■19 お爺さんの正体です
「説明?」
「ええ、どういうつもりかと聞いています」
金髪の髪を首の後ろで一つに結わえ、どこかセクシーな雰囲気のある女性。
スティング王子の秘書だという彼女――ワルカさんは、威圧感のある声で私に問い掛けて来た。
そして、そんな彼女の後ろには、数日前まで冒険者だったはずのサイラス達が、国章の入った外套を纏い立っている。
「よう、前は世話になったな」
サイラスは私と視線が合うと、怨みたっぷりの目で睨み返してきた。
「君達、いつの間に用心棒に転職したの? それとも、冒険者ギルドに護衛の任務でも入った?」
「はん! 冒険者なんざ、とっくの昔に廃業したぜ!」
吐き捨てるようにサイラスは言う。
「ああ、前の任務の失敗でペナルティを与えられたってギルドで聞いたよ。それで揉めたんだね」
「うるせぇ! 誰のせいだと――」
私に吠え掛かろうとして、サイラスは慌てて口を噤む。
「ああ、そうだ! だがなぁ、今になったら清々してるぜ! 冒険者なんて食い詰めの下らねぇ仕事より、領主の護衛の方がおいしい思いが出来るんだからなぁ!」
サイラスと彼の仲間達は、「そうだそうだ」と口を揃えて言っている。
しかし、その発言に対し「ごほん」と、ワルカさんが咳払いすると、バツの悪そうな顔になった。
「関係のない話は控えてください」
「おっと、すまねぇ、ワルカさん」
「話を戻します」
ワルカさんは、改めて私を見る。
「この集落がある土地も、我が領主スティング王子の管轄――即ち、観光都市バイゼルの一部なのです。勝手な事をしないでいただきたい」
「勝手な事とは?」
ワルカさんの言及に対し、私も引き下がらない。
「私達は、不明確な理由で街を追い出され、粗悪な環境での生活を強いられていた獣人達を手助けしているだけです」
「それが勝手な事なのです」
ワルカさん、目の圧力が凄い。
王都の冒険者ギルドの受付嬢、ベルトナさんを思い出す。
更にベルトナさんとは違い、本気の敵意が滲み出ているため圧力に加えてトゲトゲしさもある。
無論、引き下がる気は無いけどね。
「そもそも、この土地はいずれ領主が復興をする予定でした。元々は王族、アンティミシュカ様が訪れ大地から力を奪い、環境破壊が進んでいた枯れた土地だという事はわかっていましたから」
ワルカさんは、いけしゃあしゃあと言う。
「元々の計画はこうです。その日頃の行動が街で問題視されていた獣人達を、罪人として放逐。この過酷な環境に身を置き、普段自分達がどれだけ恵まれた身の上だったのかを理解してもらう。その後、反省の色が見えたら『彼等は充分罪を償った』と広め、街の人間達に納得をしてもらった後、元通りの関係性へと普及させる手筈だったのです。それに合わせ、土地の再生も進めようと。あなた方は、独断でそれを先に行ったに過ぎません」
よく言うよ。
獣人達に罪を償わせるのが目的なら、何故野盗と化すまで追い込まれているのに放置して、冒険者ギルドに討伐作業をさせていたのか。
我関せず顔で、勝手に決着が付けばいいと思っていたのだ。
「わかりました」
しかし、今その点を追及していてもキリが無い。
私は、ペコリと頭を下げる。
「確かに、ワルカさんの言う通り、今回の行動は勝手が過ぎました。申し訳ありません」
「………」
「……そこで、なのですが」
当初の目的を遂行するため、私は話を持ち掛ける。
「お詫びも兼ねて、今後の事を領主様と直接お話したいのですが、お会いさせていただけませんか?」
「それは叶いません」
私からの提案を、ワルカさんはきっぱりと断った。
「領主はお忙しい。このような雑務に関しましては、代わりにわたくしがお話をさせていただいております」
「……そちらの要望は」
「即刻、この土地とは関係の無いあなた方には立ち去ってもらい、以降の運営を我が観光都市バイゼルに帰属させていただきたい」
「ふざけるな!」
その発言に、《ベルセルク》達が食って掛かる。
「俺達の事を放っておいて、上手く行き出したら横から出て来て全てかっさらうつもりかよ!」
「この集落は、マコやアバトクス村の皆がいたからここまで再生したんだ!」
「俺達だってマコ達に助けられたようなもんだ! お前等に従うつもりなんて毛頭ねぇ! 徹底抗戦してやるぞ!」
怒りを露にする彼等に、待ってましたとばかりにサイラス達も臨戦態勢に入る。
「待って、みんな」
《ベルセルク》の皆の憤りも当然だが、血生臭い事になるのは本意じゃない。
あくまでも、全てが丸く収まるように話を進めたい。
「そちらがその気である以上、こちらも抵抗は止むを得ないと考えております」
けど、相手がこの通りやる気まんまんだもんなぁ。
眼鏡を光らせながら言うワルカさんと相対し、私はどうしたものかと考える。
集落の入り口で殺気を迸らせる私達の姿に、お客さん達の間にもざわめきが起き始めている。
さて、何と言って突破口を開こうか……。
「まぁ、いいじゃないですか」
すると、そこで。
私達のすぐ真横に、いきなりその人物は現れて、そして言った。
「え?」
その人物とは――あのお爺さんだった。
数日前、私達の集落を訪れた、お客様第一号。
人生に疲れ果て、半ば捨て鉢のような精神状態で放浪していたところを、私達に出会い、そして『恩を返す』と言って去って行った、あのお爺さん。
今の彼は、先日遭った時のようにやつれた様子ではない。
キッチリ整えられた髪や髭。
高級そうな背広に似た服装。
キリっとした表情も相俟って、威厳たっぷりだ。
彼の背後には、先日彼を迎えに来た、あの若い男の人達も控えている。
「この前の、お爺さんじゃないですか」
「やぁ、マコさん。繁盛しているようで、喜ばしい事だ」
お爺さんは、私に微笑みかける。
一方、ワルカさんは、いきなり登場したお爺さんの顔を見て、驚いたように目を丸めていた。
「あなたは……」
言葉を失っている彼女にも微笑みかけ、お爺さんは続ける。
「今のままでは、議論は平行線でしょう。ここはひとつ、両代表が直接会って話をした方が、双方にとっても最も納得する、良い妥協点が見付かるのではないかと思うのですがね」
「なんだ、爺さん」
そこで、サイラスがずかずかとチンピラのように前へ出て来ると、お爺さんに絡み始めた。
本当に空気読めないね、君。
「今こっちは立て込んでんだ、すっこんでな」
そう言って、お爺さんを突き飛ばそうとしたのか――腕を伸ばすサイラス。
瞬間、伸ばされたその腕を、護衛の一人が掴んでいた。
整った顔立ちの、ホストのような男性。
この前、お爺さんを探しに来た内の一人だ。
「ああ? てめぇ、何のつもりだ。言っとくが、俺は元Aランク――」
そこまで言ったと同時、サイラスの体は崩れ落ちていた。
組み伏せられたのだ。
腕を取られ、顔面を地面に擦り付けられていた。
「あがぁ!」
そこまで来てやっと自分の状態に気付いたのか、サイラスは悲鳴を上げる。
「貴様如きが総帥に気安く近付くな、下郎」
ミシミシと軋む腕を取りながら、お爺さんの護衛の男性が呟く。
「……そうか」
そこで、声を発したのはイクサだった。
見ると、イクサは自身の額に手を当てて、深い嘆息を漏らしていた。
しまった――とでも言いたそうな顔だ。
「僕としたことが、どうして思い出せなかったんだ……」
「あの人の事、知ってるの? イクサ」
「ああ……言い訳になってしまうけど、最後にお会いしたのはもう十年近く前だ。雰囲気も変わっていたし、全く気付かなかった」
顔を上げ、イクサは言う。
「ベル・デュランバッハ氏……財界の王だ」
「財界の王?」
いまいちピンと来ず、首を傾げる私。
「つまり、大金持ちって事?」
「……ハッキリ言おう。王族と同列……いや、それ以上の金持ちだ」
「えぇ……」
その一言で、物凄い人だという事を理解させられるには十分だった。
「その昔、独自のノウハウと研究を武器に、この国で金鉱を掘り当て一夜にして巨万の富を得た方さ。以後、様々な事業にも手を伸ばし、今やこの国の財界の大半を牛耳る立場にいる」
言いながら、イクサは袖から一枚の金貨を取り出した。
このグロウガ王国の金貨だ。
「この金貨だって、彼の組織が製造流通に携わっている。王族だって舐めた態度は取れない。貴族や裏社会の住人だって頭が上がらない。それが財界の王という彼の存在だ」
「ワルカさん」
イクサから説明を受けている一方、お爺さん――ベル氏は、絶句していたワルカさんへと声をかけていた。
「私はこの国の、こと、金の流れを管理している人間だ。この地の領主が、あの壁の向こうで何をしているのかは、当然私も知っている」
「………」
「いや、文句などありません。観光都市バイゼルは、一時からスティング領主の改革的な手腕により財政が大幅に好調傾向となった。国を体とするなら、金は血。血は流れねば腐るのみ。その点で、あなた達の領主はとても有能な人材であると言えます」
ベル氏は、続けて私の方を見る。
「しかし、彼女達の作り出したこの新観光地も、それに匹敵するほどの価値がある。あなた達両陣営が争うのは、私としても悲しい事だ……そこで、どうですか? ここは私の顔を立てて、一度お会いになってみては」
「……他でもない、デュランバッハ様のご指示とあれば」
ワルカさんは、歯噛みしながらも、大人しく引き下がる。
きっと、そうする他ないのだろう。
「かしこまりました。領主にご報告後、近日中に会合の目途を立たせていただきたいと思います。決まりましたら、またご報告に参ります」
そう言い残して、ワルカさん達は去って行った。
組み伏せられていたサイラスも、慌てて後を追い掛ける。
正に、大岡裁き。
ベル氏の口添えで、簡単に領主との会合の都合が立ってしまった。
これで、本格的に戦う事ができる――というわけだ。
「……お爺さん、ありがとう」
引き上げていくワルカさん達を見送った後、私は改めてベル氏と向き合った。
彼はその顔に、微笑みを浮かべる。
「マコさん、私にできるのはここまでです」
そして、言う。
「私は立場上、どちらの味方をするわけにもいかない。清濁併せ飲み、あくまでもこの国の金の流れを支配し、見守る立場にいる以上は、汚いものでも時には目を瞑らねばならない。綺麗事だけでは成り立たない」
「……はい」
「……ただ一つ言わせてもらえるなら、私もあなた達に救われた身」
私の手を取り、彼は言う。
「あなたの勝利を願っております」
「……ありがとう!」
※ ※ ※ ※ ※
というわけで、ベル・デュランバッハ氏の思い掛けない程の恩返しをいただき、いよいよ、領主との直接会談が叶う事となった。
「今一度、状況を確認しておくよ」
こうなった以上、向こうも正式な日取りはすぐに決めるだろう。
そこで私達は、その前に作戦会議を行う。
「僕達の目的は、領主スティング王子と会い、此度の《ベルセルク》に対する処置が適切なものだったのか、その事実を確認する。そして、もしも《ベルセルク》達に非が無いと判断できるなら、全てを元通りに修復する事を希望する」
「……場合によっては、スティング王子と肉弾戦にもつれ込む可能性もあるかもね」
以前にも話したが、この国には《悪魔族》という存在が何かと関与してきている。
ネロの時もそうだったように、もしかしたらスティング王子も悪魔の〝声〟に誑かされている可能性もある。
「場合によっては、ね。一応、当日には王位継承権争奪戦の監視官も召喚しようかと思っている……ん?」
そこで、イクサが何かに気付く。
見ると、話し合っている私達のすぐ近くまで、兎の獣人――ムーが近寄って来ていた。
「どうしたの? ムー」
「あ、あの……」
ムーは、何やら気が気でない様子だ。
「マコさん……マコさん達、あの壁の向こうに行くの?」
「うん、領主と直接会って、獣人のみんなをまた街に戻れるように――」
「お願いします! お姉ちゃんを助けてください!」
私の言葉の途中で、ムーはいきなり頭を下げて叫んだ。
「え? お、お姉ちゃん?」
「僕のお姉ちゃんは、Sランク冒険者なんだ! 領主の横暴を正すため、《ベルセルク》達を助けるために、あの壁の向こうに行ったきり、帰ってこなくなっちゃったんだ!」
いきなり告げられた新事実に、私も瞠目する。
ムーのお姉ちゃんが、Sランク冒険者?
あの街の中心の、壁の向こうに行ってから、帰ってこない?
「……ムー、その話、詳しく聞かせて?」




