壱之四 強権発動!徳川にして生徒会長 其の壱
スミマセン…サブタイトルは違いますが、五月さんの学校編まだ続きます。
運動服に着替えたあたしは身体をほぐしながらグラウンドに向かった。
グラウンドでは部員たちが準備運動をしてたので、あたしもその中に加わって一緒に準備運動をした。元気のいい掛け声が響くけど、その中の何人かは表情が曇ってる、何があったんだろう…
「ようし!みんな注目、今日は体験入部する子を紹介する」
服部センパイがあたしを紹介する。それほど感じの悪い人じゃないなあ…と思った。でも、部員たちはまるで洗脳されたかのようにみんな黙って服部先輩の話を聞いている。あたしは元気よく挨拶したけど、
「よろしく…」
と、返事をする人こそいたが、そのテンションは低い。
「じゃあ石川くん、まずは走ってみようか」
あたしは服部先輩と一緒にトラックのスタート地点へと向かった。短距離だけど400米走る。そして服部先輩が部員たちに呼びかける。
「おい!誰か一緒に走ってくれるやつはいないか?」
「はいは~い、あっしがお供しますよ」
最初に名乗りをあげたのはあたしと同じ1年だけど、違うクラスの猿飛夷助くん。あたしよりやや背が高いけど、なんか身軽そう…
「ならば拙僧もお相手いたそう」
次に名乗りを上げたのは、筋肉ダルマなのに足が速い、陸上部の最終兵器とまで言われてる3年生の三好慶凱先輩。むしろこの人が部長をしたほうがいいのでは?と思うほど威厳に満ちている。
4人でスタート位置につく。服部先輩が第1コース、夷助くんが第2コース、あたしは第3コースで三好先輩が第4コースに着いた。
スタートする前、服部先輩と夷助くんが話すのが聞こえた。
「例のヤツの準備は出来てるか?」
「ムリっスよ、あっしも走るんですよ?走りながらの操縦は出来ませんて。しかも慶凱センパイも見てますし…」
「ちっ、しゃあねえな…じゃあ様子見だ。いずれにせよ体験入部で1日しかいないんだ、下手なマネして外で騒がれても面倒だからな」
小さい声で囁いてるつもりだろうけど、あたしの地獄耳にはまる聞こえだっつーの。
「あたし、本気だしちゃいますよ!」
「いいねいいねえ、キミの本気見たいねえ」
あたしの「勝利宣言」に服部先輩が答える。
「位置について、用意…」
ばん!
部員の一人の合図で一斉にスタートする。あたしは全速力で走り出した。
宣言どおり、あたしは本気で走る。他の3人がみるみる引き離されていく。足が速いのもそうだけど、あたしのカラダはよく言えば風の抵抗を受けない、悪く言えばまな板…そこ、笑わない!成長期なんだぞ!!そりゃあ、見事に「実ってる」人が身近に二人もいれば劣等感も感じるけど…あたしはこれから「育つ」んだい!そう信じたい…
そうしてるうちにあたしが1番でゴールした。2位は三好先輩、3位が服部先輩で、4位が夷助くん。
「いやあ、見事な走りっぷりだねえ。完敗だよ」
「どうもです」
あたしは服部先輩と握手した。三好先輩と夷助くんは拍手してあたしの勝利をたたえてくれたけど、一方で他の部員たちはますます青ざめた顔をする。中にはひそひそ話をする者もいた。
走って汗かいたのでタオルを取りに更衣室に向かう。その際、後ろのほうでまた服部先輩と夷助くんが何か話してるのが聞こえた。
「おい、それ本当のことか?」
「へえ…あの石川五月って子、どっかで見た顔なんスよねえ…」
「まあいい…何かわかったら知らせろ」
「へい」
どこかで見た顔?あたしは夷助くんのことはじめて見るけど…
部室の前を通りかかった時、根津君が声をかけてきた。
「おい、石川!」
「ん、どうしたの?」
「これを見ろ、ドローンだ!部室にあった」
根津君がドローンを持って部室から出てきた。
「ええ?なんでドローンが陸上部に?」
「ああ、それかい?」
いつの間にか、あたしらの前に服部先輩がいた。
「そのドローンは部員たちのフォームを確認するためにあるのさ。様々な角度から走る姿勢を見ることが出来れば、どこかおかしな点があれば改善することでそれだけ記録が伸びるからねえ」
確かに部室にはノートパソコンがあった。ドローンで録画した動画を再生するためだろうか。でも、このドローン…他のと違う。カメラはついてるけど、本来マイクがついてる場所にはなにやら細長い筒状の物がある。何かの射出口か、配線のカバーだった物か…
「…勝手に持ち出して悪かったよ……」
根津君は服部先輩にドローンを返す。でも反対側の手が何かをつかんでポケットに入れたのをあたしは見逃さなかった。
*
部活が終わり、制服に着替えて帰路につく。やっぱり思いっきり体を動かすのって気持ちいいなあ。陸上部に入ってみたくなったかも。
「お疲れ…心底楽しんできたみたいだな」
廊下で根津君と合流する。
「そりゃあもぉ♪ねえ、そっちはなんか収穫あったんだよね、見せて」
「…やっぱりお前の目はごまかせないか」
根津君がポケットから取り出したのはメモリーカード、ドローンのカメラから引き抜いたものだ。
「オレは学問塾の頃までケンカや万引きを散々やらかして、お役所の世話に何度かなったことがある。人に気づかれずに盗むのはお手の物さ」
「やったじゃん、これで陸上部のことが何かわかればいいね」
「ああ、これを家に持ち帰って中身を調べてみる。家にパソコンがあるからな」
根津君がメモリーカードをポケットにしまう、その時だった。
「お前たち」
「「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」」
いつの間にかあたしらの後ろに三好先輩が立っていた。やばいかも、根津君がドローンからメモリーカードを引き抜いたのがばれちゃった?
「なんだよ、これは返さねえぞ!」
「ああ…すまん、そうじゃないんだ。脅かしてすまなかった。拙僧は陸上部について調べているんだ。服部が部長になってから陸上部に不穏な空気が漂い始めている。拙僧は服部部長が怪しいと睨んでいるが、証拠がないから尻尾をつかめずにいる。あの時、君と一緒に走ったのは服部部長が何か仕掛けてくるのではないかと思ったのだが…」
「別に何もされませんでしたよ?」
「そうか…何かわかったら知らせて欲しい。それだけを伝えたかったのだ」
三好先輩は去っていった。部の雰囲気からそんな気はしていた…これはあくまで推測の範囲なんだけど、陸上部の人たちは今も服部先輩にひどい目に合わされている。部員たちも三好先輩に相談したいけど、学校だと服部先輩の目があるから言えないんだ…
「あたしたちも三好先輩の力になってあげたいね。部員たちもなんかかわいそう…」
「とにかく、このメモリーカードが鍵だな。何か服部先輩の弱みにつながる物があればいいけど…」
*
そして次の日の朝、校舎の玄関で上履きに履き替えて根津君と合流する。
「おはよー、何かわかった?」
「…だめだ、プロテクトがかかってやがる。フォルダーもパスワードを入力しないと開けない」
「そんな…」
「そりゃあ、盗難対策もぬかりがないからねえ…」
あたしが根津君からメモリーカードを受け取ったそのとき、目の前に服部先輩と夷助くんが現れた。やっぱりこの二人はグルだったんだ!
「困るなあ、「陸上部の備品」を勝手に持ち出しちゃあ…」
「ドローンからメモリーカードが抜かれてたんでおかしいと思ってたんスよ。それを返してもらえますかねえ?」
「しょうがないなあ…」
あたしはメモリーカードを親指の爪で弾いて夷助くんに返す。夷助くんはそれを両手で受け取って右のポケットにしまった。
「へっへ、毎度~♪」
「素直なのはいいことだよ?陸上部に入りたくなったら歓迎するからね~」
「それじゃあ、失礼しまーす…」
あたしと根津君は夷助くんたちとすれ違うように立ち去った。
教室に向かう際、1階階段の踊り場で根津君が煮え切らない様子であたしに話しかける。
「おい、いいのかよ!せっかく手がかりが掴めそうだったのに」
「しょうがないよ、手に入れてもプロテクトがかかってて中身が見れないんでしょ?」
「そうだけど…おかげでまた振り出しに戻っちまったぞ?何か別の手を考えねえと…」
「振り出しってワケでもないよ」
あたしはVサインをしてその間にメモリーカードを挟んで見せた。
「ええーーーーーーーーー!!?確かに返したはずじゃ!?手品師か、オマエ?」
「今はまだ秘密。でも、後の事はあたしに任せて!プロテクトをこじ開けてみるよ」
そう、あの時あたしは夷助くんとすれ違いざまにメモリーカードをスリ取って取り戻してた。あたしの前では「盗難対策」なんて無意味なのだ!今頃服部先輩たちは、取り戻したはずのメモリーカードがなくて大慌てしているだろう。
…とはいっても、まだ根津君には手の内を見せられないから、電算室のパソコンを使うなら根津君がいないときがいいかな…いや、学校のパソコンで「アレ」をやったら退学なんてモンじゃすまないかも…かといって、屋敷にパソコンがあったとしても帰るまでまだけっこう時間があるし…なくなったことに気づいた夷助くんがいつこっちに来るかもわかんないし…とりあえずこのメモリーカードはブラウスの胸ポケにしまっておこう。ここなら「女の子特有の警報スイッチ」があるから大丈夫だよね…
でも、万一失敗した時に備えて保険もかけておいたほうがいいかな…そう思ったあたしは三好先輩を探すことにした。学校だと服部先輩がいて話せないなら、「服部先輩の目の届かないところ」で話せばいい、そう思ったのだ。
HRが終わり、三好先輩を探そうと廊下に出てほどなくして、隣のクラスの子に声をかけられた。丁組で陸上部にいる子だ。
「あなた、石川さん…だよね。陸上部に入るつもりならやめたほうがいいよ…」
「え?どうして?」
「それは…ひいっ!?」
陸上部の子が何かをいいかけたとき、何かに気がついてあわてて口を押さえる。後ろを見ると甲組の教室から夷助くんが出てくるところだった。なるほど、陸上部の1年は夷助くんが監視してるんだな…下手なことを口走ると服部先輩に告げ口されるから誰にも相談できないのかもしれない。そうなると一刻も早く三好先輩を見つける必要がある。あたしは授業が始まる前に同じ3年生のひよりさんに電話をかけた。
「ひよりです、どうしました?」
「ひよりんて、三好先輩と同じクラスかな」
「三好慶凱さんですか?彼なら隣のクラスですが?」
そうだよね…ひとつの学年にクラスが4つあるからひよりさんと三好先輩が一緒のクラスだって可能性なんて低いよね…もし一緒なら、三好先輩にかわってもらってどこに住んでるか聞きたかったんだけどね…
「ゴメンネ、手間取らせちゃって…なんでもないの…」
あたしは電話を切った…こうなったらどこか長い休憩時間をつかって三好先輩を探そう、自分の足で!
*
昼休み、あたしは3年生の教室のある2階に向かった。階段を出てほどなくしてひよりさんとばったり出会った。
「あれ、五月さん…」
「ひよりん?」
「今朝言ってた慶凱さんですか?彼なら丁組にいますよ」
「ありがとう」
あたしは丁組に向かった。
「すみませ~ん、三好先パイいますかあ?」
「拙僧に用とは…おお、君は石川くんだったかな?」
あたしと三好先輩は廊下に出て話をすることにした。
「三好先輩ってお寺に住んでるんですか?」
「さよう、町外れにある山寺だが…それがどうかしたかね?」
望みが薄れてきた…まさか、学校からも遠いなんていわないよね…
「ど…どれくらい遠いんですか…?」
「ここから1里半はあるな。自己鍛錬のためにあえて寺から通っているのだが…寺から出て程なくして険しい山道に加えて熊やイノシシが出るからな。凡人が進むには覚悟がいるぞ」
終わった……そんな道を人力車なんか使ったらめちゃめちゃ遠回りになって片道でも30分飛ぶ。それこそ行きはよいよい帰りはなんとやらだ…俥夫さんだってそんな険しい山道は通りたがらないから、最悪山道の手前で降ろされて、ひいひい言いながらお寺に行かなければならないだろうなあ…
「ど…どうしたのかね、石川くん?この世の終わりみたいな顔をして…」
「いえね…三好先輩のお寺なら服部先輩に見つからずに相談できるかな…と思ったんだけど…」
「そうだったのか…すまなかった。力になれなくて」
あたしは肩を落としながら三好先輩のもとを去った。
「お話は終わりましたか?」
口から心臓が飛び出るくらいびっくりした。後ろを向いた瞬間、そこにひよりさんがいた。
「ひより…さん!?どうして」
「話してるときに服部さんの名前が聞こえたので気になってたんです。最近、服部さんに対する相談が生徒会室に寄せられていたので、この際なので調べてみようと思うんです。十乃さまと一緒にね」
「ありがとう、助かるよ」
「ときに、何故五月さんが服部さんのことを知ってるんです?」
あたしは陸上部に体験入部したこと、陸上部の部員たちが服部先輩を恐れて誰も三好先輩に相談したがらないことなどを話した。
「それはきっと慶凱さんが恐い顔をしているから服部さんとグルだと思っているのでしょう。誰でもいいので陸上部の人に慶凱さんと服部さんは関係がないことを伝えてみてはいかがでしょう」
なるほどねえ…とはいっても、部員の顔をひとりひとり覚えてるわけでもないので誰が陸上部だったかなんてあたしにはわからない…唯一特定できる子と言えば…
教室に戻ったあたしは根津君に近所に住んでる子について聞いてみた。
「俺んちの近所に住んでるやつだって?乙組の耕一って奴だが…あいつとは小さい頃からチャンバラごっことかして遊んだ仲なんだけど、学校に入るとき、陸上部に入っててっぺん取ってやるって息巻いてたのに、しばらくたってから元気をなくすなんて…」
あたしはひよりさんに教えてもらったことを根津君に話してみた。
「それはあるかもな…耕一にも伝えておくよ、ありがとな」
それから、丁組の陸上部の子にも同じようにひよりさんに教えてもらったことを話した。どうやらこの子も三好先輩が服部先輩とつるんでいると思っていたみたいで、あたしの話を聞いて少し表情が和らいだ。
「ホントは私、服部先輩からセクハラを受けてたの…他の女子も何人か被害にあってて、あなたも陸上部に入ったら同じ目にあうんじゃないかと思ってたの…でも、今のを聞いて安心したわ。私も放課後、慶凱先輩に相談してみる」
丁組の子は去っていった。これで放課後、耕一君と彼女が無事に三好先輩のもとにつけば万々歳かな?そう信じたい。