壱之六 強権発動!徳川にして生徒会長 其の参
現代に水戸黄門がいたら、たぶんこんな感じ…
あ、銃刀法があるから抜刀は無理だわ…
講堂に着くと私たちよりも先に服部たちが到着していた。講堂は基本、なにか行事をやるとき以外は椅子がないから二人は床に座り込んでいた。そして講堂に入った私の姿を見るなり開口一番、
「生徒会長~?ボクたちをこんなところに呼び出して何のご用です?」
「あっしらは忙しいんで用事があるなら手短にお願いしますよぉ?」
なんて奴ら!私に呼ばれた理由に心当たりがないとでもいうのかしら?とにかく私とひよりはステージの上に立った。
「あなたたちに聞きたいことがあります、まずは質問に答えなさい!」
「どうぞ?」
「あなたたちは何故陸上部に入ったの?」
「そりゃあもちろん、運動系男子は女の子に人気がでると思ったからですよ。ほら、ボクってルックスがいいでしょ?立ってるだけでもオンナノコが寄って来るんだから運動が出来るようになればもっとポイントが高くなると思ったんですよ」
もちろん?今、もちろんて言いやがりました、コイツ?運動系男子なんてどの口がほざくのかしら?アスリート体系とは程遠いひょろひょろで、明らかに運動には不向きな体系のクセに!今の話を聞いただけでも運動するためじゃなく、ナンパ目的だってこと私が気づいていないとでも?
「そうかしら?部員の話によるとろくに運動もしてないから記録が落ちているそうだけど?」
「ろくに運動していないとは人聞きが悪いなあ、ボクみたいに「才能に恵まれている」人間は運動する必要はないのさあ」
…あきれて物も言えなかった。どこから突っ込んでいいのかもわからない…何の才能に恵まれている?何のポイント?今までいろんな人を見てきたけど、コイツほど話すたびに頭が痛くなる人間は見たことがない。
「何の才能に恵まれているですって…?」
「走りの才能ですよ。僕が走ると必ず1位~♪その実力で今、ボクは部長になれたわけなんですよ」
ノロマなカメが歩いて必ず1位?はっは~ん?私の左の眉がピクリと動いた。
「そうかしら?聞くところによると、部活では「ひょろひょろでノロマなカメ!!」の後ろを歩かされて負担を感じている部員たちが多々いるみたいだけど?」
「ひどい部員もいたもんだなあ…そんなひょろひょろで運動不足気味な部員は他の部員たちに対して示しがつきませんよねえ?」
その「ひょろひょろで運動不足気味の部員」というのがアンタのことなんですけど!?あああ…コイツ斬り捨てたい、ぶん殴りたい…私は震える手でコブシを作りそうになったが、何とか落ち着きを取り戻した。
「では続いて、猿飛夷助くん!あなたに質問です」
「へいへい、何なりと聞いて下せえ?」
「先般、陸上部の春の地区大会で服部君が走った際、服部君が順調に走ってるのに対し、他のコースの走者たちが急に走れなくなったみたいだけど…この現象について何か心当たりはないかしら?」
「そりゃあ、あっしが「エール」を飛ばしてやったんでやすよ。部員が部長に花を持たせるのは当然じゃないスか」
こいつもこいつでたちが悪い。よくもまあ…自慢げに、いけしゃあしゃあと、悪びれもせずに自分の犯したことを話せるわね…怒りで手が震えて持っているノーパソを握りつぶしそうになる。
「その「エール」をドローンを使って飛ばしたと言うことですね?」
ひよりが補足した。
「まあ、そんなところです」
へぇ~…否定しないんだ。私はいよいよ怒りを通り越して無の境地にさしかかろうとしていた。さらにひよりは続ける。
「その針に塗られていた薬を大会の運営と関わりの深い調査機関で調べてもらったところ、疲労感を劇的に増大させる薬であることが判明しました。さらにはこの薬は血液に反応して神経毒を生成する性質があることもわかっています。実際、選手の中にはこの針が頚動脈に刺さって意識不明の重体となって搬送された者もいたそうです。そして今も意識は戻っていません…自分が何をしたかわかっていますね…?」
「そりゃあ、ご愁傷様で…まあ、あっしも狙ってやったわけじゃあないんで…つまり、そのぉ…あれっスよ、不幸な事故ってヤツぅ?」
あれを「不幸な事故」の一言で片付けるか!?とことん神経腐っとんか、こいつら?
「その「不幸な事故」とやらの他にも、これまで将来を有望視されていた部員たちを何人もつぶしてきたみたいね!」
私はキッ!と服部を睨んだ。しかし服部は平然としている。
「部長であるこのボクを差し置いてチョーシこいてンのがいけないんですよ。こないだだって体験入部で入ってきた子がいたんですけどね?ショートトラックでこのボクを差し置いて一等なんか取るから、ごほうびに夷助くん秘蔵のスペシャル映像を見せてやったんですよ」
その直後、講堂の扉が乱暴に開いて二人の男子が入ってきた。
「おい、それってまさか石川のこと言ってるんじゃねえだろな!」
「石川くんにまで手をかけたら許さんぞ!」
入ってきたのは五月のクラスメイトの根津僧次郎君と3年の三好慶凱先輩だった。どうやら今までの私たちのやりとりを講堂の外で聞いていたみたいだ。
「あなたが言っているスペシャル映像というのがこれね?さっきあなたのSNSにあがってたみたいだけど、この動画を拡散させて石川さんを追い出そうとしたみたいね?」
私はノーパソを開いて動画を再生させた。
「まあ、他のヤツの脚をへし折っちまったのは申し訳ないと思っているよ。でもね、これは今までの中ではわりかしマイルドなほうだと思っているんだけどね…?」
と、言いかけた服部と夷助は動画を見て目が点になる。そして二人の顔が次第に驚愕の表情に変わっていく。そう、お奉行さんに促されて面を上げた被告人の顔は別人の顔だったのだ。
「えええーーーーーーーーーーーーー!?誰だ、コイツ?」
「違う顔になってる!!」
「ざ~んねんでしたあ!」
ふたたび講堂の扉が勢いよく開いて、五月が入ってきた。
「あ・た・し、実はハッキングも得意なんだよね~♪動画の画像を書き換えちゃいましたあ」
芸は身を助けるっていうけど、このコにはホントに驚かされるわ…
*(ナレーション交代:十乃蜜 → 五月)
話を昼休みまで遡るんだけどね…
あのあとあたしは校舎に入って、3階の電算室目指してひたすら走ってた。
人垣を飛び越え、廊下を走るなと言う誰かの声にわき目もふらず、階段を一気に駆け上がり、ただひたすらに走った。
2階と3階の間の踊り場にある案内図が目に留まった。電算室は3階のこの階段を出てすぐの部屋…覚えたッ!
電算室の扉の鍵は開いていた。
「ゴメン、ちょっとパソコン借りるね!」
部屋の中に誰がいるかなんて気にしてる場合じゃない!後ろの入り口から入ってすぐのパソコンの席に座ると電源を入れてすばやくキーを叩いてプログラミングする。服部先輩のデータベースを探すために。
[Tansoku]
…違う、これじゃない!
[Tanpaku]
これも違う…
[Tanzo_Hattori]
捉えたッ!
すかさず別のウインドゥを開いて動画を再生させるコマンドを入力する。例の動画を開いてあたしの顔が映っているシーンをシークする。さらにまた別のウインドゥを開いてプログラミングする。あたしの顔が別の罪人の顔に書き換えられるのを確認してエンターキーを押す。
[Succeed!]
やったー!これであたしが裁かれたってことにはならないはずだよね。
そして今に至る。
「さてはSNSにあげる前に動画をよく確認しなかったね~?だめだよ~?ちゃんと確認しないとぉ~。それに、ドローンにマイクがなかったから音声も入ってないじゃ~ん、ばっちり音声が入っていたなら罪状読み上げの時に「ハッキング」って言ってたから十分警戒できてたかもしれなかったのにね~♪まあ、動画を最後まで見てなかったあたしも悪いんだけどねえ…」
あの二人の悔しがる顔をみて、思わず顔がにやける。
え?なんでハッキングも出来るのかって?以前、盗みに入るターゲットにした屋敷の中に強固な防犯システムでがっちがちに固めてた家があって、それを無力化するのにシステムに介入する方法をいろいろ試してたの。そうしたら知らないうちにハッキングできるようになっちゃったわけ。あたしってもしかすると天才かも。
でも両サイドに根津君と三好先輩がいたのに今、気がついてあわてて口を押さえる。やばいかも…あたし余計なことべらべら喋っちゃった?
「いや…オレ、何も聞いていなかったヨ?」
「うむ…「ノーキン」の拙僧には今の話は難しくてよくわからんでな…」
安心していいのかな…?これ…舞台の上では十乃蜜さんがほころんだ顔でため息をついたけど、すぐにキリッとした表情になる。
「では、質問を続けます!服部君、あなたは部活や学校の外でも様々な問題を起こしているそうね!施設を壊したり食い逃げしたりするのは本来ならばお役所案件のはずよ?でも今まで御用になったことが一度もない、これはどういうことかしら?」
「あんちゃんの後ろ盾ですよ。オレが何かやらかしてもあんちゃんが修理費とか示談金とか出してもみ消してくれるから俺は捕まらずに済んでるんですよ。なんせ、オレのあんちゃんお城でかなり高い身分の役職についてるんですから?」
「徳川よりも?」
「いいええ~、徳川ほどではないんですけどね?金庫番といって、お城のお金の管理を任されているんですよ。あんちゃんが言うには、あそこの金庫はまさに「大判小判がザックザク」で10両、100両くすねてもわからないほどでしてねえ…へへへ」
「その事実を知っている人は?」
「いないって言ってましたよ?ちょおっと凄みをきかせれば誰も何も言わなくなるってあんちゃん言ってましたし、徳川様ご夫妻も城主の間から1歩も出ないからわかりゃしないって言ってましたしぃ?」
…質問を続けている十乃蜜さんが次第に恐い顔になっていく…十乃蜜さん、どうか理性だけは失わないで…
「では…もし、今の話を徳川の人間が聞いていたとしたら?」
あ、普通の顔に戻った。
「まさか、万に一つもありえねえっしょ。確かに徳川様ご夫妻には娘さんがいるって話ですが、今は親元を離れて下町に住んでいるってあんちゃんが話してましたし、実際本人に会うなんて器いっぱいのゴマの中にある砂粒をハシで探すようなもので、まずワタシみたいな庶民がそうそう会えるはずありませんて。なんせ住んでる町が違うんですから?」
「そうね…花江戸町って下町よねえ…」
「はい…?」
十乃蜜さんがひよりさんにアイコンタクトで合図した。ひよりさんが懐からあの古いケータイを取り出す。
「ひかえなさい!このエンブレムが…わあっ、でかっ!!」
あー…こりゃあ最大出力で投射しましたね?講堂に入りきれないほど巨大な何かの映像が、十乃蜜さんたちと服部先輩たちの前に映し出されている…あたしは根津君と三好先輩の後ろでつまみの調節の仕方を紙に書いて十乃蜜さんたちに見せた。わかってくれるといいけど…
ひよりさんがつまみを調節しなおしてtake 2。
「ひかえなさい!このエンブレムが目に入りませんか!?」
…はいりません…だって、今度は程よい大きさの徳川のエンブレムの映像があたしらの後ろの講堂の扉に映ってるんですもの?今度は投射距離を最大にしたんですね…ひよりさん?お願いだから余計なところはもういじらないで…
3度目の正直でtake 3…
「ひかえなさい!このエンブレムが目に入りませんか!?」
おおー、今度はイイ感じの大きさで、ちゃんと服部先輩たちの目の前に映し出された!
「こちらにおわすお方をどなたと心得ますか、未来の第j…」
「そう…生徒会長、駿河十乃蜜というのは世を忍ぶ仮の姿…して、その実態は…」
あの、十乃蜜さん?まだひよりさんが何か言ってる途中なんですけど…もしもーっし?
「未来の第13代将軍、徳川癒依密!それが私よ!!皆の者、頭が高いわ!ひかえなさい!!」
これにはあたしを除く全員が驚いた。まさか目の前にいる生徒会長が徳川の娘だなんて、誰が予想だにしえただろうか。
そして、みんな土下座した。
「「は…ははーっ」」
とりあえずあたしも土下座しとこ…でも、こういうのって何かで見たことがある。そうだ!最初に花江戸町を探索した時、電気屋さんのショーケースのテレビでこういったドラマやってた。かつて副将軍だったおじいさんと、二人のお供が旅先で悪者たちを裁いて懲らしめるヤツだったっけ…十乃蜜さんも見てたんだなあ…
「陸上部部長、服部丹蔵!」
「へ…へい!」
「自分の優位に執着するあまり、他の部員や他校の選手を手段を問わず蹴落とすなんて言語道断!スポーツマンシップが聞いて呆れるわ!生徒会長の権限により、あなたと猿飛夷助両名を現時点を持って陸上部から除名します!今後は陸上部に近づくことも禁止します、いいわね!?」
「そ…そんな…」
「それと、先ほどの件はお母様に報告します!まもなくあなたのお兄さんは罷免されて今までのような後ろ盾は使えなくなるわ!覚悟しておきなさい!!」
「ひ…ひいい~…」
次に癒依密サマは夷助くんのほうを向いた。
「猿飛夷助!」
「は…はいい~…」
「あのドローンはあなたの所有物よね?春の地区大会で使った針に塗る薬はどこで手に入れたのかしら?」
「は…はい、あの薬は服部先輩のお兄さんが独自のルートで入手した物で…」
「ば…おまえ…」
「あなたは黙りなさい!今は私が夷助くんと話をしてるの!!」
服部先輩が口を挟もうとしたのを癒依密サマが制する。
「もうひとつ、服部君がSNSにあげた動画に奉行所の中の様子が映ってたけど、本来奉行所内は空撮も含めて撮影は禁止のはずよ!事前に奉行所の関係者に許可は取ったのかしら!?」
「い…いいいいえ、まったくもって、全然です…」
「ならばドローンとこれらのメモリーカードは全部没収します!」
「ええ?そ、そんな…」
癒依密サマの手には何枚かのメモリーカードが握られていた。あんなにたくさんあったなんて…
「昼休みが終わる前、服部と夷助が部室から出て行った後に部室に忍び込んでノーパソのしまってある机を調べたら何枚かメモリーカードが出てきたんだ。残らずかっさらって生徒会長に渡したんだよ」
土下座しながら根津君は言った。
「さて、この二人を陸上部から除名したから陸上部の部長が不在になってしまったわけだけど…」
癒依密様があたしらのほうを見やる。
「三好慶凱、あなたを部長に任命します!陸上部を正しい方向に導いてあげなさい」
「は…ははーっ」
まあ、これで陸上部は安泰かな…あたしはそう思ってたけど、ふと服部先輩を見るとなにやら様子がおかしい。懐からナイフを取り出した!やばい、癒依密様に斬りかかろうとしているんだ!
「生徒会長!」
あたしは止めようと立ち上がったけど、気配を察した癒依密様が手を出してあたしを制した。そして腰に差した刀を抜く。
スゴイ、本物だ…癒依密様がいつも腰に差している刀は本物の刀だったんだ。美しい白銀の刃に思わず目を奪われる。
その刃と殺気に満ちた眼差しを服部先輩に向けると、服部先輩はナイフを落として腰を抜かした。
「何か文句でも?」
「す、すいませんでしたーーーーーーーーーーっ!」
服部先輩は土下座をして謝った。癒依密様が刀を納めて正面を向く。
「最後にここにいる全員に命じます!」
「「は、はい?」」
土下座をしていた全員がいっせいに頭を上げる。その中にあたしも含まれてる?
「私が徳川だって事は、まだ他のみんなにはナイショよ」
癒依密様はやさしい口調で言った。
*
帰り道、あたしは根津君と三好先輩と一緒に校門を出る。
「ごめーん…あたし、ホントは前科持ちだってこと秘密にしたかったんだけど…」
「かまわないさ、俺だって似たようなものだし」
「今は罪を償って勉学にいそしんでいるのであろう?だったらそれで良いではないか」
「ありがとう」
そこに十乃蜜さんが声をかける。
「本当にごめんなさいね、私が余計なことをしたばっかりに…」
だからいきなりぬっと出てくるのやめて!心臓に悪いんだってば!でも根津君はいたって冷静だった。
「なあ、生徒会長…アンタ、石川のこと知ってたみたいだけど、アイツ何者なんだ?」
根津君が十乃蜜さんに尋ねた。
「んー…詳しい事はまだ話せないけど、あの子はまだ花江戸町に来て間もなくて身寄りがいなかったのよ。だから私がうちで面倒を見ることにしたの…とだけ言っておくわね」
「ふーん…あいつが学校に入れるようになったのはアンタが何かしたからってわけか…」
「そういうこと」
そういって、十乃蜜さんは根津君の頭の上に手をのせて言う。
「それと、五月と仲良くしてくれてありがとう。あの子を学校に入れたのはいいけど、友達が出来るか不安だったのよ…」
「よ…よせやい!アイツとはタダのクラスメイトだよ!他の女子とは友達になってたみたいだけど…」
根津君が顔を真っ赤にして頭を抑えながら逃げ帰っていく。
それを見送った十乃蜜さんはスマホを取り出して秘芽康様のもとに電話をかける。おそらく服部先輩のお兄さんの犯したことを報告するためだろう。
三好先輩があたしに声をかけてきた。
「生徒会長から拙僧が部長に任命されたわけだが、拙僧は3年生でもうすぐ進路を決めねばならん…どうだろう、キミが陸上部に入るなら部長の座を譲りたいのだが…」
「う~ん…また体を動かしたくなったら考えとくよ」
とりあえずこう返事をして帰っていく三好先輩を見送ったけど、十乃蜜さんはまだ電話をしていた。耳を澄まして聞いてみると電話の向こうの秘芽康様の声も聞こえる。
『あの時、危うく死罪になりかけたあの子を奉行所から拾ってきたって聞いた時は驚いたよ…それにしても、あの子と奨学システムと何の関係があるんだい?結局、あの子が何に秀でてるか聞かなかったあたしも悪いんだけどさ…』
「ごめんなさい…奨学システムっていうのはあの子を学校に入れる口実だったの…あの子、私と違って学費にあてるほどお金を持っていないのよ。それに、前科持ちの子を他の学生と等しく学校に入れるにはこれしか方法がなかった…もちろん五月が前科持ちだってことが学校にばれたらどんな目にあうかわからない、私にとってもこれは危険な賭けだった。だからこれからも…学校でもあの子の面倒を見ていきたいの。いいでしょ?お母様」
『まあ…アンタがわがままなのは今に始まったことでもないし、そこがあんたのかわいいところでもあるからねえ。あたしもお父さんも反対はしないよ』
「ありがとう」
そう言って十乃蜜さんは電話を切った。あたしも帰ろうかなと、学校を後にしたけどその後が大変だった。
昼休みの時、あたしが走って電算室に向かっていったところをいろんな人に見られてたみたいで、パソコン同好会、忍者研究部、パルクール部の人たちから勧誘を受けたけど、全部振り切って屋敷に逃げ帰ったからもうへとへと…
あとで聞いた話だけど、服部先輩と夷助くんは陸上部から除名されてからほどなくして、今まで犯した数々の暴挙が学園長の知るところとなって、退学になったんだって。ああいう危険人物が一人いるだけで学校のイメージダウンに繋がるって学園長、かんかんだったとか…服部先輩のお兄さんのほうも、秘芽康様が十乃蜜さんから電話を受けたことでお城のお金を使い込んだのがバレて、椴秀将軍からこってり尋問されて洗いざらい白状したの。危うくお城のたくわえが半分に減るところだったって十乃蜜さんが話してた。
*
それから何日かたって、また体を動かしたくなったから、結局あたしは陸上部に正式に入ることにしたの。
三好先輩に会おうと最初に陸上部に来た時にであったあの子に聞いてみると、最初に会ったときのおどおどしてたのと打って変わってぱああっとした笑顔になってあたしの手を引っぱって三好先輩の下に連れてってくれたの。
「三好センパーイ、石川さんが来てくれましたあ」
「おお!来てくれたか!」
あたしの姿を見た三好先輩と他の部員たちが駆け寄って笑顔で迎えてくれた。
運動服に着替えて三好先輩と400米走ることにした。三好先輩が一緒に走る人を募ったら二人の部員が名乗りを上げた。
「オレは耕一。アンタ、最近根津君と仲良くなった石川さんだろ?あんたの走りっぷり、見てみたくなったよ」
なるほど、この人が耕一君ねえ…根津君から話は聞いてたけど、こうして会うのははじめてかも…
もうひとりは、あの丁組の女の子だった。
「私も、足の速さには自信があるんだ。石川さんには負けないんだから!」
今まで会ったときは肩をすぼめててわからなかったけど、こうしてしゃんと立っているのを見ると、あたしより背が高くてモデル並みのプロポーションだ。どうりで服部先輩に目をつけられるわけだ。
「あたしも本気で走るからね~、追いつけるかな~?」
「拙僧もあれからキミを目標に鍛錬を続けたから、負ける気はしないぞ」
実際に走ってみると、前に走った時に比べて三好先輩、ホントにあたしに追いつきそうだった。でも一位はやっぱりあたし。2位が三好先輩で、3位は丁組の子で、耕一君は4位。
「負けたー…石川さん、ホントに速いんだなあ…」
「私も…三好先輩に追いつくのがやっとだったよ」
他の部員たちも歓声を上げてあたしが1位になったのを喜んでくれた。
その様子を根津君と十乃蜜さんが見ていた。あたしが二人に気づいて手を振ると、二人も手を振って返す。
「やっぱり、あなたも五月のことが気になる?」
「オレは、耕一のことが気になっただけだ…まあ、以前のように元気になって安心したけどな」
「ふうん?」
「まあ…石川のこともほっとけないってのは確かだけどな…アイツはホントに不思議なヤツだよ」
そんな会話が聞こえてきた。
三好先輩の指導は厳しいけど、みんな真剣に、時に楽しそうにトレーニングしてた。
やっぱり部活に入るなら楽しい部活がいい、あたしはそう思った。