第五十七話
「そういや早苗さんは?」
「お婆様は来ていません。2年前に……」
「そうか……」
美鈴は将和にそう伝え日本酒を飲む。
「お婆様が亡くなった後、武者修行として上海に渡っていました」
「上海に?」
「はい。前回の時は薙刀等だけでしたが今回は拳銃や徒手空拳とかも使えますよ」
そう言えば美鈴の服装は食堂に入った時から華人服とチャイナドレスを足して2で割ったような淡い緑色を主体とした衣装であり髪は黒で腰まで伸ばしたストレートヘアーで、側頭部を編み上げてリボンを付けて垂らしていた。
(まんま門番だよなぁ……)
何がとは言わないがそう思う将和である。
「お、なら後で手合わせをしようじゃないか」
美鈴の徒手空拳を見た麗蓮が長女蓮華をあやしながら目を輝きかせそう言う。
「あっ新しい人ですね、宜しくお願いします」
「おぅ麗蓮だ」
そう挨拶をする美鈴だが不意にあっと言い出した。
「そうだ忘れていました。実は上海で出会った人がいまして……そのまま意気投合して一緒に日本に来たんです。本人も是非にと言ってまして……」
「良いぞ」
将和は美鈴の言葉に頷き美鈴は再び外に出た。数分したら一人を伴って入ってきた。その人物ーー男装した麗人ーーを見て将和はハッとした。
「君は……」
「流石の三好将和でもボクを知っていましたか」
「そりゃあ……な。取り敢えずはお茶でも如何ですかな……川島嬢」
「頂くよ」
将和の言葉に男装の麗人……川島芳子は笑みを浮かべて頷いたのである。
「さて、何処から話したらいいか……」
お茶を一口啜ってから川島は口を開いた。
「あぁ、上海事件からしようか」
「……まさか僧侶襲撃事件か」
「そうだね。ボクと関係を結んでいた田中からの命令だったよ」
川島芳子はアッサリと田中隆吉からの指示があったと認めた。だが将和は肩を竦めた。
「まぁそれは終わった話だ。今の話は墓場まで持っていく」
「それは有難いね。まぁ結果として田中は予備役で消えボクはお役目御免となって追放という形になってね。仕方なく上海で旅館を経営していたのさ」
「そこへたまたま上海に武者修行で来ていた私が泊まりに来ましてそこで仲良くなったんです」
美鈴が補足する形でそう述べる。
「まぁ上海で武者修行しているとそろそろ1936年になりそうだったので日本に戻ろうとしましたら芳子さんも戻ると言いまして……」
「美鈴からの話で君に興味を持ってね。まぁボクとしてはボクが持っていた力を全て奪われたからね。その責任をと……」
そう言って川島が将和に身体を寄せてきたが将和はそれを断ろうとする。
「おや、ボクじゃ駄目かな?」
「右腰に隠した拳銃が無ければ……かな」
「おやおや、これは護身用だよ」
そう言って笑う川島だったが不意に頭からお茶をぶっかけられた。ぶっかけたのは夕夏だった。
「……何のつもりかな?」
「あら、三好家のお茶はお気に召しませんでしたか?」
持っていたハンカチで頭を拭く川島に夕夏はニッコリと笑う。その様子を尻目に将和達はヒソヒソと話していた。
(なぁ、夕夏どうしたの?)
(さぁ……? というよりも将和が何かしたんじゃないのかしら?)
(最近ご無沙汰だったとか?)
(二日前にしてたわね)
(何で知ってるんですかねレティシア?)
(あら、メイドは何でも知ってるわ)
(ちなみに今日は私と姉上だからな!!)
(今日は私に譲って下さいよグレイスさん。私だって超久しぶりに会ったんですから)
(だが断る!!)
(ちなみに明日は私だからな!!)
(それかあの日じゃねーのか?)
(成る程。あの日のユーカは怒りっぽい……ね)
「聞こえているわよシャーリー? 今日の晩御飯は雑炊だけね」
「げっ」
聞こえていた夕夏はニッコリとシャーリーに微笑み無情な判決を降しシャーリーを絶望させた。
「別にあの日とかじゃないわよ。私が言いたいのは……貴女、本心を隠しているでしょ?」
「……………」
夕夏の言葉に川島はピクリと眉を潜める。
「話している時の貴女、旦那を憎たらしい目線をしていたでしょ?」
「……言い掛かりじゃないかな?」
「ほら、直ぐ目線がぐらつく。仮にも諜報員なら指摘されても動揺しない事ね」
(それを指摘出来る夕夏って……)
「女の勘よ貴方」
内心思った事が顔に出ていた将和である。
「どうせ愛しの愛人が予備役にされてそのついでに諜報員の座を追われたから単純に旦那を憎んでいるだけでしょ」
「………………」
夕夏の指摘に川島は夕夏を睨み付ける事で答えた。どうやら図星だったらしい。
「まぁそんなところでしょ」
『(いやそれは夕夏にしか分からない)』
全員が一つに思えたツッコミである。
「まぁいいわ。部屋の準備をしてくるわ。どうせ暮らすのだからね」
(暮らすのは決定なのか……)
「それと……」
夕夏は川島に歩み寄りヒソヒソと話す。
(うちの女達は何かしら旦那を助けたい事をしているの。貴女も旦那に惚れたら助ける事をする事ね)
(………………)
(それに……)
(??)
不意に夕夏はニヤッと笑みを浮かべた。
(うちの旦那は夜は凄いから腰を抜かさない事ね♪)
(……………)
夕夏の言葉を理解した川島は頬を染めるだけにしたのである。そう言って夕夏は食堂を出るのであった。
「……まぁ取り敢えずは宜しくな」
「……そうだね」
気まずい雰囲気だったのは言うまでもない。なお、川島芳子が将和の邸に入った事は東條達の耳に入り爆笑したのは言うまでもない。
「ハッハッハ、今度は清の皇族か」
「これだから三好中将は面白い」
「他人事だと思って……」
「だって他人事だからな」
『ハッハッハ』
会合で弄られる将和である。幾分か笑い終えた東條だがスッと表情を変えた。
「皇道派の若手将校達が動いている」
「……やはり226か」
「山下君に探りを入れさせているが決行日はまだ不明だ」
「荒木や真崎が後ろで手を引いているのは間違いないが……」
「先が見えないアホどもはどうして短絡的に物事が見えないんだ……」
「日本人特有なのかもなぁ……」
「総理官邸の配備は?」
「君の襲撃事件があって以降に組織された警視庁の特別警備隊が官邸に配備されている」
なお、この特別警備隊は陸軍から払い下げられた小銃や軽機関銃を配備している。
「君の邸も十分に警戒したまえ」
「無論です」
将和は東條の言葉にそう答えたのであった。そして2月26日の深夜、その日は今回も雪が降っていた。
「今、日本が苦しいのは単に政府首脳陣による独裁政治をしているからだ!!」
「故に我々は此処に決起した!!」
「我々が昭和維新の先駆けとして起つのである!!」
「これは義挙であり必ずや我々の行動を天皇陛下は認めてくれるだろう!!」
「攻撃目標は総理官邸!!」
「攻撃目標は警視庁!!」
「攻撃目標は内大臣邸!!」
「攻撃目標は大蔵大臣邸!!」
「攻撃目標は三好将和邸!!」
『出発!!』
皇道派の青年将校に率いられた叛乱部隊4932名は行軍を開始した。彼等は定められた攻撃目標に向かうためであった。
後に『日本で一番長い日』と言われた事件……『2.26事件』は此処に勃発したのである。
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