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■23 ルナトと話をします


「……誰?」


 牢屋だ。

 闘技場の地下に作られた闘士の控室……と呼ばれる場所は、完全な牢屋だった。

 おそらく、ここが闘士達の居住のスペースでもあるのだろう。

 何せ、外で借金を背負いどうにもならない事情で奴隷になるような者達だ……このレベルの処遇は当然と言えるかもしれない。

 借金を肩代わりしている以上、闘技場側としても逃げられたらたまったものでは無いだろうし。

 けど、だったら尚更疑問だ。

 こんな状況に甘んじる理由が、彼女にあるとは思えない。


「Sランク冒険者の、ルナトさんで間違いないですよね」


 私はもう一度問う。

 檻の中の彼女は、コクリと小さく頷いた。

 仮面をしていて、表情は見えないが。


「私はマコ。ホンダ・マコ。あなたと同じ冒険者です」

「………」


 ルナトさんは、反応を示さない。


「こちらのガライも、同じく冒険者で……そしてこの方が――」

「初めまして、モグロと言います」


 私が紹介すると、モグロさんが頭を下げた。


「冒険者ギルドの職員を務めております」

「………」

「単刀直入にお尋ねいたします。あなたの意思を確認に来ました」


 モグロさんは言う。


「何故、あなたほどの逸材が、行方を晦まし闘技場の闘士として戦っているのですか?」

「………」

「あなたは冒険者だった。とても評判の良い、荒くれ者やならず者の多い冒険者の中においても、非常に規範的な人格をお持ちの方だった。各地のギルドを転々とし、任務を遂行して困っている人達を助けて来た。獣人という身の上故に、心無い声も多く聞いてきたでしょう。それでも、あなたのスタイルは変わらなかった」

「………」

「その数々の働き、実力から問題無くSランクの称号を得た、尊敬されるべき方だ。それが突然姿を消し、どうしてこのような場所へ……」

「ルナトさん」


 モグロさんの言葉にも、一向に反応を示さないルナトさんへ、私も問い掛ける。


「私達は今、観光都市バイゼルの外であなたの弟さんや、あなたが救おうとした《ベルセルク》達と一緒に暮らしています」

「………」

「そこで、事情も聞きました。正直、納得が出来ないんです。事情があるとしか思えません。教えてください。あなたがここで闘士として戦っている理由を――」

「……関係無い」


 不意に、ルナトさんが言葉を発した。

 仮面の奥から、くぐもった声で。


「……私はここで生きる」

「……ルナトさん?」

「……私の願いは、戦う事……冒険者となったのも、戦いを求めたから……戦えば、金も手に入る……その金も、弟達に送る予定……それで、いい……私はここで生きる」

「……納得できません」


 私は言う。

 機械的に述べられた彼女の言葉には、全く心が籠っているように思えなかった。


「あなたの弟さんは、あなたを誇りに思っています。優しく正義感があり、真面目で強い。そんな彼を見捨てるんですか?」

「………」

「ルナトさん、弟さんの名前を言って下さい」

「…っ」


 私は、彼女に質問する。


「私はさっきから、あなたの弟さんの名前を言っていません。ですが、当然、実の姉のあなたなら弟さんの名前はわかるはずです」

「………」

「……ルナトさん、答えられないんですか?」


 その時だった。


「時間だ」


 場に、数人の闘技場の運営スタッフが現れた。

 彼等は牢屋の鍵を開け、ルナトさんをどこかへと連れていこうとしている。


「待ってください! まだ――」

「こいつはこれからイベントに参加する予定です。スティング王子のご命令と言えど、優先すべきは闘技場の仕事の方では?」

「はい、その通りです」


 ワルカさんが即答する。

 ……まだ、何もはっきりとしてないのに……。


「行くぞ」


 ルナトさんが牢屋を出され、スタッフ達に囲まれながら去って行く。

 その後姿を、私はただ黙って見詰める。


「失敬、私は少々闘技場スタッフと話をしてきますので、皆様は部屋にお戻りください」


 そう言って、ワルカさんはルナトさんを連れていくスタッフの後を追う。


「マコ」

「……」


 ガライに名を呼ばれる。

 私は考える。

 ……閃いた。

 いや、閃きなんて大層なものじゃないけど……。

 でも、こんな不透明でいつまでたっても平行線を辿るしかないような状況を一気に打破するためには、もうこれしかないかもしれない。


「ガライ」


 私は、ガライに言う。


「イチかバチかの作戦があるんだけど……乗ってくれる?」




※ ※ ※ ※ ※




「何故、街から獣人を追放した」

「………」


 ――場所は、イクサとスティングが会話を交えていたVIPルーム。

 イクサからの質問に、スティングは数秒程口を閉ざす。

 すると。


「……お?」


 そこで、闘技場の雰囲気が変化したのを感じ取ったのか、スティングが少しだけ瞼を持ち上げた。

 歓声とざわつきが強まり、何やら期待値が上がって行っているのがわかる。


「ちょうどいい。今から、この闘技場で最も人気のイベントが始まるところだ。それを見ながら話そう」

「………」


 訝るような表情になるイクサ。

 一方、闘技場の中は次の展開へと進んでいた。


『レディース、アンド、ジェントルメン! 皆様、お待ちかねの時間がやって参りました!』


 闘技場の一角に立った、派手な衣装の男が大声を張り上げている。

 この闘技場の運営スタッフの一人――司会のようだ。

 大声で客を煽り、湧き立たせている。


『果たして今宵生き残るのは、奴隷か! それとも戦士か! 血が飛び散り骨が砕ける光景は、今やそこにまで迫っております!』

「………」


 イクサは眉間に皺を寄せる。

 観客達の狂乱ぶりが、先刻までと明らかに一線を画している。


『能書きはここまでにして、早速参りましょう! 『戦士と奴隷』第一回戦! まずは、奴隷の登場だ!』


 司会者の言葉と共に、闘技場に通ずる出入り口の一方――鉄格子の扉が開き、その向こうから数人の人影が現れた。


「!」


 イクサは瞠目する。

 現れた人影は、獣人達だった。

 熊の獣人――《ベルセルク》だ。

 襤褸のような衣服を纏い、その体には傷痕や包帯が見える。

 表情も憔悴している。


「あれは……」

「以前、街から追い出された際に、私の所にまで抗議に来た者達だ」


 スティングの言葉に、イクサは歯噛みする。

 想定はしていたが、やはり――この闘技場で戦わされていたのか。


『続いて、戦士達の登場だ!』


《ベルセルク》達が出て来たのとは逆方向の扉が開き、今度はそこから人間の闘士達が現れる。

 奴隷とは違い、軽装備で武装している者もいる。


「……スティング王子、これから行われるのは、まさか獣人を見世物にしたショーなのか?」

「………」

「獣人を捕え、奴隷にしていたのか。獣人ならいくら虐げても心が痛まないということか」

「勘違いするな、イクサ」


 そこで、ふっとほくそ笑み、スティングは言う。


「彼等は、自己責任によってここで戦っているんだ」

「なんだと?」

「彼等は自分の意思でここの奴隷になったという事だよ」


 鼻白むイクサへと、スティングは説明していく。


「この街で共存していた獣人の追放を敢行した際、私の所にまで横暴を訴えに来たのが彼等だ。まぁ、騎士団によって制圧し、排除するのは簡単だったが……私も鬼じゃない。ならば、と、彼等に賭けを提案したんだ」

「賭け?」

「今から行われる『奴隷と戦士』の形式と同様の戦いだよ」

『今一度ルールの説明を致します! と言っても、単純明快!』


 観客達に、司会者がルールを解説している。


『戦士側十名と奴隷側十名の集団戦! 戦士も奴隷も、十五分間の戦いの中で十分間立っていられたら勝利! 個人の立っていた時間も倒れていた時間も個別で測定され、五分以上倒れていたら、その時点で勝利条件を失います! 最終的に勝利条件を満たしていた者の多かった陣営が勝利!』

「まぁ、その際には、これより少しルールはマイルドにしたが。もしも獣人達が勝ったら、私の判断間違いだったと理由をつけて、追放した全ての獣人達を街に戻す。逆に、負けたら一人一億Gの借金を背負い、ここで闘士として契約してもらう」

「………」

「彼等は負けた。他の契約した闘士同様、背負った借金を返済するためにここで戦っているんだ」


 闘技場では、既に賭けが開始しているようだ。

 戦士側が勝つか、奴隷側が勝つか。

 更に、特定の闘士が誰を倒すか、何人倒すか、多様な賭け方があるようで、観客達と巡回する闘技場のスタッフとの間で大金が行き来している。

 そして、戦いが始まった。

 無論、それは戦いなどと呼べるものではない。

 奴隷達は体一つなのに対し――戦士達の中には武装している者や、明らかに戦闘のプロも混じっている。


「奴隷には、もしも十分間以上立ち続け、尚且つ奴隷陣営が勝利したら、賞金一億を支払うという契約をしている。一億Gは、闘技場が奴隷に対して負わせている借金と同額。つまり、解放されるというわけだ。だから、必死に戦ってくれる」

「………」

「が、そう簡単じゃない」


 殴られ、蹴られ、奴隷達は次々に倒され、地面に横たわっていく。

 無残な光景だった。

 開始数分で奴隷達は全滅――そして五分以上が経過し、勝利条件が失われた。


「………」

「先程の質問。何故、獣人を追放したかだったね。これが答えだよ。私がこの娯楽に満ちた街を構想した時、考え付いたんだ。獣人を奴隷にしたイベントをね」


 倒れ伏した奴隷達と、観客に手を振る戦士達――その光景を、イクサは黙って見据える。


「そこで、獣人を奴隷にするための方法を考えて、悪評を立て、迫害してみることにしたんだ。まぁ、今では借金で首の回らなくなった人間が何人も奴隷になったし、獣人じゃないといけない理由も無い。怒りを覚えているだけの獣人も邪魔なだけだし、外にいる者達には消えてもらっても問題ないのだがね」

「……その程度の理由で、あんなマネをしたのか」

「イクサ、虐げられる者達は必要なんだ」


 スティングはのたまう。


「持つ者がいる以上、失う者も必要だ。バランスが取れているっていうのは、必ずしも5:5の事のみを言うんじゃない。1:9でも2:8でも均衡なんだ。どこの世界でも、貧乏くじを掴まされる、しわ寄せを受ける者達を作っておけば、多くの者達が変わりに幸福を手に入れられる」

「……スティング王子――」


 イクサが、何かを言おうとした瞬間。


「イクサ!」


 VIPルームの扉が開き、マコが現れた。




※ ※ ※ ※ ※




 私がVIPルームに戻った時には、既に『奴隷と戦士』の戦いの一回戦が終わっていた。

 最初の数分で奴隷が全滅。

 皆、重傷を負わされている。

 その痛々しい光景に胸が締め付けられる。

 私は即座に、イクサへと駆け寄った。


「イクサ」


 そして、彼に耳打ちをする。

 迅速に、この後行う事を。

 そして、〝作戦〟の内容を。


「……わかった」


 イクサは私を見返して、そう言った。

 その声に迷いは無かった。

 おそらく、彼もこの部屋で戦いを観戦していて――そして、既に決意をしていたのだろう。


「スティング王子、今から闘技場の外に待機してもらっている監視官を呼ぶ」

「……なに?」


 イクサはここに来る前に、既に念のため監視官を召喚していた。

 そして、監視官を呼ぶという事は――。


「勝負をしよう、スティング王子。これは、王位継承権者同士の戦いだ」

「……悪いが、私は王位に興味は――」

「次、この『奴隷と戦士』の戦いは二回戦もあるんだろう? 奴隷陣営と戦士陣営、どっちが勝つか賭けをしよう。僕は奴隷の勝利に賭ける。もしもあなたが勝ったら、僕が現在持っている権利を全て君に渡そう……闇社会との繋がりは、この街をもっと大きくしたいなら重要な力だろう。加えて、僕達はこの街から去り、二度と関わらないと誓う」

「………」

「僕が勝ったら、先程の話……勝利条件を満たした奴隷は解放されるという約束、あの約束を絶対に守ると誓え。それだけでいい」


 明らかに、イクサにとっては何の得にもならないだろう勝負内容。

 けれど、スティング王子は理解していた。

 イクサが、虐げられる獣人を放っておけないという主義だということを。

 だから、こんな賭けを持ち出したのだ――と。


「本当に……いいのか?」

「ああ」


 イクサは宣言する。


「スティング王子、王位継承権者としての決闘を申し込む」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] リスクリターンがあってない 賭けるのは闇社会関係の利権だけでもお釣りが出るくらいでしょ 無駄にリスク増やしてどうするんだ
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