第三十七話
嵐になるワシントン
1921年十二月、日本・シベリア・ソ連航空隊はシベリアに冬が来た事で一旦の活動は停止する。それはソ連軍もそうであった。ドイツ軍の元パイロットを教官にした事で日本・シベリア軍航空隊に打撃を与えたソ連軍は「来年でミヨシを討ち取る事も可能」と判断して更に300機の戦闘機をシベリアに配備する事を決定。しかし、これは限定的であり来年の七月までとした。
これはレーニンの「九月までにミヨシを討ち取る事が出来なければシベリアと和平停戦をする」という言葉に基づいた事である。
レーニンは皇帝がいるシベリアを討ちたかったが国内は戦時体制を強いている事もありそう易々と軍を動かせる事が出来なかった。
特にこの戦時体制によりルーブルが暴落して物々交換が主流となり1921年までに重工業生産額が1913年水準の20%にまで落ち込んでいたのだ。また、クロンシュタット海軍基地で起きたクロンシュタットの反乱も勃発していた。
クロンシュタットの水兵らはボリシェヴィキの強力な支持者とみられていただけにレーニンに強いショックを与えていた。
このような事もありレーニンはシベリアと和平停戦を思案し始めたのだ。そのためソ連軍は戦闘機パイロットの教育に熱を入れるのであった。
一方で日本義勇軍航空隊も内地へ帰還していた。部隊も半壊しつつあったので日本もパイロットの育成に努めた。塚原や小沢らは教官となりヒヨコパイロットの育成をするのである。
「隊長、今頃はアメリカだな」
「隊長も大変だな、ユトランド沖海戦に参加してたから代表団へ付いて行くようなものだな」
横須賀海軍航空基地で山口と大西はそう話していた。彼等の上空では新たに海軍用に輸入されたスパッドS.13が飛行訓練をしている。
「まぁお土産物に期待しておこう」
「それもそうだな」
そう話す二人である。話の話題に上がった将和はというと、ワシントン会議の代表団に参加していた。
(予想していたとは言え……何で此処にいるんだろうか……)
東郷からの依頼とは言え、将和が断れる事が出来なかったので折角休暇に会えると思っていた夕夏に手紙にて泣く泣く謝って代表団に付いてきていた。
「それではこの案でいこう」
全権代表である原敬の言葉に副代表の加藤友三郎を筆頭に頷いた。ワシントン軍縮で日本から代表団への暗号電をアメリカが傍受・解読をした事を知っていた将和の案で宿泊先のホテル等の軍縮内容の会話は全て禁止し軍縮内容は全て紙に書いていた。このためアメリカが傍受・解読する事はなく日本が手の内を一切見せない事に恐怖していた。
「暗号電を解読出来ないだと?」
「代表団への暗号電が一切無いんだ。解読すら出来ない」
「くそ、ジャップめ」
暗号員達はそうボヤいたのであった。そして会議が始まる。主な議決は以下の通りだった。
1 米・英・仏・日による、太平洋における各国領土の権益を保障した四カ国条約を締結。それに伴う日英同盟破棄。
2 上記4ヶ国(米・英・仏・日)にイタリアを加えた、主力艦の保有量の制限を決めたワシントン海軍軍縮条約の締結。
3 全参加国により、中国の領土の保全・門戸開放を求める九カ国条約を締結。それに伴い、石井・ランシング協定の破棄と山東還付条約の締結。またこの時、中華民国との間で関東州等の租借期間延長の協定も締結された。
当初は中華民国も租借期間延長に反発したが、史実とは違い膠済鉄道が日本の借款鉄道にならずそのまま返還、同鉄道沿線の鉱山は日中合弁会社の経営も日中合弁としない事で決着ついたのである。
この協定は史実の対華21カ条要求の第二号から旅順・大連(関東州)の租借期限、満鉄・安奉鉄道の権益期限を99年に延長すること(旅順・大連は1997年まで、満鉄・安奉鉄道は2004年まで)
日本人に対し、各種商工業上の建物の建設、耕作に必要な土地の貸借・所有権を与えること
日本人に対し、指定する鉱山の採掘権を与えること
等の三つであった。四カ国条約は直ぐに締結された。日英同盟は日本が更新の希望をそれとなくイギリスに伝えてはいたがアメリカによるイギリスへの根回しは周到であり結局日英同盟は解消されたのである。
一番の懸念は軍縮であった。
「戦艦『ムツ』は未成であり破棄対象ではないか?」
「『陸奥』は十月に就役しており破棄対象ではない。米英が良ければ調査しても構わない」
チャールズ・エヴァンズ・ヒューズ国務長官の指摘に副代表の加藤友三郎はそう発言した。実際に陸奥は日本の建造能力が僅かばかり上回っていたので就役している。ヒューズら米英は更に粘ったが逆に日本から「日本2 アメリカ3 イギリス2」の四十サンチ砲搭載戦艦の保有を提案した。
この時点で四十サンチ砲搭載戦艦は長門、陸奥の他に完成していたのは『コロラド』級の『メリーランド』の三隻だった。
ヒューズは更に粘ろうとしたがアーサー・バルフォア外相らに説得されて日本案を飲んだ。
「日本は先の大戦の時に貴国が参戦するまでにユトランドやヴェルダンで見事な戦いぶりをした。此処は日本からの案を飲むべきだろう」
バルフォア外相は下手に日本を攻撃すれば日本が会議に参加しないと思案していた。また、日本案はイギリスにも四十サンチ砲搭載戦艦が出来るので蹴るつもりはなかった。
結局、日米英の戦艦保有率は史実通りとなる。しかし、此処からどんでん返しの出来事が発生してしまう。
「あ~漸く決まりましたな」
「うむ。一先ずの肩の荷は降りたな」
将和と加藤は宿泊先のホテルに戻りそう話していた。うーんと将和が背伸びをすると右手に持っていた鉛筆をソファの後ろに落としてしまった。(筆談の用意をしていたから)
「あっやべ……」
手を伸ばして拾おうとしたが行儀が悪いと思いソファを退かす事にしたのだ。
「よっと……」
ソファを退かした将和だがその時、ポロッと何か黒い物体が床に落ちた。
「ん……ッ」
黒い物体に気付いた将和が手を取ると物体の正体に気付き、筆談で加藤に紙を見せる。
『盗聴器発見』
前回も盗聴器を見つけようとしたが見つからなかったので筆談で会話していたのだ。将和から紙を見せられた加藤は一目するとニヤリと笑い紙に書いて将和に渡した。
『これを逆手に取る』
翌日、日本代表団は各国の代表団に全権代表の原が風邪で寝込んだので会議を延期してほしいと相談し各国もこれを受け入れて五日後の会議再開となった。
二日後、たまたま日本代表団はホテルから出る用事があるとして早朝からホテルを出た。日本代表団に宛がわれた部屋部屋は誰もいないーー筈であった。
「………」
部屋に入ってきたのは一人の黒のスーツを着た白人だった。その白人は以前将和が座っていたソファを動かし何やらごそごそとするが……そこまでだった。
「動くな!!」
「ッ!?」
突如響き渡る怒号。部屋にある洋服ロッカーが勢いよく開かれ、中から右手にルガーP08(ゲーリングがくれた物)を持ち、白人の男に向けて将和が出てきた。
「全く……盗聴器の電池入れ換えに来るとはな……」
「ッ!?」
将和の言葉に男は逃げようと走り出すが、将和は躊躇無く引き金を引いた。
「グッ!?」
ドンと短い銃声と共に男が膝から倒れた。9×19mmパラベラム弾は男の左脹脛に命中しそのまま倒れたのだ。
「大丈夫かね!?」
別部屋で待機していた加藤や警備員達は銃声に聞き付けて慌てて入ってきた。
「あぁ逃げようとしたんで……まぁ大丈夫でしょう」
「うむ。治療しつつ尋問とするか」
なお、当初は男も何も喋らなかったが将和が男の真横で拳銃を撃ちまくると堰を切ったかのように喋り出すのである。
話を全て聞いた加藤はそのまま米国代表団とイギリス代表団のホテルに乗り込んだ。何も知らない(まだ報告が来ていなかった)ヒューズとバルフォアは加藤の急な面会に怪しみながらも面会を承諾、加藤は二人がいる部屋に入り込むや否やテーブルに数個の物体ーー盗聴器を置いた。
「ッ……」
盗聴器を置くとヒューズの目は一瞬見開くも直ぐに悟られぬように平然と繕ったが加藤は見逃さなかった。
「ヒューズ代表……真に残念ですね。貴国が我が代表団が入るホテルの部屋の盗聴器を仕掛ける……全て明白になりましたよ」
「おやおや……」
加藤の言葉にバルフォアは大げさに驚きつつ肩を竦める。恐らくイギリスも盗聴の件は知っていたようだ。だがヒューズは肩を竦めるだけだった。
「ミスターカトー。それは策略でしょう」
「策略であればどれだけ良かった事か……」
加藤はそう言いながら入ってきた扉に視線を移すと将和と捕らえた白人(日本側の武官が拘束している)が入ってきた。
「『ブラック・チェンバー』……1919年に創設されて各国の暗号解読に取り組み……特に我が国の関わる業務に力を入れてるとか? 彼は部屋に仕掛けた盗聴器の電池が切れたので交換にしに来たと……」
「言い掛かりだミスターカトー」
ヒューズはそう言う。要するにヒューズは捕らえた男を切り捨てたのである。
「ミスターカトー、自国の権益だけを求めようとするのはやめるべきでしょう。このような自作自演は困りますな」
ヒューズはやれやれという表情をするが対して加藤は笑った。
「ハッハッハ。いや御笑いだね、いや全く御笑いだよ」
「……何がおかしいのかね?」
「いやいや……ヒューズ国務長官、此処は何処の国かね?」
いきなりの加藤の言葉にヒューズは何を言っているんだこいつは?の表情をするがバルフォアは面白そうにニヤニヤしていた。
「何を馬鹿げた事を……此処は合衆国だ」
「そう、合衆国ですな。自由と正義の国だ」
「………」
「その自由と正義の国が……このような腹黒い事を行う行為……これは怒りを買うのでは?」
「怒り……?」
加藤の言葉にヒューズは怪しむがハッと気付いた。
「ま、まさか……ッ!?」
「そう、そのまさか」
ニヤリと加藤が笑う。そして将和がツカツカと部屋を歩きラジオを付けた。
『……ガガッ……このように……ヒューズ国務長官は盗聴という正々堂々という行為から不正という行為に走ったのであり、我が日本としてはこの盗聴の真相が解明されない限り軍縮会議のテーブルに座る事は出来ないのであります』
ラジオから流れるのは全権代表である若槻の声明であった。若槻は各新聞社を集めて盗聴の不正を公表していたのである。
「き、貴様ァ……」
「仕掛けたのはそちら。我々は仕掛けられたから返したまでです。我々が納得出来る回答……期待していますよ」
加藤はそう言って将和らと共に部屋を後にするのである。ちなみにバルフォアもこっそりと部屋を後にしている。
その後、報道にアメリカ国民は「不正とはどういう事だ」「自由と正義の国ではないのか」等々と批判が殺到、ハーディングも大量の批判に頭を抱えるのである。
「ヒューズめぇ……」
ハーディングの支持率は瞬く間に低下し一時は大統領弾劾のところまで行き掛けたがハーディングは「盗聴の件はヒューズが招いた暴走である」とトカゲの尻尾斬りをしヒューズを更迭、そのまま若槻・加藤の元に赴いて謝罪をする事で国家間での対立は避けられる事になった。
しかし、一度付いた火は消える事なくアメリカはその火消しに奔走する事になり最早会議は開催出来ない見通しだった。
そこでイギリスのバルフォア代表は会議を翌年まで延長し再度の開催を提案した。また、開催の場所についてはスイスのジュネーブであった。
日本は元よりイタリアやフランス等も賛成の立場に回ったのでアメリカも何も言えずにそのままジュネーブ開催になったのである。
「三好君、今からイギリスに飛んでくれないか?」
「イギリスにですか?」
「我が海軍はイギリスから習って空母の建造を指導してもらっているが、縦索式制動装置の効果を確かめてほしい……まぁ横索のが良いんだがな」
「分かりました」
「まぁイギリスへは短期間だから直ぐに奥方にも会えるよ」
「だ、大臣」
『はっはっは』
顔が赤くなる将和に笑う一同だった。そして代表団より一足早くにワシントンD.C.を離れて客船でイギリスに向かうのである。
「はぁ、今度はイギリスかよ……」
将和は徐々に消えていくニューヨークを見ながらそう呟いた。乗船する前、将和は白百合の花を購入していた。かつて、将和は練習艦隊の時にタイタニック号の救助に関わっていた。沈没海域を航行するわけではないが追悼の意味を込めて献花するために購入したのである。
そして沈没海域ではないが、将和は洋上で献花するのであった。
「ミヨシ大佐、撃墜数が200を越えた事について一言願います!!」
「ミヨシ大佐、今回の訪英の目的は!?」
「ミヨシ大佐!!」
「ミヨシ大佐!!」
「ミヨシ大佐!!」
「……疲れた……」
客船から下船すると将和が訪英する事を聞き付けたマスコミが港に押し寄せ、将和は出迎えた英海軍関係者らとぐちゃぐちゃになりながらも無事に逃げ仰せた。
「中々のスリルでしたね」
「ははは、確かに。えーと……」
「おっとこれは失礼。私はミヨシ大佐の案内役を仰せられたトーマス・フィリップス少佐です。撃墜王であるミヨシ大佐にお会い出来て光栄です」
「(またフィリップスかよ!?)これはフィリップス少佐。数週間ほどお世話になります」
まさかの案内役が前回と同じくフィリップスとは思ってもみなかった将和だった。
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