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■26 黒幕です


「すいません、換金はまだですか?」

「しょ、少々お待ちを!」


 私は換金所で職員に問い掛ける。

 別に急かす気は無いんだけど、私の周囲に他の観客達が人だかりを作り始めているので、早くした方が良いかと思ったためだ。


「奴隷の闘士に100万G賭けたらしいぞ? ……」

「え、じゃあ100億!? ……」

「どういう強運だよ……」


 周囲から聞こえてくる声は、やはり私に関するものだった。

 まぁ、奴隷が戦士を全滅させるなんてこと自体が、この闘技場始まって以来の異例中の異例なのだ。

 大穴が出て、しかもその一点張りに100万もつぎ込んだとなれば、一瞬で噂が広がって当然だろう。

 そして、野次馬である彼等彼女等の次の興味は一つ。

 ――本当に、100億を支払うのか? という事だ。

 正に100億が支払われる瞬間を目撃したい、そのために集まった集団である。


「な、何分、多額の換金のため用意に準備が……」

「ああ、はい、大丈夫です。わかってますよ」


 焦燥する職員を、私は宥める。

 この街の賭博場のトップは実質、この街の支配者であるスティング領主。

 領主の許可が必要だから、確認に行っているのだろう。


(……イクサとの勝負に負けた上に、更に100億なんて素直に払ってくれるかな? ……)


 いや、流石に払えないなんて道理は通せないだろう。

 もしそうなれば、これは悪評にもなる。

 現時点で大量の客が、この事態に立ち会っている。

 この場に居なくても、100億Gの配当金が出たなんていう噂、一瞬でこの街中に広がる。

 この状況で賭け金の払い出しを渋ったり、または難癖をつけて換金を踏み倒したりしたら、評判が落ちるのは目に見えている。

 つまり、多額の配当金を払う気が無いって。

 青天井の賭けのシステムを用意したのは向こうなのに、それに伴った支払いを向こうが拒否するなんて、早い話が卓袱台返しだ。

 これからどんどん、この街を膨れ上がらせていきたいなら、その悪評は避けたいところだろう。


「マコ様」


 そこで、だった。

 人波を掻き分け、一人の女性が私の前に立つ。

 金髪をキッチリ整え眼鏡をかけた、理知的な雰囲気の女性。

 領主秘書のワルカさんだ。


「お待たせいたしました。領主に変わり、私が配当金の支払いに関するお手続きをさせていただきます」


 ぺこりと、頭を下げるワルカさん。

 おおおー、と周囲から歓声が上がる。


「何分、高額の配当金のため、準備に時間が掛かってしまい申し訳ございません。お支払いは、別室にて執り行わせていただきます」

「はい、わかりました」


 私はワルカさんに連れられて、闘技場の奥――別室へと向かう事となった。




※ ※ ※ ※ ※




 ――一方、闘技場の中は未だに興奮冷めやらぬ雰囲気に包まれていた。

 奴隷の勝利、大穴の発生に、未曽有の熱気で観客達が盛り上がっている。

 運営スタッフ達も泡を食らったように右往左往しており、どうしたらいいのか困っているようだ。


「うおおおおお! 勝った! 勝ったぞ!」

「自由だぁああ!」


 闘技場の中では、第二回戦で勝ち残った《ベルセルク》達が、互いに抱き着き合って喜びを露わにしている。

 契約通りなら、奴隷十名、全員に1億Gの賞金が支払われるのだ。

 それで借金は帳消し――晴れて、自由の身となれる。


「ありがとう! あんた達のおかげだ!」


《ベルセルク》達は、ガライ、そしてボコボコにされたモグロへと、涙ながらに感謝の言葉を連ねていく。


「ふふふ……大喜びするにはまだ早いですよ」

「え?」

「先程も言いましたが、マコ嬢はこの闘技場に囚われている全ての獣人を開放するために動いています。おそらく、今頃この賭けで得た配当金100億Gを手にしているはずです」

「ひゃ、100億!?」

「……だから、こんなに観客やスタッフが騒いでるのか……」


 常軌を逸したスケールの話に、《ベルセルク》達は茫然とする。


「ま、まさか、その100億で残りの奴隷になった獣人の借金もチャラにするつもりなのか」

「ええ、きっとそうなるでしょう」

「信じられねぇ……」

「別にあんた達に得があるわけでもないのに、なんでそこまで……」

「わたくしは冒険者ギルドに勤める身。優秀な冒険者を救い出すためなら喜んで身を捧げますとも。彼女達に関しては……きっと、そういう人柄なのでしょう」


 モグロの話を、半信半疑で聞く《ベルセルク》達。

 その一方。


「………」


 ガライは、横たわった戦士陣営の闘士達の下へと近付く。

 そして、そこに仰向けで寝かされた、《ラビニア》の闘士の前で膝を折る。

 まず、確認しなければならない。

 彼女は、本当にムーの姉……ルナトで間違いないのか?

 ガライは手を伸ばし、彼女の仮面を外す。

 そして、その下から現れた顔を見た。


「……! これは……」




※ ※ ※ ※ ※




 こちらへ――と、ワルカさんに連れていかれた先は、闘技場の奥にある、物置のような部屋だった。

 人の気配のしない、暗くジメっとした部屋。

 その部屋の中に、先にワルカさんが入り、続いて私が。


「……何も無いですね」


 暗い部屋の中には、配当金どころか調度も含めて本当に何も無い。

 そう呟く私の後ろで、ワルカさんが扉を閉めた。


「ワルカさん?」

「……結論から言います」


 扉の方を見たまま、私に背を向けた姿勢で、彼女は言う。


「配当金は、お支払いする事ができません」

「それは、どうして?」

「今回の賭け――『奴隷と戦士』の戦いにおける勝敗に関し、あなた達の不正が確認されました」

「不正? きちんとした順序に基づいて、勝負をした結果だよ」


 まぁ、大体こうなる事は予想できたので、私はワルカさんに反論する。

 だからと言って、甘んじて受け入れる気は更々無い。


「なら、監視官さんに来てもらおうか? 王家を代表して、この戦いを正式に記録する人だから、きっとちゃんとした意見を聞かせてくれるよ」

「………」

「なんだったら、デュランバッハ氏にもご足労願おうか? お金に関する事なら、あの人に判断してもらえば――」

「……ごちゃごちゃと」


 ワルカさんが、眼鏡を外した。

 その綺麗な金髪が、まるで電気でも帯びたかのように逆立っていく。

 瞬間、彼女は憤怒の形相で振り返った。


「うるッせェなァッ! てめぇに渡す金なんて無いって言ってんだよ、このクソアマアァッ!」


 全身からドス黒い瘴気を噴出させ、彼女は咆哮する。

 私は瞬時、手中で《錬金》を発動した。


「正体を現したね」




※ ※ ※ ※ ※




「これは……」


 ――闘技場内。

 ルナトの仮面を外したガライが、その下から現れた顔を見て、眉間に皺を寄せる。

《ラビニア》の女戦士。

 美しい顔立ちだった。

 凛然とした雰囲気の伺える、意志の強そうな顔立ち。

 少し太い眉がムーにも似ている――どうやら、彼女がルナト張本人で間違いないだろう。

 ……問題は。

 その顔の額から頬までを覆うように、禍々しい巨大な紋章が刻まれている事だった。

 入れ墨のような、刻印のような。

 ガライには見覚えがある。

 自身の脇腹近く……そこに刻まれた、黒いヒビのような模様に似ている。

 先程、サイラスから受けた攻撃だ。


「これは……呪いの紋章か?」


 だが、サイラスの使う呪いの紋章とは形も禍々しさも違う。

 だとすれば、一体……。


「ん? あれ?」


 そこで、近くにいた《ベルセルク》の一人が、何かに気付いたように声を上げた。


「なぁ……戦士が一人足りなくないか?」


 地面に横たわった戦士陣営の闘士……数えてみると、九人しかいない。


「あいつだ、あの、サイラスって奴がいない」




※ ※ ※ ※ ※




 ――一方、VIPルーム。


「りょ、領主……」

「スティング領主、どうすれば……」


 闘技場の経営者、それに護衛達も慌てている。

 彼等の目前には、頭を抱えるスティングの姿があった。


「ひゃく……100億だと? そんな大金、払えるはずが……」

「払えない額ではないはずだよ? この街で、散々荒稼ぎして来たんだ」


 髪を掻き毟り、譫言を呟くスティングに、隣でイクサが酷薄に言う。


「別に、何年かかっても良い。なんなら、交換条件で100億G分、この闘技場の奴隷達の借金返済に充てるという条件でも良いと言っているんだ。無論、差額は払ってもらうけど」

「スティング王子、迅速な対応を」


 遂に、二人の背後に控える監視官もそう言葉を発した。


「この内容も、王位継承権争奪戦の監視官として、記録させていただきますゆえ――」

「うるさい!」


 瞬間、スティングは椅子から跳ねあがる様に立ち上がった。


「ワルカ! どこだ、ワルカ!」

「秘書の方なら、先程出て行ったよ」


 一心不乱にワルカの姿を探すスティングに、イクサが言う。


「一体どうしたんだい、スティング王子。今、秘書は関係――」

「ワルカ! すまなかった! 私はどうすればいい!?」


 イクサは鼻白む。

 スティング王子の様子がおかしい。


「勝手な事をしたのは謝る! 助けてくれ! 私はどうすれば!」

「……スティング王子、一旦落ち着いて――」


 その時。


「ッッ!」


 スティング王子が、自身の胸を掴むようにして、その場に膝から崩れ落ちた。


「あ――」


 そして、次の刹那。

 彼の体から、黒色の禍々しい瘴気が吹き上がった――。




※ ※ ※ ※ ※




「………」


 私は、手中に1mの〝単管パイプ〟を錬成――両手でしかと握り、相手に対して油断なく構える。


『ああ、やっちゃったねぇ』


 ワルカさんの体から滲み出る瘴気が、空中で蠢く。

 どこか生き物のように表情を作り、耳鳴りのような声が聞こえて来た。


『どうするんだぁい? 見られちゃったけどぉ』

「問題無い」


 掛けていた眼鏡を放り捨て、ワルカさんは言う。


「ここでこいつを殺す。あの王子も殺す。奴隷達も殺す。全員殺して口封じする」

『あっ、そぉう。上手く行けばいいけどぉ』


 ケタケタと揺れ動きながら、瘴気は笑う。


『頼むよぉ、君は貴重な、僕の宿主なんだからぁ』

「……君、悪魔?」


 私が話し掛けると、漆黒の瘴気はこちらを振り向いた。

 徐々に、その形が煙から……ちゃんとした形になっていく。

 ワルカさんの横に、一人の少年のような姿の人物が現れた。

 しかし、目は白目まで黒く。

 頭には、王冠のように頭部を囲う角が生えている。


『そうだよぉ』


 現れた悪魔は、軽やかにそう名乗った。


『僕は悪魔。位は魔皇帝。魔皇帝が一角、《夢の王》――アスモデウスさぁ』


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― 新着の感想 ―
[一言] (カカカッ)明日もデウス(神)が表れた!(違
[良い点] ついに悪魔と一騎打ちか… しかもアスモデウスときた。 一介のホームセンター店員に一体何ができるというのか!? 早く、早く先が読みたい…。
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