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第三十五話






「シベリアは上手くやっているようだな」


 首相官邸で伊藤博文はそう呟いた。伊藤の言葉に原等が頷く。


「しかし……我々は積極的に主張しなくて宜しいので?」

「構わん。無駄なカネを出すなら米英に出させるのが先決だ」


 原の言葉に伊藤はニヤリと笑う。


「海軍は旧式戦艦の解体を行います」

「前回は売却をしていたな?」

「はい。ですが今回は前回の戦訓を考えての……事ですので」

「成る程」

「ブラジルは前回同様です。万が一移民する時の友好関係用として、アルゼンチンは青葉と古鷹の件があります」

「成る程」


 青葉と古鷹はヘネラル・ガリバルディ装甲巡洋艦のヘネラル・ベルグラーノとヘネラル・プエイレドンであり、日露戦前にアルゼンチン海軍から貸与されていた。今は返還されている。


「売却の件は先方にも伝えよう。ただしトルコはどうする? トルコは連合国の分割で抵抗運動がある」

「トルコは暫くやめておきましょう」

「それもそうだな」


 海軍からのリストを受け取った政府はユダヤ等の国と交渉を開始する。しかし以外にもユダヤ自治政府は交渉のテーブルに座って開口一番に旧式戦艦の売却を拒否した。拒否したというより拒否せざるを得なかった。


「日本が戦艦を売却してくれるのは嬉しいがまだ自国の軍港すら漸く整備し始めている中では厳しい」


 ユダヤ自治海軍は本拠地をコルサコフにしているが以前に日本が戦費の足しとしてバルチック艦隊の艦艇群をユダヤ自治海軍に売却したが未だに乗員が揃わず軍港に係留したままの艦艇が複数あった。

 現状、ユダヤ自治政府の人口は三百万近くだが陸軍を主体にする動きだったのだ。


「正直、戦艦より駆逐艦が欲しい」


 ユダヤ自治海軍の幹部の本音はそこだった。戦艦ではなく海上警備しやすい駆逐艦や防護巡洋艦を逆に日本に求めたのだ。

 ユダヤ自治政府の返答に日本は思わず唖然とするが、それならばと防護巡洋艦の須磨型二隻と三等駆逐艦の春雨型と白雲型駆逐艦の七隻で計九隻の売却を提案した。ユダヤ自治政府もそれに応じて売却は成立して九隻は整備してから引き渡されたのである。

 シベリア帝政国には売る物は無い。『薩摩』と『肥前』はそのままドックに入れられ解体された。そしてその資材は密かに何処かの倉庫に運ばれ厳重に仕舞われたのである。

 『筑波』と『鞍馬』はアルゼンチン海軍、ブラジル海軍との売却が成立、特に『筑波』はブラウン・カーチス式タービンが搭載され速度は二三ノットは出てリバダビア型戦艦と同じタービンなので整備はしやすい。また『鞍馬』はパーソンズ式タービンなのでミナス・ジェライス型戦艦と同じタービンでこれも整備しやすかった。

 なお、一番憤慨したのは前回と同じくチリ海軍である。


「南米のバランスが崩れる!?」


 チリ大使は日本に猛抗議するが逆に日本は日本で事情を話し、「それなら貴国も巡洋戦艦購入しますか?」と返した。しかしチリはアルミランテ・ラトーレ型戦艦があった。(一応チリに売却はされている)

 チリも三、三、二と均衡すると判断(弩級戦艦二、巡洋戦艦一のアルゼンチンとブラジル、チリは超弩級戦艦一と巡洋戦艦一)して購入を決意した。これにより軍事バランスは均衡する。

 なお、これで日本に苦言を入れたのはアメリカだった。


「今回限りにしてほしい」


 アメリカとしては裏庭に当たる南米の火種にガソリンを注がれたくはなかったのだ。日本も「今回限りです」と内密にアメリカに謝罪するのであった。

 そして『伊吹』と『生駒』も『薩摩』らと同様に解体され、解体された資材は何処かの倉庫に運ばれ厳重に仕舞われたのである。

 その頃、シベリア帝政国ではロンドンに亡命していたパーヴェル・ミリュコーフと同じくヨーロッパに亡命していたアレクサンドル・グチコフを新たに閣僚として迎えていた。


「皇帝陛下、我々を受け入れて宜しいのですかな? 特に私はツァーリズムを批判しておりました」

「それは昔の事だ。ロマノフの血筋を絶やす事をしなければ私は何でも受け入れる」

「……変わられましたな皇帝陛下」

「なに、時代が変われば変わるものだ」

「……分かりました。シベリア帝政国の礎を築きましょう」


 シベリア帝政国はパーヴェル・ミリュコーフとアレクサンドル・グチコフを受け入れた事によりカデット(立憲民主党)の人員の多くがシベリア帝政国へ亡命してシベリア帝政国は立憲君主制の道へ歩みとなる。

 そして視点はドイツ国内になる。1920年6月、この頃のドイツは第一次世界大戦の敗北で1320億金マルクという途方もない賠償金の支払いが課せられた。戦費負担等で痛手を被っていたドイツには支払い能力を遥かに上回っていた。そんなドイツ国内に複数の日本人が技術者を求めて駆け回っていた。


「日本に?」

「はい、我が日本は技術向上の目的で日本への技術者の招致をしております。特に艦艇建造に携わった工員や航空機製造に携わった工員です」

「確かに俺は艦艇建造の工員だったが……」

「どうでしょうか? 短くて二年、長くて五年は日本で指導等をしてもらいたいのです。一月の給料はこれほどです」

「うーん……」

「あぁ、別に今すぐとは言いません。いきなりの事ですからね。もし、日本に来てくださる決心が付いたのであれば日本の大使館に連絡してください」

「はぁ、分かりました」

「それではこの辺で」


 スーツを着た日本人はそう言ってその場を後にするのであった。


「ふぅ。まさか外国まで来て商売人の真似をするとは……」


 大使館の職員はそう言いながら次の目的地へ赴くのだった。






「ほ〜ら将治〜」

「きゃっ♪きゃっ♪」

「ましゃひろも〜」


 時は一月前に戻り1920年の五月中旬、将和は第一次攻勢後に内地へ休暇のために帰還していた。しかし、将和を待っていたのは玄関前で薙刀を持った夕夏だった。


「ゆ……夕夏……さん……?」

「ねぇ貴方? 欧州では欧州の空を飛んでいたと思っていたけど、グレイスとシルヴィアの他にもまだもう一人いたとは聞いてないわよ?」


 そう言って夕夏が将和に見せたのは夕夏宛のグレイスからの手紙であり文面は『もう一人増えたぞ!! 後、もう一人が候補だ!!』とレティシアも含めたグレイス、シルヴィア、レティシア三人の写真だった。(ついでにハンナのも)


「oh……」

「まぁ、私も寛大な処置をしてあげましょう」

「ありがとうございます」


 夕夏の言葉に将和は素早く土下座をするのである。なお、寛大な処置とは三日間雑炊だった。そして夜は夜で将和を求めるのでありげっそりする将和である。それと将和にも新しい家族が増えていた。次男将治の誕生である。


「夜泣きは将弘と比べて少ないのよね」

「ほぅ。大物になるかもな将治?」


 艶々している夕夏の言葉に将和はそう言う。言われた将治はスヤスヤと寝ていた。一方で将弘の相手も忘れない将和である。

 将治が寝るのを確認すると将和は将弘を連れて近所の駄菓子屋に赴いた。


「一つだけな将弘」

「こりぇ!!」


 将弘が花串カステラを一つ握る。


「一銭だよ」

「はい」


 おばちゃんに一銭を渡して家に戻る。将弘は戻る前にペロリと食べるのであった。


「後は晩飯にな」

「うん!!」


 将弘を肩に担いで肩車で帰る将和だった。そして七月、将和は再びシベリアに行く事になる。ちなみにシベリアに行く事に夕夏は「じゃあ次の子をね♪」と将和を搾りに搾るのである。


「………」

「済まんな将弘。お父さん、仕事で行かなきゃならんからな」

「……やだ」


 玄関前で将弘が将和にひっついて離れようとしない。そんな将弘に将和は軍帽を渡す。


「将弘、お父さんが帰るまでにこの軍帽を預かっといてくれ。お前にしか出来ん事だ」

「……うん」

「良い子だ」


 泣くのを我慢している将弘に頭を撫でる将和だった。そして夕夏と別れのキスをして再びシベリアに赴くのである。勿論、その情報はソ連も入手していた。


「ミヨシがシベリアに来るだと!? 精鋭の航空隊を送り出してミヨシを撃墜しろ!!」


 情報を聞いたソビエト共和国革命軍事会議議長のレフ・トロツキーはそう叫び、八十機あまりの戦闘機がシベリア方面に送られ元々存在する戦闘機のも合わせると計140機近くに増えたのである。対して日本は陸軍が購入したスパッド.13――丙式一型戦闘機に変更――を五四機とニューポール24――ニ式24型戦闘機に変更――を三十機の戦闘機を揃えていた。また、飛行場の周囲には前回の戦訓を元に対空銃架に取り付けた三年式機関銃が設置されていた。

 ソ連も暫くは大規模攻勢をやめる事に決定しており航空戦で時間を稼ぐ事で一致していた。そのためシベリア方面では大規模な航空戦が展開されるのである。


「吉良!! 後方に一機食い付いてるぞ!!」


 聞こえるわけない将和の叫びだが吉良は後方から迫り来るスパッド.7に気付き急降下で回避して逃げる。逃げられたスパッド.7だがその後方に将和の丙式一型戦闘機が回り込んで一連射で撃墜させた。


「全く……そそっかしいのかそれとも見落としかな」


 将和はそう呟きながら別のスパッド.7を見つけて後方から忍び寄って撃墜するのであった。



「……やはり前回以上に目立ち過ぎではないもはんか?」

「確かに。新聞の報道は過激を極めていますな」


 海軍省の大臣室で東郷と加藤大臣はそう話をしていた。彼等の手元には各新聞があった。


「報道が過激に走れば三好夫人とその子らにも害が及ぶと思います」

「うむ。おいどんも同じ意見でごわす」

「直ぐに規制に入ります」


 この日を境に将和の撃墜報道は下火へと移行する。


「……最近、撃墜報道が無いわね……(軍が介入したのね)」


 新聞を見ていた夕夏はホッと溜め息を吐いた。夕夏の実家にも見知らぬ親戚の手紙が舞い込んでくると母しのが言っていた。


「まぁ、頑張ってね貴方」


 将和の写真に笑う夕夏だった。ちなみに、夕夏にはこっそりと海軍も撃墜記録を報告していたりする。

 さて、日本の現況であるが史実通りに米騒動は発生していた。だが日本は第一次世界大戦が始まる前にある程度の手は打った。それは各地の刑務所に服役中の囚人達に田畑を耕して米の生産量を少しだけ増やしていた。後に「刑務所内で田畑を耕すのは罪の償いを行う囚人に関係あるのか?」と国会で論争となるがそれはまだ先の話である。

 それは兎も角、大正七年七月の段階では史実と同じ一石35円で八月、九月も同水準だったが十月には50円を突破してしまい騒動が発生、炭鉱への飛び火はなかったものの七日間の騒動は各地で行われて軍が出動する事態になる。この米騒動が発端で伊藤の心労がたたり結果的に1921年には首相の座が退き、原敬に後を任せるのであった。

 そして陸海軍だが陸軍は戦車隊を創設、更に戦車学校をも創設して新兵器である戦車にカネを投入していた。勿論これは将和の具申であり山縣も戦車に力を入れていた。これが後に史実と異なり、日本戦車史を大きく変貌させる一因だった。

 また、それに伴い日本各地の港湾施設も近代化が図られる事になり政府はそのインフラ整備に大量のカネを投下するのであった。

 なお、このインフラ整備は後々に正解だったと歴史家達は称賛する。何せ陸軍が設計開発生産配備した戦車はどれも20トンを越す戦車だったからである。







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