第五十五話
「フォッフォッフォ。首尾はどうか?」
「はっ、ハバロフスク等に展開していた各軍からの報告では国境線での戦闘には勝利、満州里等の街を解放しつつあると……」
「うむ、宜しい」
部下からの報告にクレムリンの主であるスターリンは満足そうに頷く。
1934年11月1日、ソ連と満州(奉天軍)は戦闘状態に移行した。ソ連の公式発表は『国境線で軍事演習中、突如として満州側から銃砲撃を浴びせられ10数名の兵士の死傷者を出した。そのためソ連極東軍は自衛のため満州に攻撃を開始した』との事である。
だが、実際はソ連側の自作自演であった。当初、スターリンもそこまでやる気はなかったが長征で壊滅寸前の毛沢東らからの救援要請に応える必要はあった。そこで一計を案じたのである。
一計は見事に成功し現在はソ満が戦闘中というオチである。
「他国からの介入が入る前に出来る限りの領土を奪い取るのだ」
「ダー!!」
「それと……国連には手を打っているな?」
「無論です」
「それで、ソ連は何処まで進んだ?」
「はい、国連が介入するまでにハルピンまで占領しました。ですが恐らく奴等は撤退はしないかと……」
何時もの料亭での会合で板垣らは将和らにそう説明をする。
「国連は警告を発しそうですか?」
「いや……恐らくは発しないだろう」
「チッ、相変わらず役に立たん組織だな」
東條の言葉に将和は舌打ちをしながら日本酒を飲み干す。
「長春に駐屯する米軍も戦闘準備をしているが……解除されたようだ」
「……アメリカとソ連が手を結んだと?」
「そこまでは断定していないが……ソ連軍司令官が米軍司令官と会談をしてこれ以上の進撃をしないと約束したらしい」
満州を攻めたソ連軍司令官であるジューコフ中将は南満州鉄道を防衛する米陸軍一個旅団の司令官と会談をして「これ以上の進撃はやらない」と明確にしていた。そのため米軍も戦闘準備を解除をしたのである。
「まさか『あじあ』号を接収でもする気か?」
「そんなまさか……」
宮様の言葉に将和はそう返した。『あじあ』号は史実と同じく11月1日から運行を開始していた。史実と異なるのは満州国の象徴ではなく南満州鉄道の象徴であろう。まさかスターリンは意趣返しで狙っていた……? 宮様らはそう思ったがスターリン本人はそんな事思ってもいない。
「……関東軍の兵力を増やすべきかね?」
「そうしたらソ連を刺激するのでは?」
板垣の言葉に将和はそう返す。確かに悪戯に兵力を増やせば何れは戦争となってしまう。
「それに陸軍の戦車もまだ完成していないし……」
「………」
杉山の呟きに東條は無言で頷く。陸軍が主力となる新型中戦車の開発をしていたがまだまだであった。
「それに北樺太の守備隊も考えねばなりません。オハ油田を守備するならもう一個師団は必要です」
現在、南北の樺太にも日本人の入植は進んでおりその日本人を守るために北樺太に第二十師団が駐屯していたがソ連がやるのであれば更にもう一個師団は必要であった。一応南樺太はユダヤ自治政府が担っていたがそれでもユダヤ陸軍は五個師団しかなく(兵器は日本製が大半)不安要素はあったのだ。
「………」
「宮様」
「……此処は隠忍自重しよう。今は動くべきではない」
宮様は重苦しくそう告げた。
「もし此処で……不用意に動いては史実の満州侵攻となるかもしれん。それは避けるべきだ」
宮様の言葉に全員が頷いたのである。その後、将和は自宅に戻りそのまま掃除をしていた夕夏(メイド服姿)に抱きついた。
「あらどうしたのかしら?」
「……ちょっとな。少しこのままで……」
「あらあら」
夕夏は将和の表情で察したのか夕夏も抱き締めて頭を撫でるのである。
「あっ、勿論皆も待機しているからね」
「………おぅ」
ちゃっかり扉のところにはタチアナやアナスタシア達が待機していたりする。無論、将和は抱き締めて頭を撫でてもらうのである。(おい
だが11月下旬、事態は急変した。何と国際連盟の理事会にてソ連側は今回の満州事変を日本側が吹っ掛けたと主張したのである。
「では我が国の特殊部隊がわざわざ満州国境まで出向いて貴国の軍を攻撃したと?」
「如何にも。だが我が国もそこまで鬼ではありません。賠償金だけで手を打とうというわけです」
ソ連臨時代表のモロトフ外相の主張に松岡代表は呆れた表情を浮かべた。
(コイツ……本気で言っているのだろうか……?)
「ついては100億ルーブル、これでと思います」
「なっ……」
「日本代表、これは喜ばしい事では?」
モロトフの100億ルーブルという金額に松岡は絶句するがそこへ口を挟んだのは事務総長のジョセフ・アヴェノルだった。更に常任理事国であるイギリス・フランス両代表も口々に松岡に主張したのだ。
「ソ連は賠償金さえ払えば納得すると言っている」
「左様。此処はソ連の主張を受け入れるべきだ」
(コイツら……)
明らかに怪しい雰囲気なのは間違いない。恐らくは黒だろう。だが確証は無い。灰色だろう。
「……私の一存では決められないので一先ず三日間はお待ち下さい」
松岡は怒りに身体を震わせながらもそう言うのである。閉会後に松岡は直ぐに日本に報せるのであった。
「拒否一択で。脱退しましょう」
『異議無し』
将和の言葉に宮様達も完全にキレていた。
「ジュネーブ軍縮も脱退しますか?」
「せざるを得んだろうな……」
そして12月1日、改めて開かれた理事会で松岡は主張する。
「そもそも我が国がソ連を攻撃し中華民国と戦わせる理由がありません。よって賠償金を支払う事を拒否します」
「マツオカ代表、それは……」
「以上です。あぁそれと、我が国は国際連盟から脱退する事が決定しました。それではさようなら」
そう言って松岡ら代表団は椅子から立ち上がり出ていくのである。
「マツオカが退場するぞ……」
「何と……」
他国の代表団達はざわめいていたがソ連臨時代表のモロトフ外相は誰にも見えないようニヤリと笑みを浮かべるのであった。
更に12月29日に日本はアメリカに対しジュネーブ海軍軍縮条約の単独破棄を通告するのである。
「『一号艦』の計画はどうなっていますか?」
「順調に育っている。予定では1937年に開始される」
既に『一号艦』ーー『大和』型の設計図は纏まって完成していた。更に建造予定のドックも拡張され(呉と佐世保)ていたので後は建造のGOサインだけだったのである。
「その方向で行きましょう。ところで第二次ロンドン軍縮はどうします?」
「最初から不参加でも良い気が……今年の予備交渉も史実と同じく不調だったしな……」
「ならその方向で行き脱退しましょう」
斯くして日本は結局は両軍縮とも脱退の道を歩む事になる。そしてそれをほくそ笑みを浮かべるのはクレムリンの髭親父であった。
「フォッフォッフォ。首尾は上々だな、よくやったモロトフ」
「はっ……しかし日本を国際連盟から脱退させても宜しかったのですか?」
「……脱退した日本はどう戦略を取ると思うかね?」
「はっ……独自の戦略を持ち、それに伴い重工業力を向上……まさかッ!?」
モロトフが驚きの表情をスターリンに見せるとスターリンはニヤリと笑う。
「肥えた豚……それを美味しく頂くのはより肥えた時……そうは思わないかね?」
スターリンの言葉にモロトフは無言でゆっくりと頭を下げスターリンは再び「フォッフォッフォ」と笑うのであった。
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