第四十三話
1925年四月、将和は軽巡『五十鈴』艦長から霞ヶ浦航空隊副長に異動となった。将和が退艦する日は『五十鈴』の全乗員が涙を流しながら将和を見送るのである。
将和は艦長として飴と鞭を上手に使い分けていたのが功を成していた。訓練する時は勿論厳しく接していたが時間外となれば古参兵らと一緒に酒を飲んだり配属されたばかりの新兵にはお菓子をあげていたりしていた。彼等も将和の事を「親父」と呼んだりする事もあったが将和は「まだそこまでの年齢じゃない」と笑いながら言い返したりする。
後に将和は「『五十鈴』は思い出深い艦の一つ」と言うほどだった。
「しかし副長か……この時の副長ってやっぱあいつじゃないか……?」
移動する汽車の中で将和は一人の男を思い浮かべていた。それは史実の開戦時にGF長官の男であった。
「……ま、向こうで聞けばいいか」
そう言って駅に到着するまで睡眠をする将和だった。そして航空隊に到着して司令官小松直幹少将に着任の報告をするのであった。
「わざわざ海から引き離して済まなかったね」
「いえ、とんでもありません」
「実は君を副長にしたのは理由がある。君の功績でパイロットを目指す者が多くて山本君だけでは対処しきれないと判断してね。君を呼んだわけだ」
「は、分かりました。全力を尽くします」
その後、将和は山本五十六と出会い、彼とも幾度となく話す事はあったが後に夕夏にボソッと口を溢した事があった。
「……やっぱあいつはあまり信用出来ない」
それが何を意味するのか? また、将和と山本とは不仲ではなかったが何故将和がそう口を溢したのかは後の歴史家にも分からない事だった。
そして九月頃、将和は小松司令に呼ばれた。
「実はドイツから君宛に招待が来ている」
「招待……ですか?」
「リヒトホーフェンの遺体をフランスから母国ドイツに迎え入れるらしい。君もかつてリヒトホーフェンと戦った柄だがドイツ側から是非にと言われたんだが……どうかね?」
「断る理由はありません。是非行かせてください」
「分かった。上にはそう言っておこう」
小松司令は頷き、将和は司令室を退出した。
「……リヒトホーフェン……か」
将和の脳裏にあの時の空戦が思い浮かべられる。
「……敵としてではなく、親友として会いたかったな……」
将和は歩きながらそう呟くのである。そして将和がドイツに行く噂が広まったのか、山本にも訊ねられる始末であった。
「あのリヒトホーフェンと戦ったとはやはり凄いですな副長」
「なに、たまたまだよ教頭」
山本の言葉に苦笑しつつ答える将和である。そして九月の下旬に将和はドイツへ向けて旅立つのである。その時に将和が乗る客船を見送ろうと霞ヶ浦航空隊の練習機が客船の上空を飛行して見送るのである。
「あいつらめ……」
旋回等将和自らが実施して訓練した飛行技を披露するパイロット達だった。
「中々様になっているな」
「カエル女より私の教え子達のが優雅に飛んでるわね」
「何ぃ?」
「喧嘩はやめなさいグレイス。レティシアも挑発をしない事です」
「事実を言ったまでよ。それともシルヴィアの教え子達はそこまでの実力なのかしら?」
「……その喧嘩、買いますよ?」
「お前ら落ち着け……」
将和の後ろでやんやと争ういつもの三人に将和は溜め息を吐く。ちゃっかり将和と行動を共にしており口が悪い者は「三好大佐は女を侍らしている」とニヤニヤしながら言っている程である。
(まぁそれもそうだが……そろそろ決めないとなぁ……)
三人とは夕夏らが会えない時も行動を共にしているので三人が将和の事をどう思っているかは既に欧州の時に経験済みであった。
そのため将和もそろそろこの関係を終わらせようと思っていた。そこへ降って湧いた欧州行きに将和もまぁそれも良しとしたのである。
11月20日、将和は参列者の一人として国葬されるリヒトホーフェンを手向けの花を送る。将和のワイマール共和国大統領のヒンデンブルク元帥から一言をと言われた。
「彼は私より優るパイロットです。皆さん、誇りに思ってください。そしてリヒトホーフェン、空戦の決着はあの世でしよう」
将和の言葉に民衆は拍手で送るのであった。そして将和が帰る時、二人の男女が将和に声をかけた。女はローブを被って男の後ろにいたが視線は将和に向けていた。
「久しぶりだねマサカズ」
「あぁ……久しぶりだなヘルマン」
男はヘルマン・ゲーリングだった。前回のように太った体型ではなく痩せたままだった。
「今回はモルヒネを打ってないんだな」
「まぁね、ミュンヘン一揆の時は仮病で現場に行ってないから怪我もしていないしね」
「おい、そこら辺のは聞きたいな」
「だろうね。けどまずは彼女との再会もじゃないかな?」
「ん?」
ヘルマンはそう言って後ろにいた女性に視線を向けると女性はローブを脱いだ。脱いだ時、顔の真ん中ーー鼻付近ーーを真横に大きな傷痕を見た時、将和はやっぱりと思った。
「そうか君か……」
「フン、久しぶりだなミヨシ・マサカズ」
「あぁ久しぶりだなクラウツァル」
女性ーーハンナ・フォン・クラウツァル少尉はニヤリと笑った。
「まぁ積もる話もあるだろう。夜に何処かのレストランでも?」
「ならーーーというレストランで」
「分かった」
そこで一旦は分かれ、夜に再びヘルマンが指定したレストランに将和らは訪れていた。
『久しぶりの再会に』
全員がドイツのビール(ピルスナー)で乾杯し将和は半分程飲む。ジュワッと腹の奥で久しぶりのドイツビールを味わう将和である。
「まずは先に料理を楽しもう、話はそれからでも遅くはないさ」
ヘルマンはニヤリと笑う。そして将和らはドイツ料理に味わいつつ中盤になりつつあった時にヘルマンから切り出した。
幾分か飲んでいたのかヘルマンの頬は赤みを増している。
「マサカズらと分かれた後、ウーデットらと軍に残っていたよ。けど、1920年に隣国で何があったと思う?」
「……ポーランド・ソビエト戦争か?」
「その通り。フランス軍が当初はポーランド軍を支援していたけど、ソ連の侵攻が思ったよりも早くてね……そこで戦線を支えるためにドイツ軍での義勇軍が密かに作られて戦線に送られた。その一員にボクとクラウツァル大尉がいたのさ」
「成る程……(うーん、まさかの義勇軍かぁ……)」
「まぁそこでも10数機は落としたかな。後、クラウツァル大尉の活躍もあったしね」
「ほぅ?」
ヘルマンの言葉に将和がハンナに視線を向けると恥ずかしかったのか顔を赤らめ視線を背けた。
「彼女、君に勝とうと色々やって落ち着いたのが急降下爆撃だったのさ」
「ブッ」
ヘルマンの言葉にビールを飲もうとしていた将和が咳き込む。
「そうなのか?」
「そうだ……だから……だから私と勝負しろ」
ハンナはそう言ってワインをらっぱ飲みをする。
「プハァ!! 良いか、今回は私が勝つぅ……」
そう言ってハンナはテーブルに崩れるのである。なお、料理はちゃんとレティシアが避難させている。
「……まぁ爆睡した彼女はさておきだ……」
「まぁそうだな」
「実はね……まだボク、未婚なんだよ」
「……ちょい待てちょい待て」
ヘルマンの告白にまさかの慌てる将和である。
「え、未婚? カリンとはどうなったんだ?」
「まだ夫といるよ。北欧で曲芸飛行士はしていたけど、カリンと会わなかったんだ。ボクがわざとローゼン伯爵をエアタクシーで送らなかったからね」
「……仮病か?」
「正解だよ」
将和の問いにヘルマンは苦笑し新しいビールを飲む。
「確かに仮病をしなかったらカリンに会えたかもしれない……けど、ボクはそれを許さなかった……」
「………」
「マサカズ、君は前回も史実も知っていると思うがカリンは元は人妻で夫はいるんだ。そしてカリンとボクが夫婦になるためにカリンは夫と離婚をしその後、前夫はうつ病となって狂死してしまった」
「………」
「前回は何もというか申し訳ないと思った……けど、それだけだった。だが今回は……一人の命を絶たせてしまう原因を作らせたボクはボク自身が許さなかった」
そう言ってヘルマンは残っていたビールを飲み干す。
「だから仮病を使ってカリンとは会わずに済んだ……カリンに会えばボクの気持ちは揺らいでしまう……マサカズと戦う気持ちが揺らぐからね」
「男からのラブコールはゴメンだぞヘルマン」
「それはボクもだよ」
将和の言葉にヘルマンは苦笑する。
「まぁそんなわけだ。一応、ナチ党員ではいるけどミュンヘン一揆で仮病したのがバレてね。ちょび髭には怒られて党員を除籍されたよ」
「大丈夫なのか……?」
「なぁに、ヤバくなったらまた国を離れるよ」
そう言うヘルマンだった。翌日、将和らはヘルマンに誘われてドイツ空軍の飛行場にいた。
「それじゃあ二人の対決を始めようか」
「演目は何だ?」
「急降下爆撃さ」
ヘルマンはニヤリと笑い格納庫からアルバトロスD.Vを2機出すように指示を出して作業員らが出してくる。
「おい、ドイツ空軍は戦闘機の保有は駄目じゃなかったか?」
「発動機を外して展示するならセーフだよ」
「ハハハ、それは連合軍のミスだな」
ヘルマンの言葉にグレイスが笑う。
「それに今日も爆弾を処理するがためという理由もあるからね」
(まぁ史実のドイツ軍も実例がありすぎるからな……)
ラッパロ条約をしている時点でさもありなんである。それはさておき、将和とハンナは機体に乗り込みコンタクトをさせた。
「分かっているなミヨシ!!」
「無論だ!!」
ハンナは地上に置かれた破壊されまくっているA7Vを指指す。
「あれを破壊した方の勝ちだ!!」
ハンナはそう言って離陸していくが将和はまだ離陸しなかった。
「うわ、投下索まである……下も剥き出しだしなんつぅ改良の仕方だ」
ハンナ達の努力の結晶に思わず感心するのである。そんなこんなで将和も離陸し上空で待機しているハンナの元ーー高度2000ーーまで行く。
高度2000まで到着するとハンナは見本だとばかりに機体をバンクさせそのまま急降下に移行する。そしてハンナの機体から爆弾が離れ爆弾は吸い込まれるように残骸のA7Vに命中した。無論、爆発はしない模擬弾である。
再度高度2000まで上昇してきたハンナは将和から分かるようにドヤ顔をしていた。
(んなろぅ……)
将和は苦笑しつつも操縦桿を倒して急降下を開始した。降下角度は40度付近だったが将和は高度600で投下索を引いて投下し上昇する。将和が投下した爆弾も吸い込まれるようにA7Vに命中したのである。
「あちゃぁ、一発で命中させちゃったよ」
「まぁマサカズさんですから」
「シベリアとの紛争の時にも爆撃はしてたからなぁ」
「むしろマサカズしか出来ない技よ」
思わず天を仰ぐヘルマンにグレイスら三人はそう言う。そして2機は着陸するが降りてきたハンナは顔を真っ赤にしていた。
「もう一度だ!!」
「分かった分かった」
多分、彼女が納得するまでは終わらないだろうと将和は思う。なお、明記するが将和は飛行機乗りではあるが本職は戦闘機とのドッグファイトである。いくら急降下爆撃をやっておろうが将和のは付け刃にしか過ぎず、本職であるハンナには流石に勝てなかった。まぁそれでも五回まで行ったのはヘルマン達の予想外だろうが……。
「ハハハ!! ハハハハハハハハハ!! 今度こそ、今度こそ勝ったぞ!!」
降りてきたハンナは漸く勝てたと大笑いだった。が直ぐに真剣な表情をして将和と向き合い懐から勲章を取り出す。
それは『あの時』将和がハンナに預けた二級鉄十字章だった。
「これを返す。ミヨシを、ミヨシを上回る腕前になったからな」
「そうか……だがこれはお前に授与しよう。俺の約束を守ってくれたからな」
「……良いのか?」
「あぁ、よく頑張ったなクラウツァル」
将和がポンポンと頭を撫で労いの言葉をかけると今までの反動かハンナは泣き出して将和の胸元に抱きついたのである。
「ハッハッハ、なーかしたなーかした」
「囃すなグレイス」
煽るグレイスに将和は溜め息を吐く。ヘルマンや他の作業員達はニヤニヤしながら見ており暫くは将和も動けずそのままだったのである。
まぁ色々と抜け道はあるわけです。
御意見や御感想等お待ちしていますm(__)m




