不幸な出来事は...
冒険者生活2日目。
相棒の機嫌が悪い。とても悪い。凄く悪い。
「悪かったって。本当にごめんって、アルマ」
「……ふーんだ」
理由は明確だ。
昨晩は疲れから寝てしまいアルマに起こされたのだが時間が時間だった。
大体の店が既に閉められており、酒場くらいしかない。そして一番の問題はアルマが未成年という事。
それで入店お断りされてしまった。
結局、泊まってる宿の飯所の人に頼み込んで、なんとかまかない飯を食わせてはもらえたがアルマの機嫌は治らなかった。
「アクトさんは乙女心がわからないんですか?」
「俺、男ですし第一に乙女心も子供心もわかりませんよ」
「……」
なんかしれっと朝から前の席に座って飯食ってる受付のお姉さんが後でこっそりとアルマに聞いてくれて教えてくれたのだが、どうやらアルマはせっかく2人の初仕事の日だったから夜は楽しくご飯を食べたかったのに俺が寝てしまったから食べられなかったと怒ってるそうだ。
先に寝たのはそっちなのに?
子供か?いや、子供だけどそんなに大それた事なのだろうか?
たかがその程度のことで何をそんなにムキになってるんだ?
祝い事など兄の誕生日の時くらいだ。サンタさんだっているいない談議する前に無駄な事を覚えるなって母に教えられてたし。
あと正月もか。
まあ、お年玉は親戚から貰えたりはしたが母親に半分渡しもう半分は一年のお小遣いにしてたし、あって無いようなものだった。
とにかく、その程度の事でなんで怒ってるのかが理解できなかった。
まあ理解できないので、そのうち機嫌も治るだろうと放っておくことにした。
ーーーーー
「え、それじゃあダメってことかい?」
「いや、アルマもやるとは言ってるんだけどさ…」
今日もクスリソウ採取クエストに来るとデンとクララが待ってた。
まあ、今日はアルマとクララで別の場所に行ってしまったのでデンと2人でだが。
「うーん…謝った?」
「一応」
「まあ、でも気持ちはわかるかな。
言ってしまえば新たな門出って事だろ?それをねぇ…」
「いや、俺ばっか悪いって言われて癪だから言うけどアルマだって寝てたし」
少なくともパーティーではあるけどパーティー的な動きはできなさそうだとそれとなく言っておいた。
「アルマは今は君の奴隷だけど、その前は?」
「唐突に何?知らないけど…」
「ほら、もしかしたら昔の嫌な記憶と重なったのかもしれないじゃん?」
「ああー…」
重なったところでどうしようもないんだから我慢してくれないのだろうか?本当に勘弁してもらいたい。
「……アクト」
「うわっ、びっくりした…
どしたの?」
「……終わった」
「へ?」
荷台に載せられてたのはクスリソウを詰めた袋6つ。
昨日なんか比にならないくらい早いんだけど。
クスリソウ集めのプロなの?
「……まだ?」
「まだだよ、半分も集め終わってないし」
「……早くしてよ」
「ちょっと待てって」
「……ウスノロ、早く」
その声を聞いた時ふと思い出した。女性が苛立ち、侮蔑したように見下しながら話しかけてくる。
母親そっくりだ。
「黙れ…」
「……やだ」
「黙れって言ってんだよ」
情緒不安定なのだろうか、カーッとなってポケットに無造作に突っ込んでいた契約書の半分に触れると訴えではない、奴隷への命令となってアルマを強制的に黙らせる。
「いつまでガキみたいな態度取ってんだよ!いい加減にしろ!」
パンッと乾いた音がした。
本当に無意識だった。アルマの頬を叩いていた。
…最低だ。結局血は争えない。俺はどこまで行ってもあの母親の子供だ。怒りに任せて、我を忘れて…
「……ッ!」
そのままアルマは何処かへと走り去ってしまう。
止めようともしなかった。俺にはそんなことする資格はない。
「…アクト、さすがに今のは」
「自分が1番わかってる」
冒険者生活2日目。既に最悪の事態になりかけていた。
ーーーーー
「今はクララといるよ。さっきと比べれば落ち着いてはいるけど…」
「そっか…ありがとう」
午後になりクスリソウを届け終わるとアルマの分の報酬を別にして分けておいた。
取りに来るどころか2度と会わないかもしれない。
昨日と同じ場所で気を紛らわせるように無心になって剣を振っているとデンが伝えに来てくれた。
「…聞いたよ、君も君で色々大変だったって。でもさ」
「言わないでもわかる。それにそんな事を言い訳にするつもりはない。俺は、元から最低最悪の人間だ」
謝りに行きもせずにこんな所にいて、しかもレーヴァテインはこんな時に限って使い方を覚えてしまった。
案外自暴自棄なのが、無心になって扱いが出来ているだけなのかもしれないが。
「明日の討滅作戦、やめておくかい?」
「いいよ、参加する。ただ、俺の分の報酬は全部アルマに渡しといてくれ…それと…」
袋にしまっておいた契約書の片方と契約解除のスクロール。
それをデンに渡した。
「…こうなるなんて思わなかったよ」
「俺もだ。
なんかちょっと楽しかったよ。でも、最初で最後かな。
そしたら違う国に行くとするよ。なけなしの金で、行けるところまで」
「……」
「俺がいたんじゃアルマも自由に外を出歩けないだろ?」
「…本当にそれでいいのかい?」
昨日今日の付き合いだし何よりも俺には必要ない。
今まで何度も言ってきた言葉だし、もっと長い一年の付き合いのときもあった。たった1日だけだ。
なのにその言葉を口に出す事は出来なかった。
ーーーーー
ゴブリンと言うのは緑の体表に器用な手先で武器を扱う子供サイズの魔物だ。
知能はそこまで高くはないが稀に知能の高いものがいる。
その個体がホブゴブリンと呼ばれる体格が良くなりゴブリン軍団を指揮する存在やゴブリンシャーマンと呼ばれる魔法を使い味方を強化する者、さらにその中からたまにゴブリンロードなるゴブリンの王様まで生まれるそうな。
とにかく種類が多いのだがその中でも今回はゴブリンとホブゴブリンの討滅だ。
結局知能は高いと言えど所詮は魔物。ロードにならない限りはランクの低い冒険者の経験値になる存在だそうだ。
まあ、それでも気を抜けば殺されてしまうらしいので支給された革防具を着てゴブリン蔓延る森へと突入。
あとはパーティー毎に別れて一掃。その際に討伐証明部位としてゴブリンの指を集めてとの事なのでそれも忘れずに…との具合だが。
パーティーの空気が重い。いや、全部俺が悪いのだが。
クララには威嚇されるしアルマはこっちを見向きもしない。デンは何とか仲を取り持とうとしてるが昨日のうちに俺のことは放っておいて大丈夫とだけ伝えてはある。
なので彼らと離れて別行動。
実質ソロパーティーだ。
それは別にいいのだが。どうにも様子がおかしい。前にも何度か森へと入り魔物を狩った事はある。
あの時だってたしかに集団で襲ってくるモンスターだったが…
飛んできた矢を斬り落とし、向かってくるゴブリンの群れを一刀両断する。火力は十分あるので問題ない。
「後方からの支援攻撃の矢と魔法…前方に突撃兵と槍、盾の装備持ち多数…
聞いてた話と違いすぎないか?物量戦でひたすら突っ込んでくるとしか聞いてないんだが!?」
部隊の様にも見える。完璧な統率。ホブゴブリンってこんなにも知能が高いのか…?
昨日覚えたての技の一つ。刀身を炎で包み焼き斬る方法から広範囲を薙ぎ払うために初めての時の様な大火にして横に剣を振る。
流石にそこまでの事は考えてなかったのだろう。周りの大木毎、全員真っ二つになって燃え始める…ん…?
「あっ…討伐証明部位…」
慌てて剣を鞘に納めて火を消すが時既に遅し、斬り落とそうとしたら指は灰になって空へ飛んでいく。
「…いやいや、まだ始まったばっかりだし。探せばいくらでもいるだろ。うんうん」
自分に言い聞かせ森の奥へ奥へと向かう。しかし全くゴブリンに合わない。
もしかすると他のパーティーの人が既に?それにしては死体も全くないし、いやでもランク1の人も参加してるし…ぐるぐると回る思考の中で考えも無しに走っていると何やら大きな影が見えたので急いで影を潜める。
ホブゴブリンよりも大きな体格で…頭から一本の角…オーガ…?
戦った事はある。倒したのは俺ではないが。
でも、冒険者組合の規定だとオーガはランク2から討伐してもいい魔物だ。
たしかに知能はゴブリンよりも低く動く物に何でも反応し攻撃を行う。
だが、その攻撃が半端ない。
昔、まだ仲良かった頃に一度オーガの攻撃をモロに喰らい一撃で瀕死に追い込まれた。
あの時、もし賢者の回復魔法が無ければ今頃死んでいた。その事だけは感謝しなくては。
とにかくランク0やランク1の未熟な冒険者には強すぎる相手だ。
俺だって勝てるかわかんないし戦いたくない。
しかし杞憂はより一層、己の不安を煽る結果になった。
オーガは全部で5匹確認できた。それだけでも脅威なのに、その全てが急に跪いたのだ。
嘘だろ?知能なんて無いに等しいんだぞ?
『面を上げよ』
声?誰のだ?テイマー?いや、違う。
もう少し近づいてみようと顔を覗かせると1匹のゴブリンが座っていた。
薄汚れた冠を被り、豪奢なローブを着て。
『ゴブリンロード、クォルタの名の下に貴様らに命を下す。
そこなる不届き者を殺した後に我が領土を犯す人間どもを駆逐せよ』
嘘だろ、見つかった。かなり距離も離れててギリギリ声が届く程度だぞ。
『ウヌ等はただ我と我の主人の命に従えばよい。行け』
「ゴガァァァァッッッ!!」
雄々しい咆哮と共にオーガ達が此方へと向かってくる。
勝てる勝てないじゃ無い、やらなきゃ死ぬ。それだけだ。
強く剣を握りしめ構える。大丈夫だ。俺は強い…筈。
ーーーーー
「【ウェポンバースト】ッッ!!」
スキルによって地中から出てきた剣や槍は突撃してきたゴブリン達を射し貫き肉の壁を形成する。
それを土台にアルマは高く跳ね、エンチャントされた武器を使い慣れた指先の様に使い、槍兵と後方の魔法、弓兵を切り刻んでいく。
そして撃ち漏らしは全て後ろからデンが弓矢で射抜く。
もう何度目かになるゴブリン達との戦闘を自動人形の様に無心になって行なっていた。
「ふう…討伐数はもう50超えたね」
「……多いの?」
「多いぜ、普通なら100匹もいりゃいいいってくらいなのに多すぎる。
それに見ろ、コイツはゴブリンシャーマンじゃねえ、ただのゴブリンだ。なのにどう言うわけか魔法を使ってやがる」
アクトと別行動を開始して既に2時間。
それなのにホブゴブリンを討伐したという狼煙が一向に上がらないし、ゴブリンはどんどん増えていく。
アクト…大丈夫かな…
喧嘩してしまった。
私を叩いた時、顔よりも心がギュッて痛くなった。
びっくりして逃げてしまった。
あの眼は初めて会った夜の時と同じだった。
何かに怯えながらも憎しみに包まれていた。
だから私はあの夜、体を預けた。可哀想にって、魔族に殴られたらとても痛いし、殴られる事よりも痛い事いっぱいされてきた。
でも人間なら魔族の大人より力が弱いから、平気だよ。そんな辛そうな眼をするなら、あの中から私を選んで買ってくれたからいいよと。
好きなだけ殴って。
そう思ってたのに殴らなかった。
大人ぶってるのにとても寂しそうな眼をしてたから…だから私は…
「んだよ、またかよ!アルマ、大丈夫か?」
「……ん」
戦闘中でもなんとかアクトの魔力を探知して平気か確認してる。その為にわざわざ破棄した奴隷契約を元に戻したのだから。
手元に契約書がなくたって、場所はわかる。もう、アクトの魔力は覚えたから。
折れちゃった角で頑張って見てるから。
同じ工程で同じ行動して。
ゴブリンたちは何も学ばずに物言わぬ肉の塊になっていく。
「はぁ、はぁ…休憩しようぜ」
「…そうだね、僕もそろそろ矢の残りが少ないし作らないと」
「……見張ってる」
2人が少しでも休めればいい。
1人の方が気が紛れなくてアクトの魔力を確認出来るから。
「……?」
戦闘を行っているのだろ。
あの剣はエンチャントによって作られた武器だが、私のと同じ様に基本的に魔力で動く。
だからゆっくりと魔力は消費されてるが今度は違う。どんどん削れてってる。きっと大変な目に遭ってるんだ。
「…アルマ?おい、アルマどこ行くんだよ!」
クララの呼びかけを無視してアクトの元へと向かう。
こうしてる間にも魔力はどんどん減っていってる。
何と戦ってるのかは知らない。でも、アクト死んじゃう!
「ザンネーン。
王子様はここじゃなーいよ」
ふと後ろから声がした。
振り向きざまに剣を振るう。ただ、その時は既に遅くトンと首を叩かれると自身とは違う魔力を体内に流し込まれたせいで急激に意識が遠のく。
「いやー、楽な仕事だったねー」
「これが前魔王の娘か…父親もさぞあの世で喜んでるだろうよ」
2人組みの男はどこの誰なのか知らない。
でも、これだけはわかる。私に拷問していた人達とは違う事だ。
「……アク…ト…」
謝りたかったとただ一つ思い。
私の意識はそこで途切れた。