■8 お得意様ができました
「挨拶が遅れて申し訳ない。僕は、イクサ。魔法研究を行っている施設の研究員だ」
私の前に現れた男性は、そう言ってニコッと笑った。
肩に掛かるほどの長さの金髪に、中性的で整った顔立ち。
高級そうなコートを羽織り、肩掛けの鞄を装備している。
溜息が出そうな男前ではあるのに加え、彼は何やら周囲から一目置かれているような印象を受ける。
道行く通行人や、《ベオウルフ》達が送る視線から、そう感じられる。
「研究員……ですか」
「ああ、この腕章が証明になるかな?」
と言って、彼はコートの袖に刺繍された紋章を見せて来る。
翼の生えた、なにやら猛獣のような紋章……んー、なんだろう、なんだか、アレっぽいというか……。
「マコ……ありゃ、この国……グロウガ王国の国章だ。マジで王家直属の研究院の職員だぜ」
後ろから、《ベオウルフ》の一人がそう声を掛けて来た。
そうそう、正にその国章っぽいと思っていたところだ。
ということは……相当凄い立場の人間ということだろう。
「これは、こちらこそよく理解できておらず申し訳ありません」
失礼を働いてしまっていたかと思い、私は丁寧に頭を下げた。
「いや、そうかしこまらなくてもいいさ」
男性――イクサは、爽やかに言う。
「それよりも、僕が興味のあるのは――」
「あ、はい、売り物の剣ですよね」
「そう、〝切れない剣〟を売っていると、先程声高に騒いでいた冒険者の男がいてね」
「あいつだ……」
メアラが眉間に皺を寄せて唸る。
私は、エンティアの背中から荷物を下ろすと、その中から全てで五振り――刀を広げて見せた。
「ふむ……なるほど」
イクサは顎元に手を当てながら、その刀をジッと見詰める。
そして何か考えがあるのか、一本をその手に取ると切っ先を前に向けて構えを取った。
その時だった。
彼の手の中で、刀の刀身から、何か淡い光が溢れ出したのだ。
「え……あれって」
少し身に覚えのある発光に、私をはじめ、マウルやメアラ、《ベオウルフ》達も驚く。
一方、イクサはちらりと、近くに放置されている適当な石塊に視線を流す。
それなりの大きさと重さがありそうな、石の塊だ。
彼は振り向きざま、その石榑に向かって刀を振るう――と言っても距離があり、刃はその石塊には届かないはずだ。
が、瞬間、まるで斬撃が飛んだかのように、その石塊が音を立てて真っ二つに切り裂けたのだ。
「えええ……」
突然の現象に驚く私。
「間違いない……」
一方で、イクサはどこか興奮したように熱っぽい視線で、手の中の刀を見ている。
「この剣は魔剣だ!」
「ま、魔剣?」
「ああ、魔力を持たない人間には扱えない、いわゆる魔道具の一種だ。逆に、魔力を扱える人間……魔力持ちや魔法使いの手にかかれば、恐ろしい程の力を発揮する」
イクサは嬉しそうにそう語りながら、私の手を取って来た。
「素晴らしい! こんな貴重なものを一体、どこで仕入れて来たんだ! しかもこんな大量に! 研究資料に是非とも譲ってもらいたい!」
間近まで迫った彼の、少年のように純粋な目の光に、私はドキリとする。
……ただ、できれば、刀を握ったまま手を取るのは止めて欲しいな。
純粋に危ないし。
まぁ、それだけ我も忘れて興奮しているという事なのだろう。
しかし、驚いた――まさか、自分が適当な知識で作ったので、不良品が出来上がってしまったと思っていた刀にそんな秘密があったなんて。
……でも、〝アングル金具〟もどこか魔法の加護が掛かっているようにも思えたし。
私が生み出す金属には、大なり小なり、そういった効果が付与されるのかもしれない。
ただ、〝アングル金具〟は〝家を強くする〟という私の意図を汲み取った効果を発揮してくれているのに対し、今回の〝刀〟が〝魔剣だった〟というのは完全に偶然の産物ではあるが。
ホームセンター的金物以外のものは、そういったコントロールができないのかもしれない。
「この剣は、何本あるんだい?」
「五本です」
「五本か……全て売ってもらいたいんだが、いくらになるかな?」
「えーっと……」
そこで、横からメアラがまた私の太もも辺りを小突いてきた。
吹っ掛けてやれ、の合図だ。
と言っても、繰り返すが、私はこの世界での物価の相場を知らない。
更に加えて、魔剣?
多分、相当希少なものだと思うし、かなり高価なんじゃ……。
「うーん……」
確か、本来だったら日本刀って百万円くらいするんだっけ?
いや、そもそも、この世界で一万円ってどれくらいなんだろう?
金貨一枚くらい?
じゃあ、三十万くらいに負けとこうかな……。
「一振り、き、金貨三十枚でどうでしょう」
「三十枚!?」
イクサは驚いている。
やっぱり高過ぎたのか――。
「本当に良いのかい? そんな安値で譲ってもらって」
「え? あ、はい」
「わかった」
そう言って、イクサは肩から掛けていた鞄を漁ると、ずっしりと重そうな革袋を取り出した。
「ちょうど、ここに金貨百五十枚がある。これで五本すべて譲ってもらおう」
「なに!?」
「ちょ、嘘!」
《ベオウルフ》達が驚いた様子で集まって来る。
革袋の口が広げられると、中から大量の金貨がじゃらじゃらと姿を現した。
「う、うおおおお! 本物だぞ!」
「ま、待て、本当に百五十枚あるのか!? か、数えねぇと」
「ゆ、指が震えて、う、上手く数えられねぇ……」
三人の《ベオウルフ》達が何やら震え上がっている。
まぁ、それは置いといて、私は五本の刀をイクサに渡す。
イクサは両腕で抱える程のその荷物を、肩から掛けている鞄へと入れる。
明らかにサイズが合っていないはずなのに、刀はまるで吸い込まれるように鞄の中に消えた。
「え?」
「驚いたかい。これも、魔導具なんだ」
目を丸めているマウルとメアラ。
かく言う私も同じで、思わずポツリと呟いてしまった。
「四次元ポケット?」
「なんだい、それは? あ、もしかして君が仕入れている商品が他にもあるのかい!? できれば、もっと色んなものを紹介してもらいたいんだけど!」
テンション高く迫って来るイクサ。
「できれば、僕を君のお得意様にして欲しいな。何か、面白そうなものを仕入れたら直ぐに僕に教えて欲しい。他の皆には内緒でね」
そこでイクサは「そうだ!」と、何かを思い付いたように手を合わせた。
「僕の研究院に来れないかな? 是非とも、色々と話を聞かせて欲しいんだ。すまないが、今夜はこの魔道具を調べ尽したい気分でね。そう、明日以降ならいつでも研究院へ入れるように伝えておくよ。気が向いたら訪れてくれたまえ!」
そう言うと、イクサはルンルン気分で去っていった。
なんだか、嵐のような人だった。
後には私と、突然手に入った金貨に混乱状態の《ベオウルフ》達と、ぽかんとしたマウルとメアラと、欠伸をするエンティアが残された。
※ ※ ※ ※ ※
「かんぱーーーーい!」
その夜。
私達は、今日利用する予定だった安値の宿屋ではなく、それよりも格上の、かなり良い設備の宿屋へと行き先を変更した。
市場での場所代等、いくらか税金は取られたが、それでも余りあるほどの収入となったためだ。
その宿屋の中にある酒場で、ご馳走を囲んで酒盛り中である。
「申し訳ねぇな、マコ! ほとんど、あんたの作った剣が売れて手に入った金なのに、俺達までこんな良い宿に呼ばれちまって」
「まぁまぁ、市場の使い方を教えてもらったお礼もありますし、旅は道連れですから」
彼等だけ安宿に行ってもらって、私だけ良い思いをするというのも、なんだか気が引けるし。
それに、やっぱり皆で食卓を囲んだ方が楽しいのは事実だ。
「ふわぁぁ……僕、こんなご馳走、今まで食べたことない……」
運ばれてくる豪勢な料理の数々を前に、目を輝かせるマウル。
「………」
一方、メアラは、どこか浮かない顔をしている。
(……どうしたんだろう? メアラ……)
「しかし、まさかあの魔法研究院の職員に目を掛けられるなんて、凄ぇな!」
樽型のジョッキに並々注がれたビールを煽り、一人の《ベオウルフ》が言う。
「明日、早速行くんだろ?」
「ええ、一応挨拶がてらに。そんなに有名なんですか? その研究院って」
「おう、なにせ王国自体が後ろ盾の団体だからな。なにより、その院を作ったのが、この国の王子の一人なんだよ」
「へぇー」
「つまり、実質王族に目を掛けられたって事だからな、何かあったらその名前をちらつかせられるってのはデカいぜぇ?」
「流石だね、マコ!」
隣で骨付き肉を頬張っているマウルが、笑顔を向けてくる。
王族がバックについた、魔法研究院か。
確かに、それだけ聞くと、相当凄そうな集団だと思われる。
「………」
「どうした? なんでもっと喜ばねぇんだ?」
まぁ、それも重要なのだが……。
しかし今、私にはそれ以上に気になっている事がある。
「いや、ちょっと気になってる事があって……」
私は、ちらちらと、目前に並ぶ三人の《ベオウルフ》達を見る。
「なんだ? 遠慮せず言ってみろ」
「うん……あなた達三人の名前、今更ですけど……何でしたっけ?」
「「「本当に今更だな!」」」
《ベオウルフ》達は一斉に叫ぶ。
「俺はラム! こいつはバゴズ! そっちはウーガだ! そういやぁ、確かに名乗ってなかったけどよ!」
「はい……あと正直、マウルやメアラと違って、見分けがあまりつかないので」
「酷ぇな! どう見ても一目瞭然だろ! 一番男前なのが、この俺、ウーガだ!」
「馬鹿か! 俺が一番男前だ!」
「どう見ても俺だろうが!」
三人とも酒が入っているからなのか、そう騒いで盛り上がり始める。
マウルも、その光景を見てけらけらと笑っている。
「………」
私はちらりと、メアラの方を見る。
これで少しは笑ってくれたかな? と思ったが。
彼は未だに、深刻な顔のままだった。