2人の関係 その4
目が覚めると暗く湿った空気の部屋の中だった。
多分地下室なのだろうが、カビ臭さとは別に据えた海産物の様な独特の臭いがしてきて思わず鼻をつまむ。
「……ここ、どこ…?」
腰に手をやるが武器は何一つ無い。
昨日はどこで何をしていた?朧げな頭でなんとか思い出す。
たしか急に自分と同じくらいの少年に話しかけられて…思い出そうとするとズキリと痛む頭。
かつて体験したことあるこの痛みは洗脳によって記憶を書き換えられた時と同じ物だ。
魔法は使えるようなので頭部に【ワルプルギス】を当てると記憶も頭も鮮明になってくる。
「……そうだ、結婚するって…なんで?どういう事…?」
自分が1番わかっていなかった。何せろくに話したことも無い奴と婚約などと言っていたのだ。
いや、考えてみれば二言、三言話した後から記憶が酷く曖昧だ。
それでも何日も寝ていたのでなければ今日はアクトとの大切な日…なんだか寂しげな顔をして私を祝福していた顔を思い出す。
酷い事を言ってしまった?気に触ること?
桃源郷での彼の本心を聞いた時から何となくギクシャクしていた。それでも自分は同じように本心を告げたつもりだ。
それしか私には出来ない。所詮は肩書きとスキル以外で何一つ必要とされない。アクトに失礼だが勝手に親に見捨てられた同士、お互いに足りない所を助け合える相棒だなんて思っていた。
結局は私の独りよがりだ。アクトもきっと迷惑だったんだ。
暖かな滴が手に落ちた。
そうだ、こんな所で立ち止まってる時間は無い。とにかくここから出ないと。
別に体を縛られていたわけではない。狭い空間を動き回れるが鉄格子がある為、先には進めない。
どうしようかと考えているといきなり大声で話しかけられる。
前にもこんなことがあった気がする。
「起きた!?眠り顔はまるで薔薇の森の姫みたいだったよ!」
「……サジ」
「ああ、嬉しいな!やっと心が通じ合った!僕は君で君は僕で…」
「……気色悪い事言ってない…で、此処から出して」
素直に嫌だなと思いながら鉄格子越しに悪態を吐くと、驚いた顔をされる。
暴言を吐かれるとは微塵も思っていなかったのか?
「…おかしいな!なんで、催眠が解けてるの?」
「……話す必要はない」
「話さなくていいよ!君が話さなくとも、僕は君のことを知っている!
何せずっと見ていたからね!」
なんだコイツと思っているとカチャカチャと音を鳴らしてズボンを脱ぎ、みたくもない粗末な物を外に出し握る。本能的に目を背けるが逃げ場のない牢屋の中である。距離を取ることしかできない。
「最初は父上の仇だった!異世界の蛮族アクト コダマから全てを奪ってやる。僕の…いや、俺の父を帰らぬ人とした、あの憎き愚民を!」
「……もしかしてムカデ…の競売会にいた?」
あまり思い出したくない記憶ではあるがアクトが人を殺したのはあの時か…ああ、この間のベルサーでも1人。
何やら鼻息が荒くなってきたので牢屋の奥に避難すると鉄格子に体を押し付けながら再び話し始める。
「あの日!俺の父は殺された!俺の父が何をした!?俺の父はただ、お前らの様な見た目のいい商品を買いに行っただけだ!」
「……」
「そして、なによりも…俺が…僕が新しい玩具が欲しいってせがまなければ…あの日父が死ぬ事はなかった。商品の癖に街を歩くな、笑うな!商品の癖に!商品の癖に!!」
一層鼻息が荒くなった後、くぐもった声とともに鉄格子に激しく腰を打ち付ける。
「ふぅ、ふぅ…でも、君を見た時不思議と僕は高揚していた。父は殺した奴はこの世で考えられる最もな苦痛を与えて殺そうとした。
ふふ、こうして何度も何度も君を押し倒し、僕に染め上げる事を考えながら自慰を行ったよ」
ガシャンと音がして牢屋の扉が開けられる。チャンスかと思い抜け出そうとするが扉の前でサジがねっとりとした視線を浴びせてきて思わず竦み上がる。
「僕は、君に惚れていた!他の玩具とは違う、本当に心の底から君を愛そうと君に誓った!だから、いつもの様にすぐには僕を刻まないでじっくりとゆっくりと君を僕だけの物にして奴の前に見せてやるさ!
昨日は見栄を張っていたみたいだけど…君の膨らんだお腹をみたらどんな顔するだろうね?」
下卑た笑みを浮かべながら一歩一歩此方へと歩み寄ってくる。
嫌だ、やめて…
体が動かない。おそらくスキルのせいだ。今は体だけだがそのうち精神も昨日の様に…
助けて、アクト─
都合良くヒーローは現れない、この世界は残酷だ。
それも今回だけは儚く砕け散った様だ。突如として起きた地響きと揺れでサジが体勢を崩した。今しかない。急いでスキルで催眠を解くと牢屋から抜け出す。
「あっ!待て!」
全身に魔力を巡らせ催眠を防ぎ階段を駆け上る。
嘗て夢物語に見た、私を助けてくれる騎士様。あの人とまた会いたい。もう何十年も前でもしかしたら亡くなっているのかもしれないけど…いつかきっと、あの時の様に…
扉を開けると暗い地下から明るい世界へと出て思わず目を瞑る。
ようやく光に慣れてきた頃、ここはどこかの屋敷の一角らしい。魔法によって地下への入り口が偽装されていたのか?
空を見上げると天雷が鳴り響き、そこら中に何百もの雷霆が突き刺さり地面を抉る。
応戦する人間の悉くを消滅させ、この場にいる誰1人とて敵わない私の騎士様…
「…アクト!」
この日私はちょっぴりだけどこの世界が好きになった。
ーーーーー
「はぁ…いやはや、まさかとは思ったが」
それはゼタールに渡された資料に載っていた写真と同じ場所だった。
まあ写真とは言っても元いた世界の物と違い、カラーではあるが随分と写りが悪い。ともかくその中でも注意と丸で囲ってあったのを覚えている。
ムカデの出資者らしくゼタールも何度か世話になっていたらしい。
で、前の競売会の時にその出資者をどうやら俺は殺していた。まあ、多分巻き込まれた奴だろうからカウントしていなかったが。
ともかく、屋敷の使用人が全員お抱えの傭兵だったり頭がいなくなっても今だにヤバい薬を流通させ、ここを根城にしていたりと大分アレな連中の根城だ。
一応エルヴァにも連絡用の魔石で伝えはしたが「死んでください」と一言告げて切られた。
「死ね!化け物が!」
「ああ、こっちでもか…」
首筋に真っ直ぐ突き立てられた剣もゼウスエンチャントの前では発泡スチロールが如く簡単に折れる。多少は痛いからやめてもらいたい。
「人を殺して飯食ってるお前らの方がよっぽど化け物だろ?」
消費抑えめの【クラウノス】で心臓を貫くとごぼごぼと音を立てて血を吐きながら倒れる。
正義のヒーローなんて思ってない。結局俺も今目の前で倒れ、肉塊となった化け物と同類なのだから。
「しっかし、まあ広い屋敷だなぁ…アルマが何処にいるのやら…というかそもそもアルマここにいるのか?もしかしてまだ街じゃね?」
出てくるのは武装した連中ばかり。何処にもアルマはいない。
「あっ…あちゃあ…大切なこと忘れてたわ。いっけね」
再び現れた傭兵の腕を掴んで投げ飛ばそうとか思ったが右手が使えないのを忘れていた。
結局感電して目玉が飛び出すわ、血液が沸騰して身体中から噴き出すわで死んだが。
「…精神構造が明らかに変わったよな。こんなリアルでゴアな事が目の前で起きても…何も感じないし」
それだけ俺は冷血人間なのだろう。まあ、少女の顔を殴る様な屑だし、元から持っていた本質なのだろうけど。
「んー…アルマみたいになぁ、魔力探知とか使えたらいいんだけど」
さて、そろそろ屋敷の周りも一周する。次は中の探索でも…
呑気に歩いていると目の前にあった大きな樹が突然揺らめき始める。
何事かと思うと樹は突如消え、変わりにバタン!と大きな音を立てて出現した扉から見知った少女が飛び出してくる。
暫くキョロキョロと辺りを見回していると音に気付いてか傭兵たちがまた集まってくるので無言で【クラウノス】を放ち消滅させる。
「…アクト!」
「アルマ!良かった、ここにいたのか」
「……ん」
特に目立った外傷とかも無さそうだな。
だが精神的にはかなり来てるだろう。駆け寄るなり急に抱きついてきた。そこら辺はクララに任せよう。
「……あっ、ちょっと待って」
「ん?」
「…は、恥ずかしいからあっち…向いてて」
珍しく照れながら言ってるので何事かと思い後ろを向くと、ゴソゴソと何やら音がする。何事かと思って少し後ろを見たら彼女が履いていたショートパンツの隙間に手を突っ込んだのでああ、マズいと急いで目を逸らした。
「……良かった。嘘じゃない」
「あー…その…女性なんだからこんなところでは…うん…」
「……?」
「あ、いや。うん、なんでもない。男の俺が言うとあれだから、クソ気持ち悪いから。大分アレでアレな話だから。やめやめ、この話し終了」
やめろ、ただでさえむっつりスケベとかいう訳のわからん称号付いてるのにこれ以上変な称号付けられてたまるか。
「……ああ、大丈夫。そっちじゃ…ない」
「本当にごめんなさい。俺が悪かったんで殴ってください。好きなだけ殴る蹴るの正当な行為を行ってください。許してください。何でもするので、だから街の爪弾き物にしないでください」
クラスメイトが何やらその手の話しを中学の頃、女子相手にしていたら次の日クラスどころか学年の女子から鼻つまみ物にされていた。普段仲悪いくせしてそういう時だけ団結力あるなって戦々恐々したのを覚えている。
「……?」
「と、とにかくだ!武器!そうだ武器!アルマ、武器は!?」
「……わからない。取り上げられた…」
「そ、そっか。よし、屋敷の中探しに行くぞ!」
強引に話しを逸らす。これ以上会話を伸ばしたところで意味はない。
アルマにレーヴァテインを渡す。取り敢えずこれで身を守ってもらおう。
「……」
「ん…?あ、おい、アルマ!危ないから!」
剣を受け取らずにだらんと下がった右手を掴んできた。勿論握られた感覚なんて無い。
だが、感覚の無いせいか制御出来ずに他よりも多く漏れ出る電気が彼女の柔らかな手を無残に傷付ける。同時に彼女が本当に自分の手に触れているのだと理解し急いでエンチャントを解除する。
「……ごめんね」
「何がだよ!それよりも早く傷の手当てを…」
慣れない左手で魔法の袋からハイポーションを探してた時、アルマが急に泣き始めた。
「……私のせい。全部」
「は?」
「……ごめん、なさい…」
「腕の事か?寿命のことか?どっちにせよ、前に謝ったろ?別にいいから、気にしてないから」
「……違う」
爛れた手で強く握ってくると皮が剥け、肉が露出してくる。
痛いだろうに、なんでそんなに強く握ってくるんだ。俺の手はなにも感じないと言うのに。
「……アクトは優しいから、アルマはいつも頼ってた…相棒って言ってくれたの…も嬉しかった」
「アルマ…」
「誰からも必要とされてこなかったから、アクトに買われた…時、嬉しかった。殴られたって…蹴られたって…アクトがアルマを必要…としてくれるなら…」
……
「……だからあの時も、アクトが叩いた時も嬉しかった…アクトはアルマの事を必要としてくれる…って」
「…いいわけ無いだろ!もうアルマは自由だ!だから俺の側にいなくたっていい!もう、奴隷の契約だっていつでも解除出来るだろ!
だから、そんな悲しいこと言わないでくれ。俺は…俺はただ…」
その先が言えなかった。本当に言っていいのか?無責任にお前に幸せになって欲しかったなどと。そんな物は結局のところ価値観の押し付けだ。あの母親と同じ事だ。
何も言えずに暫く見つめあってるとアルマの出てきたドアから下半身露出させた少年…サジが出てくる。
「俺の妻です!」
「うわっ…」
「……」
咄嗟にアルマを抱き寄せてサジの粗末な物を見えない様に覆い隠した。
あまり俺も人のことを言える程立派でも無いが、少なくともあんな露出趣味のある変態のを見て欲しくない。
しかしまあ…ラークス君の言う通りの人物だったようで、なんとも言えない気分になる。
昨日はなんの理由も無いのに彼なら大丈夫と思い込んでいた自分が馬鹿みたいだ。
「アクトさん!アルマはもう僕…俺の妻です!なんなんですか、いきなり現れたと思ったら急にアルマを抱いて!
アルマさんもです!そんなに昔の男がいいなら俺にだって考えがありますよ!」
その言葉に反応したのか強く抱き返してくる。
あれ以来、硬い床の感触しか無かったが久しぶりに柔らかくもふもふなアルマの髪に触れて癒される。
初めて会った時と比べて随分と肉付きが良くなった気がする。それは太ったとかではなく、女性らしい肉体になってきたというか…ああ、こういうことばっかり考えてるから辺な称号が付くのか。
それにアルマを抱き寄せたのは彼女の感触を楽しむのでも、ギャーギャーと騒いで露出した下半身を前後左右に振っているのを見せない為だけではない。
サジの後方に見知った人影が見えたからだ。
これで暫くはハンバーグだとかメンチカツだとか、挽肉を使った料理は食べたくなくなる。
「全力全開!食らえ!俺の【幻惑の声】!アルマさん!君は俺のつ─」
言葉は最後まで紡がれなかった。
突き出していた腕は肘から先から無理やり齧り取られ、痛みとともにくる熱さと溢れ出す痛覚がもたらす恐怖を超えた絶叫。
「ギィャアァァァァァァァァッッッ!!」
耳障りな声だ。
「ムカデは死ね」
怒髪天を衝くが如く髪を逆立ててサジの腕を喰いちぎった者…エルヴァはごりごりとまるでスナックかのようにサジの腕を噛み砕き飲み込む。
魔物状態じゃなくて人間状態で人間の腕を貪り食うのは見た目がどうかと思うが…
「……エルヴァ?」
「ムカデの腑引き摺り出す」
「……ううん、大丈夫だよ」
「ムカデ」
「……今回だけは許してやる…って」
「…そうかよ」
ぺっと吐き出したのはおそらくサジの付けていた貴金属だろう。流石のエルヴァも金属は食べられなかったようだ。
それに彼女が握っていたのはアルマの盗られた武器と魔法の袋だ。どうやら屋敷の中から見つけてきたらしく、此方へと渡してくる。
「ありがとう。ところで魔物ってなんだかんだで人間食うけど美味いの?」
「ムカデを引き裂く」
「……不味いけど、良質な魔力が取れるから…って」
「へえー」
そうだったのか。
まあ、それは置いておいて。視界の端で痛みで転げ回るサジの姿が見える。
他人とは言えど傷付いた姿を見て、アルマを洗脳していた報いを受けたのだろうと内心笑うのは自覚なんてしなくても自分の性格が悪いと思える。
「ムカデの足を引き抜く」
「ん?」
「……国王軍が向かってきてる…って、やばー」
「国王軍…?ああ、言われてみれば一応貴族階級だもんな。呼んだのか?」
お尋ね者にされる前にさっさと逃げた方が良さそうだ。顔が割れていたらどうしようもないけど。
「……アクト」
「うん?」
「……安心したら腰…が抜けた」
「マジか」
「……背負って」
「わ、わかった。振り落とされるなよ」
本当か嘘かもわからないが取り敢えず逃げるのが先だ。
「殺す」
たった一言だけ告げて、エルヴァは巨大な狼へと姿を変える。
まあ、彼女に関しては今までも見つかったことなかったし大丈夫だろう。
アルマを背負い急いで屋敷から脱出する。
近くの森で適当に魔物を狩ってれば勘違いしてくれるだろう。
「アルマ!俺…僕のアルマ!どうか行かないで!」
「……いー、だ」
屋敷から出て暫く走っていたら断末魔の悲鳴がここまで聞こえてきた。
それから暫くして口元を真っ赤に濡らしたエルヴァが戻ってきたのは言うまでもない。




