薬草求めてどこまでも その3
アルマとエレンは小部屋。男3人は雑魚寝。まあ、色々とあったらいけないと決めて昨晩はそれで寝た。
起きた時に流石にアルマの代わりにラークスやゲラルドを抱いてはいなかったが、もの寂しさを感じながら村長と話し、全員が起きてきた頃に朝食を取った。
「なるほど…ショウガマの採取に」
「クエストってわけでも無いんですけどね」
朝食を終えると身支度を済ませて泊めてもらった村長にお礼を言い、世間話を始めていた。
まあ、待ってる時間は別に問題ない。
そして今回の事を要約して話してると村長が何やらしみじみとした顔してうんうんと頷いている。
「私も幼き日は腰を患った母のために採りにいきましたな…」
「はぁ」
「聞きますかな?私の英雄譚を─」
「結構です」
年寄りの話は長くて聞いてられない。
それに一晩泊めてもらったお礼に聞いても良かったのは事実だが、できるなら昨日の夜に話して欲しかった。もう朝だ。
「おや、そうですか…あの頃は今よりもずっと魔物が少なくて…」
「話を聞け」
「冗談ですぞ。まあ、ともかく最近は満月でもないのに霧が出ておりますから十分にご注意してくださいね」
「は…?」
聞いてないぞ。満月の夜だけじゃないのか?それだったらアルマもラークス君達も連れて行くのを危険な気がする。
何かあってからではダメだ。未然に防げるならそれに越したことはない。
だが声をかけるタイミングが遅かった。
「……準備オッケー」
「っしゃ!いつでも行けるっす!」
「問題ないわ!」
「僕も精一杯頑張ります!」
「……」
もう一度家の中に入ると全員防具を着て武器を持ちいつでも行けると。村に残っててなんて言えなかった。
物知り顔で肩をポンポンと叩いてきた挙句にそういう時もあるさと微笑んできた村長の顔を殴りたかったが我慢して【幻惑の森】へと向かうことにした。
ーーーーー
「ロープを離すなよ!」
この霧はどうやら幻覚作用だけでなく魔力も多量に含んでいるらしく体内に過剰に魔力を詰め込まれた結果、方向感覚が狂い始めた。真っ直ぐに進んでいる筈なのに千鳥足のようになってしまい、何度も同じ所を回っているようだ。
全員で1列になって体にロープを巻き付け逸れないようにした。こんな濃い霧産まれて初めてだ。何せ伸ばした手の指先すら見えない。迷うのも当たり前だ。
「先輩!ショウガマってどこにあるんすか!?」
「奥の泉だ!クソ、霧が晴れるまで待ってりゃよかった」
人のせいにするのは悪い癖だが、村の人たち全員でお気を付けてなんて見送られりゃ戻るにも戻れない。
恥なんて捨てて戻ればよかったと今更後悔してももう遅い。
それにこの霧だ。幻覚作用はアルマのワルプルギスで防げているが呼吸するだけで異常な量の魔力が体内に入り取り込まれて行く。
人間だったら魔力の増減による身体能力の低下も…そもそもHPとかいう訳のわからない物もなかったよな…見えなかっただけかもしれないが…クソが。
同じところを回ってることや霧の中で迷ってることもそうだが、過剰な魔力のせいか頭痛と吐き気がする。
意識も朧気でここがどこかもわからなくなってくる。
「おい!全員、大丈夫か!?ロープが外れてないよな?」
ふとロープが軽くなった気がした。
嫌な予感がしたから後ろを向いた。それだけだった。
「…アルマ?」
誰もいなかった。何者かによってかロープは切られていた。
「アルマ!どこだアルマ!ラークス!ゲラルド!エレン!」
木霊もせずに霧に吸い込まれて行く声に返答は無い。どれほど森が大きいのかは知らないが声も届かないほど離れてしまったのか?
「くそっ!てめえ少しは学べよ!どう考えても危ないってわかってただろ!」
本当に馬鹿な自分に嫌気が差す。
こうなるかもしれなかっただろ。
幸いにも霧が出ている時は森に住む魔物は大人しくなると村長は言っていたが、それが確証が持てるかもわからない。仮にそうだったとしても…どれ程のレベルの魔物がここにいるんだ?
「相変わらず無能だね。考えなしに行動するのは子供の頃から何一つ学ばない。前から思っていたが馬鹿という言葉はお前の為にあるようだよ」
「…は?」
4人との合流が先か、大人しくここで待つか。探しに行ったとして会えるのか?
ぐるぐると回る思考とより一層痛くなってくる頭のせいで余計にイラつく。だからその声を聞いた時ふと、殺してやろうかなどと振り返った。
「だからさ、俺は本当にお前のことが嫌いなんだよ。全部が」
「…そんな事言われなくても知ってる」
アルマがいなくなったせいか幻惑を見始めたらしい。
「無能は無能らしく部屋の隅で怯えていりゃよかったのにな。母さんに殴られてた時みたく」
「…あれを愛情表現って呼ぶあんたもあのクソ親父の事も、結局1回死んだって理解出来なかったよ」
「まあ、その母さんと父さんの出涸らしを薄めたような脳みそじゃ理解なんて出来る訳ないだろ?」
「死人は死人らしく墓の下で寝てろ腐敗人間風情が」
その顔も声も何もかも見覚えがあった。
もしかしたら此方になんて考えていたが結局見つからなかった。まあ、見つかったからなんだって話になるが。世間体もないのに今更お互いに仲の良い兄弟ごっこなんてしたくもない。
だから目の前のこいつもどうせ都合の悪い夢だ。
谺 廉太…死んだ兄の幻影は記憶の奥底にあるあの気色の悪いケタケタとした笑い声で、いつもと変わらぬように話しかけてきた。
「兄って単語の意味もわからないの?これだから出来損ないは嫌いなんだよ。愚弟風情が」
ーーーーー
嫌な記憶というのはふとした事で思い出す。朝食を取っている時に箸を落としてしまったり、なんとなく持っていたものを落としてしまった時。肉体に植え付けられた物が溢れてくる。
それは今回も同じだ。睡眠は記憶の整理と言うがまさしくその通りでコイツのツラが夢に出てくるたびに起き抜けに吐き気がするほど胸糞悪い気分になる。
先程から話しかけてくるコイツを無視してとにかく前に進む。もしかしたらどこかに着くかもしれないし。
「おい、無視すんなよ。それとも遂に喋る知能さえも無くなったか?流石は普通の人間とは違う道を歩んできただけあるな」
「……」
「…はぁ、やれやれ。お前はそうやっていつもいつも都合が悪くなるとダンマリだ。そんなんだから母さんはお前を躾していたんだぞ?」
「……」
この幻影はどこまでついてくるのかは知らないが一つ言える事は森の泉への行き先はこっちだと言う事だ。
進めば進むほどこの幻影は聞きたくもない過去の話を喋り始め足を止めさせようとする。
この霧が人為的にか、或いは自然的にかは知らないが取り敢えず一言だけ言わせてもらうと趣味が悪いと言う事だ。
「あぁ、そういやあの時もだな。小学生の時だったか?お前がテストで87点を取った時。あれは傑作だったよ。
あんな低い点数を取ってきて母さんに自慢げに見せるんだぜ?褒めてって目を輝かせてるんだぜ?ガキは無知で無能ってのは知ってたが…ぷぷ、ははははっ!あの後テスト用紙破られてぶん殴られたのは笑うの堪えるのに必死だったよ!飯抜きにもされてたしな!」
「……」
「……。なあ、いい加減に話くらい聞いたらどうだ?こっちは折角馬鹿なお前のためにわかりやすくてお前程度の頭でも覚えてそうな話題振ってんのによ」
記憶を覗き込んでいるのか?或いは記憶からこの幻影を作り出しているのか。どちらにせよ実の兄ながら殺してやりたくなる。まあ、死体見せられた時に原型がわからなくなるほどに肉片にされていたのは捕まってしまった車の運転手を褒めたくなったが。
いや、流石にまずいか。考え方が短絡的過ぎるな。うん。
「なあ、愚弟。止まれって話そうぜ?家族水入らずでよ。あの大して使えねえ魔族も訳わかんねえくらい懐いてるアホ新人どももいないんだし。
折角だからお前の冒険譚聞かせろよ。こっちでも無能扱いされてたところ重点的に」
「……」
「…チッ、ノリ悪。本当にテメェ俺の弟かよ。あーあ、あの2人もどうせ2人目作るならよー、こんな無愛想で馬鹿でどうしようもねえ能無し野郎より、馬鹿でも多少可愛げのある女とかにしろよな。マジで。そしたらお兄ちゃんが躾してやったのに。なんで男なんて産むかなぁ…」
「おい、死体」
「なんだ?やっと相手してくれるのか?糞無能」
「いつもよりキレの無い罵倒だったな」
一歩踏み出した瞬間。目の前の霧がなくなった。ほんの少し光が見えて、そっちに進んでいたがどうやら当たりのようだ。ようやく煩いのも消えた。
小さな泉は木漏れ日を浴びて幻想的に輝いていた。それは、ほんの一瞬でもアルマ達のことを忘れかけてしまうほどに。
『あーあ、着いちゃったか〜』
「…誰だお前?」
だが直ぐに現実に戻される。何せ今度は聞き覚えのない声がしたからだ。しかも不快感をまるで隠そうとしない。
辺りを見回すと泉の真ん中に人らしきものがいた。緑色の透き通る髪と瞳は美しく、風もないのになびく髪は芸術品のようで、羽衣1枚だけ着ている。声や胸部の膨らみから見て女性型と言えばいいのか。そして極め付けは下半身。膝から下が液体なのだ。だから人間らしきものと言わねばならない。
『もしかしてあの霧の中を抜けてきたの?』
「…それ以外にここに来る方法はあるのか?」
『無いよ。飛んできたら食鳥植物に鳥と間違われてパックンチョされるし』
「そんなのもいるのかよ」
言葉は…まあ、話しかけてきたときに理解できる言語だったからいい。
今はまだ興味深げに此方を見ているだけだが何かしてくるかもしれない。警戒は解かない方が良さそうだ。
『ねえ、ここの霧ってさ自分の1番嫌な物…特に心的外傷を見せる筈だけどもしかしてそう言うの無いの?』
「無かったら見えなかったのか?」
『さあ?今度試しに赤ん坊でも拐ってきて放り投げてみる?』
「……。で?この霧を消す方法は?お前を殺せばいいのか?それとも痛い目に遭う前に止めてくれるのか?」
推測だがコイツが霧の原因なんだろうと思いそうは言ったが…どうなのだろうか?何か重要なことでも隠している?
言葉を投げかけられた後しばらくキョトンとして、それから深くため息をついた。
『君さぁ…友達いないでしょ?いや、いたとしても言われたことない?つまんねー人間だなって』
「……」
『あ、図星?あのね普通はさー、嫌な顔くらいするもんだよ?なのに眉一つ動かさずにさ…全くつまらない人間だね』
やっぱり霧の原因はコイツか。
『他の子達は凄いよ。本気でビビってたり、泣き喚いたり。こういうのが普通だよ?』
「…警告はしたからな」
人型だから多少は躊躇したがいいか。ピンポイントで当たるように調節して【クラウノス】を仮称人型に当てた。
だが、雷霆が止まり蒸発した後に欠伸をして無傷のまま同じ場所にいたのでまた面倒なものに手を出してしまったのではといつでも逃げられるようにする。
『…あ?終わった。やれやれ、無駄な事を』
「どういう事だ?スキルか、それともドラゴンみたくその肌が尋常じゃない硬さとか?」
『え?待って。もしかして君、私のこと知らないの?』
そうは言われても初めて見る顔だ。
もしかしたらどこかですれ違っていたか?もしくはクエストの依頼人…?或いは世に名を轟かせる強者だとか?
『…あー、もしかして君転生者?』
「だったらなんだ?」
『あのさぁ、会話出来ないの?悪いけど君に危害を加えるつもりはないよ?』
「じゃあ霧を止めろ」
『それは無理。そもそも何を勘違いしてるのかは知らないけど、この霧出してるの私じゃないし』
「誰がそんな事信じられると─」
『うわぁ、本当に拉致が開かない。ほら、あっち。霧の所。あそこのデカいの見える?』
目を逸らした瞬間に襲ってくるのかと警戒しながら指差す方向を見ると霧で見づらいが何やら巨大な植物が見える。
煙突…?いや、そういう形の樹なのか?
『あれはね、フォグプラント。体内で生成した幻覚作用を持つ花粉と吸収した水で霧を作り出して、あの伸びてる煙突器官で放出している魔樹』
「…何のためにだ?」
『そんなの決まってんじゃん。幻覚見て弱った生き物を捕まえて養分にするんだよ。
おかしな話だよね。こんなに土壌が豊かな森なのに人間まで取り込んで栄養にするなんて』
つまり霧の原因はあの植物か?ならば可哀想だがさっさと燃やしてしまうか。
不慣れではあるが左手で剣を構える。
まあ、なんとかなるだろうと。
そう思い柄に手をかけるが仮称人型がいつの間にか行く手を阻むように浮いていた。
『させないよ』
「なんだ、やっぱりグルなんじゃねえか」
『違うよ。けれどフォグプラントを倒されちゃ私にも都合が悪いの』
暫く睨み合っていたが…何やら事情があるのかと思い剣から手を離す。
「悪いが俺の仲間達がこの霧の中彷徨ってんだ。切り倒さないにしろ。どうにかしてくれると助かる」
『…それも出来ない』
「そうか…じゃあ、死ね」
神速とまではいかなくともゼウスエンチャントによって強化された身体能力と制御なんて全くしてないレーヴァテインによる横薙ぎの一閃は森を大きく薙ぎ払いながらフォグプラントを真っ二つにする。
『ああっ!なんて事を!』
「…あり?おっかしいなぁ…あんた諸共に真っ二つにしたと思ったんだが」
またもや人型は無事だった。手応えとかは感じないが何というか…攻撃が擦り抜けたように見えた。
そしてフォグプラントを切って現在燃やしているのに…霧が晴れる気配がない。
『どうするんだよ!これじゃあ私が存在できないじゃないか!』
「大丈夫、大丈夫。人間が自分の存在意義を知るのは他人から視認されてる時だから」
『知るか!私は精霊だぞ!ヤドリギと上質な空気が無ければ存在できないんだ!あー!どうするんだよ!このままじゃ消えちゃう!』
先ほどとは打って変わって慌てふためいている。
何やら申し訳ない気分になってきた。
『あと少しだったんだ!もう少しで私の体がこの世界に接触できるようになったのに!君のせいで台無しだ!また空気に戻るなんて嫌だ!』
「悪かったって」
『悪いと思うなら今すぐフォグプラントを治せ!そして霧の中の連中を養分にさせろ!』
攻撃も通じないし、訳の分からないことも言い出したし何かもうこのまま消えてもらった方がいい気がしてきた。




