見苦しき人間達
「ゴフッ…クソ、クソクソクソクソッ!僕が人間如きに!」
腹に空いた穴からは人間を真似したせいか薄気味悪い赤い液体と気色の悪い固形物が漏れ出てきた。
それらは別に問題ない。あくまで真似したものだから。だが肉体へのダメージと何よりも本体である魔石への魔力干渉によって身体が再生できない。
「屈辱だけど…今は逃げるしかないね」
何とか無事だった翼を使い飛び上がるとぶちぶちと音を立てて下半身と上半身を繋いでいた皮が破れる。
魔石さえ無事なら体がどれだけ損傷してもすぐに治せる。
「必ず…必ずだよ、人間!君は死んで無理だろうが必ず君が大切にしていたヴァリアントも!あの魔族も!僕が食ってやる!」
立ち込める土煙に向かいそう叫ぶと何処か安全な場所へ─
「…殺す」
バチンと閃光が弾けた。見覚えのあるそれはやはりと言うか赫雷を纏った人間。その肉体はもはや再生などされてい無く、雷の義手や義眼も無く、ただその身が砕け散るのを待つだけであり、魔力に反応して攻撃を行なっているだけのようだった。
腕を十字に構え、かかと落としを防御したが元よりバランスを取るのに必死だったため地面に叩きつけられてしまう。
三度、全身を言い知れぬ感情が包み込んだ。
人間はぐしゃりと音を立てて着地どころか受け身も取らず頭から地面に落ちてくる。しかしその瞳には此方への殺意を残して立ち上がる。
限界を超えた両足は既に蝋燭のように消えていき、肉体の崩壊も止まらない。此奴はもうすぐに死ぬと誰が見てもわかるのに、ドラゴンは全身を震わせた。
う、動けない!?なんだ?奴の新しいスキルか!
ゆっくと、だが確実に人間はこちらへと歩を進めてくる。
「殺す…」
再び構えられた拳には先程のように全ての魔力を収束させ世界の色を奪う物へと変わっていた。
「や、やめてくれ…」
「殺す」
「頼む、来るな僕に近づくなッ!」
「殺す!」
「やだ、やだやだやだやだ!やめろぉぉぉぉっ!!」
あとほんの数歩。それで自分の肉体どころか魔石毎粉々に砕かれてしまう。
しかしその先はなかった。
「【ワルプル…ギス】」
少女の声と共に虹がかかる。もうとっくに日は沈んだと言うのに、雨など降っていないのに。人間の全身を虹が包み込んだ。
そこでようやっと人間は動きを止め今度こそ倒れた。
「……アク…ト…」
ここまでかなり距離はあった筈なのに、どうやら魔族は這いつくばってここまで来たらしい。倒れ伏した人間に覆い被さり自分が盾にでもなるつもりなのか、じっとこちらを睨みつけてくる。馬鹿馬鹿しい。
それにしてもなんという幸運だ。魔族のお陰で何から何まで助かった。あのメスを食えば肉体も再生可能だ。最後の力を振り絞り大口を開けて魔族に向かい飛び出つ。
しかし甘美なる魔力は味わえなく、代わりにガシャンと何かが砕ける音がした。人間で言うところの心臓部。否、ドラゴンにとっても似たようなものだ。
肉体の構成に必要不可欠な炉心石のある部位。そこに人間の手が突き刺さっていた。
「つーかまえ、た」
人間は笑っていた。どれだけ攻撃しても、どれだけ痛め付けても…立ち上がり僕と言う存在を消し去るその時まで死なないかのように…
全身が絶対零度にさらされたようだった。自分でも何言ってるか分からないほど大声で叫びながら、涙と鼻水を撒き散らしながら…気付いたら僕は人間と言う惰弱で餌にしかならない生物から逃げ出していた。
ーーーーー
「…アクト…アクト!」
「……」
死というものをここまで身近に感じたのは2度目だ。
1度めは父が勇者の凶刃によって討ち倒された時。
そして2度目はまさに今、目の前で大切な相棒の命が…尽きた…
ここまで這ってきた。エルヴァは助けに来てくれていたみたいだが、見つかったらきっとアクトの所に来れない。
痛む両足なんて後でいい。ゲルダから貰った首飾りをスキルで破壊してアクトの魔力を探し出した…消える寸前の炎は最後に極大の業火となる様に…動かなくなった相棒を揺さぶる。
「……今、ハイポーションを…」
飲む事も出来ないのだろう。何とか口移しで飲ませようとするが飲み込もうとしない。
私が悪いんだ。アクトと2人なら何でもできるって思ってた。
きっとドラゴンだって倒せるって…私だ、全部私のせいだ。
それにアクトのスキルが発動していれば私の魔力を幾らでも分け与えることでまだ、助かる余地があったかもしれないのに…それを私が止めてしまったんだ。
溢れ出る涙で視界がどんどん歪んでいく。
それしか方法がなかったと自分の心に言い訳をするがもう大切な人は戻って来ない。
「……アクト、ねえアクト…起きて、目を…開けて…」
全身に穴が開き、腹部も全面が焼け爛れ両手も両足も無い。そして彼の命の液体は必要ないだろとでも言いたげに体から止め処なく溢れてくる。
冷たい体は何度触れても慣れる事はない。
どれだけ足掻いても、どれだけ絶望を見ようとせずとも、世界は無慈悲なまでにアクトの死を告げてくる。
私の命をあげるから…だから、アクトを助けて…
認めたく無い現実に自分も限界だったのだろう。大切な人の手を強く握りしめながら遠く聞こえる大切な友達の声を聞いて、私の意識は途切れた。
ーーーーー
監視者からの報告を聞き何度目かになる不可解な報告に王とメルカは顔を見合わせていた。
「ふむ…」
「……」
冷や汗が何回も背中を伝っていった。
異世界から召喚した勇者の解雇。正直目の前にいるアホは所詮権力以外何一つ価値の無い奴ではあるが、何せこの国で1番偉い馬鹿である。自分の罪を部下に着せてくるやもしれない。
過去の記録を読めば何度かそういう無能が召喚された事例はあるので今回たまたま1人ハズレが含まれていたと内心諦めて早々に切り捨てたのだが…
ふざけてるのか?よりにもよって1番無能だと思ってた奴が1番有能だと?
所詮は異世界人。替えが利く駒に過ぎないが…
「メルカよ」
「は、はい。なんでしょうか?」
「…我が国の勇者とドラゴンがもし対峙した場合には討伐は出来るか?」
「はい。問題ないかと」
「ふむ…して、彼奴…名は何だったか?」
「アクト コダマです。魔法付与師の」
なんだ、忘れていたのか。
まあ、私も今朝方の報告書で名前思い出したし変わらないか。
「ならば良いではないか。撃退と討伐では意味が違う。我らが勇者ならば余裕を持って勝てるのであろう?良いぞ、そのナンタラはやはり無能であったな」
馬鹿で助かった。
「しかし、惜しいな…それでも十分な戦力となる。
メルカよ、どうにか懐柔出来にか?」
「そうですね…報告書通りならば奴はどうやらアルマとか言う片角の魔族奴隷を1匹所有しているそうです」
「ほう」
「先日、我が国に亡命してきた連中の中から見た目の良いものを何匹か拐ってきて調教し、与えれば良いかと」
「なるほどな。早急に取り掛かれるか?」
「勿論です」
異世界人どもは妙に亜人共が好きだが、奴も例外なく亜人好きらしい。
ゴミを与えるだけで簡単に飼い慣らせるとは思えないが…まあ、後はその魔族のガキを人質にでもすればよく働いてくれるだろう。
「陰連中。アクト コダマの魔族は後だ。取り敢えず南の難民共の所に行って何人か攫ってこい」
「御意」
姿は見えず、されどそこにいた者達は音も無く行動を開始する。
人質作戦は奥の手として取っておくとしよう。
「しかし、驚いたものだな。まさかその様なスキルを隠し持っていたとは」
「ええ…余程、我が国や勇者達の役に立ちたく無かったのでしょうかね」
「哀れなものだ…だが良い。許してやろう。頭を垂れ、今一度忠誠を誓えば使ってやらんこともない」
「流石は陛下。深き御心をお持ちで感服致します」
「そうか?そうであろうな?はっはっはっ」
…しかしそう考えてみるとスキルもそうだが行動も異常だったな。
それだけ強いスキルを持っているなら何故わざわざ弱者のふりをしていた?相当に間抜けだったかイかれ野郎だったか…
どちらにせよ、勇者達がピンチになった時に駆け付けて圧倒的な力で敵を倒して、仲直りなんてガキの考えた様な頭の悪いシナリオでも描いてるんだと思うけどさ。
「メルカ。そう言えばナンタラの側の魔族はたしか前魔王の血筋の者だと聞いているが」
「はい。虹の魔法を使用した途端にドラゴンに攻撃が通る様になった様で間違い無いかと」
「そうか…ならば容れ物を用意せねばな」
「陛下、どちらへ?」
突然立ち上がると別段太っているわけではないがのっそのっそと重そうに体を揺らして自室へと歩き始める。
急いで後ろをついて行くと妾を呼び出せと急に言い出し始めた。
「どうなさるつもりで?」
「アレの中に1人、そこそこ優秀なのを産んだのが居ただろ?ソレに魔王の反魔法を移植させよ」
「なるほど。ですが、それにはアクト コダマの奴隷が必要になりますが?」
「構わぬ。我が国の内部に居るのなら我が国の所有物だ」
「仰る通りで」
たしか奴は戦闘によるダメージで生死の狭間行き来しているらしい。
その隙を狙えば簡単に事は済むだろう。序でに奴のエンチャントした武器も中々に研究のしがいがありそうだしそちらも頼んでおこう。
「それとだ。ドラゴンを討伐せずに撃退させたのは間違い無いのだな?」
「はい。人間態となったドラゴンが逃げるのを確認しています」
「ならば…」
「おそらく、ドラゴンの性質など微塵も知らないでしょうが…それは兎も角、再び来るかと」
「ふむ…任せても良いか?」
「仰せのままに」
何とも強欲な方だ。
「魔王は勇者達に任せれば良いが…他国に関してはな。余がどうにかせねばならぬからな」
「最近は西の連中が新しい召喚方法で多数の異世界の者を呼び寄せたと噂で聞きますからね…」
「牽制なら一向に構わぬがもしも…そう考えると利用できる物は何であろうとな?」
「…心中お察しします」
そして部屋の前に着くと護衛は要らぬと言われたので仕方なく部屋の外で待つことにした。
「気にするなメルカよ。父と母と子。最初で最後の語らいだ」
「…承知しました」
半分とは言えど自分の血を分けた子と、一時と言えど愛した女性と…語らうなどと宣うが知っている。どうせ子供の方は洗脳、母親は肯定しても否定しても殺す。
陛下からすれば所詮道具に過ぎないのだ。
可哀想とは思うがしょうがない。頭の緩い男と股の緩い女が合えばそれがたとえ一国の王と娼婦より多少見栄えがいい程度の女でも行為を行ってしまう。
本当にこの国はどいつもこいつも畜生以下だよ。
ーーーーー
3日ほど前に国王からドラゴンの被害に遭ったセルバー復興の手伝いという名目でおよそ3000人の兵士がセルバーに送られてきた。
「…気に食わねえ」
「どうしたキース?」
「今までは目の上のタンコブみてえに俺らを蔑ろにしてきた癖して、今はこれだぜ?」
「しょうがないだろ?街に被害は出てないとは言えど死傷者は多数出てるんだ。暫くは魔物の被害が増えると覚悟してたんだ。それに比べりゃな?我慢しろって」
「チッ…」
たしかに街の人間や家族に被害が出にくくなるのは有り難い話だが、別段それだけじゃない。もう一つ気に食わないことがある。
兵士の中に妙に殺気だったと言うか…血生臭え奴らがいたんだよなぁ…
長年の勘という訳でもないが、明らかに復興の為に寄越した練度の低い兵士の中に紛れて歴戦の猛者らしき者達がいた。
「…クソが」
「悪態吐いたり、連中と喧嘩始めんじゃないぞ?今はボスも死にかけなんだから変に連中に迷惑かけてみろ?適当に理由付けてこの街を国の玩具にされんぞ」
「くだらねえ。だったらオクタヴィア。テメエらだけどうにかしろってんだよ」
「あっ、おい!キース!」
胸糞悪い。魔族贔屓のあのキ○ガイ勇者も、国の傀儡供も何もかも。
…ん?この臭いは…
近くの酒場でヤケ酒でも呑もうかと思っていたら薄っすらと漂ってくる鉄の臭い。
どこぞの連中が喧嘩でもおっ始めたかと見に行くと街の裏路地に着く。
地区的にもだが、その中でも特に治安が悪い場所で薬をキメた連中がよく暴力沙汰を起こしているあたりに数十名にも及ぶ兵士が死んでいた。
全員が物凄い力で首と胴体を引きちぎられている所を見るととんでもない怪力の化け物となるが…
「…何だこりゃ?タチの悪い化け物でも─」
ピタリと体が止まった。ずっといたのか、はたまた今現れたのかは知らないが路地の奥の影の中に立つ人物が妖しく光る眼光で此方を睨んでいた。
「おや?また新しい人間だ。君も僕の大切な旦那様達に手を出す無粋な輩かい?」
「…ちがっ、俺は、」
「そんなに緊張しなくてもいいだろう?つい先日に殺り合った仲じゃないか」
どことなく落ち着いていて、それでいて優しげな声音をしている。
悪意は無いのは理解出来るが体がそれ以上は進むなと、回れ右して帰れと信号を送っている。
目の前にいる奴は先日戦った魔族狂いの脳無しとは比にならない。手を出してはいけない相手だ。
なんでここにいやがる?報復か?ふざけんじゃねえ。テメエを殺りかけたのはあのキ○ガイとアタギだろうが。
「ねえ、教えてくれないかい?旦那様たちはどこ?」
「し…知らない」
「へぇー…まあ、いいや。本当に知らなそうだし。
何処にいるんだろう?炉心石が破壊されちゃったから僕もう時間が無いんだけどなぁ…早く子孫を残さないといけないのに」
一瞬風が巻き起こり鼻の奥にまで血の臭いが突き抜けてくる。
もう影の中には誰もいなかった。




