変わる
「…エルヴァ!アクト!」
「…アルマ」
「はぁ…良かった」
「え、何?僕は?」
「……冗談、トビィもおいで」
「そう?じゃあお言葉に甘えて」
大きな怪我も無さそうで良かった。だがまあ2度とトビィで飛ばないとは心に決めた。
寝かせられていたベッドから起き上がったアルマはいつも通り元気そうだった。
そして…
「……どう言うこと?」
「どう言う事もこう言う事もありませんよ。エルヴァはあなた方のようなトラブルメーカーと一緒にいるべきでは無い」
村長…自称エルヴァの祖父からの説明を受けて目を白黒させていた。
「……エルヴァはなんて言ってるの?」
「話す必要もありませんよ」
「…なんで!」
「あなた方が獣人に追われているのは重々承知ですが…もうこの村から出て行ってはくれませんか?これ以上問題事を起こされるのは迷惑なのですよ」
「……」
「アルマ、行こう」
「……」
「……まだ、アルマ話し合って…ない」
話す?そりゃあ無理だろ…
家の外からは殺気しか感じない。なんなら今にでも喉元に噛み付かれそうだ。
「じゃあなエルヴァ、幸せに」
「…ムカデを轢き殺す」
「はいはい、ムカデムカデ」
アルマの顔は見えないが、悔しそうな顔をしてるのだろうな…
俺だって本当はアルマとエルヴァにはずっと仲良く友達でいてもらいたいし、2人とも笑ってて欲しい…だが、彼女が嫌がってるなら兎も角…自分で選択したと言うなら無理に言う必要などない…のだと思う。
そこら辺は…理解できないのだ。結局、年毎に友人を変えてるような奴だ。どれだけ彼女に優しい言葉をかけたところで、猿真似も甚だしい。
「…君もそんな顔するんだね」
「俺だって人の子だよ」
「ははっ。そうだったね」
失礼な奴だ。
ーーーーー
「旦那様、旦那様…もしかして寝てる?」
「起きてるよ、うるせえな」
「ごめんごめん」
ヴァリアントの村を出て暫く…獣人の領土を抜けてさっさと人の住む所へと急ごうと話していたが生憎と旦那様や自分は兎も角、アルマは深刻そうだ。
何せあれから一度も笑いもせずに俯いたまま。挙句に食事もろくに取らない。全く脆弱な精神構造だねと軽い冗談で言ったら結構強めに旦那様に叩かれたがご褒美のようなものだ。
日はとっくに落ち灯をつけるわけにもいかずにひっそりと森の中で野宿だ。
それにしてもアルマはいいなぁ。僕なんて旦那様のベットに忍び込もうとすると剣突き立てられるのに。
「…で?どうしたよ」
「いや、なに。僕も一緒に寝てもいいかい?」
「なんでだよ…」
「いいじゃないか。こんなに可愛い子ばかりに囲まれているのだよ?」
「会話になってねえ」
否定はしてこない。まあ、でも知ってるよ?本当はこれっぽっちもアルマの気持ちなんて知りもしないのに共感したみたいな顔してるのに。まあ、僕には関係のない話だけどね。
「さて、冗談はさておき」
「ん?どうした?」
「ちょっとそこまで…ね?」
「糞か」
「…君、デリカシー無いよね。嫌われるよ」
「好かれるより嫌われてきた方が多いからな」
まあ、そうだろうね。
「聞かないでおくれよ。乙女の秘事ってやつさ」
「あっそ」
「まっ、そう時間もかからずに戻ってくるよ」
「寒いからさっさと帰って来いよ。動けなくなっても知らねえからな」
「生憎とドラゴンは卵生の哺乳類さ」
翼を広げると一思いに飛び立つ。
肺一杯に冷たい息を吸い込むとなんだか眠たかった気持ちも何処かへ行ってしまった。
「さてさて、どうなるのだろうね?楽しみすぎて濡れそうだよ」
これから起きることに少し楽しみを感じつつ、目的の場所へと飛翔する。
夜はまだまだこれからだ。
ーーーーー
「……」
これで良かったのかと何度も自分に問答している。
アルマの役に立てなかった。それどころか生き恥晒した挙句に…エリクサーなどととんでもないものまで使ってもらって…それでいったい私に何の恩返しが出来るのだろうか?
ポケットに入れてあった父の形見のネックレスを取り出す。母の物はなにも残っていなかった。ゼタールが申し訳なさそうに謝っていたのを覚えている。
「これで…良かったんだよね?父さん…」
ぽつりと呟くと自然と涙が溢れてくる。
「やあ、ロマンチストだね。月にお願い事かい?生憎とあそこには兎も蟹もいない。あるのはタコ頭共の巣だけさ」
「トビィ?」
「そうさ。あっ、残念だけどねアクトもアルマもここには居ないよ。まあ見てわかると思うけど」
ふわり、落ちてきた羽のようにトビィは開けてあった窓に降り立つと翼をしまい窓の縁に座る。
「もう2度とツラ見たくもねえってさ。アルマも恩知らずって」
「…2人がそんなこと言うわけありませんよ」
「そうだね!2人ともなんだかんだで君に甘いからね!いやー、しかし驚いたよ。僕のことは信用出来ないのに、この辺鄙な村の胡散臭い連中の事は信用出来るなんて!血でも騒いだのかい?そ、れ、と、も?文字通り糞になったご両親が夢にでも出てきたのかい?エルヴァ、彼は私の父、君のお爺さんだ!とでもね」
「……不快」
「まっ、何にせよ。恩を受け取って自分は踏み倒すなんてね。いい性格してるよ」
けらけらと腹を抱えて笑うトビィに対しては怒りしか浮かんでこない。
元より突然現れてアルマとついでにアクトにも多大な迷惑をかけたくせに…それなのになんでまだ2人の側にいるんだ。なんで、そこに…そこは…私の場所なのに。
「泣いてるのかい?」
「…貴方にはわかりませんよ」
「ふふっ、まあいいさ」
「…それで?一体何の用なんですか?まさか私を馬鹿にしにきただけとか言いませんよね?」
「半分は正解さ、もう半分はなんだろうね?」
酷くつまらなそうに肩を竦めるとトビィは立ち上がりこちらへと歩いてくる。
「会話も少なかったけど…何よりもさ、アルマを一度も見なかった。まるで見たら寂しくなってしまうように。どうだい?本当は一緒に来たかったのに…君は諦めたんじゃ無いのかい?自分の弱さに、情けなさに」
「……」
人の神経逆撫でして、次は人の傷口に塩を塗るのか?
「まあ、僕にとってはどうでもいいことさ。弱い奴は嫌いだからね」
「それは私に対してですか?」
「逆に聞くけど君以外にいると思うのかい?貧弱な牙で、貧弱な爪で。人間程度を殺せるだけでイキがってるなら…はは。滑稽だねぇ。そんなの人間だって出来ることさ。よくといだ爪で首を刺せばいい、思い切り噛めば肉だって噛みちぎれるだろうしね」
……
「そも、僕は君…ヴァリアントが嫌いなんだよ。改竄された歴史の中で弱者になった種族。ああ、可哀想にねえ!獣人もヴァリアントも、僕らにとっては玩具以外のなんでも無いのにさ!」
「…屑が」
「おいおい、酷いなぁ。僕は普通だよ」
「……」
「まっ、いいさ。ところで僕がここに来たもう一つの理由。それはね」
何かが射出された音がした。続いて何かが崩れ落ちる音。
「単なる暇つぶしだけどけ、まった先のことを考えておくとこれが1番手っ取り早い」
祖父が言っていた。あれはこの地を守っていた神の像だと。この村にとって最も大事な物だと。
「…ッ!トビィ!!」
「なんだい?」
御神体の像は壊れていた。トビィの腕に装着されているあのヘンテコな籠手…あれから射出された鱗によって。
咄嗟に肉体を変容させて噛み付き…気付けば壁に叩きつけられていた。
「君、僕に勝てるとでも思ってるわけ?あはは!無い無い。君じゃあ無理だよ」
『グッ…』
「まっ、邪魔しないでくれ給えよ。流石の僕も旦那様達の友人に手をかけるのは多少なりとも忍び無い。いや、本当だよ?0.01秒くらいは躊躇するし」
こちらを一瞥するとすぐさまに壊れた像の元へ向かう。しかし、あれだけの音がすれば村人達も気付く。数秒もしないうちにトビィは武器を持った数人に囲まれていた。
「昼間の人間か…悪いがこんな事をして牢屋にぶち込まれるだけで済むと思ってるなら大間違いだぞ?」
「はははっ!面白いね。まるで僕をまた捕まえられるとでも言いたげだ」
「そうだと言っている」
村長の後方からトビィに向けて投げられた縄はまるで意志を持つかのように彼女の手足を縛り上げた。
「…ドローミ。聞いたことも無いでしょうが、何者さえも束縛する縄だ。どれだけ強かろうが…動けなければ─」
「そうだね、動けなければ殺せるとも。例えばそう…昼間僕を見張っていたこの子とか」
縄を引きちぎられると思ってなかったのかヴァリアント達に動揺が走っていると楽しげに笑ってトビィはボールか何かで遊んでるかのように軽々しく何かを投げてくる。
それは…人の、否ヴァリアントの頭部。
「それともう一つ。何者もなんて無い。その失敗作は結局フェンリルを捕まえることなんてできてないからね」
「なに?」
「まあ、知らないのも無理はない。僕も記憶でしか見たことないからね」
側から見れば滑稽だとも思える。何せ相手は生きる災厄と呼ばれるドラゴンだ。どれだけ凄い道具なのかは知らないが…簡単に引きちぎってしまう、
「さっ、どいたどいた。僕の邪魔をしないなら僕は君らに危害なんて加えないさ」
「…エリオを殺したじゃないか」
「エリオ?へえ、その子エリオって言うのかい?いい名前だね。ご両親が付けたの?」
「……」
何を話したところで無駄だろう。どうせ人間の真似事してるだけで感情なんてものは無いのだから。
「エルヴァ、大丈夫か?」
「…問題ありません」
「そうか、良かった…」
祖父が優しげな笑みを浮かべ私を抱きしめてくる。
父と似た匂いがする。懐かしい気持ちに浸っていると再び破砕音やら何やらが聞こえてきた。
「なんだ、やっぱりあるじゃないか」
「ま、待て!そこから先は!」
「んー?なんだい?やましいものでも?まあ、僕は旦那様と早くやましいことをしたいけどね」
トビィがどかした瓦礫の下に階段のような物があった。
「んー、楽しみだね!ここで僕の予想が正しければ旦那様もさぞ喜ぶだろうよ!」
「…都合の良いだけの道具程度ですよ、精々」
「いいじゃないか!そう言う扱いも存外嫌いじゃない!」
本当に何言ってもダメだこいつ。
村人達が警戒する最中、トビィが地下へと続く階段の奥へと消えていく。
祖父だけは苦虫を噛み潰したような顔をしてその後ろ姿を睨んでいた。




