■24 奴隷と戦士の戦いです
「それでは、今一度ルールの確認をさせていただきます」
VIPルームの中に呼び寄せられた、初老の監視官が王子二人の間に立つ。
イクサがスティング王子に宣戦布告した事により、二人の間で王位継承権者同士の戦いが発生したのだ。
……にしても、私、監視官ってこの人しか見た事無いんだよね。
お忙しい所、ご足労ありがとうございます。
「ああ、お願いする」
押し黙るイクサに対し、スティング王子は余裕の表情だ。
おそらく彼は、イクサがこの不相応な賭けに出たのも、頭に血が上ったからだと判断しているのだろう。
イクサも役者だ。
そう思わせる態度が上手い。
「……というわけで、これから行われる『奴隷と戦士』の戦い二回戦。イクサ王子は奴隷陣営の勝利、スティング王子は戦士陣営の勝利を以て勝者とします。イクサ王子が勝利した場合、その試合で勝利を収めた奴隷達が当初の条件通り正しく解放される事を速やかに遂行。スティング王子が勝利した場合は、イクサ王子の所有する闇社会の権利をはじめとした各種利権の譲渡。そして、王位継承権者同士の戦いとして、この勝敗を記録させていただく。以上でよろしいですね」
「……ああ」
「それで構わない」
そうこうしている内に、二回戦の開始を司会者が煽り始める。
今度は、戦士陣営の闘士達が先に闘技場へ姿を現し始めているようだ。
「おや」
そしてその中には、ルナトさんの姿があった。
「ははは、これは運が悪いね。まさか、あの《ラビニア》の闘士が今回参加するとは」
「………」
「おいおい、まさかルール違反と言い出す気じゃないだろうね? どんな闘士を参戦させるかなんて、互いに取り決めはしていないだろう?」
「わかってるよ」
イクサは低い声音で答える。
ルナトさんがこの戦いに戦士側で登場する事を、スティング王子は知っていたのだろうか?
だとしたら、この勝負に余裕綽々で乗って来たのも頷ける。
戦士と奴隷の戦力差が、象と蟻くらいあるのだから。
「あれ?」
そこで私は、戦士陣営の中に、もう一人見知った顔の人物がいる事に気付く。
サイラスだ。
いやいや、まさか冒険者から護衛に転職したと思ったら、もう闘技場の闘士に転職したとかじゃないよね?
「あの闘士かい? 彼は私の護衛だったのだが、賭博場で調子に乗って多額の借金を背負ってね。泣き付いて来たから、護衛の仕事と並行して闘技場の闘士としても働いてもらう事にしたんだ」
そのまさかでした。
いや、ギリギリ奴隷にはならずに済んだようだけど。
恐ろしい速度で落ちぶれていくね、サイラス君。
「お待たせいたしました。只今、戻りました」
すると、ちょうどその時、VIPルームにワルカさんが戻って来た。
闘技場の運営スタッフとの話し合いとやらが済んだのだろう。
「お帰り、ワルカさん」
私が声を掛けると、ワルカさんは訝るような表情をしながらぺこりと頭を下げた。
「……おや? あのお二人は?」
そこで、彼女は気付く。
私と一緒に居た、ガライとモグロさんの姿が見えない事に。
その時、闘技場では続いて奴隷陣営が登場し出していた。
怯えるような目付きで周囲を見回しながら、姿を現していく《ベルセルク》達。
「「……な!?」」
その奴隷達の中に、ガライとモグロさんが混じっているのを発見し、スティング王子とワルカさんが同時に声を上げた。
「あれは……イクサ! お前の仲間達じゃ――」
「さっき契約をしたんですよ」
イクサの代わりに、私がスティング王子に説明する。
「二回戦が開始する寸前に、参加予定の奴隷の中から二名、体調不良を訴える人がいたみたいで。なので、たまたま近くを通りかかった私達が代わりに参加するので奴隷になりますって、契約書にサインしたんです」
「そ、そんな偶然があるか!」
スティング王子のツッコミはもっともです。
実際は、私達が戦いの始まる前に奴隷達に接触し、その内二人に酷く体の調子が悪いと嘘を吐いてもらうように言ったのだ。
運営スタッフも突然の事だったけど、このイベントを中断させるわけにはいかなかったので、怪しいとは思いながらも私達の申し出を受け入れてくれた。
力技ではあったけど、こうしてガライとモグロさんを奴隷陣営に入れる事に成功した。
「イクサ! こんなこと聞いていないぞ!」
「うん、言ってないからね」
焦燥を見せるスティング王子に対し、イクサはケロッとした顔で言う。
「でも、別にルール違反じゃないはずだよ。僕達はあくまでも、『この二回戦で執り行われる戦士と奴隷の戦い』を賭けの対象としただけなんだから。どんな闘士が参戦するかの取り決めはしていない、だろう?」
「くっ……」
「待ってください、領主。どういうことですか? イクサ王子との間に、何か……」
二人のやり取りを見ていたワルカさんが、問い質そうとしたところで。
「よろしいですか、お二方。まだ、説明の最中です」
と、監視官が咳払いをした。
「ちなみに、この『奴隷と戦士』の戦いには闘技場の主催する金銭による賭けも行われています。奴隷陣営と戦士陣営のどちらが勝つか。この勝敗に対する賭けがメインとなりますが、ただどちらが勝つかを当てるだけでは賭けは成立しません。おそらく、ほとんどの観客が戦士陣営に賭けるでしょうから」
私も、事前に調べてはいる。
この闘技場には、入り口近くのカウンターか、もしくは順次巡回しているスタッフに申し出る事によって、いつでも賭けを行う事が出来る。
賭けの種類は行われる試合によって多種多様。
で、この『戦士と奴隷』の賭けの内容は――勝った陣営に賭けていた場合、更に賭けの細かい内容によって勝利金のオッズが変わるというものだ。
「例えば、戦士陣営の勝利に賭けたとします。勝利条件は、十名の奴隷全員を五分と一秒間以上倒れた状態にする。もし、一人でも生き残ったら奴隷陣営の勝ち。ここまでが、基本の賭け。そして、その戦士の中で誰がどの奴隷に『致命傷』を与えるかの賭けがあります」
『致命傷』とは、この賭けにおける専門用語で、早い話が最後の一発。
その一発によって倒れて、勝利条件が不可になってしまった時の、最後の攻撃を『致命傷』と言う。
要は、特定の勝利側闘士が何人の奴隷を倒すか、その数を当てるのが賭けの肝要となっているのである。
「この賭けは、胴元が入金を配当する形ではなく、掛け金自体も青天井。掛け金と掛け率から計算された支払金が支払われる形式です。なので、時にはとんでもない額が出る可能性もあります」
「……まぁ、大抵の場合は奴隷陣営の全滅だから、そんな事はほとんど起きないがね」
監視官の説明に対し、スティング王子がボソリと呟いた。
「主なオッズを説明します。特定の戦士を指定し、その戦士が奴隷一人に『致命傷』を与えるごとに二倍加算。逆に、特定の奴隷が戦士一人に致命傷を与えられれば六倍加算。特定の戦士が倒す奴隷を、その名前まで特定できたら三倍加算。同様の条件を奴隷で行ったら、十倍加算」
監視官がオッズの説明をしていく。
当然だけど、賭けが傾かないために、奴隷側の条件を優遇してそちら側にも賭けさせるようになっているようだ。
「更に特別ルールで、もしも十人抜き……特定の戦士もしくは奴隷が、相手全員に致命傷を与えて勝利した場合は、その特定の戦士もしくは奴隷に賭けていた掛け率を100倍にする。つまり、戦士だったら3000倍。奴隷だったら一万倍になる……というようなルールもありますが、今回はあくまでも王子二人がどちらの陣営が勝つかの賭けなので、あまり関係の無い話です」
監視官による一通りの説明は済んだ。
もう間も無く、第二試合が開始する。
「問題無い、ワルカ」
そこで、目に見えて動揺しているワルカさんに対し、スティング王子が言った。
「今までだって一度として、奴隷が戦士に勝った事など無かった。むしろ、これは想定通りと言えば想定通りの展開だ」
彼は、視線を隣のイクサに向ける。
「つまりこれが、君達が勝負を仕掛けた理由……勝算ということだろ?」
「………」
「あの彼、確かに強そうだが、果たして武器を持った屈強な戦士十人を相手にどれだけ抵抗できるか……見ものだな」
強気に言うスティング王子の一方、私は闘技場の中央を見る。
一応、闘技場側の用意した奴隷陣営用の服に着替えている二人の姿が見える。
そこで、ガライがこちらを見た。
「……ガライ」
ガライからも、私の姿が見えているだろう。
彼は拳を握り、私に向けて掲げて見せてくれた。
心配するな――と言うように。
「ガライ……モグロさん、信じてるよ」
そして、司会者の声が上がり――遂に戦いが開始した。
※ ※ ※ ※ ※
「お、おい、本当に大丈夫なのか!」
――闘技場、中央。
相対する奴隷と戦士――その奴隷側で、一人の《ベルセルク》が焦ったように叫ぶ。
彼は、かつて街から追放され、そして領主の奸計によって借金を背負い闘技場の闘士とされてしまった獣人の一人だ。
今、奴隷陣営はガライとモグロ以外の八人は、同じような境遇の《ベルセルク》達となっている。
「さっきの話、本当に本当なのか!? あんた達が、俺達を助けに来たって!」
「ああ」
その問いに答え、ガライが一歩前へと踏み出す。
既に、開戦の合図はされた。
戦士の一人が、早速手柄を上げようと、手にした棍棒を振り上げこちらに突っ込んでくる。
「さっき一緒に居た人間……マコが言っていただろう。『絶対に助けるから、この戦い、頑張って欲しい』と」
「おらぁっ!」
襲来する棍棒を、ガライは左腕を振り上げて受け止めた。
重い鉄の凶器の一閃を、簡単に腕で防いだガライに、相手の戦士は一瞬何が起こったのか理解できない表情をして――。
そして次の刹那、ガライの振るった右の拳を横っ腹に受け、真横に吹っ飛んで行った。
「この戦いには必勝法がある」
刹那の出来事に、味方も敵も、観客も呆然とする中、ガライは言う。
「15分の内10分立っていればいいなら、最初の五分以内で敵を全滅させればいい」
この戦いはチーム戦。
仲間を守り、複数で攻めて来る強力な敵を倒さなくてはならない。
だが、ガライ・クィロンにとってそのくらいのハンデ――ハンデとも思っていない。
「お前等は、自分の身を全力で守り、立ち続けろ」
背後の奴隷達に言って、ガライは戦士陣営へと真っ直ぐ歩いて行く。
「敵は全員、俺が屠る」




