第五十三話
1932年、この年は史実でも多くの事が起きていた。1月からは第一次上海事変、2月は井上準之助暗殺(血盟団)、爆弾三勇士。3月は團琢磨暗殺(血盟団)そして5月は五・一五事件等々が起きていた。
しかし、今回は類似してたのは第一次上海事変のみであった。井上準之助はそもそも大蔵大臣は担当していないし閣僚にも入っていない。
爆弾三勇士も混成第24旅団は上海入りしていない、五・一五事件も原が総理をしていたので犬養は暗殺もされていない。
そんな1932年も年の瀬が迫った12月、将和は東條や杉山らに招待され千葉市稲毛区天台にある陸軍歩兵学校に来ていた。
「また此処に来てしまったな……」
「良いじゃないか、新型の軽装甲車と軽戦車を 見せるためなんだから」
将和の言葉に東條はそう答える。戦車格納庫に案内されると二両の車両が鎮座していた。
「フム……」
「上手くいけばそれぞれ九三式軽戦車、九三式軽装甲車として採用される車両だ……まぁ強化したハ号とTKだな」
「というと?」
「TKは武装は同じだ。だが装甲は30ミリに施しているしエンジンも大幅に向上している」
東條の言葉に偽りは無かった。前面装甲を30ミリにしつつ100馬力のガソリンエンジンを搭載していた。これにより最大速度が54キロまで向上するのである。
「ハ号は?」
「ハ号は史実のハ号、ケニ車、ケト車を混ぜ合わせた物になっている」
「つまり?」
「砲は史実で言う九八式37ミリ戦車砲相当の九一式37ミリ戦車砲だ。だが将来的……1940年辺りには史実一式戦車砲相当のを搭載予定だな」
「成る程」
「それに装甲も前面装甲は最大50ミリにしているからちょっとやそっとの攻撃では貫通しない」
「それ中戦車……まぁM3軽戦車とかあるからな……」
「そういう事だ」
また、ハ号も同様であった。なお、ハ号の性能は以下の通りである。
九三式軽戦車(仮)
全長 4.30m
全幅 2.12m
全高 2.10m
重量 15t
速度 50キロ
行動距離 250キロ
主砲 九一式戦車砲(88発)
副武装 九一式車載重機関銃(史実九七式 3100発)
装甲 前面装甲 50ミリ(傾斜50°)
側面装甲 25ミリ
後面装甲 20ミリ
エンジン ベ式水冷V型12気筒(250馬力)
乗員 3名
「発動機は?」
「八八式偵察機で使用されているベ式発動機をデチューンしている。ガソリンエンジンを搭載したからその分を装甲に回せる事が出来たからな」
「成る程」
なお、その判断は当たりだった。
「まぁこれでチハが登場するまでは何とか戦車隊もやれそうだな」
「慢心駄目絶対……だな」
そう呟く将和である。12月24日に二車両は制式採用されそれぞれ『九三式軽戦車』『九三式軽装甲車』と命名されたのである。
そして1933年の幕が開ける。1933年と言えば史実にてドイツでは1月にシュライヒャー内閣が総辞職をし代わりにちょび髭ことアドルフ・ヒトラーがドイツ首相に就任、これにより事実上ヴァイマル共和政が廃止される事になる。
他にも2月24日に国際連盟が満州撤退勧告を42対1で可決させ松岡代表を退場したりするが……ドイツは兎も角、満州のは今回、全く無かったのである。
「まぁ満州はそもそも侵攻していないからな」
「関東軍も暴発していませんからね、その代わり押さえつけるのが面倒ですがね」
「それに大角人事も別の意味で有名になりましたからね」
史実では条約派を予備役に追いやっていた人事だったが今回は艦隊派の将官を追いやっていた。というのも艦隊派については東郷や宮様達が「事を荒立てるな」と警告していたのにも関わらず大角海相に対し条約派を予備役にさせるよう恫喝をした。これに進退極まった大角が宮様らに相談した事で発覚し東郷と宮様が大激怒をするに至ったのである。
「おはんらは日本を亡国に追いやるつもりごわすか!!」
「我々は警告したな? 勝手な事をするなと。それを君達が無視をした。それがこの結果だよ」
東郷と宮様はそう言って艦隊派を切り捨てたのである。なお、この人事で中村良三や小林省三郎等が史実より早くに予備役にされ他にも複数の佐官等が予備役に追いやられ艦隊派はほぼ壊滅
と言っていい状態だった。なお、無事だったのは宇垣や南雲といった主だった者達である。無論、山梨達が予備役になる事はなく引き続き職務に遂行する事になる。
そして時は少し戻り同月の3日0230頃、岩手県の釜石町(現釜石市)の東方沖約200キロの地点で地震規模M8.1を記録する『昭和三陸地震』が発生する。
将和も出動に備えておりこの時、第一次改装が終了したばかりの空母『加賀』に一航戦旗艦をしており将旗が掲げられていた。更に空母『赤石』を随伴として駆逐艦6隻で訓練目的で青森県の大湊鎮守府から出港して八戸沖を航行していた。
「直ぐに急行するぞ!! 飛行隊は夜明けともに発艦、被害地域の偵察を行う」
「了解!!」
将和の第一航空戦隊は地震発生から五時間後には釜石町沖合いに到着し臨時編成した陸戦隊を派遣しつつ沖合いから様子を伺うのである。
「司令、沖合いに人が……」
「……生きているかもしれん。急いで救助だ」
史実でも行方不明者が多かった。多かった理由は津波の引き潮で海中に拐われた人が多かったのだ。カッターを降ろして海面に浮いている人間や人間もどき(四肢等)を救助していく。たまに生存者もおり収容された生存者は『加賀』と『赤石』に移送され手当てを受けるのである。
「生存者は?」
「1200の時点で二空母に収容された生存者は14名です」
「全体で収容された遺体は……359名になります」
「ん……だが最後まで諦めるな。引き続き捜索だ」
「はっ」
部下を下がらせると将和は生存者が収容された格納庫に降りる。格納庫に降り生存者に一人一人声をかけ励ます。将和を知っていた者(新聞等の報道)は涙を流しながら頷いていた。
「………」
ふと、端に目をやれば二人の女の子がひしっと互いの身体を抱き締めていた。二人は幼馴染みだろうか、一人は長髪でありながら髪を左に纏めもう一人は基本は黒髪だが外側が黒、内側は赤というかなり不思議な配色がなされていた。
「大丈夫かい? よく頑張ったな」
『……………』
将和は二人に声をかけるが二人の目は焦点が合っていなかった。恐らく流された事で何も分かっていないのだろう。将和は二人をソッと抱き締める。二人は抱き締められた事でビクッと身体を震わせるが将和に抱き締められている事に漸く気付いた。
「よく頑張ったな」
再度かけた言葉に二人は将和に抱きつき泣き出したのである。その様子に将和は二人の頭をゆっくりと撫でるのであった。
「ご苦労だったな三好君」
「いえ、自分はただ命令を出しただけです。その労いの言葉は部下達に……」
「そうか」
三日後に被災地入りをし『加賀』に乗艦した宮様だが将和の姿を見てクスリと苦笑する。
「しかし……君も中々様になっているぞ」
将和の後下方には将和の制服を握る二人の女の子がいたのである。二人とも表情は無表情だったがそれでも制服を握る手は強かった。
「懐かれてしまいました……名を聞こうにもあまり口を開こうにないので……」
「フム……地震と津波の影響での精神症状では? ww1後に問題になったシェルショックに似たようなものだろう」
「軍医もそう判断しています。まぁ二人から口を開くのを待つつもりです」
将和はそう言って二人の頭を撫でると二人は嬉しそうなのか微笑む。
「一先ずの優先は被災者の救助活動だ。抜かるなよ?」
「無論です」
その後、将和の一航戦は交代の二航戦が到着する20日まで釜石町沖で活動するのであり二航戦が到着したので帰還するのである………2名の便乗者を乗せてである。
「まいったなぁ……」
漸く二人は口を開いてくれた。名を加賀と長波と言うらしい。どうも親は元海軍に徴兵されていた者らしく、加賀は加賀が就役した日に誕生したらしくそのまま加賀と名付けられ長波は浅海波が発生した日に誕生しそのまま長波と名付けられたらしい。また、長波の母親は外人らしく父親が何処からか保護してそのまま住み着いたらしい。(生存者の中に二人の親を知る者がいたので漸く判明した)
将和は帰還するまで役場等を巡り二人の家族親族を探したが関係する者達は津波ーー行方不明者リストに載ったり死者として名前が掲載されたりした。そして将和は家に電話をして夕夏に相談した結果、夕夏から「ならウチで引き取りましょう」という鶴の一声で二人は『加賀』に乗って横須賀軍港に入港するのである。ちなみに手続きとか色々なのは宮様がやってくれた模様である。
「お帰りなさい貴方」
「あぁただいま夕夏」
扉を開けた将和に夕夏はダッシュで飛び付きそのままディープキスを敢行する程である。なお、後ろにいた二人は突然してきた夕夏の行為に唖然としていた。キスを終えた夕夏が後ろにいた二人に気付き、近づいて屈んで二人を抱き締める。
「いらっしゃい……じゃないわね、お帰りなさい。今日から貴女達の家になるわ」
『………………』
「怯えなくて良いわ、これから一緒に暮らすのだからね」
ね?っとウインクをする夕夏。二人はその表情にモジモジとしていたがやがては頷くのである。
「私の事はお母さん……んー、抵抗感があるなら夕夏と呼んでいいわよ」
夕夏の言葉にコクりと頷く二人に夕夏は微笑み二人を食堂に案内するのである。
「さぁ食堂に行きましょう。皆、二人の到着を首を長くして待っているからね」
(え、俺は待ってないの……?)
そうツッコミを内心思う将和であった。
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