第六十八話
「ソ連も参戦しました。やはり史実と同じくです」
「……前回も経験したがポーランドは可哀想だな……」
「まぁ独立して20年ちょいでまた逆戻りですからね」
「日本もこうならないようにしなければな……」
1939年9月17日にはソ連がポーランドへ侵攻を開始した。左右から攻め込まれたポーランドはそれでも奮闘したが結果として10月6日には組織的抵抗は終了しポーランドは独ソに占領されたのである。
「それと海軍も戦艦の改装が順次終わりつつある」
海軍は戦艦の近代化改修を1935年頃から順次行っており『長門』型の四隻も38年頃には改装が完了して性能は以下の通りだった。
『長門』型戦艦(第三次改装時)
排水量 46,000t
全長 245m
全幅 33m
主缶 九五式艦本式重油専焼水管缶×10
主機 艦本式タービン×4基4軸(12万馬力)
速度 28.4ノット
航続距離 8900海里
兵装 50口径46サンチ連装砲×4
45口径97式12.7サンチ連装両用砲×6
97式40ミリ連装機関砲×6
25ミリ三連装機銃×6
同単装機銃×90
航空兵装
カタパルト×1
水上機×3
同型
『長門』『陸奥』『播磨』『近江』
【概要】(ネタバレとも言う)
日本海軍が建造就役させていた『長門』型戦艦の第三次改装後の姿である。就役当初に存在していた連装5基の41サンチ砲は降ろされ代わりに50口径46サンチ砲が連装4基として搭載された。元々の設計で更なる大口径砲が搭載出来るよう設計されていたので主砲交換は容易だったのである。
開戦時には第一戦隊を編成、『長門』はGF旗艦だった。
『長門』型は改装で41サンチ砲から46サンチ砲へと主砲を交換していた。これにより砲打撃力は大幅に向上していたのである。また、二戦隊の『伊勢』型も1935年頃から順次改装をしていた。『伊勢』型の性能は以下の通りだった。
『伊勢』型戦艦(第二次改装後)
全長 210m
全幅 32m
排水量 38,000トン
主機 九五式艦本式重油専焼缶×12
艦本式タービン×4基4軸(10万馬力)
速力 28.6ノット
航続距離 12000海里
武装 50口径41サンチ連装砲×4
45口径97式12.7サンチ連装両用砲×6
40ミリ連装機関砲×6
25ミリ三連装機銃×6
同単装機銃×80
カタパルト×1
水上機×3
同型艦
『伊勢』『日向』『但馬』『越後』
【概要】(ネタバレとも言う)
『扶桑』型に続く超弩級戦艦。しかし、『扶桑』型の二隻がユトランド沖海戦で戦没したため急遽四隻に増やされた。『扶桑』型の改型であるが砲は日本初の35.6サンチ三連装にしていた。が、三連装砲故に故障もあったがそのデータは『河内』型や『大和』型に引き継がれた。
その後、第二次改装により41サンチ砲に交換した。元々は更に大口径を搭載出来るように設計されていたので交換は容易だった。また、機関改装や防御力向上をしたりしている。開戦時は第二戦隊を編成、南方作戦に投入され英東洋艦隊の『POW』とマレー沖海戦を演じている。
『伊勢』型は主砲を『長門』型が使用していた50口径41サンチ砲に交換しており『長門』型と同じく砲打撃力は大幅に向上していた。
なお、交換した事は普通に黙っていたのは言うまでもない。
そして1939年9月30日、厚生省が「結婚十訓」を発表する。
「ふーん、産めよ殖やせよねぇ……」
「一番貢献してるのは我が家ですかねぇ」
新聞を見ていたシャーリーと美鈴がそう呟く。それを素知らぬ顔で将和はコーヒーを啜る。なお子どもの人数については企業秘密である。(おい
「あら、なら政府がそう発表したなら今日も頑張ろうかしら?」
「ちょっとレティシアさん?」
「それは狡いぞ」
「今日は私ですから」
そこへ話を聞き付けたレティシア(メイド服)が笑みを浮かべながらペロリと舌を舐める。それに文句を言う麗蓮とアナスタシア、そして顔を新聞で隠す将和である。不意に将和の後ろに気配を感じた。
「取り敢えず……腹上死はやめてね?」
「……気を付けます」
ターニャの言葉に将和は深く頷くのである。それはさておき11月13日、ソ連と交渉していたフィンランドは決裂し交渉団帰国する。マンネルハイムは、交渉の決裂後も政府に再交渉を求めていたが11月26日には、とても現政権の国防外交政策について責任は持てないとして、国防評議会座長職の辞表を政府に提出した。そして29日にソ連はフィンランドとの国交断絶を発表したが空かさず岡田総理は談話を発表した。
「もし、ソ連とフィンランドが戦争をすれば我が国はフィンランドを支援する。そのための義勇軍も用意している」
この発表に世界は眉を潜めた。
「今更支援をして何になる?」
「だが義勇軍も兵力は多い」
「カネをどぶに捨てるようなモノだが……満州でソ連を撃退しているからな。もしかしたら……」
「成る程、日本ならやるかもしれないな」
と諸外国は好奇な目で日本の動向を見守るのである。なお、日本が義勇軍も送ってくれる事にマンネルハイムも諸手を挙げて喜んだ。
「まさか義勇軍も送り込んでくれるとは……」
「感無量とはこの事ですな元帥」
マンネルハイムの呟きにリスト・リュティ首相はそう答える。
「だが油断は禁物だ。今は何としてもソ連の侵攻を阻止せねばならない」
なお、12月1日には国境地帯の町テリヨキでオットー・クーシネンを首班とするフィンランド民主共和国が樹立されるがこれはソ連の傀儡政権である。また12月7日からスオムッサルミの戦いでは14日に漸く日本義勇軍(遣芬軍)が到着、15日には大規模な航空作戦を展開してソ連軍第163師団と近隣にいた第44師団を攻撃したのである。
「ハハハハハハハハハハ!! やはり戦車を攻撃するのは良い!! 良いものだな!!」
満州と機体は変わるが十一試艦上爆撃機5号機(両翼下の40ミリ弾数を増やした機体)の操縦桿を握りながらハンナは戦車を撃破する喜びを挙げる。
『全く……頼むから落とされるなよ?』
『只でさえ妊娠してるのによ』
後方に付き添うシルヴィアとグレイスは溜め息を吐きながら十二試艦上戦闘機9号機と10号機で飛行をする。何とハンナ、将和の子を孕んでいたのにも関わらず参戦していた。
「馬鹿者、この子は何れ戦車を撃破してもらうがための今から特訓してもらうのだ!!」
『いや……どうせ牛乳好きでソ連嫌いな奴が制覇するから』
ハンナの言葉にグレイスはそう返すのである。なお、二回に渡る日本義勇軍の航空攻撃で両師団は壊滅的打撃を与えられ更には一個機甲旅団も壊滅するのである。
更にフィンランド軍は三個連隊と日本義勇軍(一個旅団)と共に追撃戦を展開し12月28日にはラーッテ林道で態勢を建て直したソ連軍だったが日本義勇軍の航空攻撃により敗走した。だがソ連も空軍を出してきてラーッテ林道上空では激しい空戦が展開された。
だが日本義勇軍の戦闘機は九四式艦戦の最終型である33型と陸軍のキ43であった。なお、キ43は主翼を改めて機銃が搭載出来るよう設計した物になっており機首と主翼に二丁ずつ搭載出来るようになっていた。
またこの時点でのキ43は事実上二型(前期型)であった。そのためソ連空軍が出してきたI-15やI-16は突き放す事が出来たのである。
九四式艦上戦闘機33型
全長 7.71m
全幅 11m
全高 3.20m
翼面積 18.00㎡
自重 1400kg
正規自重 1900kg
発動機 『瑞星21型』1080馬力
最高速度 536km/h
航続距離 1600km
武装 機首7.7ミリ機銃×1
機首13.2ミリ機銃×1
主翼13.2ミリ機銃×2
30キロ爆弾×2
【概要】(ネタバレとも言う)
22型の改良型。発動機を瑞星21型を搭載し更に推力式排気管を採用した事で速度も530キロを越える程となるがこれが最終型となる。また武装も機首7.7ミリ機銃を一丁を降ろし武装強化とし13.2ミリ機銃が追加されている。同型はフィンランド、ドイツにも売却されており後のバトル・オブ・ブリテンにはフィンランド義勇軍の一部が残って再編成されたドイツ義勇軍として参戦しておりイギリス軍航空隊の壊滅に一役買っていた。
「全機、二機一個で組みつつソ連軍を蹴散らせ!!」
義勇軍の飛行戦隊長である加藤少佐はそう言いつつ列機と共にI-16の後方に忍び寄りホ103を叩き込んで撃墜するのであった。
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