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屋敷来訪、猫畜生

 ――街を北上して、丘の上にある豪奢な館に向けて白馬は着実に走っていた。小窓から見える御者はメイド姿をしていた。紫色の薔薇の髪留めによって後頭部で長い茶髪をまとめている。伊織にはその女性も何の変哲もない人間に見えた。



(やっぱり人間はいるんだ、……あぁ~、よかったぁ、……動物ランドに閉じ込められたかと思って心配したぜ……、って! いまはそれどころじゃねぇっ! なんだこれっ、何だこの状況はぁあ!)


 

 綺麗な女の子に頭を撫でられながら、馬車の中でずっと膝枕サービスを受けているのはいかがなものだろうか。と、いうのが伊織の中の懸案事項だった。助けてもらったのはいいものの、勢いでこういう体勢になりはや半時。癒やされるのに居心地のよさを感じてこの体勢を看過してしまったが、だんだん伊織の中で問題意識が芽生えてきた。



 好きなだけ泣いて、落ち着こうね、といわれているものの、すでに涙は乾いている。男のプライド的にはそろそろ我慢の限界だが、まだこうしていたいような甘えた気分もあって、もどかしかった。



 視線に気づいた彼女が伊織に笑顔でほほえみかける。



「もう少しで着くからね?」



 その笑顔があまりに優しげだったため、恥ずかしさの沸点を余裕で超えてしまった。伊織はまだ飼い主を信用していない猫さながらの動きで彼女の元からジャンプで脱出し、馬車の隅っこに飛び移って、そこから威嚇するように言った。



「たっ、助けてくれたのは感謝してるがなっ、そんな幼児向けのあやし方はどうかと思うぞ! 俺とて17歳、年頃の男の子なんだからな! っつーか、どっ、どこに連れてく気なんだ! まずはそれを教えてくれっ! 話はそれからだ!」

「私の屋敷がこの先にあるの、危険な場所じゃないわ。詳しい話はあとで話すことにするけれど、とにかくそこにはあなたの仲間がたくさんいて、安心できる環境がある。ひとまず屋敷に着いたらおいしい料理をたんとごちそうするから、楽しみにしておくことよ」

「ぐぬぬ……、そんなご都合展開を信じろというのか……、いやしかし、他に行く当てもないし……」

「ねぇ、黒猫さん?」

「黒猫って言うなぁ! 俺はれっきとした人間っ、由緒正しき日本男児だ! なんか頭に耳っぽいものがついてるらしいが……、これは何かの間違いだっての!」

「耳だけじゃないわ、おしりから尻尾も生えてる」

「えぇっっっ! ――あっ、マジだっっ! 全然気づかなかったっっ! ちくしょうっ!」

「ウフフ! 面白い猫さん!」

「面白くねぇよ! 一大事だぞ! なんだこの黒い尻尾は! あ、でも手触りいいな……ってちがぁあああうっ!」


 

 セルフツッコミは彼女を余計笑わせてしまうだけだった。伊織は何だか恥ずかしくなって、二の句が継げなくなった。彼女はひとしきり笑ってから、伊織に言った。



「ねぇ、さっき言ってた、ニホンダンジって、なんのこと?」

「――ん? いや、だから、日本生まれ、日本育ちの男子ってことだけど……」

「あぁ、ニホンっていう地名か何かなのね。でもおかしいわ、そんな地名、この国では聞いたこともない……」

「えっ!? じゃあここ日本じゃねぇのか!?」

「ええ、ここはガロア王国第七領土の中心に位置する、リアーダという街よ。世界に名だたる大国ガロアを知らないわけはないと思うけれど……?」

「がろあ王国……。ここ、まさか海外なのか……? いや、それにしても、世界に名だたるって、嘘だろ? 俺の方こそ一回も聞いたことないぞ、そんな国。なんか、アフリカの真ん中あたりのややこしい場所にある小さな国じゃないだろうな?」

「あふりか、また知らない地名ね。もしかしてあなた、海外の猫ちゃんなのかしら」

「猫ちゃんはよせっ、俺にはちゃんと西園寺伊織っていう名前があるんだ」

「サイオンジ・イオリ?」

「そうそう、国際的には、イオリ・サイオンジ、の方が通りがいいな。イオリでいいよ」

「そっか、イオリね……。うん、素敵な名前!」

「へへっ、名前だけは俺も気に入ってるんだ、古風でかっけぇだろ!?」

「そうかしら? 私的には、新しくて、かわいい感じに聞こえるけど」

「うぐっ……かわいいとか言うなし。照れるだろ」

「えぇ~っ、そんなことで照れるの? 黒猫さんは恥ずかしがり屋さんなの? かわいい~!」

「は、恥ずかしがり屋とかじゃねぇし……」



 照れているイオリを彼女は楽しげに眺める。それに不服そうな目を向けるイオリ。



「そうそう、自己紹介が遅れたわね。――おほんっ。私の名前はレイラ・ヴィクトリア。以後、お見知りおきを」



 そんなこんなで、イオリは彼女――すなわちレイラのことを、なんとなく自分に危害を加えない人間だろうと思い、安堵した。おそらく彼女の屋敷に連れて行かれたとしても酷い目には遭わないだろう、とイオリは思った。



 しばらくして馬車が止まった。御者のメイドが先に先頭から下りていって馬車の扉を開けてくれた。まずレイラが馬車から下りて、そのあとメイドがイオリに手招きをした。



「ほら、猫ちゃんも、おいでおいで♡」



 これまた恐ろしく別嬪さんだ、とイオリは思った。どうやら外国らしいから、外国人特有の美形なのだろう、しかし自分と同い年くらいに見える黒髪の乙女に比べると、このメイド姿の女性からは少し大人っぽい、母性的な雰囲気を感じる。



 イオリはおとなしく言われたとおりに馬車から降りて、彼女たちの住まう館に目をやった。



「……でけぇ、なんだよ、この門の大きさは」



 黒い鉄格子の門は信じられないほど大きな作りをしていた。その先に見える館も、これ見よがしに上品で豪華絢爛。白壁を基調として、月明かりに照らされたコバルトブルーの屋根が美しく映えている。尖塔がいくつか見えて、西欧風の建築様式に思える。



 メイドが何か手を使って合図をした。するとそれに合わせてひとりでに巨大な門が開いていった。



《――ギッ、ギギギギギギ……》



「どうぞ、お入りになって?」

「は、はい」



 手で合図を送って開くような門を初めて見たイオリは感心した。そういうシステムの門があるなんて知らなかったし、見た感じで言えば魔法でも使って門を開けたようにも見えて、なんだか素敵だな、と彼は思った。



 ――玄関までがわりと長いのは豪邸特有の敷地の広さがなせる技か。門から玄関までの間には様々な種類の動物の彫刻や大きな噴水、それから綺麗に刈り込まれた芝生や植え込みが周囲を覆っていて、イオリは自分の住んでいた西園寺家と比較にならないことを認めた。



「レイラ、っていったっけ。お前、すっげぇ金持ちなんだなぁ」

「そんなことないわ、他のお姉様達のお屋敷と比べたら、一番小さいくらいよ」

「お姉様達? へぇー、姉妹が他にいるんだ。奇遇だなぁ、俺も兄弟たくさんいてさ……、いや、あいつらの話はよそう、気が滅入る……。それより、レイラのねーちゃん達って、これよりデカい家に住んでんの? レイラって何者? 大財閥のご令嬢とか?」



 横で聞いていたセシルと呼ばれるメイドが、クスクス笑って、二人に聞こえないように小声で言った。



「大財閥のご令嬢ですって。フフフ、……それどころじゃなくってよ」



 木製の分厚い玄関の扉が開いて、中から少し小柄なメイド服の女の子が伊織たちを出迎えた。四方八方にカールした金髪のショートヘアがチャーミングな彼女は、ムスッとした顔で挨拶をする。



「お帰りなさいませ、レイラ様」

「ただいま、ミア。お腹が空いたわ、夕食はもうできているかしら?」

「いえ、まだ準備中です。お食事、じきに出来上がると思いますので、居間でお待ち下さい……、ところで、レイラ様」

「なに?」



 ミアと呼ばれるその女の子は、レイラの後ろに立って、そわそわしていたイオリをその凜々しくて切れ長の目でギッと睨みつけて、苦虫をかみつぶしたような顔で言った。



「その後ろの、薄汚い猫畜生はなんでしょうか」



 ――一瞬、空気が凍った。しばらくして、イオリが強く反駁する。



「ね、猫畜生って! 初対面なのになんて言い様だよっ! 他になんか言い方なかったのか!」

「少なくとも正当な客人には見えませんね……。なんだか品の悪そうな臭いがぷんぷんいたします……、顔立ちも貧相ですし、服も汚れているし……レイラ様のような高貴な御方のそばにいるにはふさわしくない感じがします……」

「もうっ、そんなこと言わないの! 品が悪い臭いなんかしないし、服が汚れてるのはイオリのせいじゃないんだから。顔立ちだってかわいらしいじゃない。この子は街で大変な目に遭っておつかれなんだから、もっと優しい言葉をかけてあげて!」

「はぁ……かわいらしい、ですか」



 かわいらしい顔をしているだなんて生まれて初めて言われたイオリは、ミアに睨まれて、なんとかぎこちない笑顔で「かわいらしい猫アピール」みたいなものを猫っぽいポーズとともに媚びる感じでやってみたが、「ふんっ」とそっぽを向かれてしまい不発に終わった。



 ミアはなおも不満そうな顔だったが、立ち話もなんだからと三人を屋敷の中へ引き入れた。


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