憤怒の弓、弔いの矢
今日から更新ペース戻します。
「ボ、ボス!」
「チッ…馬鹿が…
だが、時間稼ぎをしてくれてるのも事実だ。
テメエら!あんな勇者名乗る馬鹿なんぞに遅れを取るな!準備が出来たんならさっさと行け!俺たちの街は俺たちで守るんだ!」
「「「オオォォォォォォッッッ!!!」」」
鬨の声をあげる。
何人死のうが関係ない。
何せ、やられちまえば俺たち全員もれなくドラゴンの胃袋行きだ。
それで無くとも絶望的な状況には変わらないのだから。
何度目かの空の輝きは再び矢の雨を降らせ何百ものワイバーンがそれに巻き込まれ肉塊へと変わる。
それでも尚、空が晴れる事はない。
「はぁはぁ…ぐっ!【レインアロー】!」
再び撃ち上がった光は矢の雨を降らせる。
しかし流石のワイバーンも学習したのかやの雨が降る僅かな時間で距離を詰めユウキの喉仏を噛みちぎろうとしていた。
「…ッ!」
「グギャッ!」
すんでのところでワイバーンから鮮血が飛び地面に倒れる。
そして再び矢の雨が降り始め、肉塊の山が作られる。
「すまん、気を抜いてた…助かったよ」
「礼はいらねえ。俺はユウシャサマが嫌いだからな」
「そうか」
順調だ。
まだ始まったばかりだが自称勇者が撹乱、そして大規模な範囲攻撃をしてくれているおかげで処理しきれる。
何よりも死傷者がほとんど出ていない。
「いいぞ、その調子だ!背中は仲間に任せろ!一気に畳み掛けるぞ!」
「「「ウオォォォォォォッッッ!!」」」
再び鬨の声が上がる。
組合長になってから久しく武器を持っていなかったが…まだまだやれそうだ。
戦鎚を強く握りしめ飛んで来たワイバーンの頭部目掛けて横殴りに一撃。
思ったよりも簡単にワイバーンの頭は吹き飛んでいった。
勝てる、勝てるぞ。
ドラゴンはまだ出てきてないが最後に目撃されたのは何百年も前だ。
それについ最近にもドラゴン接近で戦闘が起きた街も単に繁殖期が重なったワイバーンの群れが通っただけだ。今回もそうに違いない。
心の奥底に僅かだが安堵が生まれた時、絶望はまるで待っていたかの様に歩み寄ってくる。
「避けろボスッ!」
ユースの声が聞こえた。
その瞬間に右腕の感覚が無くなった。肩が熱くなってくる。まるで高音の金属を直に押しつけられてる様な。
耐え難い痛みからくる絶叫は目の前で羽ばたく音に掻き消され、巨大な竜はまるで悪魔の様にも見えた。
「ギュルルルァァァァッッ!」
憎々しげにカシの腕を噛み砕き飲み込むと、追い討ちとでも言いたげに口を大きく開け赤く輝く巨大な炎が生まれる。
「本物だ!本物のドラゴンが出たぞ!」
「ボス、逃げろ!!」
「ボスッッ!!」
「…はは、無理に決まってんだろ」
間に合わない。そうわかってるから呑気に返答した。
仮にこの攻撃を避けたとしても俺を殺すまでコイツは追ってくる。
「カシさん!」
「おい、ユウシャ。あとは頼んだぞ…」
「ボス─」
巨大な火炎に飲み込まれ視界が真っ赤に染まる。しかし全身が痛みを感じる前に爆発が起きた。
ああ…クソドラゴンが死にさらしやがれ…
そこで俺の意識はぷっつり消えた。
ーーーーー
突如現れたドラゴンはワイバーン以上に発達した翼を持ち、見上げる様な体躯と暴風を巻き起こす翼、黒と白の混ざり合った金属質な鱗、そして何よりも全てを噛み砕く様な大きな顎。どれをとってもワイバーンなど比べ物にならない。
マジかよ…
ほんの一瞬無理だと諦めかけた。こんなの勝てるわけないと。大きくても鈍いならいい、だがこいつは大きくて疾くて強い。最悪の三拍子だ。
「クソがァァッ!」
しかしユースの怒声に我に帰る。そうだ、何をボーッとしてるんだ。戦え。
折れかけた心を奮い立たせ矢を撃つ。スキルを使わなくとも威力や貫通力はある…しかし矢は簡単に弾かれる。
同様に冒険者たちの攻撃も全て受け切ると此方を睥睨してくる。
攻撃も効かねえのかよ!
どれだけ攻撃を行っても意味はないが、鬱陶しいとでも思ったのか、羽虫を払うかの様に尻尾を振るとそれだけで魔力的な爆発が起き自分を含めドラゴンの周りにいた冒険者たちが吹き飛ばされる。
「ヒッ…腕…わ、わたしの腕ぇぇ!」
「あだま、あだまがわれわれれれれ」
「くっ…回復魔法の使える奴は重傷者の手当てを!
軽傷者はポーション飲んで回復しろ!」
腕や足が吹き飛んだ者、頭部や腹部から悍しいピンク色の個体を垂れ流す者…たった一撃で…
「グルルル…」
ドラゴンは攻撃をしてこない。
まるで人間を殺す事を楽しんでるかの様に苦しむ様を見て嗤っているかの様にも大人しくこちらを見ていた。
「おい、勇者!無事か!」
「あ、ああ…」
「…腰抜けたんならさっさと逃げな。
お前は元から関係ない」
「いいや、最後まで戦う」
ここで逃げればもっと多くの人が死ぬ。
「そうか…逃げたって誰も攻めやしねえのにな。
感謝はしてるぜ?こんだけワイバーンも減らしてくれたしな」
「お前らは?」
「俺たちは…ボスの仇を討つ。それだけだ」
「勝てるのか?」
「はっ、阿呆らしい。そんなもん関係ねえよ」
何言ってるんだ?
「死ぬ気なのか?」
「まさか!野郎の首取ってボスの墓前に供えんだよ」
……
「ユース…会って1時間も経ってない僕を信じてくれなんて都合のいい事は言えないが…時間を稼いでくれないか?」
「はっ、お断りだ。
俺たちゃ勝つ為に戦ってんだ。てめえの手を借りるまでも無く奴を殺しちまうよ」
「…そうか」
「怖いなら、そこで座ってな。
こっちには来ねえ様にしといてやるよ」
「…感謝する」
ユースはそれだけ言い残すと戦える者だけ連れて再びドラゴンへと向かって行く。
ここまで話していても全く攻撃してこないのは自分を傷つけられない格下が相手と舐められているからだろう。
好都合だとスキルで出していた弓を解除すると深呼吸をする。
もう2度とこのスキル達は使いたくなかった。
俺はお人好しで、直ぐに人を好きになってしまう…だからこんなスキルを発現したのかもしれない。
「【装甲纏・大罪】」
あの日、弱かった己自身に向けた怒りが、助けられ生き残った無様な自分への憤怒が守るべきものも守れずに腰を抜かす愚かなクソ野郎が…
目を逸らしていたそれは己の弱さの象徴であり、同時に親友達の命と引き換えに得たようなスキルだ。
構えていた手が輝き、召喚されたのは燃え盛る炎。それを体に入れると激痛が走り激情を象る様に髪が揺らめく。
まだだ…これで終わりじゃない。
全身が震える。
あの日の情景が目の前で今起きたかの様に鮮明に見えてくる。
「僕が…弱いから悪いんだろうがッ!全部自分のせいだよ!救われた命を無駄に消費すんな!僕は僕のやりたい事をやれ!
いい加減に一歩踏み出しやがれ!アタギ ユウキ!」
再び手に宿った炎が形を変え、揺らめく巨大な弓へと姿を変える。
「【憤怒の罪】ッ!」
自分の身の丈以上に大きいのに重さを感じる事はない。
2人の命を背負って生きる。そう決めたんだ。もう絶対に迷わない。
「【ラース マニピュレイトアロウ】!」
【マニピュレイトアロウ】は放った矢の弾道を自在に操るだけのスキルだ。
しかし大罪の炎を纏った矢は…今まさに冒険者の頭を噛み砕こうとしていたドラゴンの頭部をへと突き刺さり憤怒の炎を作り出す。
「ギュガァァァォッッ!」
「これ以上、僕の前で命を散らせてたまるか!」
攻撃が効いたのを確認するや否や新たに矢を生成して射ち、討ち、止める事なく射ち続ける。
【憤怒】状態だとSPだけじゃない、MPの消費も激しくなる。長く続けばそれだけこちらが不利になる。
怯んだ隙に腹部に5本、更に眼球にも矢を撃ち込む。
「嘘だろ…」
「あれだけ攻撃しても傷一つ付かなかったのに」
冒険者達が呆気に取られても無視して矢を射ち続けるとドラゴンはその巨大な翼を広げ飛び立つ。
その目に宿るのは先程までの格下相手に遊ぶ余裕ではない、己の肉体を傷つけ、焼き、穿ち、痛みを作り出した敵への憎悪の色。
「まだまだ!」
燃える弓に矢を番えると矢尻が3本に分かれ鉤爪の様に変化する。これもまた【憤怒】状態の時にのみ使えるスキルだ。
「【クロウ】!」
放たれた矢は避ける間も無くドラゴンの腹に突き刺さるとその腹を離さんと燃える爪が内臓ごと深く掴む。
「グギャッア!」
「飛んで来んじゃ…ねぇ!」
矢には魔力で出来た紐が付いている。それを手で絡め取ると引っ張り浮いていたドラゴンを地面に叩きつける。
冒険者たちの歓声が聞こえてくる。
心地良くもない。ただ、無慈悲に殺すだけだ。
「グギ…ギャァァァッ!」
「…そうか、逃げるのか」
一瞬で飛び立ち空へ消えるドラゴンは魔力を探知して場所など直ぐにわかる。
隠れても無駄だ。
ここで…必ず仕留める。
弓の下の部分…下弭を地面に突き刺し斜め上に弓を向け、スキルで矢を1本作り出す。
燃え盛る炎の中でもその矢は淡く光るだけだ。
「…【弔いの矢】」
誰か大切な人が死んだ時にしか射てない矢は、空へと放たれると光に包まれ辺りを照らす。
空の上に逝った者にも見えるように…
パシュンと音がしてドラゴンが撃ち抜かれる。
なにが弔いだ…こんなの怒りに任せただけのただのスキルなのに。
「倒した…勇者がドラゴンを倒したぞ!」
「勝ったんだ!俺たち勝ったんだー!」
頭が倒されたせいかワイバーン達も散り散りに逃げて行く。
勝てた…のか?僕は、僕だけの力で…
感情が沸き立つ。
安堵感で心が破裂しそうだ。
しかし、不幸な事というのは立て続けに起こる。
ゲームみたいに上手く行ったなんて思ったからだろうか。或いはまだ先にボスがいるなんて思ったからだろうか…
魔物図鑑を持っていた冒険者の1人が叫んだ。
「こ、これドラゴンじゃない!強化されたカオスワイバーンだ!」
「えっ…」
そして地響きが始まった。
大地が割れ、巨大な頭が出てきた。見上げるほど…なんて言葉じゃ表せられない。ドラゴン…否、今倒したカオスワイバーンも小さく見えるほどだ。
頭が出て、それから翼、体、腕とどんどん巨岩の山を作りながら、もう一つの山が起き上がる。
「う、嘘よ…ずっと潜っていたの?寝ていたとでも言うわけ?
私達は無駄に命を散らして…ボスも…
あり得ない…こんなのってありえるわけない!
無理よ…キャハ…キャハハハハ!」
冒険者の1人が半狂乱に陥る。
それは伝染し周りの冒険者達が次々と武器を捨て逃げ始める程に巨大で…絶望的だった。
寝ていたと言うなら欠伸のつもりなのか、口と言うよりかはどこまでも続くような巨大な穴を開け音を出す。
「ギュゴオオオォォォォォッッ!!」
欠伸…否、その音による大破壊はそれでも尚戦おうとしていた冒険者達の心をへし折り、吹き飛ばした。
音だけで…これだけの衝撃波が…
それはユウキも同じだった。吹き飛ばされなくとも、距離は離れているのに耳を塞いでも貫通し頭が痛くなってくる。
そうして誰もが倒れ伏し、心を折られた。
そんな様子を生きる災厄は一瞥もせずにゆっくりと地響きを立てながら寝起きの食事の待つ街へと向かう。
もう誰もドラゴンに立ち向かう者はいなかった。




