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■21 壁の向こうの世界です


「今、街に入りました」


 ワルカさん達と一緒に、彼女達の乗ってきた馬車に乗せられ、第二アバトクス村を出立して、30分程。

 私達は、観光都市バイゼルへと到着した。


「このまま中央区の中にまで向かいますので、もう少々お待ちを」

「はい」


 馬車の車内は、重い空気に包まれている。

 ワルカさんと、彼女の護衛に付き添いしているサイラス達数名。

 それと向かい合うようにして座る、私とイクサ、ガライ。

 まぁ、はっきりと敵同士だからね。

 和気藹々とした空気なんて作れるはずないし、しょうがない。


「んー……」


 私は、気分転換がてら、馬車の小窓から外を見る。

 流れていく観光都市の街並み。

 なるほど……確かに、この前来た時に比べて、ちょっと人の数が減ったような気もする。

 私達の作った温泉地――第二アバトクス村の影響は、如実に出ていたようだ。

 そうこうしている内に、遂に、あの巨大な壁の前までやってきた。

 停車する馬車。

 おそらく、御者さんが門番の人と通過のやり取りをしているのだろう。


「この壁って、どうやって作ったんですか?」


 私は出し抜けに、ワルカさんへ問い掛ける。


「……大工を雇い工事をしましたが、何か?」

「へぇ、あ、いや、かなり大きいから、作るのにも結構時間が掛ったんじゃないかと思って」

「……大人数を使い早急に仕上げましたので、数日程で完成しました」


 眼鏡のツルを指で押し上げながら、ワルカさんは事務的にしゃべる。

 ……しかし、所作というか雰囲気が、なんだかセクシーな人だね、この人。

 やっぱり、秘書ってどの世界でもこんな感じなのかな?(偏見)。

 それとも、領主の趣味なのかな?(もっと偏見)。

 などと考えている内に、停止していた馬車が動き出す。

 遂に、私達はあの壁の向こう側へとやって来た。

 馬車の窓から、外の風景を見る。


「………」


 夕方ということで、少し日も沈みかけている。

 しかし、壁の内側の街並みは、かなり明るい。

 そこに広がっていたのは、正に欲望渦巻く世界だった。


「想像してた通り……って感じだね」

「ああ」


 私の呟きに、ガライも反応する。

 そこは煌びやかな世界。

 本当にラスベガスとか、あんな感じの娯楽都市って感じだ。

 人の賑わいも中々のものだけど……往来している人達の雰囲気は、外の世界の人達とはどこか違って感じる。

 お金持ちとか、地位の高そうな人とか。

 それに加えて……どこか堅気じゃなさそうな人達まで。


「やっぱり、賭博施設が多くある感じだね」


 おそらく、賭け事が行われているであろう施設が多く見当たる。

 いわゆるカジノだ。

 王都でも二、三軒見た記憶があるけど、ここはそれ以上だ。


「なるほど、これは凄い娯楽都市だ。金持ち用の夢の国って感じかな?」


 流れていく街並みを見ながら、イクサが言う。


「随分と荒稼ぎしてると、話は聞いているよ」

「……本日はお招きさせていただきましたが、領主とお会いになっていただくのは明日になります」


 イクサの発言を流し、ワルカさんが言う。


「こちらで宿をご用意させていただいております。イクサ王子もいらっしゃる以上、半端なご対応はできませんので、この中央区内でも最も高級な宿を取らせていただきました」

「それは、ありがたい」


 やがて馬車が辿り着いたのは、かなり大きな宿泊施設だった。

 外装も内装も含め、高級感が漂っている。

 正に高級ホテルみたいな感じだ。


「では、また明日の昼12時、この宿の前に領主と共に参ります」


 そう言って、ワルカさん達は去っていった。




※ ※ ※ ※ ※




「うひゃあ! 凄い!」


 一人一室ずつあてがわれた部屋は、清潔で広く、高級そうな調度に彩られた、正にスイートルームだった。

 私は、キングサイズのベッドの上に体を投げ出す。

 ぼよん、と音を立てて跳びはねた体が元の場所に戻った。

 うーん、流石、領主の客人として招かれただけの事はある。

 かなりの待遇だ。


「……さてと」


 しかし、だからと言って、この状況を呑気に享受しながら明日の会合まで待つ気は更々無い。

 こんこん、と、部屋のドアがノックされる音。

 開けると、イクサとガライが立っていた。


「マコ、どうする?」

「うん、領主との話し合いは、実際に明日会うまではどうすることもできないし……まずは、街中をちょっと散策してみようかと思う」

「……行方不明になった、あの坊主の姉や、他の獣人達を探すんだな」


 ガライが言う通り。

 私達は宿を出ると、この娯楽都市の内情の観察と、探し人の探索を始める事にした。


「……でも、本当に凄い街」


 娯楽に満ちた、現実と虚構が入り混じったような街並み。

 そしてどこか漂う、歓楽街のような治安の悪そうな雰囲気。

 私は、ガライとイクサにピッタリくっ付きながら、街中を見て回る。


「ふざけんなァッ!」


 そんな折、建物と建物の隙間――路地から、荒れた咆哮が聞こえてきた。

 見ると、二人の男性が薄闇の中にいる。

 一方がもう一方を、殴り倒していた。


「こんなはした金で売れるわけねぇだろ!」

「頼む! ほとんど財産をスっちまって、これしか残ってねぇんだよ! 頼むよ! あのクスリを売ってくれ!」


 ………わぁ、海外ドラマみたいな場面に遭遇しちゃった。

 私は、その二人の元に近づいていく。


「あの」

「……あ?」

「!」


 私が声をかけると、殴られていた方の男性は這うようにその場から逃げていった。

 そして、殴っていた方の、見るからにガラの悪そうな男性が、私を睨み返してくる。


「何の用だよ」

「いや、何事かと思いまして」

「関係ねぇだろ、すっこんでろ」

「今話してたクスリって、なんの事ですか?」


 営業モードに入った私は、彼の剣幕にも臆する事無く問い掛ける。


「あぁ!? だから、関係ねぇって――」

「おそらく麻薬だろうね」


 そこで、背後からイクサが参戦してきた。


「どこからか仕入れてきたのか……いや、この街で作っているのかな?」

「……てめぇら」


 男性は私達の無遠慮な態度に苛立ちを増加させていくが、背後に立つガライの姿を見て息を飲んだ。

 この男性……まぁ、確実に、裏社会の住人だろう。

 ヤバい相手を、見た目や雰囲気で感じ取る術に長けているはずだ。

 だとすれば、ガライを見て、相手にしちゃいけない存在だということがすぐにわかったのだろう。


「………チッ」


 舌打ちを残し、その場から去って行った。


「……本当に、想像通りというか……」

「行こうか」


 私達はその場を後にし、更に街中を歩き進んでいく。

 目に入るのはカジノ、それに扇情的な女性が立ち並ぶいかがわしい雰囲気の店ばかり。

 そして、おそらく何らかのショーが行われているであろう建物だ。


「とりあえず、どこか適当な施設の中にも入ってみようか」

「ん? イクサ、あれって……」


 そこで、私は一際大きな――大通りの奥に位置する建物を発見した。

 見た感じ、石造りの円形の建物を模している。

 ……どこかで見覚えのあるような建物だ。

 もしかしたら……。


「……闘技場だね」


 ちょうど、私が思っていたのと同じ単語を、イクサが呟いた。


「試しに、見に行ってみようか」




※ ※ ※ ※ ※




「うわぁ……凄い熱気」


 中に入ると、そこは正しく円形の闘技場だった。

 すり鉢状に作られた観客席に囲われ、その中央で戦いが行われる仕様のようだ。

 しかも、この闘技場では賭けも行われているようで、お客さん達もヒートアップしている。


「あれが、今行われている試合だね」


 闘技場の中心では、今正に試合が行われていた。

 一方は、巨漢の男性だ。

 筋骨隆々で大柄、見るからに強そうな屈強な男性。

 対する相手は――。


「え?」


 私は目を見開く。

 その相手は、女性だ。

 体をコルセットのような防具で守っているが、手足や身体のラインから女性だとわかる。

 驚いたのは、顔を仮面で隠している事。

 そして、頭頂部から生えている、一対の長い兎耳を見てだ。


「兎の耳……」

「オラぁ! 今日こそお前が負ける姿を見せろ、《ラビニア》!」

「ボコボコにぶちのめされちまえ、獣人女!」


 周囲の観客席から、罵声が飛び交っている。


「《ラビニア》……」

「兎の獣人の名称さ。あのムーも《ラビニア》だよ」


 横で、イクサがそう補足する。


「マコ、もしかしたら……」

「うん」


 そう私が頷いた次の瞬間、試合が動いた。

 屈強な巨漢が拳を振り上げ、相手の《ラビニア》に襲い掛かる。

 彼女の頭部以上の大きさがありそうな巨拳が、まっすぐ顔面へと吸い込まれる。

 刹那、《ラビニア》の姿が闘技場の中から消えた。


「え――」


 違う、彼女は上空に跳躍していた。

 足を折りたたみ、空中に飛翔して、拳の一撃を躱した《ラビニア》。

 刹那、空中からも瞬く間に姿を消し、気付いた時には、その長い脚が巨漢の頭部に蹴りを叩き込んでいた。


「ごぉッ――」


 横薙ぎに放たれた蹴りに頭部を大きく弾かれ、巨漢はそのまま地面に膝をつき、崩れ落ちる。

 試合の終了を告げるゴングが鳴り、観客の罵声を浴びながら、彼女は闘技場から去って行った。


「強い……」

「ああ、あの強さはもしかしたら……」


 私もイクサも、ガライも、同じ確信を抱く。

 その時だった。


「おおおおお! 勝った! 勝ちましたよ! いやぁ、賭けというものに初めて挑戦しましたが、意外と簡単ですねぇ!」


 どこからか……いや、すぐ近くから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 私は、その声の方向を振り向く。

 ……物凄く見覚えのある人物が、そこにいた。


「何してるの? モグロさん」

「はい? ……おお! マコ嬢! イクサ王子! ガライ氏も!」


 インテリっぽい眼鏡をかけた、背の低い、小柄な男性。

 誰であろう、王都冒険者ギルドに所属する《鑑定士》――モグロさんだった。


「まさか、このような場所でお遭いするとは!」

「それはこっちのセリフだよ、一体どうしてここに?」

「いやぁ、お恥ずかしい話、先日わたくしは《鑑定士》としての奥義を使い、メイプルお嬢様の過去の記憶を鑑定したでしょう?」


 王都での一件だ。

 ガライに掛けられた貴族殺しの疑惑を晴らすために、メイプルちゃんが真実を暴露した――あの一件。

 あの時のモグロさんの行動は、大きな助けになったからね。


「で、一ヶ月間《鑑定》の力を使えなくなっちゃったんだよね」

「はい、そうなればわたくしなど冒険者ギルドで仕事のできない、早い話が無能でございますので」


 それ、自分で言っちゃうんだ。


「こうして休暇をいただき、観光都市として名高いバイゼルまで足を運んだというわけです。そこで、この壁の内側の話を伺いましてね」

「そうだったんですね……そうだ、モグロさん。Sランク冒険者の一人が行方不明になってるって話、知ってます?」

「おや、マコ嬢もその話をご存じだったのですか?」


 私の言葉に、モグロさんは眼鏡の奥の双眸を丸めた。


「いえ、わたくしもこの街に来た際に冒険者ギルドに挨拶に行き、そこで話を聞いたのですが……」


 そこで、顔をキリっとさせて小声になり。


「実は、この中央区に来たのもルナト嬢の捜索もかねてだったのです」


 それにしては、随分賭け試合を満喫してましたね。


「だとすると、モグロさん……さっき戦ってたのって」

「ええ、仮面で顔を隠してはいますが……おそらく彼女が、11人のSランク冒険者の一人、《跳天妖精(ちょうてんようせい)》ルナト嬢であると見て、間違いはないかと」


 その二つ名みたいなのってSランク冒険者には付けられるシキタリなの?

 まぁ、今はとりあえず、それは置いといて。


「何とか、彼女に接触できないかな……」

「まずはそこから考えねばなりませんね。問題は、彼女が自分から望んでこの闘技場の戦士になったのか……何らかの事情があるのか……もともと、冒険者などという職業は個人経営者のようなもの。名乗るも辞めるも自由なのですから」


 ……しかし、と、モグロさんは闘技場の方を見る。


「彼女程の逸材となれば、容易く見逃すわけにはいかないでしょう」

「……モグロさん、ちょっと話できますか?」


 私は、モグロさんに今までの経緯を説明する。

 ともかく、私達は明日領主とも会う。

 その時に、この件についても話をすると――そう伝えた。

 領主の権限であれば、彼女と会うための手筈も整えてくれるだろう――と、そう考えたからだ。




※ ※ ※ ※ ※




 そして、翌日――。





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