第六十一話
クラウディアと分かれて数ヶ月後の1937年8月9日夕刻、上海海軍特別陸戦隊西部派遣中隊長の大山中尉と自動車を運転する斉藤一等水兵が付近地区の視察及び陸戦隊本部への連絡のために出発したが上海西部にある虹橋飛行場の越界路である碑坊路上を通行中、18時30分頃に何者かに射殺されたのである。また、斉藤一等水兵は近くの畑にて携帯品が一切奪われた上、身体は刀剣等によって斬り苛まれていたのである。
「日本軍が我が軍が警戒する地域に侵入してきたのでやむを得ず射殺した次第であり我が軍に何らの非は存在しない」
翌日10日に蒋介石がそう発表したが日本側は勿論納得する筈がない……が蒋介石側も焦っていた。
「誰が射殺しろと言った!? そもそも上海の日本租界は返還されるから何もするなと厳命していたではないか!?」
「し、しかし蒋主席……」
南京では蒋介石が怒号を放っていた。蒋介石も廣田外相との再度接触で上海の日本租界は1940年に完全返還と明記された『上海租界返還条約』の準備が真っ最中の出来事だったからであり上海から報告が来た時は真っ先に疑ったのは第9集団軍司令官の張治中だった。
「廣田の忠告を本気に聞いていれば……」
蒋介石は廣田との会談で張治中がソ連のスパイと内密に言われていた。しかし、証拠がこれまでになかったので蒋介石も張本人にそこまで問い質す事はなかったのだ。だが今回ので疑惑は更に深まったのは言うまでもない。
そして日本側も中華民国の暴走に備える構えに入った。即ち軍の派遣である。
「陸軍は軍の動員にはどれくらい掛かるかね?」
「第三師団と第十一師団の二個師団の動員準備をさせています。ですが二週間近くは掛かります」
「海軍は三好中将の第一機動部隊を上海に急行中です。更に増援の陸戦隊5000名と戦車三個中隊、装甲車二個中隊が急行中です」
「上海の在留邦人は?」
「現在一万と少しです。他は前月までに内地へ退避しています」
「分かりました。此処が正念場です」
岡田総理はそう告げたのであった。翌11日、将和の第一機動部隊は上海沖に到着し長谷川の第三艦隊とも合流した。
「済まないな将和」
「いいって事よ。それでやはり……」
「駄目だ。開戦は避けれそうにない」
三艦隊旗艦『摩耶』(『出雲』等の装甲巡洋艦は退役している)を訪ねた将和に清は出迎えていた。
「分かった。今回は戦闘機は堀越さん自慢の戦闘機だ。今度こそ被害は出させんよ」
「頼りにしているよ」
そこへ一人の少女が二人分のお茶を持ってきた。
「お前……まさか……」
「違うって!! 広報活動の一環で上海の孤児院にいた子だよ!!」
清は上海に停泊中、日中衝突を少しでも避けるために孤児院等に訪問して慰安をしていた。そのため上海市民(子ども達)は清の事を「海軍のおじちゃん」と慕っていたのだ。そんな折、一つの孤児院を訪問していたのだがどうしても清から離れない子がいた。要するに懐かれたのである。また、懐いた子も「お父さんに似ているから」と言っていたので清は引き取る事にしたのである。なお、孤児院によれば第一次上海事変で犠牲になった日本人夫婦の幼子らしくそれまでは阿子と呼ばれていたが清は旗艦『摩耶』からそのまま摩耶と名付けたのである。
「全く……取り敢えず妻も賛成してくれてるから問題無しだ」
「頼むぞほんとに……」
将和はそう言うのである。なお、第一機動部隊は以下の編成であった。
第一機動部隊
司令官 三好中将
参謀長 近藤信竹少将
第一航空戦隊
『加賀』『鳳翔』
第二航空戦隊
『龍驤』『赤石』
第三戦隊
『金剛』
第四戦隊
『高雄』『愛宕』
第三水雷戦隊
『五十鈴』
第二駆逐隊
『峯風』『澤風』『矢風』『沖風』
第三駆逐隊
『汐風』『夕風』『太刀風』『帆風』
第五駆逐隊
『朝風』『春風』『松風』『旗風』
また、各司令官だが第三戦隊には史実より早くに南雲忠一少将が就任、龍驤と鳳翔の第二航空戦隊司令官には小沢治三郎少将が、三水戦司令官には後藤英次少将が就任している。
そして8月13日午後4時54分、八字橋方面の中国軍第88師の第523団第1営が西八字橋、済陽橋、柳営路橋を爆破し砲撃を開始した。そのため日本軍は応戦した。午後5時には大川内上海特別陸戦隊司令官が全軍の戦闘配置を命令し、各所で戦闘が開始されたのである。
14日早朝には中華民国空軍の攻撃隊が次々と離陸し上海沖に停泊する第三艦隊と第一機動部隊を爆撃しようとした。しかし、両艦隊上空には36機の九四式艦戦二号型が展開していた。
「クソッタレ。日本軍の戦闘機だらけだ!!」
「構うな、このまま爆撃してやれ!!」
だが中華民国空軍のはヴォート V92「コルセア」、ノースロップ・ガンマ、カーチス・ホーク3等の混合であり彼等は散々な目に遭わされた。基地に辿り着いたのは僅か数機程であり対して両艦隊の被害は無しであった。
「このままで奴等が終わるとは思わんな」
「はい、しかし『金剛』の対空電探が役に立ちましたな」
将和の言葉に近藤はそう述べる。多目的練習戦艦として三戦隊に配備されていた『金剛』は完成したばかりの艦搭載用の対空電探ーー21号対空電探ーーを搭載しており上手く作動していた。(距離60キロで探知)
「だが問題はこの雲だ」
「はい、台風の影響ですな……」
上海沖は時折分厚い雲が点在していた。台風の影響で雲が上海方面に流れていたのだ。
「三好司令、渡洋爆撃に向かった爆撃隊の護衛隊が帰還します」
「被害は?」
「護衛隊に被害は在りませんが陸攻隊が不意打ちを食らって2機が着陸後に破棄されています」
「そうか。未帰還機が無くて良かった」
同日には台湾松山飛行場に展開していた鹿屋空の九六式陸攻18機が杭州や広徳等を爆撃していた。無論、中華民国空軍も戦闘機を出したが護衛の九四式艦戦18機に阻まれて逆に7機が撃墜される程であった。なお、上海への誤爆は史実と同じく行われていた。
「クソ……こうなれば例の爆撃隊を出せ!!」
「しかし司令官、あれは……」
「構うな!!」
被害の大きさに張治中はとある指令を出した。そして8月17日、早朝から中華民国空軍の爆撃が始まった。無論『金剛』の21号対空電探は作動しており将和は戦闘機を発艦させ上空警戒をさせた。そこへ上海陸戦隊からの爆撃指令が来た。
「中華民国軍陣地への爆撃か」
「戦車隊等が攻撃していますがトーチカが厚い模様です」
「やむを得んな。空軍の爆撃が終われば攻撃隊を出すのでそれまで粘ってくれと伝えてくれ。各空母にもその旨を伝えろ」
「了解です」
将和の命令は発光信号に伝えられた。各空母は攻撃隊の準備も増えたので何時でも出せるようにした。それこそが慢心だったのかもしれない。各空母は攻撃隊に備えて数機程度の爆装準備をしたのである。
そして中華民国空軍はまたしてもやってきた。
「各艦に対空戦闘を発令」
「ハッ、対空戦闘!!」
「対空戦闘ォ!!」
一番最初に砲撃したのは『金剛』だった。九四式艦戦の空戦を潜り抜けたノースロップ・ガンマ12機が爆撃をするが艦隊は回避運動で回避していく。
「………」
「どうしました司令?」
上空を見ていた将和を不審に思った近藤が問い掛け将和はそれを無言で上空を指差した。その空域を見た近藤は察して顔を歪めた。
「また分厚い雲……ですな」
「彼処に敵機が潜んでいる可能性もある。各艦に注意を促せ」
「直ちに」
将和の命令は直ぐに各空母に伝えられるが『龍驤』がこの時、爆撃回避のため分厚い雲の下を航行していたのだ。そして彼等はやってきた。
「敵機直上ォ!!急降下ァァァァァァァァァ!!」
『龍驤』の見張り員が叫ぶ。分厚い雲からソ連から密かに供与されたSB-2 9機が現れたのである。SB-2はそのまま『龍驤』に緩急降下爆撃を実施した。『龍驤』は対空砲火を上げ激しく回避運動をして抵抗、6機の回避に成功する。しかし残りの3機の内、最初の1機が機体炎上しながらもそのまま『龍驤』に体当たりを敢行したのである。奇しくも体当たりした場所はエレベーターだった。この衝撃でエレベーターは破壊されSB-2ごと格納庫に飛び込んできた。更にSB-2の爆弾倉に搭載されていた100キロ爆弾6発が次々と爆発、その爆風は準備中だった九四式艦爆、九二式艦攻を薙ぎ倒し搭載していた250キロ爆弾や60キロ爆弾が次々と誘爆したのである。
「『龍驤』被弾!?」
「何!?」
将和が振り返ると最後の1機が投弾した250キロ爆弾が『龍驤』の前部飛行甲板に命中、爆発したところだった。
「『龍驤』炎上!!」
「『龍驤』に発光信号!! 被害知らせ!! 誘爆が激しければそのまま浅瀬に座礁しろ!!」
『龍驤』では大火災発生中であり艦長の阿部大佐も将和の命令が届く前に独断で浅瀬に進路を変えたのである。そのまま『龍驤』は浅瀬に座礁し沈没する危機は避けられ駆逐艦からの消火活動も借りていた。
「まさかSB-2とはな……」
「ソ連からの供与でしょうな……」
(まさか供与が早まるとはな)
沈没の危機を脱した『龍驤』を尻目に将和と近藤はそう話す。上空では中華民国空軍の攻撃隊は去っていた。
「どうします?」
「……当初の予定通りに陸戦隊の支援をする。敵攻撃隊はその都度防ぐ。敵飛行場の爆撃はそれからだ」
先に飛行場を叩けば艦隊の被害は抑えられるだろう。だがその間に上海が陥落すればどうする?
将和は陸戦隊の支援に徹する事にしたのである。なお、空母一隻炎上に張治中は狂喜乱舞し更なる攻撃を上海に加えたが第一機動部隊から発艦した攻撃隊が中華民国軍の第87師や第88師に攻撃を加えて大損害を与えて後退させる等していた。それでも中華民国軍は激しく攻撃を敢行したが陸戦隊は租界の日本側拠点を死守する事に成功。8月23日には上海派遣軍の三個師団(第十三師団が追加された)が上海北部沿岸に上陸したのである。
なお、26日には南京駐在英国大使ヒュー・ナッチブル=ヒューゲッセンが銃撃を受けて重症を負い、同行の大使館職員が日本海軍機の機銃掃射によるものであると主張した。海軍は自軍による機銃掃射を否定しようとしたが将和は直ぐにヒューゲッセンが入院する病院を訪れ謝罪をした。
これによりイギリスの対日感情が悪化するという事態は防げたのである。
また上海派遣軍は中華民国軍のトーチカ構築に阻まれたが第三艦隊所属の砲艦や第一機動部隊が砲爆撃を敢行して上海派遣軍の攻撃をしやすくした事もあり中華民国軍は総崩れとなったのである。
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