表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

心安らかに生きていく方法(完全版)

作者: 久賀 広一
掲載日:2020/05/06

何度こういうたぐいのことを書いてきたのか分かりませんが、ついに究極の心の平穏を獲得する手段を思いつきましたので、紹介したいと思います。

……大げさ過ぎますが。


まず、人のざつな対応などで非常に不快感を感じられるような方。

そして、普段のちょっとしたことがストレスになるような方。(同じだよ……)


これも前に書きましたが、人はだいたい30年を生きると、「因果応報」を体で実感しないわけにはいかなくなります。


他人にしたことは、見事に自分に返ってくる。

悪いことの方が明確な形で返ってくるので、比較的、どんな人間も歳をとると丸くなり、成長していかざるを得ない。

もちろん、いつまで経っても態度を改めようとしない、獣のような感情的反射行動を取り続ける人もいますが……


それで、自分の人生についてイライラしている人のたいていは、嫉妬なんですよね。

「あいつは何であんなに楽そうな人生なんだ」とか、

「自分はもっと恵まれた道を歩むべきだ」とか。


「ままならない」ことが苦しみの定義である、とは仏の教えですが、生物は進化していくために、どうしても他の存在と比べてしまうようにできてるんですよね……


そして、最終的には無駄な競争を必要としない、人としての本来の心持ちにたどり着き、穏やかな幸福を得られるようになるとは思うんですが、何しろそこまでの道のりが長い。


自分はきちんと他人に配慮して生きているつもりでも、上から目線な人間や、無神経な相手に踏みにじられたり、長くあとを引く怒りを抱えさせられたりもする。

意外な所で自分も人を傷つけたりすることもありますし、とにかく目標に向かって平穏な心で生きていくのは、なかなか難しいことだと思います。


そこでまあ、いきなり胡散臭くなりますが、般若心経の真言を紹介させて頂いたことがあります。


原語サンスクリットだと「ガテー・ガテー・パーラー・ガテー・パーラサン・ガテー・ボーディー・スバッハ」という……


なぜか、これを3度唱えてみると、しばらくした後に怒りの感情が霧散していくような心持ちになり……がちです。(え?)


くう』の心持ちについての言葉だからか、それとも”悟りに入るための言葉”と言われているように、もっと深淵な何かについての表現だからかは分かりません。


「一応の訳はあるが、その真意は表現できない。発音するしかない」とも言われていますし、とにかくまあ、ここは”霊験あらたか”な言霊に期待して、唱えてみる方向で話を進めさせて頂きたいと思います。


……そして、おおらかな(悪く言えば、ずさんな)人は、だいたいそこで話を終えられるんですよね……


酷いことを誰かにされても、「あっ、ほんとだ。いくらか怒りがなくなってる。あとは因果応報で、彼もいずれは報いを受けるんだろう……。自分はそういった悪い感情にひきずられず、人生がより良くなるように生きていこう」と。


……しかし、几帳面な人は、なかなか立ち直れないことがあります。

真摯に生きようとしている人ほど、横暴に生きている(ようにしか見えない)人に踏みつけられると、本当に世の中がどうでもいいものに思えてきたりするんですよね……


何のために、丁寧に生きていかなくちゃならない?

こんなめちゃくちゃな気持ちにさせられるなら、自分もめちゃくちゃしていいじゃないか、と。


けどまあ、10人に1人くらいはすごく良い人に出会えたり、感動するような縁でつながっていけることがあるんで、やはり目の前の人に対して誠実に生きていくことは、長い目で見て人生の得になるし、将来の友人、他者のためにもなると思います。


……そこで、途切れることのない、心ない相手によってもたらされた、なかなか消えない怒りや、モヤモヤをすぐどうにかできれば、もっと楽に生きていけるのになあ、と僕は当たり前に思っていたんですが、どうやらそれが叶いそうなんですね。


……一つのアイテムのおかげで。


本屋に、ちょくちょく通われている方なら、とっくにご存じか、一度は目にしたことがあると思います。

「原因と結果の法則」ジェームズ=アレン著。


この本を、読むわけではないんです。


ただ、内容は素晴らしく、「『聖書』に次ぐベストセラー」として紹介されていたり──ポッターさんは入っているのかな?──、「デール・カーネギーやノーマン・ヴィンセント・ピール、世界に名が知られている、そうそうたる著作家が影響を受けている」というもの。

果ては、「近年の自己啓発書のほとんどは、アレンの哲学に具体例をつけて、複雑化したものにすぎない」というような評価まであるそうです。

……解説文より。


その本が、内容もそうかもしれないんですが、イライラに対する「アイテム」として、ものすごく役立ってくれるんですね。


方法は、ふだん目のつく所に、その一冊を置いておく、だけです。


手に入れて読んで、本棚に入れておく、では意味がありません。

(僕は10年前に買って、読んで、本棚に入れてましたが、思想に影響を受けた以外では、さほどイライラを鎮めることはできませんでした)


にわかには信用されないと思うんですが、般若心経の「ガテー・ガテー……」または「ぎゃーてー、ぎゃーてー」の3度読みは、本当に不思議と怒りをいくらかは鎮めてくれる効果があるように思います。

医師の方は、全文を読み続けられて、うつ病に大きな効果がある、と書籍に書かれてましたが……


そして、それでも長く続くモヤモヤを抱えてしまうような、ささやかであり、だからこそ根深い心の傷に、ジェームズ=アレンさんの本が、「ああ、酷いことをしたあの人は、将来の自分の”結果”に、不幸の”原因”をいま作ったんだな」と、酷いですがしみじみと思わせてくれるのです。


冒頭に書いた通り、誰かの心を傷つければ、それが理不尽な行いであれば、相手がその横暴に気付いたとき、必ず報いは返ってきます。


それが、100年読み継がれ、名だたる作家たちが「間違っていない」と認めた本をときどき眺めることによって、心が整理されるので、相手に攻撃をやり返すことなく、相当に心をスッキリさせることができます。

(やり返すと、絶対により多くを失うことになる)


「原因と結果」を居間の片隅に置くようになってから、僕はものすごく心が楽になりました。


今日嫌だった出来事をさほど引きずらず、あんまり人と比べず、自分の目標に向けて、ただコツコツと努力できるようになった気がするんですね。

……まあ、目を一気に悪くした時期があるので、今はのんびりと読み物や、書き物をやらせてもらっていますが……


人に対して、嫌な感情を持ち続けるのは、本当にしんどいです。

だから、その対策として、「いかがわしい二作」になりますが、前著「法華経の効果」と合わせて、この、頭にくることがあって、その出来事をどうしても引きずってしまう時は、”般若心経”真言3度読みと、”原因と結果”の本を、部屋や仕事場のどこかに置いておく、ということで、僕の経験則の効果から書かせて頂きました。


めんどくさい思いを、人によって抱えさせられている人がもしおられたら、適当に試してもらえたらな~と思います。


かなりの離脱者を生んだと思うのですが、ここまで、ありがとうございました!


……それでは、また!!










これを後書きに書くと、少し矛盾するかもしれないのですが、上記をふまえた上で、さらに「自分の現実が好転するのは、周囲を祝福した時」ということを述べさせて頂きたいと思います。


……よく、「現実は深層心理で思っている通りになる」という思想を見かけることがあります。


宝くじに当たらないのは、どこか、心の底では当たるはずがないと思っているからだ、といったたぐいのもので、それの究極の形が、「結局、人は自分で思っている通りの存在になる」ということです。


人生に成功するも、失敗するも、どちらにしろ当人が(心の底で)思っている通りである、ということですが、この法則に、一つだけ面白い効果があります。


それは、『他者に思うことも、すべて自分の将来に加わってくる』というものです。


人をすぐ否定したり、誰かの幸福をねたむような人間に(反射で妬むのは動物反応だから仕方ないですが、いつまでもそれを引きずって、自分の行動に影響させるような人間に)、なかなか良い出来事は巡ってきません。


人は、主に「自分以外の人の仕事」によって、この世界で命も脅かされず、他の動植物に比べて、快適に生かされています。


これを言うと、主体性がなくなるように思われるかもしれませんが、”自分は、両親をふくめた他者のおかげの産物であって、それを否定するような言動は、この世界で生きる自分の将来に影を落とす”ということです。


もちろん最悪の両親や、最低な犯罪を犯す人間はいますが、それを否定しすぎるのは、自分の人生もゆがめてしまうことに繋がるのです。


自らが被害を受けない”最低な出来事や事件”というのは、『誰かが、自分のやってきたことの報いを受けただけ』という現実である場合が多いのです。


当然、それが過剰過ぎたり、本当に理不尽な出来事だと、ニュースになるような社会的問題につながると思いますが……


とにかく、ここで言いたいのは、『他者に対する行動だけでなく、持続的な感情が、自分の未来にもそのまま反映してくる』ということです。


誰かの失敗を願ったり、憎い人間の不幸を願うようでは、「人を呪わば穴二つ」のように、こちらにも同じものを引き寄せてしまいます。

……と、勝手ながら実感しています。


けれど、どんなに憎くても、相手の幸福や成功を願う。

それによって、相手や、また別の誰か、周囲からあふれた幸福や成功が、自分に流れ込んでくる。(前記してますが、社会はそのように成り立っているため)


そういった出来事で、僕は幸運に恵まれたことが、何度も何度もあります。


自分でもなかなか確信が持てず、時に酷いことをされた相手には相応の不幸を願ってしまうこともありますが、それでもやはり、


「事態が好転したのは、周囲を祝福したり、その豊かさや成功を願った時」


という訳の分からない理論を、ここに打ち上げさせて頂きたいと思います。


それでは、毎度のあいさつになってしまいますが、有り難うございました!





※誰かの理不尽によってもたらされた怒りや、悔しさが晴れないときは、上記の般若心経ガテー……の三度読みを、一セットとして、何度かくり返してみてください。

本当に、しばらくすると胸がスッとして、物事を楽に考えられるようになる効果があると思います。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ