壱之一 光彩奪目 初めての花江戸町
今回、違う人にナレーションをお願いしている部分がございます。
以後も場合によっては五月さん以外の人にナレーションをお願いすることがあります。
ご了承ください。
釈放されたあたしはおよそ10日ぶりに我が家へと戻ってきた。
あたしの家は貧民街にあるとある長屋。貧民街といっても治安が悪いわけじゃなく、みんなで助け合って過ごしているとっても住み良い街なのです。
あたしは家の中に入ると早速荷物をまとめ始めた。花江戸町に引っ越す準備だ…ホントはお父さんが戻ってくるのを待って、また親子で暮らしていきたかったけど…妖撃隊に入ったら現地にある拠点でメンバーたちと共同生活する決まりになってるんだ…
ああ、妖撃隊って言うのはね。ヒノモト国にはびこる妖怪の退治を専門とする戦闘集団のこと。ここだけの話だけど、ヒノモト国は今、突然各地に出現した妖怪たちの脅威にさらされているのです…
あたしは…まだ妖怪を見たことがないけど、今もヒノモト国のどこかで妖怪に襲われたりしてる人がいるんだって。
姫組というのは花江戸町にある妖撃隊のチーム名で、妖撃隊の拠点はヒノモト国のあちこちにあるみたい。
ゴメンね、お父さん…「仕事」を終えて戻ってきたら家がもぬけになっててびっくりするかもだけど、あたしはもうこの家には戻れません…ばいばい、あたしのおうち…
貧民街のみんなにあいさつ回りを終えて荷物を長屋の前に停まってるトラックに積んで助手席に乗り込むとあたしは貧民街を後にした。みんなあたしと別れるのを惜しんでたなあ…花江戸町ってどんなところなんだろ…
*
トラックに揺られること約二刻、姫組の拠点に着いたのは越頂の6時、あたりが暗くなっている…ああ、ヒノモト国の時間の読み方なんだけど、ヒノモト国には干支ってのがないから昼の12時を正午とは言わないで日頂って言うのね、太陽が一番高いところに昇る時間だから。んで、朝から昼までの間を頂前、昼過ぎから夜までの間を越頂っていうんだ。たぶん、そっちの世界のパソコンやワープロで入力しても変換されないと思う…だからそっちの世界で頂前、越頂っていっても相手にはわかんないから使わないでほしいな…
こうしてみると立派なお屋敷だ。姫組って十乃蜜さんとひよりさんのほかに誰がいるんだろう…
中に入ると十乃蜜さんとひよりさんが出迎えてくれた。こうしてみると二人ともあたしより背が高い。あたしの身長は5尺1寸で、十乃蜜さんが5尺5寸でひよりさんが5尺6寸…4、5寸ほどちがうだけでこんなに差があるんだなあ…
十乃蜜さんがあたしの住む部屋に案内してくれた。6畳もある、長屋の一部屋よりも広い。ベッドに絨毯、見たこともない家具がいっぱいだ…すごい!テレビも薄くて大きいし、写る画面も色がついてる!!まるでセレブが泊まる宿みたい…いいのかな、あたしがこんな立派なお部屋に住んじゃって…まあ、住めば都っていうしねえ。て、ここ思いっきし都なんだけどね。
ところがここでの生活はあたしが思ってるほど甘くなかった…
*
それを痛感したのはここに来て次の日からだった…一日かけて荷解きを終え、けっこう汗かいたのであたしはすぐにお風呂に入った。足を伸ばせる広々としたお風呂だ。長屋のお風呂は人一人がしゃがんで入るのがやっとの狭い風呂桶で、お風呂を沸かすときはかまどに薪をくべて火をおこす。お父さんがいなくなってから全部あたし一人でやってたっけ…それにしても、身体を伸ばして入るのって気持ちいいな~♪
ところがそんな至福のひと時はそう長くは続かなかった…不意に浴室の扉が乱暴に開くとひよりさんが恐い顔で入ってきた。夢に出そうなほど恐い顔だ。
「何をしているのです…」
外から入ってくる風とひよりさんの突き刺すような視線でとたんにお風呂が冷たく感じるようになった。
「一番風呂は十乃さまのものです!それをあなたが先に入るとは何事ですか!!」
狭い浴室に響くほどスゴイ声でひよりさんは怒鳴る。いつもひよりさんはあたしに対しても丁寧口調で話すけど、キレてても汚い言葉は使わない…でもこの怒鳴り声は頭にキンキン響く…
ひよりさんはとにかく厳しい人だ。
食事のときは十乃蜜さんが箸をつける前に食べようとすると手をはたかれる…なんてのは序の口で、
外出しようとすると、外に出るのはかまわないが、夕刻の4時までに戻らないと締め出すと脅され、
十乃蜜さんより起きるのが遅いとグーパンで叩き起こされ、(しかもベッドが陥没するほどの勢いで。現にコレまで3つほどベッドを壊されました…)
誰の部屋に入るにもノックをしろという。特にひよりさんの部屋に入るのにノックするのを忘れると扉を開けた瞬間、銃を向けられるなんてのもざら。
挙句の果てにこの規則を書き記した貼り紙を屋敷じゅうに貼られる始末。ここは監獄ですか…?
もぉやだ、こんな束縛生活!逃げてやる!!
*
私は駿河十乃蜜(するがとのみつ)。本当の名前は徳川癒依密って言うんだけど…やっぱりまだ、この名前で呼ばれるのには慣れないな…この駿河十乃蜜というのは私が15の誕生日にお母様…徳川秘芽康によってつけられた偽りの名前。
お母様は生まれた頃より強力な退魔の力を秘めていたの。そのせいでお母様はよく妖怪に命を狙われていて、自分の子に危険が及ばないようにと私に偽りの名前を与えて下町に住まわせるようにしたの、このお屋敷にね。
この日の朝、焦げ臭いニオイで目が覚めると例によって枕もとの目覚まし時計が黒煙を上げて、まわりのシーツが焦げていたわ…手にも煤がついちゃってるし、あれほど爆発して起こす目覚まし時計はやめてってひよりに言ってるのに、また同じのを買ってきて…これで何個目かしら、そろそろお城の経費でも落とせなくなってくるかもしれないわね。
案の定、寝癖と目覚まし時計の爆発で私の髪も爆発してる…コレ整えるのに何十分かかると思ってるのよ!
洗面所に向かう途中、ふと、五月の部屋が目についた。部屋の中はもぬけの殻で、真ん中のテーブルに「探さないでください」の書置きが。困ったわ…五月を探しに行きたいけれど、これから学校に行かないとだし…
学校…そう、このヒノモト国に学校制度を設けたのは他ならぬ花江戸幕府。小学生が通うのは寺子屋、中学生は学問塾、高校生が通うのを学校というようになったわ。最近になってステイトス大陸から大学制度が伝来してきたから学びの幅は広がったんじゃないかしら…
それにしてもこの屋敷じゅうに貼られたふざけた貼り紙…やったのはひよりね?帰ったら叱ってやらないと…え?ひよりはどうしたのかって?日直の仕事があると言って、今日は私より先に学校に行ったわ。
私たちが通っているのは城下学園といって屋敷から歩いて四半刻(30分)もかからない場所にあるわ。私はそこの生徒会長で、ひよりは書記を務めているの。
私は髪を整えて、ひよりが用意していた朝食を食べ終えると、そのまま学校へと向かった。
*
ぶえっくしゅ!
ふええ…やっぱり野宿は長屋で寝るより寒い…屋敷を抜け出したあたしは近くの公園で夜を明かした。あたりが明るくなっていく、公園の外の花江戸町の街が見える。けっこうきらびやかなんだなあ…いろんな建物が並んでて、貧民街と雰囲気が違う…
ふと、公園の真ん中に目をやるとでっかい桜の木がある。これが、枯れることがないと噂に高い『永久桜』かあ…花江戸町の名前の由来ともなった桜の木…大陸が見つかった頃からあったとも、ヒノモト国を作った人が記念に建てたとか、いろんな説が出てたっけ…
時計を見るとまだ頂前6時、人の姿はほとんど見えない…どこのお店もまだ閉まってる。
公園の外に出た。すごい…石畳だ、土じゃない、すごく歩きやすい。辺りの家々もあの屋敷と同じで屋根は瓦に壁はせめんとで丈夫そう、窓には硝子が張られていて風が入ってこない。全部窓がスカスカで木造の家の貧民街とは大違いだ。
でも、これからどこへ行こう…貧民街に戻ろうにも家はもう引き払っちゃったし、車で二刻もかかったのに歩いて戻ったらヒボシになっちゃう…しゃあない、町を見て回るか…たって、シャッターの降りてる街並みなんか見てナニが楽しいんだかね、自分も…開いてる店といえばコンビニくらいじゃん?
持ち物を確認する。スマホと、所持金…おサイフの中には十分銀が4枚と一分銀と十文銭がそれぞれ何枚か入ってる。あと、護身用の煙玉。
スマホは…あたしが学問塾に入学した記念にとお父さんに買ってもらったモノ。調子が悪くなるたびにお父さんに直してもらってたっけ…お父さんは機械を直すのも上手なんだ。見ているうちにあたしも機械を直せるようになっちゃった、えへへ~♪去年もこのスマホ、壊れたんだけどあたしが直したの、すごいでしょ~。
ああ、ついでに…と言っちゃあ何だけど、ヒノモト国のお金についても話しておくね。
ヒノモト国のお金の単位は3種類、両、分、文…が使われてるのね。そっちの世界でも聞いたことがあるよね…ただ、お金のレートがそっちの世界と違うんだ。
1文はそっちの世界で言う1円。一文銭と十文銭が五十文銭あるの。そっちの世界の小銭と似ているね。
で、1分はそっちの世界だと100円に相当するの。十分銀はそっちの世界で言う千円札にあたるのかな?ただ、ヒノモト国には紙幣がないから十分銀は銀色の小判なのね。裏に椴秀将軍の顔が彫られてるの。
それから1両、コレはそっちの世界で言う1万円。1両小判は十分銀より一回り大きい金色の小判で裏に秘芽康様の全身像が彫られてるの。しかも全部で10種類のパターンがあって、全部集めてコンプリートしようとしてるコレクターがいるとかいないとか…たしかにまとまったお金を払うのに箱で出すこともあるけど、さすがに千両箱はないかも…
半刻ほど歩いたらオナカが鳴った。そういえば屋敷を飛び出してから何も食べてなかったっけ…あたしは近くのコンビニでお弁当を買うことにした。
てえ、弁当高っ!ひとつ5分もするの?貧民街から出てすぐのコンビニ弁当なんて3分で買えたのに…花江戸町って物価も高いんだなあ…
*
どれくらい歩いたことだろう…あたしはでっかい建物の前に立っていた。お城のように大きくて、その前には立派な石造りの門がある。ここが学校?学問塾よりぜんっぜん大きいじゃん。門についてる石版には『城下学園』の文字がある。同じ服着た人たちがぞろぞろと門の中に入っていく。これって制服ってヤツ?中にはあたしと同い年の子もいる。ちょっと学校ってとこ、興味があるかも…中を見てみよっかな。そう思って門の中に足を踏み入れたその時だった…
ビーーーッ!ビーーーッ!!
校門からけたたましい警報が鳴り、制服を着た人たちが一斉にあたしの方を見る。しまった、部外者が入ろうとすると警報が鳴る仕組みになってたんだ。そういえばあたしだけ制服を着ていない…あたしは懐から煙玉を取り出して地面に叩きつけると近くの家の屋根に飛び移った。
足が震えてる…着地の衝撃じゃない、あの警報の音があたしにとってトラウマなんだ。警報の音に限ったことじゃない、あの時、盗みで捕まってから大きな音が苦手になった。警報の音はしばらく鳴り響き、その間にも人が校門の周りに集まってくる。逃げなきゃ…でも、足が震えて立てない…心臓がバクバク鳴り始めた。あたしは意を決して拳を振り上げ、脚にたたきつけた!
いったあ…脚が砕けそうになるほどの衝撃が走ったが、足の震えは止まった。あたしは立ち上がると家々の屋根を飛び移りながらその場を去った。あそこには二度と近づくまい…
*
昼過ぎ、お店が開き、人が大勢行き来するようになった。あちこちで人が話す声が聞こえて花江戸町がにぎやかになる。活気あふれる街を見るのは楽しい。花江戸町って貧民街よりいい所かも。
そういえば散々歩いて喉が渇いたな…ん?あそこに鉄の直方体が立っている、自販機か。あたし自販機見るのも初めて。貧民街には自販機なんてなかったからなあ。おお~、あっちの自販機は文字が流れてる、すごい!とりあえずコーラ買お。ペットボトルのコーラだ。生まれて初めてコーラを飲む、コーラなら貧民街を出てすぐのコンビニにもあったけど、お父さんから渡されたお金でお弁当を買うだけだったからコーラは買えなかった。お父さんは「お仕事」で持ってきたお金はほとんど貧民街のみんなに配ってるからうちにはほとんど残らなかったっけ…
げっほ、げっほ!一気に飲もうとしてむせた。シュワっとして、喉を突き刺すような感じがした。でも甘い。
んーーーーーーーーーっ!?飲み干した後で口を閉じてゲップをしたから鼻が蒸気を吹き出すように熱くなった。
ペットボトルを空き容器入れに捨てるともう少し街中を見て回った。
お店が立ち並ぶ通りでふと、あたしは工務店の前に停めてあった一台の荷車が目に付いた。異常な高さまで荷物が積まれている、明らかに重量オーバーじゃん。当然、この重さに荷車が耐えられるはずがない、荷車がぐらついて左側の車輪の軸に亀裂が入った。ふと、まわりを見ると荷車のそばに子供が!?
次の瞬間、車軸が折れて荷車が倒れた。崩れた荷物が子供に降りかかる!
「危ない!」
あたしは走った。子供を抱きかかえて荷車から離れる。その間、わずか2秒。周りの人にはさっきまで荷車の後ろにいたはずのあたしが気がつくと子供を抱えて倒れた荷車の反対側にいる風に見えただろう。
あたし、実は足が速いんだ。いつも悪さして役人に追われたり、人の財布をスッて素早く離れることが多かったからいつの間にか人より早く走れるようになったってわけ。
子供をおろすと両親らしき夫婦が子供のもとに駆け寄ってきた。
「大丈夫かい?磯之助、怪我はなかったかい?」
母親が尋ねると子供は笑顔でうなずいた。そっか、この子磯之助くんていうんだ。
「本当にありがとう、この子を助けてくれて」
「いえ、どういたしまして。えへへ…」
父親にお礼を言われてあたしは少し照れくさかった。今まで腹黒いお金持ちから盗んだお金を貧民街のみんなに配ることがいいことだと思ってたけど、ホントにいいことをするとこんなに気分がいいとは思わなかった。
*
日が暮れてすっかりあたりが暗くなっている。あたしの足は無意識にあの屋敷に向かっていた。やっぱり、あたしの帰るところはここしかないんだなあ…と。時計を見ると夕刻の6時、きっと十乃蜜さんもひよりさんもかんかんだ、今日はもう屋敷に入れてもらえないだろうなあ…と思い、入り口の前に座り込むと眠気を感じた。丸一日歩いてくたくただったっけ…そのままうとうととしているとしばらくして、
「五月!?」
あたしを呼ぶ声で目が覚める。見ると十乃蜜さんが息を切らしながらあたしの前に立っている。あたしが驚いて立ち上がると、十乃蜜さんは足早に近づいてきて…
ぱんっ!
頬に手形がつくほどのビンタをもらった。
「学校から帰ってきても屋敷にいないんだもん!町中しらみつぶしに探し回ったのよ!!ひよりはまだ日直の仕事があるってんで帰れないから、私一人で探したんだからね!!」
十乃蜜さんに叱られてはっとした。これと同じようなことが幼い頃にあった。
お友達と遊ぶのに夢中ですっかり暗くなってから家に戻ったとき、扉を開けた瞬間お父さんに殴られたっけ…
「バカ野郎!こんな遅くまでどこほっつき歩いてたんだ!!もうこんなに暗くなってるじゃねえか!!」
「ごめんなさい…ごめんなさぁい!」
痛くて泣きながら謝った…するとお父さんは頭をなでてこう言ってくれた。
「泣きなさんなって、お前はホントは悪い子じゃない。お父さんは知っているぜ。今だって叱られた時にちゃんと謝ったじゃねえか。素直なのはいいことなんだぜ」
優しいお父さんだけど、怒るときは怒る人だったなあ…
ふと見ると、十乃蜜さんが目に涙を浮かべながら肩を震わせてこっちを睨んでる…心配かけちゃったんだ。ビンタが痛かったのもあって、あたしの目からも涙がこぼれる…あれから今まで役人さんから叱られることはあったけど、殴られたことはなかったから…
「ごめんなさい…」
すると十乃蜜さんがあたしを抱きしめる。
「ばか…ホントばか…でも無事でよかった…心配…したんだからね」
おもわず二人で声を上げて泣いた。
どれくらい長く泣いたことだろう、それからしばらくしてひよりさんが帰ってきた。
「ただいま戻りました。思った以上に日直の仕事が長引いてしまって…あれ、五月さん戻ってきてたんですね」
とたんに涙が凍るほどの寒気を覚えた。ひよりさんが怖いんじゃない、今泣いたカラスが何とやら。十乃蜜さんがすごく恐い顔をしてひよりさんを睨んでた。
「ひより、戻ったわね?話があるの、こっちに来なさい」
ひよりさんが十乃蜜さんの元に行くと十乃蜜さんは屋敷に貼られてた貼り紙をひよりさんに突き出す。
「なんなの、このふざけた貼り紙は!五月がここに来てから元気がないと思ったらこんなルールを作ってたのね?私に何の相談もなしに勝手なことをするなんて!しかも3番めのこれはナニ!生徒会のない日に4時を過ぎて帰ってきたら、私も野宿をしろっていうの!?」
怒鳴る十乃蜜さんに対してひよりさんはタジタジ。
「も、申し訳ありません!そんなつもりで書いたわけでは…」
ぺこぺこ頭を下げるひよりさんを見てあたしは笑いをこらえるのに必死だった。
「いいわ、この屋敷のルールは私が作ります。今すぐ!この場所で!!」
「そ、そんな、十乃さま…」
すかさずひよりさんにびしぃっ!!と人差し指を向けると十乃蜜さんは「新ルール」をまくしたてた。
「ひとつ!いただきますと言ったら誰が先に箸をつけても文句は言わない!
ふたつ!!屋敷の掃除はいちばん最初に起きた人がすること!もちろん私が先に起きたら私も掃除をします!!
みっつ!!五月が一番風呂に入りたいと言ったら私も一緒におフロに入ります!!
よっつ!!門限は撤廃しなさい!「仕事」が終わるのが門限より早かったためしがほとんどないことぐらいあなただって知っているでしょ!!?」
そして、「いつつ!!」といってあたしの方を向く、え?あたし?
しかし十乃蜜さんは目を細めて低いトーンで言う。
「ただし、部屋に入るときはノックをしなさい…」
「はい…」
あたしが返事をすると再び語調を強めて
「以上、解散!ひよりは、屋敷中のこのふざけた貼り紙を全部引っぺがして今言ったルールに書き直しなさい!貼り紙は居間に一枚だけ貼るのよ!いいわね!?」
「は、はい、すぐやります!」
ひよりさんが逃げるように屋敷に向かう、あたしは十乃蜜さんのほうを向く。
「ねえ、とのっち…」
「とのっち」というのは十乃蜜さんに対するあたしがつけたあだ名。ひよりさんのことは「ひよりん」て呼んでいる。命を救ってくれた恩義があるからあだ名で呼んでもいいよね…十乃蜜さん本人もまんざらでもない様子だし。
その声に反応してひよりさんがあたしのほうを向く。
「その呼び方も…」
すかさず十乃蜜さんが鋭い目でひよりさんを威圧する!ひよりさんはたじろぐ。
「な…なんでもありません…」
ひよりさんが屋敷の奥に入っていくのを見て、十乃蜜さんがあたしの方を向く。
「なにかしら?」
「とのっちはどうしてあたしに優しくしてくれるの?」
すると十乃蜜さんは少し考えてこういった。
「庶民と一緒に生活することで、彼らの言葉に耳を傾けられればなあ…て思ったの。やがて花江戸幕府を担う将軍になるんだから、民の事は第一に考えてあげないとね」
でも、今のままだとこわい将軍になってしまうと思ったあたしはこう返した。
「うん…でもホントに花江戸幕府の将軍になったら、庶民に対して威圧的な態度で接するのだけはやめてね?」
「うふふ…肝に命じるわ」
いたずらっぽく笑って十乃蜜さんは答えた。
翌朝、居間に新しい規則を書いた紙が貼られた。ゆうべ、十乃蜜さんが言ったことそのままの文面で。十乃蜜さんが文面を見てため息をつく。
「なにも寸分違わず書けなんて一言もいっていないのに…」
「あっはは…」
でも、これからの屋敷の生活は楽しくなりそうだ。あたしはそう思った。