第二十話
ユトランド沖海戦から九日が経過した六月十日、梅雨入りした帝都の海軍省の大臣室に海軍大臣の加藤友三郎と元帥海軍大将の東郷平八郎がいた。
「良かったのですか東郷さん? 三好君を霧島から降ろして……」
「こいで良か。三好大佐はまた飛行機に乗ってもらう」
加藤の言葉に東郷はそう返した。なお、加藤は前回の記憶は無いが将和の正体は知っている一人である。
「はぁ……私には三好大佐をどうするのか分かりませんが……」
「加藤。三好大佐の裏は聞いておるでごわすな?」
「はい。俄に信じられませんが……やはり日本が滅ぶというのは……」
「良か良か。それが普通の反応でごわす」
加藤の言葉に東郷は苦笑する。
「……三好大佐には日本の犠牲になってもらう」
「……殺すのですか?」
東郷の言葉に加藤はそう返した。しかし東郷は首を横に振る。
「違うでごわす。日本という国家の礎になってもらうでごわす」
「礎……ですか?」
「そうじゃ。今の日本はまだ子どもでごわす。その子どもを躾、そして成長させるために三好大佐は必要でごわす」
「……我々だけでは足りませんか?」
「足らんのぅ。儂は使えるものは何でも使おうと決心しちょる」
「……大変ですな三好大佐も」
「最終的には国を率いてもらわにゃ困るでごわす」
東郷はニヤリと笑うのであった。
「……そうですか。それと陸さんも何やら裏でしているようですが……」
「明石大佐が指揮する部隊が何かするとまでしか分からんがのぅ(となるとそろそろ明石大佐の部隊かの……)」
そう話す二人だった。
「ブェックシュン!!」
「ん、風邪かね三好君?」
「いやぁ……多分誰かの噂でしょう」
七月下旬、二ヶ月という『霧島』臨時艦長の任を終えた将和は骨折から復帰した『霧島』艦長に後を譲り、出戻りした飛行場で将和は第二次遣欧艦隊と共に駆けつけた宮様と再会していた。
「ユトランド沖での事は聞いているよ……」
「前回は上手く行きすぎたのかもしれません」
「だろうな……だがこれで我が国の超弩級は3隻になってしまったよ」
この頃、内地は造船所や工廠の増強という措置が取られており超弩級戦艦の起工は来年という判断だった。だが今回のユトランド沖海戦でそれが覆りそうなのである。
「……『IN計画』と『NK計画』……早めるべきでしょうな」
「……やはりかね。事情を知る者達からも賛同の案が出ているが……そうなるな」
『IN計画』と『NK計画』……それは『伊勢』型と『長門』型の建造計画である。より詳しくなれば『伊勢』型は新規開発された35.6サンチ三連装砲四基を搭載し、船体は史実の『長門』型が採用されていた。また、後の改装で41サンチ砲を搭載出来るよう設計されていた。
『長門』型はほぼ史実『加賀』型を踏襲していた。なお、『長門』型も後の改装で46サンチ砲を搭載出来るよう設計をされている。
「分かった。私も『榛名』に乗って内地に帰還するからその時に具申しよう」
「お願いします」
将和との会談を終えた宮様はその後、内地へ帰還する『榛名』に乗艦して帰還の途につく。
しかし、事態が急変したのはカサブランカ沖を航行していた時だった。
「ひ、左舷より雷跡!!」
『金剛』『榛名』『霧島』を護衛していた駆逐艦の見張り員の水兵が左舷から疾走してくる魚雷四本を視認した。直ちに護衛の駆逐艦隊は対潜戦闘を開始するが爆雷を数発しか搭載していないのであっという間に撃ち尽くしてしまう。
「面舵イッパーイ!!」
『おもぉーかぁーじ!!』
「当たるか?」
「大丈夫です、『榛名』の機動力なら当たりはしません」
宮様の呟きに『榛名』艦長の布目満造大佐はそう断言するが、左舷を見張っていた見張り員が叫んだ。
「ひ、左舷前方より更に別の雷跡五本!!」
『何!?』
「か、回避ィ!!」
「だ、駄目です、間に合いません!!」
『榛名』は更に回避しようとしたが間に合わず、左舷に三本が命中し水柱が吹き上がったのである。
「応急急げ!!」
「左舷に三本命中!! 浸水が酷く応急が間に合いません!!」
「間に合わせろ!!」
乗員達は排水作業を行うがそうしている間に再び別の艦で水柱が吹き上がった。
「き、『霧島』に魚雷四本命中!!」
「何!?」
宮様が慌てて後方にいる『霧島』に視線を向けると次第に右舷に傾斜している『霧島』の姿がそこにあった。
「……どうやら敵潜の巣に迷いこんでしまったようだな……」
苦虫を潰す表情をする宮様だが更に見張り員が叫ぶ。
「左舷より新たな雷跡二接近!?」
「おもぉーかぁーじ!!」
「間に合いません!!」
再び『榛名』の左舷に二本の水柱が吹き上がる。『榛名』はこれが致命傷となり艦は次第に左へ傾斜していく。
「総員退去!!」
傾斜が酷くなる前に布目艦長は総員退去を決断、伝令達は走り出す。
「総員退去ォ!!」
「総員退去ォ!!」
「総員退去ォ!!」
「宮様、海水浴になると思いますが宜しいですな?」
「無論だよ艦長。それに海水浴は久しぶりだからね」
申し訳なさそうな表情をする布目艦長に宮様はそう言って労い、生存者達は海に飛び込んでいくのである。先に大西洋の海に没したのは『榛名』だった。『榛名』は魚雷六発が命中したのでそこまで耐えられなかったのである。
『霧島』は『榛名』が没してから35分後に転覆、そのままひっくり返した状態で『榛名』の後を追うように大西洋に没したのである。
「……嘘だろ……」
「貴方……」
『榛名』『霧島』の撃沈の報に将和は思わずよろけ、それを夕夏が支える。先程まで将和は空戦を展開して帰還してきたばかりなのでその報は衝撃過ぎた。
「み、宮様は……?」
「宮様は海水浴をしたようですが無事なようです」
「なら大丈夫か」
部下の報告に将和は安堵の息を吐く。此処で宮様まで退場されては非常に困るのだ。将和が焦るのも無理はなかった。
(だが……これで日本に残った超弩級戦艦は『金剛』の一隻のみ……これはマズイな……)
ユトランド沖で『扶桑』『山城』『比叡』が、そしてカサブランカ沖で『榛名』『霧島』を喪失した日本海軍、残った超弩級戦艦は『金剛』のみである。
(当分、海軍は航空隊の派遣だろうな……)
前回を考えれば日本が必要な海戦はユトランド沖だけだった。将和はそう考えたのである。そして内地でも新型戦艦の建造をすべきと判断していた。
「加藤大臣、直ちに『IN計画』と『NK計画』は実施すべきでごわす」
「無論です。伊藤総理らも賛同しているので明後日の臨時国会予算案で通過されるのは確定です」
東郷の言葉に加藤友三郎大臣は力強く頷いた。そして臨時国会での『IN計画』と『NK計画』の予算は満場一致という形で通過し各工廠と造船所では8月8日に同時起工が取られるのである。
そしてヴェルダンでも攻防は陸と空で続いていた。遣欧軍の主力も八月に到着した。
本来は五月に到着予定だったが、先遣隊の壊滅と生き残った東條参謀の具申により新たに編成し直したのである。
遣欧軍
第四師団
第八師団(追加)
第十一師団
第十二師団(追加)
第十六師団
第十七師団
第十八師団
重砲二個連隊(四五式二四サンチ榴弾砲十六門)
野戦重砲五個連隊(四年式十五サンチ榴弾砲二四門及び三八式十五サンチ榴弾砲三六門)
総司令官 秋山好古大将
参謀長 上原勇作大将
首席参謀 白川義則少将
参謀 井上幾太郎少将
参謀 東條英機大尉
参謀 永田鉄山大尉等々であり遣欧軍所属には畑英太郎、畑俊六、杉山元、小磯国昭、岡村寧次、小畑敏四郎、阿南惟幾、梅津美治郎、乃木保典、山下泰文、小松原道太郎、今村均(上原の副官)、本間雅晴、牛島満、飯田祥二郎、樋口季一郎、石原莞爾といった面々も連ねていた。乃木は日露戦争で片腕切断をしていたので戦闘に加わらず分析・情報佐官としていた。また、航空隊の補充パイロット16名が便乗していた。
「アキヤマ大将、陸軍総司令官のフィリップ・ペタンです」
「秋山です。早速ですがペタン総司令官、我々は再度、ヴェルダンに行きたいのです」
「……分かっております。日本遣欧軍はヴェルダンに向かうよう調整をしています」
ペタンに言わせれば一種の贖罪かもしれない。先遣隊が壊滅後にヴェルダンで戦闘を指揮していたのはペタンだったからだ。なおニヴェルの後を継いだのはフェルディナン・フォッシュである。
「感謝しますペタン総司令官」
秋山と上原はペタンに敬礼してその場を後にするのであった。
「復讐に燃える日本軍か……矛先がドイツ軍で良かったものだ……」
ペタンはそう呟くのであった。そして八月下旬までに遣欧軍はヴェルダンに到着していた。無論、日本軍の航空隊――第一航空隊――もヴェルダンである。
「歓迎しますアキヤマ大将」
フォッシュはそう言って上原らを出迎えた。
「今日はゆっくりと休んでください。明日からは地獄を見るでしょう」
「元よりそのつもりであります」
そしてヴェルダンの戦闘に遣欧軍が加わる。
「トーチカ類は工兵隊を支援して破壊する。無闇な突撃は許さん」
旅順と先のヴェルダンの教訓だった。遣欧軍は野戦重砲・重砲七個連隊を総動員してドイツ軍が立て籠るドゥオモン要塞に砲撃する。その間に工兵隊がトーチカ類を爆破するがトーチカが堅すぎて完全破壊は不可能だった。
「砲撃で援護しての突撃しかありません」
「だがそれでは被害が増える。先のヴェルダンでもそうだったではないか!?」
「あの時は防御側でした。突撃はあの最期しかしておりません。私だって無闇な突撃はしたくありません。ですが他に方法はあるのですか!?」
白川少将の言葉に東條はそう言い返す。
「……突撃は暫く待て。儂の判断でする、なるべく兵力の喪失は避けたい」
「自分もそう思います」
秋山はそう判断する。それとヴェルダンは地上だけではなく空も戦っている。将和を飛行隊長とする第一航空隊は連日に渡りヴェルダン上空でフランス軍と共に激しい空戦をしている。
「一機撃墜!!」
将和は今日も敵戦闘機(アルバトロスD.1)を撃墜させた。しかし撃墜させた場所はドイツ軍の陣地で低空だった。
「あのヤーパンの戦闘機を叩き落とせ!!」
ドイツ兵達は落とされたパイロットの仇とばかりにボルトアクション小銃のGew98を撃ちまくる。
「クソッタレ!!」
将和は回避行動に移るがそのうちの一発がニューポール17のル・ローヌ9J回転式空冷星型九気筒を貫いた。たちまちエンジンは息切れを起こしてボフッと黒い煙を発散させる。
「ちぃ!!」
操縦桿が重くなり将和は機首を遣欧軍が構える陣地に向ける。将和は陣地に不時着する気だった。高度を下げていくと限界を迎えていたエンジンは遂に停止してしまいプロペラも止まる。
「上手く降ろしてやるからな……」
将和は滑空の要領で遣欧軍の陣地付近に不時着する。しかしドイツ軍は降りてきた将和の戦闘機に撃墜された味方の仇とばかりに射撃をする。
「撃て撃て!!」
「ぐぅ!?」
操縦席から転がり落ちるかのように降りてそのまま遣欧軍の陣地に逃げようとしたところを後ろから撃たれるが幸いにも弾丸は掠った程度である。が、将和はよろけて倒れるも直ぐに遣欧軍も援護射撃をして数人が塹壕を飛び出してきて将和を塹壕に引きずり込んだ。
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、まだ靖国に行ってないし死んでないから大丈夫だ」
将和は兵士達に礼を言う。
「直ぐに飛行場に戻らないとな」
そして飛行場では将和が落ちた事に激震が走っていた。
「三好の安否は!?」
「掠り傷ですが大丈夫のようです」
部下からの報告に山崎司令官は安堵の息を吐いたのであった。なお、一番動揺してたのは……。
「あの人が落ちた? なら助けなきゃ……」
「ちょ、ちょっと夕夏!? 薙刀を持って何処に行く気よ!!」
「ドゥオモン要塞によ!!」
「落ち着いて!! そこの男達も止めてェ!!」
同僚の看護婦達に押さえられる夕夏であった。
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