逃走劇
「待て、クソども!」
「いや、普通待つかよ」
現在は何時か知らないがかれこれ1時間ほど追いかけられている。きっかけはトビィのイビキ。いや…獣人だし鼻も効くだろうから時間の問題だったろう。
「トビィ、やっぱ飛べねえか?」
「ふふふ、これ以上酷使したら流石に翼が壊れるよ?」
「……トビィなら、大丈夫」
「もしくは囮になれ」
「やれやれ、酷い話だ。無論お断りするけどね」
流石にヴァリアントを敵視してるのでエルヴァのいる村に逃げるわけにもいかずだからといって連中が我々を逃すつもりもないらしくひたすらに追いかけてくる。
「チル、ハエル!先回りして抑えろ!」
「任せて!」
「わかった!」
「……足速そう」
「問題…ねえ!」
アルマの予想通りに確かに素早いことは素早いが…実力は伴ってなくチルと呼ばれる獣人の顔面に1発撃ち込むと直ぐに伸びてしまう。
もう1人もトビィが既に対処済みだ。
しかし…
「なあ、もしかしてこれ」
「……ん。どこかに追い込まれ…てる」
「やっぱり?」
気付けば森の中だ。しかもここら辺は下り坂なので色々とヤバい。ましてやこの先崖の様で逃げ道も無い。
「まあ、少なくとも彼らの身体能力からすれば僕らなんて簡単に捕まえられるだろうしね」
「…!?アクト、やばい!」
「え─」
アルマに返答するよりも前に体が勝手に動いた。レーヴァテインの炎を圧縮させた赫赫の剣。それで受け止めたのに相手の爪は傷一つ付いてないようだ。
「てめえ、不意打ちなんぞ卑怯だと思わねえのかよ」
「生憎と弱者相手だからな。何をしても此方が正当化される」
どういう理論だと言いたくなってくる。
ウォルフと彼のそばにいる何人かの獣人…なるほど、追いかけてきた連中と比べて明らかに格が違いそうだ。
「クソカスのヴァリアントは捨てても相変わらず薄ら汚い魔族は側に置いて気分だな」
「吠えんな犬が。去勢されたら途端に大人しくなるくせに」
……
挑発は取り巻きには効いているようだがウォルフには全く効果なし。口でも尊大だが確固たる自信とそれに見合う実力の元であの態度なのだろう。
「…しかし驚いたぞ。まさかドラゴンの力を使える人間がいるなんてな」
「……」
「……」
「…え、あ!僕か」
「お前以外に居ねえだろ」
「まあね。いやしかしドラゴンの力か…ふふ」
「興味深い話だ。人間という弱者に負けて消え去る存在のスキルなど持ち合わせてる気持ちはどうだ?」
「存外悪くはないさ、少なくとも仮初の玉座で胡座をかく畜生とかよりかはいい暮らしをしてるしね」
ぴくりとウォルフの眉が動く。そっち系には弱いようだ。
「あ、そうだ旦那様。今の僕、尻尾だから。切り捨ててもらっても問題ないよ」
「…は?」
尻尾…尻尾?ああ、なるほど。
「奴らを皆殺しにしろッ!」
「し、しかしウォルフ様!獣神皇帝からは─」
「俺の言葉は皇帝の言葉だ!いいから殺せ!」
くそ、導火線に火を付けといてお前だけ関係なしかよ。
「アルマ、捕まってろよ」
「……?」
「あとで何かやるよ」
「ははっ、もっと具体的に頼むよ」
トビィの背中を蹴飛ばすとそのまま抵抗もなく獣人達の前に転げ…トビィが顔を上げた時には全身を槍で貫かれた。
「ゴブっ…は、は…」
「…ッ!?アクト!」
「気にすんなって、それよか着地頼むぜ」
瞬間、トビィが爆発した。これでもかと言うほどに轟音と光を放って。
それに合わせて崖から飛んだ。もう何もかも忘れたかの様に、勢いよく。
「くっ…馬鹿が。フォルカ!」
「ええ、言われなくとも」
翼を広げた鳥型…いや、蝙蝠もいるのか?兎も角、逃がす気は無いということだろう。
「アルマ、足場頼んだ!」
「……わかった」
蛇腹剣が伸び、彼女を包み込むと同時に俺の足元で丸まり足場となる。
すかさずにゼウスエンチャントを発動し狙いを定め一気に距離を詰める。
「遅い!我らは空を駆ける者、その程度かで我らに刃向かおうなど!」
「なんだ?100年早いか?それとも1000年?」
渾身の蹴りは難なく防がれた。そりゃあ足場があるといえど相手は空中戦のエキスパートだしな。まあ、どっちにせよガードされた時点でこちらの勝ちだ。
「焼き鳥、3人分だ!」
「…っ!」
ありったけの電撃を浴びせる。【クラウノス】でもいいが手数はあまり見せたく無い。
「アルマ!」
「…アクト、エンチャント切って!」
焦げて落ちていく鳥達は後回しにアルマに合図すると意図を汲んでくれたのか蛇腹剣で俺を掴み彼女を包み込んでいた球体に取り込む。
「……衝撃、結構強め」
「舌噛まねえ様にしとくよ」
地面に激突する瞬間、全身を海水が包み込み衝撃を吸収する。なんとかなった。
見上げるとかなり高さだ。いくら身体能力が高かろうが降りてくるのは時間がかかるだろう…多分。
「よし、逃げるぞ」
「……トビィは?」
「尻尾ってことはあれは分身だ。なら囮にするのが1番だ」
「……」
「…悪かったって、次はちゃんと話すから」
「…友達は大切にしな…いと、めっ」
「うっす」
兎も角、まだ連中の領土内だ。トビィがどこにいるかは知らないがとにかく急ごう。
「……どうするの?」
「逃げるしかねえだろ?恩を仇で返す様では悪いがエルヴァ達の種族皆殺しにするとか言ってる奴の話なんぞ聞きたかねえ」
「……ん」
結局ここで逃げればエルヴァはどうなるかわからない。だが、今は自分たちの命が優先だ。ついでに何処かにいるトビィの詳細も…
「…アクト!」
「げっ、マジかよ。走るぞ!」
咄嗟に回避した場所には礫が飛んできた。
投げた人物…木の上にいつの間にかいた腕の長い獣人おそらくは猿とか…というか本当にこいつら多種多様だな。
「キキっ、逃げられると思ってんのかぁ!」
「うるせえ!バナナでも食ってろ!」
逃げなければ。無駄な戦闘ほど労力を削るものはない。
「逃げ足だけは早いな!」
「そうかよ」
どこまで逃げればいいんだ?そもそも、逃げ切れるのか?
鬱蒼と生い茂る森林の中を逃走してるせいか妙にネガティブな気分になってくる。
「…はぁっ、はあっ…」
「大丈夫か?」
「……へい…き」
やっぱり戦うか?だが、敵の戦力もわからないまま…
「…ん?」
「……やばー」
「あれ、え、これ…浮いてる?」
「……浮いてない」
「落ちる?」
「……落ちる」
後ろにばかり気を取られていて気付かなかった。崖の様な…否、ぽっかりと口を開けた谷の入り口…真上?まあ、ともかく…
「2度目ぇぇぇッッ!」
「…ス、スカート…が捲れる!」
「言ってる場合かぁー!?」
短期間に2回も…自由落下を味わった。
ーーーーー
「…ふむ」
「申し訳…ありません」
首筋に突き立てられた剣はウォルフの恩情だと猿の獣人…モーカーは悟った。
血は流れ出ているが人間と違い頑丈で再生能力もある獣人からすればこの程度は適度な罰と言える。むしろ彼の爪、神祖フェンリルから受け継いできた神すら殺す圧倒的な力。それならば瞬きの間に自分の命は無くなっていただろう。
「フォルカ、何人運べる?」
「…2人までなら」
「ならモーカー含めて偵察に優れた者を4人か…少ないな」
「ですが、谷の下は魔獣の領域。兵をいたずらに送れば奴らに力を与えてしまい─」
「わかってる。チッ…この高さからだから助かってはねえだろうがよ…それでも死体を見るまでは安心できない。準備が出来次第、少数精鋭で行け」
「「「はっ!」」」
地下には行くなとは幼い頃から両親にも言われていた。曰く堕ちた獣人の世界、曰く魔に魅入られた獣の国。
身震いこそするがやはり奴らの死体を見つけるまでは言う通りに安心もできないし、そもそもウォルフに反論などすれば…それこそ終わりだ。
「悪いわねモーカー」
「いいっすよ」
「あとは…リィンとケル。任せたわよ」
「了解」
「わっかりましたー!」




