第十一話
日本海海戦を歴史的な大勝利に収めた日本は続く6月6日に一個師団と二個連隊が海軍の第三艦隊と更に新編された第四艦隊(旗艦『薩摩』)の護衛の元、樺太に上陸して7月15日までに完全占領をするのであった。そしてそこへアメリカが仲介となり講和への流れとなる。
「頼むぞ小村君」
「分かりました。可能な限り努力します」
日本全権の小村寿太郎は桂とそう話し、ポーツマスに向かい、日露は8月10日から会議が行われた。
「……これは……」
ロシヤ全権のウィッテは思わず小村の顔を見た。小村から渡された日本の要求は以下の通りだった。
1、賠償金は互いに請求しない事。
2、ロシヤは日本に対し樺太全土を日本に譲渡する事。
3、ロシヤは関東州の租借権を日本へ譲渡する事。
4、ロシヤは沿岸州沿岸の漁業権を日本に譲渡する事。
5、日露両国の軍隊は鉄道警備隊を除いて満州から撤退する事。
6、ロシヤは東清鉄道の内、旅順―長春間の南満州支線と付属地の炭鉱租借権を日本へ譲渡する事。
7、朝鮮半島の非武装化。
8、大韓帝国の宗主権を清国とする
日本の要求はこの八項目だった。
「我が日本の要求はこれだけです」
「……賠償金を要求しないとは……」
「我が日本はカネが欲しくて戦争した訳ではありません」
ウィッテは小村の言葉に内心、安堵した。交渉が長引くのはウィッテも好まなかったからだ。
「ですが韓国の事はどうするので? この八項目目は……」
「……韓国は我々を裏切りました。故に高宗が貴国に来ていれば我が国は更なる悲劇に見舞われる事でしょう」
「……ほぅ」
「ですので我が国は清国を通じて韓国の処断を行ってもらう事で幕引きのつもりです」
「……成る程。では貴国は大韓帝国から手を引かれると?」
「その通りです。我が国としましては半島を貴国との緩衝地帯にしたいのです」
小村は肩を竦めてそう言った。これはかなりの発言だった。しかしこの時、正にこの時に漢城を脱出して行方を眩ませていた高宗や両班らがウラジオストクに到着して保護を求めたのである。
「……分かりました。直ぐに皇帝に報告しましょう」
ウィッテはそう言い、一回目の会議はそこで終了した。ウィッテは終了と同時に皇帝に報告した。ニコライ二世は日本の要求に驚きはしながらも冷静に分析した。
(……樺太は失うだろうが、その代わり日本に喉元を突きつける事が出来る……)
高宗らを保護した事の報告もウラジオストクから来ており、ニコライ二世はそのように考えた。
しかし、ニコライ二世はまだ勝機はあると思っていた。
「海軍こそ負けはしたが陸軍はまだ負けてはいない。そこを念頭に交渉せよ」
つまりは恫喝である。二回目の会議でウィッテは5、6の要求を却下した。そして高宗を首班とする亡命大韓帝国政府がウラジオストクで誕生した事を小村に告げた。
「我等はまだ戦える」
ウィッテの発言に小村は悩んでしまう。だが小村はウィッテの圧力に屈する事はしなかった。
「我が国は某国々からの支援を頂きまして軍は再編成を整えています。数は恐らく100万にはなりましょう。これが物別れとなれば直ぐに進軍を開始する予定となっています」
「ムムム……」
小村の発言にウィッテはブラフーー嘘と当初は認識していた。しかし、仲介で出ていたアメリカ側の表情がニヤリと笑っていた事でウィッテは本気と捉えてしまうのである。
(確かアメリカは満州の市場を狙っていた……つまりはそういう事か……)
小村は100万と言っていたが話半分としても50万……ウィッテもそこまで戦争を泥沼化させる気はなかった。二回目の会議も一旦はお開きとなりウィッテは再度ニコライ二世に報告した。
が、予想外な事にニコライは引けと命じた。つまりはそれで呑むという事である。
意外なニコライ二世の受諾にウィッテも首を傾げたが命令は命令であるので日本の要求を全て受諾したのである。そして日露はポーツマス条約を締結した。
「ふぅ……何とか講和にはなったわね」
ロシヤの首都であるサンクトペテルブルクから南東25キロの郊外にあるエカテリーナ宮殿、そのとある一室でニコライ二世の第二皇女であるタチアナ・ニコラエヴナはそう呟いた。
「全く……マサカズもいるみたいだし、流石に前回と同じくにはならないわね……」
このタチアナ、記憶を受け継いでいたのだ。タチアナ自身が気付いたのは日本海海戦後であった。ロシヤが日本の要求を退けた事でタチアナは直ぐに父であるニコライ二世に具申したのだ。
「御父様、日本と戦争を続けるのは構いません。ですが、ロシヤの国力を疲労させた上でほくそ笑みのはどの国々でしょうか?」
タチアナは暗に敵は他ーードイツ等ーーにもいる事を告げた。娘の変わりようにニコライ二世は多少驚くも冷静に考えれば確かにその通りではありニコライはタチアナの具申を受け入れたのである。
「フフッ、貸しにしておくわよマサカズ……」
タチアナはそう言って笑みを浮かべるのである。そして日本国内では条約内容に荒れに荒れていた。
「日本は勝ったのではないのか!!」
「賠償金を取れ!! 儂の息子は黒溝台で戦死したのだぞ!!」
日比谷公園では小村を弾劾する国民大会が開かれ、新聞社は政府を批判に批判をしまくった。その中、桂はある意味の伝家の宝刀を抜いたのである。
「此度の締結は陛下の一声で決まった事であり、それを批判するのは陛下に対し反逆を意味する事である」
緊急の会見を開いたのは宮内大臣の田中光顕である。
「それは真でありますか?」
「真だ。陛下は此度の戦死者の数に大層心を痛められ早期講和を主張なされたのである。国民がこれ以上騒げば陛下は更に心を痛めなさる。早期に終わってほしいとの事だ。戦死した遺族には十分な遺族年金を払うと陛下はそう仰られる」
陛下からの言葉に国民達も政府批判の熱は冷め、沈静化するのである。
ポーツマスで日露両全権は9月5日に署名を行い、ポーツマス条約は無事に締結された。その際に条約内容に不満を持つ民衆が日比谷公園での焼き討ち事件が起きたが陛下自ら沈静化に努め、十日も過ぎればいつも通りの日常だった。
また、欧州各国でもロシヤと引き分けとなった日本に驚きつつも軍事報告書に記載された機関銃の威力について「極東の事情がある故」と無視をしその代償は後の第一次世界大戦で支払う事になるのである。
そして9月15日、桂はウラジオストクに亡命した高宗らの亡命大韓帝国政府に対し抗議文を送りつけた。抗議文は簡単に説明すると『戦争中に逃げるとは何事か? なお、この事は中国にも報告済みである』とこのような具合だった。
「あのクソ戯けどもめが!!」
日本からの抗議に清国の西太后は半島の行動に激怒した。確かに日清両国は過去に戦争を(日清戦争)したがそれ以降は両国とも比較的温厚な外交政策が執り行われていた。
また日本が半島の領有権の主張もしてこなかったので清は半島を属国として扱えたのである。その半島が主人である自分達に相談も無しで逃げるとは何事か。
意外な事にウラジオストクにいた亡命大韓帝国政府はロシヤ軍の護衛によって北京に移送されたのである。(ただし、高宗と両班のみ。その息子らはまだウラジオストクにいる)
「恥ずべき最期は送らぬよう……」
到着するなり、高宗と両班らは拘束されそのまま毒酒を飲まされ病死とされるのであった。なお、遺言として高宗は皇位を息子の純宗が皇帝に就任し引き続き亡命政府を率いるのである。
そして日本は半島に対して全て手を引く事を通告、半島にいる在留邦人等、日本に関係する者物等は全て退去するのであった。
「これで良かったのかね三好君?」
「はい。大韓帝国を併合すれば日本は必ず後悔しますし、今回ので痛感しています」
「だろうな……」
「その分の資金を東北のインフラ整備に回しましょう。後、関東州の油田開発もです」
「うむ……大韓帝国は日本にとっては今回も重石になるか……」
桂と将和、山本大臣や児玉達は東京のとある料亭にて会談をしていた。
「そこで済州島です。ロシヤへの防御は半島を非武装化の緩衝地帯とし対馬と済州島を堅固な要塞とするのが得策かと思います。前回以上の要塞化にしませんと……」
「宜しい、やれる限りの事はしよう。それと『三笠』が戦艦から特務艦になるようだな」
「被弾が激しく修理しつつ、この際に特務艦への籍を変えて色々と試験してみようと海軍内でそう判断しました」
『三笠』は前回より被弾していた。総合的には中破だが大破に近かった。『三笠』は缶を全て宮原式に交換しタービンはパーソンズ式タービンをライセンス契約して搭載する予定である。
「海軍は戦艦『富士』『八島』も籍を戦艦から練習兼特務艦に移動させ缶とタービンの換装予定で予算は増えますが代艦は暫くは建造しない方向です。どうせ弩級戦艦が出てきますし予算を節約しながら『金剛』をイギリスで建造するのも手ですので」
「陸軍も然り。師団も暫くは十七個師団で押さえ兵器の更新をするつもりです」
「分かった。暫くは急務だろう、今夜はゆっくりと飲んでくれ」
桂は三人にそう言うのであった。
「ところで三好君、樺太の件だがあれで良いのかね?」
「はい、戦時国債を一年でも早く返すにはこれくらいの手が必要だと思います」
戦時国債の言葉に桂達は表情を変える。
「……むぅ……やはり仕方ない……か。議会の方は伊藤さんや西園寺さんらが根回しをしている」
桂の意味深な言葉は翌年になって分かる事である。さて10月12日、セオドア・ルーズベルト大統領の意向を受けて来日したエドワード・ヘンリー・ハリマンとの間で奉天以南の東清鉄道の日米共同経営を規程した桂・ハリマン協定が調印された。
モルガン商会から有利な条件を提示されていた小村は協定に反対したが桂は小村を更迭、後任に加藤高明に任命させた。
「あの馬鹿者が……姑息な手段を取りやがって……」
桂がそう呟いた言葉は何を意味するのかは分からなかった。その後、満州善後条約は史実より反してロシヤが獲得した権益だけに止めた。
そして1906年、ジェイコブ・シフは来日して陛下から勲一等旭日大綬章を贈られた。その後シフは密かに桂と内密の会談を行った。
「貴方のおかげで我が国は戦時国債を発行する事が出来ました」
「いやいや、私は日本の手伝いをしたまでです」
「実は貴方にもう一度お願いしたい事があります」
「ほほぅ……私にですか?」
「はい」
桂はそう言ってある計画をシフに打ち明けた。
「……総理、それは真ですか?」
「はい。議会には根回しはしていますが、我が日本帝国は流浪の民であるユダヤ人に仮の居住地として樺太への入植を許可致します。場合によりましては北緯五十度以南の領土をユダヤ人に譲渡します」
「……日本は我々に安息の地を提供すると?」
「あくまでもユダヤ人の約束の地が見つけるまでと致します」
「……それだけでも上出来です総理」
シフは静かに涙を流していた。長い年月、約二千年もの間ユダヤ人は流浪の民となっていた。それが安息の地が漸く出来たのである。
「総理、私の家系はラビです。出来る限り多くの人々に伝えましょう」
「ありがとうございます。ただ一つほどの問題があります」
「それは……?」
「……貴方に打ち明けますが、今の日本には樺太にまで回せるインフラ整備は僅かです」
「つまり資金が無いと?」
「ハッキリと言えばその通りです。ですので大規模移民は避けてもらいたいのです」
「ハハハ、それには及びませんぞ総理」
「どういう事ですか?」
「資金は我々が集めましょう。我々の安息の地が出来るのです。集めるところからやりましょう」
シフはそう意気込み、桂は内心ホッと安堵の息を吐いていた。樺太のインフラ整備の資金は東北より少なかった事もあり心配だったからだ。
それは兎も角、日本が樺太をユダヤ混合の土地と表明した事に前回同様に世界中が目を見開いた。
「日本がユダヤ人に土地を提供? 馬鹿な冗談はよせ」
最初はそんな反応だったが事実と知ると挙って日本に理由を聞くと返ってくる言葉は同じだった。
「日露戦争の時に戦時国債を発行する事が出来たのはユダヤ人のおかげである。なら恩返しとして安息の地を提供したまで」
日本の代表は事あるごとにそう説明した。シフは資金を募り、多くのユダヤ人が資金を提供し移民を募るユダヤ人は百万人ほどであった。
桂は樺太のアレクサンドロフスクに樺太民政署を設置(後に樺太庁に変更)し支所をコルサコフにした。また、日本人の樺太移住も推進し多くの日本人が樺太に移住するのであった。
「ユダヤ人の樺太移住は進んでいますね」
「うむ、後は警備隊の発足だろう」
桂と将和は料亭で食事をしていた。
「予め議会に根回しをしていたから少々の混乱で済んだ」
「根回ししてないと大荒れですね」
なお、将和は日本海海戦の功績で中尉に昇進していた。そして桂はまたしてもシフと極秘の会談を行った。
「樺太に独自の警備隊ですか?」
「今の日本には樺太に駐屯させれるのは一個連隊ほどで貴方方ユダヤ人にも協力してもらいたいのです」
「成る程。それは確かに」
「そこで、日本海海戦で捕獲したバルチック艦隊の戦艦を提供します」
「な、何と!?」
桂の言葉にシフは思わず立ち上がる。
「樺太に軍港や工廠が出来るまでは内地に駐屯してもらいますがね」
「それはありがたい!!」
シフはまさか兵器も提供してくれるとは思ってみなかった。そしてユダヤ人の親日はこの頃から始まったと言われるのであった。
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