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第三十六話






 1921年1月、将和はウラジオストクで正月を迎えた。ソ連の警戒を含めて日本義勇軍の航空隊は現地に留まっていたのだ。そんな将和だが何故か仮皇宮でニコライ一家と夕食を共にしていた。


(……何で一緒に食べてるんだろう……)

「はっはっは。食べているかな三好大佐?」

「あ、頂いています明石大将」


 既にワインを数杯飲み干している明石大将は頬を赤らめながら将和に問う。史実では1919年に死去しているはずであるが、将和の入れ知恵もあり台湾総督就任は無くなり引き続き中野学校の校長をしている。(代わりに斎藤実が台湾総督に就任)

 また、明石大将の死去を考えて酒の摂取制限が大正天皇から勅命で出されていたので明石大将も渋々と年始等を除き酒の摂取は控えた。代わりに手を出したのがお茶であったりする。

 ちなみに、この将和らの暗躍により明石大将の命数は20年程延びるのであった。

 そして夕食後の団欒とした話の最中、ふと気づくとタチアナ皇女とアナスタシア皇女が将和の隣にいた。


「ん」


 タチアナはそう言って将和に赤と青のマフラーを渡す。


「……自分に……ですか?」

「……そうよ」

「御姉様とアナスタシアったら馴れない編み物に苦戦していたのよね」

「マリア!!」

「いえ、私はやれていたので。寧ろ御姉様が下手です」

「アナスタシア!?」


 マリア皇女の言葉にタチアナは顔を真っ赤にして声を荒げる。そんな二人の会話に将和は苦笑しつつもマフラーを受け取る。


「Благодарю вас(ブラガダリュー ヴァス)二人とも」

「ふん」


 将和の言葉にタチアナ皇女はそっぽ向く。しかし……。


「……フフ」


 将和らに見えないように小さく笑うのである。なおマリア皇女にはバッチリと見られているのであった。


「私も編んだのですが?」

「ゴメン、アナスタシア」


 謝る将和である。なお、明石大将はワインを出来る限り飲んでいたのであった。

 それからのシベリア方面は冬の事もあり戦線は膠着していた。その間、将和らの航空隊は2月に新設されたシベリア帝政国航空隊の訓練に付きっきりだった。


「どんな具合だ塚原?」

「あ、飛行隊長。まぁまずまずと言った具合ですな」

「使えるか?」

「使える事は使えますな。ただ、向こうにベテランが多数いたら此方はヒヨッコです。後の事は飛行隊長でも分かります」

「……鍛えるしかないか」

「そうですな」


 塚原とそう話す将和である。


「それはそうと飛行隊長、奥方の予定日がそろそろではないのですか?」

「四月だな」

「休暇取りますか?」

「おいおい、二人産んでるんだ。俺が傍にいなくても大丈夫だ」

(ポンポンと産む奥方もそうですが、ポンポンと仕込む隊長も隊長だと思います)


 そう思った塚原だった。そして四月三日、将和の元に電報が届いた。


『ユウカ、キトク、スグカエレ、ゴンゾウ』


 食堂で電報を一目した将和は顔を青ざめた。


「ど、どういう事だ!!(バカな!? 健康診断では異常は無かった筈だ……)」

「落ち着いてください飛行隊長!!」


 前回の事から将和は夕夏に健康診断を常に受けさせていた。しかし、現実はこれである。


「発動機回せェ!! 戦闘機で内地に向かう!!」

「しっかりしてください飛行隊長!! おい皆、飛行隊長を取り押さえろ!!」

「邪魔だ、退けェ!!」

「ぐぇ!?」

「あべし!?」


 将和を抑えようとする山口と大西を右ストレートで沈める将和である。他にも吉良や草鹿、戸塚等が将和の身体を押さえ付ける。


「退けや貴様らァ!!」

「……何やってるの?」

「修羅場ですか?」


 たまたま、航空隊の慰安のため訪れていたタチアナ皇女とアナスタシア皇女がそう呟いた。


「あっ皇女達、此処は離れた方が宜しいかと……多分嫁さん関連なんで」

「……ハァ……」


 護衛の長谷川中佐がタチアナ皇女にそう言うがタチアナはツカツカと将和の前に立ちはだかる。


「は、離れてください皇女!!」

「今の飛行隊長は手がつけられません!!」


 小沢や市丸らがそう言うがタチアナは聞く耳を持たない。


「退けタチアナァ!!」

「!!」


 怒号を放つ将和にタチアナは右ストレートを叩き込んだ。


「おぉ……」

「やったか!?」

「おい馬鹿やめろ」


 右ストレートを叩き込んだタチアナに周りの桑原らが唖然とする。


「貴方が騒いだってしょうがないでしょ!! 少しは落ち着きなさいよこの馬鹿!!」

「………」


 タチアナの言葉に将和は漸く冷静になった。


「……済まない。頭が冷えた」

「私に謝るより他の人に謝りなさい!!」

「……皆、済まない」


 周りの者達に謝る将和だった。頭が冷えた将和に他の者達もホッと安堵の息を吐いた。それから直ぐに司令官の高橋大佐に呼ばれた。


「直ぐに内地へ戻りなさい。君は少し働き過ぎだからね。たまには内地の空気でも吸いなさい」

「……ありがとうございます」


 高橋の心配りに将和は敬礼で返答し高橋が手配してくれた駆逐艦『澤風』(たまたま輸送任務でウラジオストクに停泊していた)に便乗して急遽内地に帰還した。そんな澤風を水平線から消えるまでそれを見送る者がいた。タチアナ皇女とアナスタシア皇女だった。


「………」


 その時、彼女が何を思ったのかは分からなかった。


「経験しているからと言って待つのは辛いですわね御姉様」

「えぇ……」


 後にそれは判明するがそれはさておき、内地に帰還した将和は帝都に急ぎ、夕夏がいる病院に駆け込んだ。


「夕夏!!」


 駆け込んだ個別病室で夕夏はベッドでマスクをして寝ていた。その傍らには夕夏の両親である権蔵やしの、将和と夕夏の子である将弘と将治がいた。


「来たか……」

「義父さん。夕夏が危篤とは一体……」

「……スペイン風邪だ」

「そ、そんな……夕夏はこれまでスペイン風邪に掛かってなかったのに……」

「三人目を産んだ後に掛かったようだ。産後だから体力がかなり低下している。もしかしたらここいらが峠……」

「貴方」

「………」


 権蔵の言葉にしのがそう嗜める。将和は無言で夕夏に歩み寄る。将和の足音に気付いたのか、夕夏がうっすらと瞼を開けた。


「……貴方」

「ただいま……夕夏」


 将和は夕夏の右手をギュッと握り夕夏の温もりを感じる。


「……ごめんなさいね。気を付けていたけど……やっぱり掛かったわ……」

「……良いさ。そういう時もある」

「……赤ちゃん、見てね? 女の子よ」

「……分かった」


 夕夏の言葉に将和は頷くのであった。その後、将和は約五日間は夕夏と生まれたばかりの赤子の看病に当たる事になる。産後に掛かってはいたがそれでも二十代であり体力も十分にある(毎日一時間は歩いて、一時間は薙刀で素振りしている程)ので峠は越せて完治に向かったのである。


「ありがとう貴方」

「良いってことよ」


 入院中、夕夏に付きっきりだったので五徹くらいしている将和である。そのおかげで目の下にはクマが出来ていた。なお、付きっきりで看病する将和の姿を見ていた看護婦達にも「仲が非常に良い夫婦」と見られていたりする。

 それは兎も角、五人で自宅に帰宅して赤子と夕夏に布団を敷いていると玄関の戸を叩く音がする。


「はい?」

「シベリア大使館の者です」


 扉を開けるとシベリア大使館の事務員がいた。


「実はタチアナ皇女、アナスタシア皇女からお見舞いの品をと事で。お見舞いの品を持ってきました」

「わざわざありがとうございます」

「いえ、ミヨシ大佐の部隊には我々もお世話になっておりますのでこれくらいの事はしませんと……」


 事務員と二、三話してお見舞いの品を携えて夕夏と赤子の元に行く。


「タチアナとアナスタシアからのお見舞いの品だって」

「まぁ」


 お見舞いの品は石鹸やフルーツの缶詰めだった。特に缶詰めはラズベリーやセイヨウヤブイチゴ等だった。


「ん、手紙?」

『早く元気になってと言っておいて』


 拙い日本語で書かれた手紙の主の名前が誰かとは書かれてなかったが将和は誰かは予想出来た。


「タチアナが早く元気になれだとさ」

「あら……あらぁ」


 将和から渡された手紙を一目した夕夏は口角を上げて満面に笑うのであった。ちなみに夕夏の笑顔を見た将弘と将治は少しチビったようである。

 さて、四月は夕夏が倒れるという事で大変だったが、欧州の地においても一つの戦争が終わった。

 前月の三月十八日リガにおいてポーランド・ソビエト・リガ平和条約が締結したのだ。

 ワルシャワの戦いでソ連相手に奇跡の大勝利をしたポーランドに首の皮一枚が残ったようなものであった。この平和条約によりポーランドはポーランド分割期間の帝政ロシアへの経済投資に対する賠償金3000万ルーブルやポーランドの国有財産等を返還してもらったのである。


「西への拡大は一時的に諦める。今はシベリアを討伐する事に専念する」


 レーニンは人民委員会議の場にてトロツキー達にそう話す。


「同志レーニン、賛成ではありますがシベリアには日本がいます」

「分かっている」

「それにポーランドとの戦争で再度侵攻する余力は有りません。人民もモノも土地も経済も疲弊しています」

「ぬぐぐぐ……」


 トロツキーの報告にレーニンは顔を歪めた。


「ではどうする? シベリアには御飾りだが皇帝がいる。いくら我々が広大なソビエトの大地を保有していようにもシベリアが我がソビエトの大地を取り返す理由がある」

「まずは重工業化を急がせる事でしょう。内戦で工場が破壊されましたので復旧から進展させる必要があります」


 メンバーの一人であるスターリンがパイプタバコを吹かせながらそう告げる。


「シベリアへの攻勢は航空部隊のみに限定してやるべきでしょう」

「……ミヨシか」


 トロツキーの言葉にレーニンはそう問う。問われたトロツキーも無言で頷いた。


「やはりミヨシか!! またしてもミヨシか!!」


 レーニンが忌々しげに机を叩く。


「同志レーニン。此処は編成した航空戦力を順次シベリアに回しその間に兵力の編成を整えるのが最適かと思います」

「……うむ、航空部隊の編成はどうか?」

「12の航空学校でパイロットの確保をしておりますが教官役が不足しております」

「戦線から引き抜くのか? それでは押しきられまいか?」

「そこである国から教官を招き入れます」

「……成る程、ドイツか」


 トロツキーの言葉にレーニンは納得したように頷いた。


「敗戦し軍備を大幅に縮小されたドイツには多数のパイロットが有り余っているでしょう。そこで教官役として招き入れパイロットの育成に努めるのです。また、ミヨシを確実に落とすためにミヨシに賞金を掛けるのです」

「妙案だ。直ぐに取り掛かるのだ」

「ダー」


 この出来事が三月下旬の事である。ソ連は直ぐにドイツ国内にいる元パイロット等を招致して航空学校の教官として就任させたのである。

 なお五月、将和はスペイン風邪から完治した夕夏達の見送りを受けて再びウラジオストクに赴いた。


「そういやこの手紙は何だろうなぁ……」


 東京駅で夕夏らと別れる時、夕夏に一通の手紙を渡された。


「もしタチアナに会う機会があれば渡してほしいの。中身、勝手に見ちゃ駄目よ。見たら……」

「ア,ハイ」


 危険を感じた将和は中身を見ない事を誓うのである。そして吉良達からの出迎えに土産の日本酒等を渡しつつ塚原飛行隊長代理から飛行隊長の任を引継ぎするのである。

 将和がいる事を確認したソ連軍は航空部隊を前面に立てて日本義勇軍航空隊とシベリア航空隊の航空戦力を削ごうとした。


「ミヨシを落とせ!! ミヨシを落とした者には五万ルーブルの賞金が手に入るぞ!!」


 ソ連赤色空軍の戦闘機隊は将和を撃墜しようと躍起になる。だが将和らも負けてはいない。将和は左斜め宙返りをする途中に速度を低下させフラップを開いて宙返りを短くさせてアルバトロスD.3戦闘機の後方に回り込み一連射して左翼のワイヤーが弾け飛び左翼が千切れ飛ぶ。左翼を失ったD.3はそのままシベリアの大地に落ちていく。


「ち、やたら来るな」


 将和が周囲を見ると複数のソ連戦闘機が将和のスパッドS.13に群がろうとしていた。将和は左旋回をして回避機動に移行するがそれでも付いてくる。


「ならば」


 将和は操縦桿を前に押して急降下に移行する。将和が乗るスパッドS.13は急降下性能はどの機より頑丈であり急降下に弱いソ連戦闘機を引き離したのである。引き離した将和は視界に映ったD.3の後方に回り込み機銃を二連射して撃墜する。

 戦場は既に日本義勇軍、シベリア航空隊の優勢に回りソ連戦闘機隊は遁走していた。将和は下方にて白煙を噴きながら離脱するD.3を発見し周囲に敵機がいない事を確認しつつ後方から機銃を叩き込んで撃墜する。


『………』


 D.3を追い抜く時、被弾した敵パイロットが将和を見たが将和は敬礼をして編隊に戻るのである。


「悪いな、恨むなら奴等を恨んでくれ……」


 落ちていくD.3を見ながら将和はポツリと呟いたのであった。基地に戻ると将和は高橋らに出迎えられた。


「撃墜数が200機を越えたな。おめでとう」

「は、ありがとうございます」


 将和はこの日の空戦で三機を撃墜し199機だった撃墜数を202機にしたのである。


「これは祝いだ。皆で飲んでくれ」

「ありがとうございます!!」


 高橋司令から日本酒を受け取る。待機所に向かう途中、将和はふと立ち止まる。


「……そうか、前回と同じく岩本中尉と並んだのか……」


 史実で自己申告で202機の撃墜を誇った岩本徹三中尉と前回同様に並んだ将和。ただ、あの歴史を変えるために将和は奔走した。それを見た神様からの御褒美かもしれないと将和は思った。


「……此処から撃墜の歴史が始まる……か」


 日本人でただ一人の三桁撃墜数を誇るのだ。しかし、将和にしてみれば此処からが始まりなのかもしれない。


「……ま、兎に角頑張ろう。目指せ撃墜数343ミヨシってな」


 改めてそう誓う将和だった。なお、前回の腕もあるので将和が撃墜数を更に増やすのは言うまでもない。

 それから六月~九月までは航空戦は日本・シベリア側が有利だった。(将和も撃墜数をさらに増やしている)しかし十月に入ると状況が変わった。


「いつものソ連戦闘機じゃない……腕が上がった?」


 空戦をしながら将和はそう思う。ドイツ軍の元パイロットによる教育によりソ連軍のパイロットの練度が向上したのだ。また、戦闘機もドイツ等敗戦国から格安で売却してもらい編成を整える。

 これにより日本・シベリア側は徐々に押し込まれる事になる。

 特にシベリア航空隊はまだパイロットが少ない事もあり(15機程度)、ソ連戦闘機隊に集中的に狙われ壊滅に近い状態だった。


「情報によれば教官にドイツ軍の元パイロットが関与しているとか。それにソ連戦闘機の数も尋常じゃありません」

「それは問題にはならんな。元パイロットが戦闘していれば問題になるがな」

「隊長、どうしますか?」

「(歴史は既に変わっている……ならば……)二機一組の分隊、四機二個分隊で一個小隊とする。特に二機一組は空戦になっても離れる事がないようにする」


 将和が新たに編成したのは今まで一個小隊三機だったのを二機一個分隊、四機一個小隊とする変更だった。それは史実のロッテとシュヴァルムとほぼ同じ物である。


(やっぱこの方法しか無いよなぁ……済まないなメルダース。だがこれは生き残るためだ)


 まだ会ってないヴェルナー・メルダースに内心謝るのであった。なお、シルヴィア、グレイス、レティシアの三人は特別枠の三機一個小隊である。


「余はマサカズと組んでも構わないぞ?」

「抜け駆けは許しませんよグレイス?」

「どうマサカズ? 今ならフランス料理付で私が列機をするわよ?」

「「フランス料理は狡い!!」」

「あー……吉良になってるから済まん……」

『吉良絞める』

「俺が悪いのか!?」


 理不尽を見せられる吉良であった。







御意見や御感想等お待ちしていますm(__)m

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