
かつて自身の外相だった男にそこまでの責を負わせた事にチャーチルは自身を恥じた。
「ハリファックスには軍の脱出を命じている。そのための時間稼ぎをしている」
「成る程。停戦交渉が一月先というのは……」
「そういう事だ。まぁちょび髭がそれに気付くかは知らんがな」
なお、ちょび髭は全く気付く事はなくむしろ気付いていたのはヘルマンやレーダー達でありちょび髭に交渉を早めにと言っていたがちょび髭の関心は既にイギリスからソ連に向けられておりソ連の動向を気にしているのであった。
「分かりました。ならば直ぐにカナダに参りましょう」
「ウム。そなたも息災でな」
「はい。陛下も御体には十分ご自愛下さい」
「ウム」
チャーチルは涙を流しながらジョージ六世に別れを告げるのであった。そしてイギリス海軍でも脱出艦艇が順次夜半に出港していたのである。
「閣下、閣下も行かれないのですか?」
「俺まで行くと責任を取れる者がいなくなるからな」
トーマス・フィリップス中将はバートラム・ラムゼー大将にそう言うがラムゼー大将は苦笑しながらそう返す。ラムゼーの隣にいたサマヴィルも苦笑していた。
「それなら自分も……」
「お前まで残ると若いのしかいなくなる。老いも必要なのだよ」
「トム、よく聞け」
ラムゼーはトーマスに語る。
「本国は駄目かもしれないがまだ連邦を構成する国家はまだ戦える。そして陛下は同盟をも模索している」
「同盟……まさか、自分が脱出を命じられたのは……」
「そういう意向もある、という事だ」
ラムゼーはそう言ってトーマスの肩をポンポンと叩いた。
「若いの、後は任せる」
そう言って手を振って去る二人にトーマスは無言の敬礼で見送りそのままトーマスは待機していた戦艦『ネルソン』に乗艦し出港するのである。目的地はカニンガム中将率いる地中海艦隊であった。なお、イギリス艦艇の半分以上が脱出したのを聞いたヘルマンとレーダーは共に深い溜め息を吐いていたと両副官が洩らしていたのであった。
7月20日、ドイツとイギリスはフランス、パリにて停戦交渉に移行し25日に停戦が締結されたのである。この停戦条件にてイギリスは海軍艦艇の大半以上をドイツに譲渡する事になりイギリス海軍は事実上全滅に等しい状態になるが7月28日にカナダの首都オタワでイギリスを脱出してきたウィンストン・チャーチルが亡命政権を樹立ーー『自由イギリス政府』を建設するのである。
自由イギリスには英連邦に加盟していたカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、南アフリカ等を主軸に参加し共通の目的である『ドイツ打倒及びイギリス本国の奪還』が明記される事になる。
自由イギリス政府の樹立についてヒトラーも当初は放っておく方針だったが自由イギリス海軍の艦艇数に驚愕するのである。
「どういう事だ!? イギリス海軍の半分程の艦艇が参加しているではないか!?」
「だから停戦交渉が延びると言った時に無理にでも接収をしましょうと申し上げたのです」
総統官邸でヒトラーはヘルマンとレーダーを罵倒するが両者は嘲笑う視線で返した。その返しにヒトラーは更に怒りを覚えたがまずは東部戦線を片付ける事であった。
「まぁ終わった事は宜しい。海軍は暫くは出番が無いと思うから艦艇の増強に専念せよ。空軍はソ連に全力を注ぐのだ」
「「ハッ」」
斯くしてドイツは対ソ戦に全力を注ぐ……というわけにはいかずイタリアが相変わらずの北アフリカでヘマをしたのでそれの尻拭いをする羽目になるのであった。
そして日本はというと、仏印進駐が提議されていたのである。
「確かに南方作戦では必要な根拠地にはなりますけど今更ながら……」
「だがその進駐を許可してきたのはヴィシー政権ときたものだ」
いつもの会合で将和らはヴィシー政権からの要請に頭を抱えていた。というのもヴィシー政権が仏印進駐を要請(許可)してきたのは独仏休戦協定時に北フランスをドイツに譲渡していたがイギリス本国も停戦した事でドイツーーヒトラーが北フランスの返却を申し出てきたのだ。
この返却申し出にヴィシー政権は乗り、実際に北フランスが返ってきた事でペタンを支持するフランス国民が大幅に増加したのである。
そのため政権内部でも水面下に存在していた自由フランス派は壊滅しダルラン副首相も益々ドイツに対して好意的な対独協力を行う事になりその一環としての日本の仏印進駐許可であった。
「どうするかね?」
「………」
宮様に視線を向けられた将和は返答に困った。
(何れ日米戦はする予定だが……どうしてどうして……乗せられているようで釈然とはしないけどなぁ……)
「……どうせアメリカはやるつもりです。ルーズベルトもチャーチルの助けをしたいですし此方からダンスパーティーに招待するしかありませんね……」
悩んだ末の決断だった。宮様や廣田達も頷いていた。
「分かりました、仏印進駐。やりましょう」
斯くして1941年8月8日、日本は仏印進駐を開始する。そして8月10日、アメリカは日本への石油の対日輸出全面禁止を発表するのであった。
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