第三十八話
「三好大佐はイギリスでごわすな」
「三好大佐は今回も大変ですなぁ」
海軍省にある艦政本部の一室で東郷と艦政本部長の岡田啓介中将、それに軍事参議官である伏見宮博恭王の三人で話をしていた。岡田はまだ将和と面識は無いが、東郷と加藤の手引きにより将和の正体を知る人物となっている。
「しかし三好大佐を条約締結無き今、イギリスに向かわせたのは何故ですか?」
「今年に竣工予定の空母『鳳翔』の事だ」
「ふむ……我が国、初の航空母艦ですな」
「それの着艦装置が有効かどうかを前回同様に調べてもらいたいのだ。幸いにもイギリスはまだ盟友でごわす」
「確か『鳳翔』のはイギリスの縦索式制動装置ですな」
「三好大佐の情報によれば縦索式のはあまり有効ではないらしい。横索式のが後に採用されるとの事だが……やはり横索のが良いとの事だ」
「でしょうなぁ……となると航空機を操縦する三好大佐が横槍を入れればイギリス式縦索式のは無くなり横索式になるわけですな」
宮様は納得した表情で頷いた。
「そういう事でごわす。加藤の手配でフランスにも人員を派遣して横索式の技術を導入する」
「分かりました。そのようにしておきましょう」
「では暫くは縦索式ですな」
「それと岡田君、実は君に頼みがあるでごわす」
「はて、何でしょう?」
「前回と違い、此の世は何が起きるか分からぬ。そこでの…………………………」
そんな会話を裏腹に将和はイギリスにて空母アーガスで発着艦訓練をしていた。
「如何ですかミヨシ大佐?」
「いやぁ、空母への着艦は難しいです」
(失速ギリギリまで速度を落としながら艦尾に入った瞬間に失速して一発で成功してましたよね……)
将和の言葉にフィリップス少佐はそう思った。将和は着艦前に他のパイロットに着艦の仕方等を教わっていたり着艦する機を何回も見ていた。見よう見真似であるが将和はソッピースパップが失速するギリギリまで速度を落として飛行甲板より1メートル上に進入、機体が艦尾に入った瞬間に失速して機体を飛行甲板に叩きつけて着艦したのであった。
(ミヨシ大佐がこうだと日本人も出来そうだな。これは用心しておかなくては……)
そう思うフィリップス少佐であった。なお、将和は他にもイギリスからの依頼で講演会をしていた。
「あんまり人に話せる代物じゃないぞ俺……」
将和はそう呟きつつも自分がしてきた空戦の戦い方等を聞きに来たパイロット達に話したりする。ちなみに将和の滞在日等で三回しか行われなかったが5000人近くのパイロットや艦艇乗員等が集まったのである。何せ撃墜王は元よりパーフェクトゲームとまで言われた日本海海戦、ww1での艦隊決戦であるユトランド沖海戦に参加しているのだ。
「一番思い出にある空戦は?」
「やはりレッドバロンことマンフレート・フォン・リヒトホーフェンです。彼とは三度だけ空戦の機会が有りましたが貴官が思われる思い出にはこの人ですね」
「レッドバロンと対峙した時はどのような気分でしたか?」
「正直、自分の人生は終わったなと思いました。何せ、その当時からレッドバロンの事は耳に入ってましたからね。最初は逃げに徹してましたが彼は中々逃がしてくれないので一か八かの賭けで戦ったわけです」
「ミヨシ大佐はレッドバロンが撃墜された場面を目撃したので?」
「えぇ。あの日もレッドバロンがいたので今度は正面から立ち向かおうとしました。機銃弾が命中したのはたまたまでしょう。それと修正を、彼の機がビート畑に着陸したのです。あれは撃墜だとは思っていません」
『………』
将和の言葉に講堂内にいた全員が息を飲む。
「別に自分は撃ち落とされる覚悟は常々ありました。ですが如何にリヒトホーフェンだろうと運が悪ければ死ぬ時はあります。自分はビート畑に着陸し後程貰ったリヒトホーフェンの勲章を見てそう思いました」
「ではミヨシ大佐は運があったので今も生きていると?」
「かもしれませんねぇ。何せ今の飛行機はまだ事故の確率が起きやすいですからね」
「もしレッドバロンがあの戦傷から生きていて戦後に会えたらどうしますか?」
「無論一緒に酒を飲んで語りたいですね。何を語るかはその時次第ですが。後は一緒に空を飛びたいですね。今度も勝負を挑んでみたい」
「ミヨシ大佐とレッドバロンの腕はどちらが上ですか?」
「断然にリヒトホーフェンです。自分なぞまだまだ未熟ですよ。もし、彼が生きて戦争を終えていたら撃墜数は彼が上ですね」
「ミヨシ大佐の空戦の極意とは?」
「常に後方の確認ですね。これを怠れば撃墜されるのは必須です。自分は後方の確認に怠って撃墜されたパイロット達を何度も見てきました」
将和は予定の時間を越えながらも質問には出来るだけ答えたのであった。イギリスにいた日数は僅か一週間だったが日本へ帰る前日、将和は案内役のフィリップス少佐と共にロンドンのある通りに来ていた。
「此処がベイカー街か……」
ベイカー街はウエスト・エンドの中心を南北に走る街路でハイド・パークの東北隅から北に向かってリージェンツ・パークの西南端に至る。将和はどうしてもここを訪れたかった。
(アニメや小説でしか見なかったベイカー街か……良いねぇ)
なお、アニメは大体毎週殺人事件に巻き込まれる小学一年生ではなく擬人化した犬の方である。
「ミヨシ大佐もホームズがお好きだとは知りませんでした」
「いやなに、そこまで詳しくはないけどね」
そんな事を話す二人であった。最後に二人でベイカー街と一緒に写真を撮り友人の証として持つ事になる。なお、後に二人が会う事になるのはロンドン軍縮の事であった。
1922年四月下旬に将和は日本に帰国するが将和はその足でそのまま加藤に報告をする。
「以上の事から『ベアルン』が就役するまでは縦索式で行うしかありません」
「うむ、御苦労だった。まぁ縦索は君が独自開発していいぞ?」
「勘弁して下さい。撃墜王で騒がれてるのにこれ以上騒がれても困ります」
「ハハハ、それもそうか。三日間の休みをやるからゆっくり休んでくれ」
「はい」
将和は久しぶりに自宅に戻り夕夏達家族の温もりを感じるのであった。
「ところで貴方、あの手紙はアナスタシア皇女に渡せたかしら?」
「ん? いやまだ会う機会無いから渡せてないけど……え、まさかアナスタシアにも何かあるのか?」
「いやまだなら良いのよ」
将和の言葉にそうはぐらかせながら耳掻きをする夕夏だった。そして将和は再び航空隊を率いてシベリアに向かったのである。
本来なら六月頃に派遣予定だったがシベリアからの情報で派遣が前倒しになったのだ。
『ソ連軍航空隊が大量に派遣されている。凡そ400機余り』
日本・シベリアはソ連の全面攻勢が始まると判断して義勇軍航空隊の派遣を前倒したのだ。
なお、米英の連合軍は完全に撤退しており、日本も撤退するタイミングを伺っていたのである。義勇軍航空隊の戦闘機は丙式一型戦闘機(スパッドS.13)57機、甲式三型戦闘機60機を揃えた。シベリア航空隊はスパッドS.13が12機だけで全体的には129機を揃えたが対するソ連軍は380機の戦闘機を配備していたのだ。
「徹底的に二機一個分隊で生き残れ。さもないと死ぬぞ」
ソ連軍戦闘機の数を聞いた将和は改めて塚原らにそう訓示した。
「流石はソ連か……ほんとに畑から兵士でも採ってそうだな」
そう呟く将和である。指揮所に赴くとそこにはウラジオストクにいるはずのタチアナ皇女がいた。
「これは皇女。此処はもうすぐ戦場になりますので急いで退避を」
「……ミヨシ大佐、勝てますか?」
「……微妙なところですな。ですが我々は全力を尽くすだけです」
「御武運を祈るわ」
「はい。それと皇女、実は自分の妻が皇女に手紙を渡してほしいと申されたのですが……」
「……ふーん」
将和から受け取ったタチアナは手紙を一読すると急に顔を青ざめていく。
「皇女?」
「……何でもないわ。後で返事の手紙を書くから渡すわね」
「は、はぁ」
皇女はそう言って立ち去るのであった。
「……あいつ、皇女に変な事でも書いたんじゃないだろうな?」
皇女の慌てぶりように将和は冷や汗をかくのである。それは兎も角、日本義勇軍・シベリア航空隊はソ連軍航空隊との交戦が始まるのである。
1922年五月から始まった航空戦は後にハバロフスク航空戦と言われる。ソ連軍航空隊はヴォロチャエフカ付近に航空基地を構えて連日に渡りハバロフスクへ出撃していた。
対する日本義勇軍・シベリア航空隊は必死の防空戦を展開していた。
〈敵機、二時下方〉
将和の前方を飛行していた山口多聞機がバンクして山口が将和に二時下方に指差す。二時下方には百機程の編隊が飛行している。
〈太陽を背に突撃せよ〉
将和らの迎撃編隊は太陽を背にしてから急降下で突撃を開始する。急降下していく途中で此方に漸く気付いたのかソ連軍の攻撃隊が散開しようとする。
「遅い」
将和は二連射してフォッカーD.V2の左主翼を根元から撃ち破りフォッカーD.V2は落ちていく。将和はそれを確認するも直ぐにたまたま将和の正面に出てしまったアルバトロスD.3に狙いを定めて二連射してこれも撃ち落とす。
迎撃隊はそのまま降下していきソ連戦闘機も迎撃隊に追い縋ろうとする。しかし、将和が指揮する迎撃隊は全て丙式一型戦闘機で急降下性能は他の機体より頑丈である。たちまちに迎撃隊と引き離されてしまう。急降下を諦めたソ連戦闘機だがそこへ別の迎撃隊が強襲する。
「無理な深追いはするな!!」
塚原少佐が指揮する甲式三型戦闘機が襲い掛かりソ連戦闘機隊はバラけてしまう。そこに再び上昇してきた将和らの丙式一型戦闘機が集まり激しい乱戦を展開する。
日本義勇軍航空隊は常に二機一個分隊で行動して僚機の助け合いをしていた。対してソ連軍戦闘機は乱戦で一機での行動を余儀なくされ抵抗するも落とされていく。
反撃して落とすソ連軍戦闘機もいたが編隊も崩されてバラバラでは多勢に無勢であった。結局、彼等は引き上げていく。それを確認した迎撃隊も順次着陸するのである。
「1723か……今日の攻撃は無さそうだな」
「そうですねぇ」
着陸した将和は小沢らと戦闘詳報を作成していた。
「山口が二機だったな」
「はい。二機とも大西が確認しています。隊長は何機ですか?」
「朝のと合わせると五機だな。吉良と桑原が確認している」
「分かりました」
航空戦は大体が一日二回行われていた。史実の東部戦線の如く、いやラバウル航空戦の如く行われていた。
(パイロットが足りないがそろそろ二直交代勤務にしないと落とされるな)
戦闘詳報を記入しながら将和はそう思う。迎撃任務のため二直交代はしなかった将和だがパイロット達の疲労も出ていたので二直交代勤務を取り入れる事にしたのだ。これによりパイロット達の疲労も取り除ける事には幾分かは成功する。
「さて、作成も終わったし出しに行くか」
「あ、自分が出しに行きます隊長。隊長はゆっくりしてください」
身体を伸ばしていた将和に小沢はそう言う。
「そうか。ついでだ、これで皆と飲んでくれ」
将和は支給された日本酒の一升瓶を小沢に渡す。
「ありがとうございます」
小沢は日本酒を貰ってキラキラと顔を明るくして退出するのであった。
「……しかし、航空戦はあるのに地上での攻勢が無いのは不気味だよなぁ」
そう思う将和だった。一方のウラジオストクにある仮皇宮にてアナスタシア皇女は姉のタチアナ皇女らと話をしていた。
「どうしよう御姉様……?」
「いきなり斬りかかられるよりはマシよ? 少なくとも前回はそうだったしね」
顔を青ざめているアナスタシア皇女を余所にマリア皇女は日本から仕入れた緑茶を飲む。
「別に手紙には殺すなんて事は書かれてませんよ。気を楽にして日取りを決めた方が宜しいですわ」
アナスタシア皇女を慰めるようにマリア皇女はそう言う。将和が渡した夕夏の手紙には綺麗なロシア語の綴りで書かれていた。
『一度貴女と話がしたい。日付は貴女の日程が合えば場所は自宅』
極々単純明快ではあるが皇女を呼びつける行為はまぁ前回と同じく大胆不敵だったに違いない。
「覚悟を決めてきめなさいなアナスタシア。貴方も前回と同じくマサカズに惚れてるんでしょう?」
「……そうよ、マサカズ様が好きよ。悪いかしら?」
タチアナ皇女の言葉にアナスタシア皇女は顔を赤らめながらそう言い返した。気になったのは前回、初めて会った北海道の時かもしれない。本格的に意識し始めたのはあの空襲の時かもしれない。だがあの時はタチアナ皇女もいたしアナスタシアは諦めた。だが今回はそうはいかない、アナスタシアはハッキリと告げたのである。
「別に悪くありませんわ。ミヨシ大佐が好きなら堂々と奥方に告げれば宜しいですわね」
「……貴女は味方なの? それとも面白がっているだけかしら?」
「半々ですわね」
タチアナ皇女の言葉にそう返すマリア皇女である。
「ま、手紙で連絡して日取りを決めになさるのが良いですわね」
「それもそうね。でも……」
「でも?」
「マサカズが日本に戻っても次、またシベリアに来るかしら?」
「……そこはボリシェヴィキに言ってくださいな」
そう返すしかないマリア皇女だった。アナスタシア皇女はとりあえずは返事の手紙を将和に出すのであった。
「何なんだこの被害は……」
七月、ペテログラードからモスクワに首都を移転していたソ連。旧ロシア帝国の宮殿であるクレムリンにソ連共産党の中枢が置かれるこの中で軍事人民委員であるレフ・トロツキーはイルクーツクに司令部を置いている極東ソビエト軍からの損害報告に思わず唸ってしまった。更にトロツキーの手元にある各国の新聞には将和が撃墜数を280機を越した事を報道していた。
「戦闘機156機、爆撃機61機喪失……五月から始めた航空戦で僅か二ヶ月でこれだけ喪失するとは……」
レーニンは九月まで将和を討ち取るか捕虜に出来なければ停戦すると言っていた。
(……これは予想を上回る被害だ。ミヨシマサカズ……我がソビエトにそれほどまで立ち塞がるか……)
なお、将和にしてみたら「いやあんたらの後々の奴が侵攻するからその予防だしな」とか言いそうではある。
(ミヨシを暗殺……いやそれでは逆に日本が本格的に参戦してしまう。そうなったら同盟をしていたイギリスまでも嫌がらせをしてくる……)
トロツキーは悩みに悩んだが結局は九月まで待つ事にした。レーニンの身体を考えたのである。
レーニンは暗殺未遂の後遺症、戦争と革命の激務等で健康を害していき、今は休養中であった。
(同志レーニンは停戦するとまで言っているのだ。同志レーニンの意見を尊重しよう)
そう判断するトロツキーだった。それでも訓練が終了したパイロット達は順次シベリア方面に送られていったのである。だがパイロットが送られてもそれを扱う機体も少なくなっていた。それでもソ連軍戦闘機隊は今日も飛んでいくのであった。
だがそれは日本義勇軍・シベリア航空隊も同じであった。
〈一中隊突撃する。他は援護せよ〉
機銃弾を装填した将和は急降下を開始してソ連軍戦闘機隊と空戦を展開するのである。
両軍の死闘は続いていた。
「隊長、喪失は七機です」
「誰がやられた?」
「先日、新たに赴任した宮本中尉の中隊が多いです。宮本中尉も未帰還です」
「……新任が戦死するのが早くなってきたな」
「ベテランとヒヨコの差が激しいです。中堅クラスが入ればいいのですがね……」
塚原と溜め息を吐くのであった。そして八月下旬、将和は遂に300機撃墜を遂げるのであった。
「隊長、おめでとうございます!!」
『おめでとうございます!!』
「ありがとう皆」
食堂で塚原らからの祝福に将和は頭を下げる。
「ま、今日はゆっくり飲んで鋭気を養ってくれ」
『はっ!!』
高橋司令の言葉に皆が頷くが将和が一歩前に出る。
「飲む前に一つ……自分が此処まで来れたのは皆のおかげでもあるしこれまで空に散っていった多くのパイロット達のおかげでもある。散っていった彼等のために黙祷をしてくれ」
『………』
将和の言葉に皆は目を瞑り黙祷をする。
「では乾杯しよう、散っていった彼等が悔しがるような宴会をしよう。乾杯」
『乾杯!!』
宴会はどんちゃん騒ぎであった。
御意見や御感想等お待ちしていますm(__)m




