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もこもこな魔族少女




 とりあえずヤケ酒をした。浴びるほど呑んで、呑んで呑んで呑んで…気付けばゴミ捨て場で寝てた。


 悪臭に顔をしかめながら空を見上げると日は既に西に傾いていた。寝過ぎた。

 

 こっちの世界は成人が15歳なので酒に関しては問題ないが賃金を入れていた魔法の袋も、貰った端金を入れていたサイフもスられたようだ。治安の悪い国だ。


 まあ、異世界来ても城からほとんど出てないし、出たとしてもそのまま魔物討伐だったからなぁ…知らなかった。


 あとはヘソクリにと取っておいた靴底の金しかない。


「…安い宿探すかー」


 二日酔いで揺れる頭を無理やり起こしてふらふらと街を歩く。

 奇異の眼で見られてるが慣れたのでもう気にしない。


「宿…宿…あり?」


 気付けば裏路地の怪しげな店の前にいた。

 看板の文字は…奴隷?奴隷販売の店か。


 奴隷…なんだかその言葉に無性に腹が立つ。

 この半年は特に奴隷のようにこき使われた、否奴隷の方が待遇いいだろう。人によっては家族の一員とみなしてるんだから。


 乱暴にドアを開けると余程儲かっているのか随分と脂ギッシュで横に太い商人が笑顔で出迎えるが汚らしい見た目のせいか浮浪者と間違われ追い出されそうになった。


「客だよ、金もある」


 袋いっぱいの銀貨を見せると先程同様に営業スマイルを浮かべて手揉みし始める。薄情な奴だ。(靴底の金しかない筈)


「へい。それで、今日はどう言った奴隷を御所望で?」

「殴ったら良く泣く奴」

「へ?」


 もう限界だった。いや、限界を超えた。ストレス天元突破だ。

 もっと他にあるだろうと思うが結局親が親なら子も子なのだろう。

 仕事のストレスが溜まればいつも俺を殴ってきた母と見て見ぬ振りをする父と兄。

 結局環境が変わったって、あんな風になりたく無いって思ったって意味はないんだ。


「失礼承知ですが、お客さん異世界の勇者って馬鹿王に召喚されやした中の1人ですよね?

 奴隷でしかも労働用じゃなくて虐待用を買うには体裁が…」

「いいんだよ、クビになったから。役に立たねえから用済みだとよ。

 早くしろ、他の店行くぞ」

「あっ、待ってくだせえ!大丈夫、大丈夫ですから!売りやすんで!」


 渋々と奴隷商人は奥の奴隷を入れてある檻へと案内する。

 最低限の食事と環境なのだろう。下手すりゃ今の俺よりも小綺麗な奴もいる。


 商人は更に奥の扉を開ける。どうやらここは愛玩用。

 奥は先程と比べて見た目は良く無いがガタイのいいものが多い。多分ここは労働用。


 そして最後に開け放たれた扉の奥。ああ、こいつらだ。

 ボロ切れ程度の布で最低限大切な部分を隠し尊厳もクソもない。身体中に青痣が出来ている。


「へい、旦那も中々に人が悪そうで」


 内なる嗜虐心に火がついたのか怯えて檻の隅で縮こまる姿に心が躍る。

 

「ごゆっくりお選びくだせえ。安いんで、まとめ買いも一案ですぜ」

「ああ…」


 結局人間なんてどいつも同じだ。こうやって自分よりも下の者がいれば見下して自分の優位を確認する。


 どいつもこいつも自分が1番不幸で、悲劇のヒロインなんですーみたいな目してるな。


「…ん?」


 それはとある檻の前だった。これまた随分と小汚い子供が1人。


 もこもこした綿毛のような鳥の子色…赤みがかった淡い黄色とでも呼べばいいのか、とにかく腰まで伸びたふわふわの髪に大海や青空の様にキラキラしている群青色の瞳。そして何よりも目立つのは大きな下曲がりの角。まるでヤギか羊のようだ。

 ただ、左右非対称で右は大きいが左はツノの根本あたりからポッキリと折られている。


「おい、親父」

「へいへい。お?あー、お客さんそいつはやめといた方がいいですぜ。

 遠方で仕入れてきた魔族のガキなのですが角がねぇ…」


 たしかに不格好でバランスも悪そうだ。


「俺こっちきて初めて見るんだが魔族の角ってそんなに大切な物なのか?」

「そうでやんすねぇ…あると無いとじゃあ値段が倍違います。

 両方無けりゃまた買い手が付くんですがね、片方だけ折るってのはどうも…」


 渋るなぁ。

 まあ、話始めたのはこちらなので最後まで聴きはするが。


「ダメなのか?」

「へい。魔族ってのはどいつもこいつも角が生えてやしてね」

「おう」

「魔力受信器管?とか呼ばれる物で脳に直結してやがるんですよ。

 んで、片角は奴隷としては非常に脆いんですよ。片方が壊れてりゃもう片方が頑張り過ぎてかえって片側の脳に負担もかかりやすしね。

 だからって下手にもう片方折ろうとすると…」

「ああ、なるほど…」


 レアではあるが価値は無いって事か。


「安いのか?」

「買うので?」

「買う。負けてくれ」

「直球だなぁ…まあ、すぐに死ぬんで処理はお願いしやすね。

 そうしたら…普通は銀貨50枚くらいですけど銀貨10枚でいいですよ」


 因みに硬貨は下から青銅貨、銅貨、白銅貨、銀貨、白銀貨、金貨、白金貨、とあり大体相場は元いた世界の10分の1くらい。

 有り体に言えば子供のお小遣い程度で命を一つ買ったのだ。


「それじゃ契約書にサインお願いしやす」

「はいよ。えーと…」


 サラサラとこちらの文字でコダマ アクトと書く。

 奴隷の名前は…アルマ=マギウムか。

 最後の血印を押して契約完了だ。


 魔法なのか、紙が宙へ浮かぶと真ん中から2枚に破れ片方はアルマの体内に、もう片方は俺の手元へとくる。


「はい、どうぞ。こちらが念の為の契約破棄用のスクロールです。

 あ、一応言っときやすが主人に危害は加えられませんが、多少は抵抗するんでそん時や角にヤスリでも当てれば大人しくなりやすんで」

「お、おう。そうか」

「………」


 喋らない奴だ。

 無言で全部受け止めていて、今から起こる事全てが当たり前の様に身構えているようで。


「あ、ところで今晩の宿お決まりで?よろしければお部屋安くお貸ししやすぜ?

 道具はどちらの物も一通り揃ってやすんで。

 それに晩飯くらいは出しますぜ?」

「あー、じゃあ頼もうかな」

「へい、毎度」


 商売上手だな。

 まあ、でもいいか。

 シャワー浴びてスッキリしたら、殴って殴って…気分よく寝れそうだ。



ーーーーー



「ベッドに横になれ」

「……」



 荒んでるとは自覚してる。このまま行けばきっとどこまでも落ちて、あの母親のようになる…なのに、止められない。


 何も言わず横になり抵抗する気もないのかだらんと手足を投げ出す。


 それに、ボロ布から見える肋骨の浮かんだ胸も、白く細い足も誘ってるようにしか見えない。


 少女になるべく体重をかけないよう馬乗りになると拳を握る。

 

 改めてその顔を見ると非常に整っており、髪を切ってやり、しっかりとした格好をすればきっと美人なのだろう。

 だが、美形はもううんざりだ。あいつらの事を思い出す。


 思いだせば思い出すだけ、嫌になってくる。何であんな奴らの言いなりになってた?何で、やりたくも無い事をやっていた?


「……殴らないの?」

「ッ!!」


 重なるのは幼き日の自分。少女よりも乱雑に、硬い床の上に押さえつけられた後、何度も何度も母に殴られた。

 口が切れ、奥歯がぐらつき泣いても彼女の気が済むまで許してもらえない。腹を痛めて生み出されただけの人形だ。

 俺は嫌な思い出を忘れるかのように拳を振り下ろした。



ーーーーー



「……あの」

「なんだよ、腰抜けって言いたいのか?」

「……違う」


 結局すんでの所で拳を止めてしまった。

 最悪の事だ。ほんの一瞬でも認め、あの母親と同じ事をしようとしていた。

 あの勇者パーティーの奴らのように自分より弱い者で己が優位を得ようとしていた。


 部屋の隅で体育座りしてるとアルマがベッドの上ですごく申し訳なさそうな顔をしている。なんだ、感情はあるのか。

 お前は悪く無いよって言ってやりたいがそんな事言えた義理じゃない。


「なあ…お前もさ、なんで生まれてきたんだろって思った事ある?」

「……あるよ。でも、父様がアルマは必要だって…」


 少女はポツリと呟いた。蚊の羽音のような声だ。

 もっとはっきり話してほしい。


「はぁ…いいよな。俺なんか一度もそんなこと言われた事無いよ。

 兄の出涸らしとか穀潰しとか、親から悪口しか言われた事無い」

「……アルマも、必要って言ってくれた時は嬉しかった…

 だけど、本当に必要なのはアルマじゃなくて魔法だって知った時…悲しかった…」

「…なんだか、お互いに見捨てられた同士でお互いの傷に塩塗り合ってるみたいだな」

「……一緒。アクトもアルマも一緒」


 …はぁ。


 今しがた上着から取り出した契約解除のスクロールを見る。こんな事して罪滅ぼしになるかもわからないが…


「えーと…

 汝、アルマ=マギウムとの奴隷契約を解除する。

 その身は自由の翼となりて主人、コダマ アクトの元より飛び立て」


 パキンと何かの壊れる音がするとアルマの体内から先程の契約書が出てくる。

 

 手元の契約書が先ほど同様に宙に舞い上がり1枚に戻ると同時に燃えて灰になってしまう。

 キョトンとした顔でアルマがこちらを見てきた。


「……どうして?」

「いや、だってさ…」

「……アクトが私を買ったのだから、私はアクトの物…

 こんな物は外面に過ぎないけど…大切な物…」


 燃え落ちた灰にふっと息を吹きかけると契約書は元に戻り再びアルマの体内へと、俺の手元に戻ってくる。

 

 どんな高度な魔法なんだ?いや、スキルか?


「……ふわわわぁぁ…眠い、おやすみぃ…」


 コイツあれだな、図太いんじゃなくてマイペースなんだ。


 なんかこうふわふわもこもこしてるような声を出してアルマは寝てしまう。

 流石にベットで寝るのも申し訳ないので床で寝る。まあ、ダンジョンの硬く冷たい床よりは柔らかいのでその日は久しぶりに快眠できた。

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