■22 第三十七王子、スティング領主です
招待してもらった宿の前で、私とイクサ、ガライの三人は到着を待っていた。
そして昼。
定刻通り、その場に一台の馬車が到着する。
黒塗りの高級感漂う、四頭立ての馬車。
その扉が開き、秘書のワルカさんと数人の護衛が現れる。
(……ん? 今日は、サイラスはいないんだ……)
そう思っていた私の目前に――。
「やぁ、初めまして」
その男性は、現れた。
「私が第三十七王子、そしてこの観光都市バイゼルの領主を務めている、スティング・ベア・グロウガだ」
「……初めまして、ホンダ・マコです」
普通の人。
というのが、私の抱いた第一印象だった。
これまで出会って来た王子達は、イクサにアンティミシュカに、ネロ……うん、かなりクセのある方々ばかりだったけど。
私の眼前に立つのは、普通の人。
着飾ってはいるし、高貴な雰囲気はあるけど――地位の高い人々は、これまで何人も目にしてきたので、そこに特別感は無い。
イクサよりも、おそらく10歳くらい年上で、相応の見た目をしている。
なので……普通。
いや、私なんかが偉そうに人の外見をとやかく言えないけど……。
そんな感じの人だ。
(……でも、だからこそ違和感があるんだよね……)
こんな普通の人が、この欲望渦巻く娯楽都市のトップ?
《ベルセルク》達を追放し、苛酷な扱いを強いてきた暴君?
どうにも、〝合わない〟感じが……。
そんな風に考えている内に、イクサやガライの挨拶も済んだ。
イクサとは随分久しぶりの再会ということで、人懐っこい笑みを湛えながら握手をしている。
無論、イクサの方は警戒心バリバリである。
「さてと……早速だけど、お腹は空いていないかい?」
一通り遣り取りを終えると、スティング王子はそう口火を切った。
「近くに、おススメの美味い料理を出す店があってね。楽しく話をするなら、食事を交えながらの方が良いだろう?」
「スティング王子、その前に」
そんな提案に対し、イクサが答える。
「食事も良いのだけど、その前に行きたい場所があるんだ。そこに、ちょっと興味があってね」
「そうかい。希望があるのであれば、私も構わないが」
「ありがとう。で、その場所なんだけど……」
イクサは、遠く――ここからでも少しだけ見える、その建造物の上部を指差しながら言う。
「あの闘技場だ」
「闘技場? ……」
首を傾げるスティング王子。
「そうか。意外だな、イクサ。あんな場所に興味があるのか。ああ、私は構わないよ」
「ありがとう」
イクサは、私に視線を流す。
ナイス、イクサ。
闘技場には既にモグロさんもいる。
あの仮面の闘士――ムーのお姉ちゃん(仮)に、会わせてもらうための場を整えてもらえるかもしれない。
「じゃあ、早速向かおう。積もる話もあるのだから」
※ ※ ※ ※ ※
スティング王子達と共に、馬車に乗った私達は、皆で闘技場へと向かった。
昼間ではあるものの、既に闘技場は営業しており、リングの中では賭けの戦いが行われている。
昨日と変わらず熱気の漂う闘技場――その観客席の一角に、他の客席から隔離されたゾーンが存在する。
現代でも、競馬場や球場とかにあるVIPルームみたいなものだろう。
私達は、そこに訪れていた。
「でだ、わざわざ闘技場に来た理由というのは、一体何故なんだ? イクサ」
準備されていた椅子に腰掛け、スティング王子が言う。
「マコ」
イクサに促され、私は彼の前に出る。
「この闘技場にいる、仮面を付けた《ラビニア》の闘士……彼女に会わせていただく事は可能でしょうか?」
「仮面を付けた《ラビニア》……ああ、あの闘士か」
私からの希望に、スティング王子はすぐに思い至ったのか、そう答えた。
「よく知っているよ、人気者だ……まぁ、ヒールとしてだけどね」
「ヒール……悪役ということですか?」
「〝強過ぎて逆に〟というパターンだ。まともに試合をしてもまず負けなしだからね、今やこの闘技場では、彼女を倒せるかどうかの賭け試合が組まれるようになっているんだ。チャレンジャーの闘士が彼女を倒せれば、莫大な賞金が支払われる。それに、賭けのオッズも高い。一発逆転を求めて、彼女の敗北を望む客も多いからね」
「………スティング王子、実は今日、王子にご紹介したい方がいるのですが」
「……?」
私は王子に了解を得て、あらかじめVIPルームの外に待機してもらっていた、その人物を部屋に招き入れる。
「お初にお目にかかります、スティング王子。わたくしは、冒険者ギルドに勤める職員の一人。《鑑定士》を生業としており、名をモグロ・ビルフスナイデルという者です」
連れて来た人物――モグロさんは、そう恭しくスティング王子に挨拶をする。
「ああ、初めまして。で、その冒険者ギルドの方が、今日は一体どんな御用でここに?」
「はい、スティング王子、わたくしも昨日この闘技場を訪れ気付いたのですが……あの《ラビニア》の闘士は、現在我々が捜索しているSランク冒険者、ルナト嬢である可能性があるのです」
「………」
モグロさんの発言を、スティング王子は黙って聞く。
「その件を考慮し、本日は彼女と直接お会いさせていただきたく、スティング王子のお力添えを願えないかと思いまして……」
「つまり、君達は、この闘技場を運営する陣営がSランク冒険者を何らかの力で拘束し、闘士として無理矢理戦わせているのではないかと、そう言いたいのかね?」
「いえいえ! そのような事は一ミリも考えておりません!」
強く否定するモグロさんだけど、普段から慇懃無礼な態度なので疑ってる感はバリバリである。
まぁ、そこは取り繕ってもしょうがないところだろう。
実際、私達もモグロさんも、あの仮面の闘士がルナトさんなのだとしたら、何らかの裏事情があるとしか思えない素性を知っているので。
「では、彼女を取り返しに来た、というわけじゃないのか?」
「違います。我々は、彼女の意思を確認するだけです」
スティング王子に対し、モグロさんは滔々と述べていく。
「確かに、こちらとしては彼女程の人材を失うのは痛手です。ですが、闘技場の闘士となったのが本人の意思であるならば引き下がるしかない。転職した人間を無理矢理引き戻すというわけにはいきませんので」
「……なるほど」
そこで、スティング王子はワルカさんに視線を向ける。
「………」
秘書のワルカさんは、コクリと頷き、前へと出て来た。
「私が《ラビニア》の闘士の下へ同行しましょう。道中の関係者へは、私がスティング王子の名を出し説明します。スティング王子は、この街の全権のトップに君臨する方。問題はありません」
「ありがとうございます」
「では、早速」
ぺこりと頭を下げる私とモグロさん。
というわけで、ワルカさんと共に、私、モグロさん、ガライの三人で闘技場の闘士の控え室へと向かう事になった。
「行ってらっしゃい」
VIPルームを出る私達に、イクサが言う。
「イクサ、お願いね」
「ああ」
イクサとスティング王子、そして彼の護衛達を残し、私達は部屋を出た。
※ ※ ※ ※ ※
「……さて、イクサ」
――マコ達が去った後のVIPルーム。
闘技場の真ん中で行われている、屈強な男達の殴り合いの試合を眼下に、先に口を開いたのはスティングの方だった。
「積もる話が、あるんだったね。その話でもしようか」
「ああ」
先程まで、マコ達が居た時から一転し、重苦しい空気が二人の間に流れる。
「まずは、スティング王子。何故先日、会いたいと言った僕の希望を断ったんだい?」
《ベルセルク》の集落が、サイラス達冒険者に襲われた。
その翌日、事の真相を探るためにスティングと会う事を希望したイクサだったが、スティングはそれを拒否した。
「業務で忙しかったんだ」
それに対し、スティングはあっけらかんと答える。
「今尚、急成長しているこの街の運営は骨が折れるものなんだ。イクサ、お前の想像以上にな」
「その後、僕や僕の関係者と思しき人物をこの中央区に入れないように指示したのは何故だい?」
「察してくれよ、イクサ。私だって人間だ。そして君ほど有能じゃない。忙しい時には、余計な事で邪魔をされたくない。だからそうしただけだよ。無論、手が空いたら折り返しこちらから連絡をしようとも思っていた」
「………」
「なぁ、イクサ。この街は素晴らしいと思わないか?」
そこで、スティングは椅子から立ち上がり、語る。
「絶え間なく欲望に駆られた者達を呼び寄せ、娯楽に興じさせ、金を湯水のように使わせる。私が育て上げた、正に人の醜さと美しさを併せ持った集大成だ」
「………」
「この街を無くすわけにはいかない。私は、この街を守るためならいかなる手段にでも出る。それだけは知っておいて欲しい」
脅しか。
それとも、純粋な決意表明か。
どちらかはわからないが、少なくともイクサの中では、かつてのスティングはそんな発言をするような人間では無かったと考えている。
「……じゃあ、二つ目の質問」
真相の追求のため、イクサは更に話を進める。
「あなたの、獣人達に対する処遇の件だ」
※ ※ ※ ※ ※
――イクサとスティング王子は、今頃込み入った話をしているのだろう。
そんな事を考えながら、私達はワルカさんに連れられ、闘技場の地下へと向かっていた。
関係者用の通路を通り、階段を下りていく。
どうやら、地下に闘士の控室があるらしい。
「……ん?」
その途中。
私は通路の片隅で、闘技場の運営スタッフと、何やら絶望的な顔をしている一般人の男性を発見した。
男性の方は、震える手でペンを持ち、何やら紙に記入をしている。
「あれって……」
「金に困った人間が、この闘技場の闘士になる契約をしているのでしょう」
私の疑問に、ワルカさんが答えた。
「この街で賭けに負けて多額の借金を背負ったか……ともかく、契約してここの専属の闘士になる者がいます。闘技場が借金を立て替える代わりに、その立て替えた分以上の借金を負わせ、その身を以て返済に当たってもらうのです」
「……つまり、借金漬けにして奴隷にしてるんだ」
「むしろ、匿っていると言う方が正しいでしょう」
私の発言を、ワルカさんが瞬時に訂正する。
「自業自得で借金を背負い、首が回らなくなり、場合によっては殺されても仕方が無くなってしまった存在にチャンスを与えているのですから」
「………」
その後も、私達はワルカさんに案内されるまま、薄暗い地下を歩き進んでいく。
通路はやがて、牢屋のような鉄格子の嵌められた区域に入る。
「到着しました」
そして、ある牢の前で立ち止まる。
柵の向こう――そこに、仮面を付けた《ラビニア》の闘士が、静かに佇んでた。
「……ルナトさん、ですか?」
私が声を掛ける。
彼女は檻の中で、仮面に隠された顔をゆっくりと上げた。




